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スピッツ、朝ドラ『なつぞら』の主題歌「優しいあの子」に備わった理想的な3つのこと

スピッツ、朝ドラ『なつぞら』の主題歌「優しいあの子」に備わった理想的な3つのこと

「恋を散らす風すら 味方にもできるんだな」だと思い込んでいたら、「氷を散らす風すら 味方にもできるんだなあ」だった。確かに「え、味方にできるの? 恋を散らす風を?」と、ちょっと不思議に思ってはいた。あと、「できるんだな」じゃなくて「できるんだなあ」と「あ」が付いているところもマサムネらしいですね。

もう一ヵ所。「消えかけた火を胸に抱き たどり着いた答え」だと思いこんでいたら「たどり着いたコタン」だった。そりゃそうよね、マサムネは「たどり着いた答え」なんて安易な詞は書かないよね。あと、「答え」の「え」の部分が、あのメロディには合わないし。たとえば「ボタン」とか「ミシン」みたいに、3文字で最後が「ん」でる単語がぴったりはまるメロディですよね。文字数はぴったりだけど響きやイントネーションがメロディに合っていない言葉をのっけることを、シビアに避ける人だし、マサムネは。昔インタビューでそういう話をしておられた記憶があります。
なお、「コタンて何?」という方には、「アイヌの集落のことです」とお答えしておきます。「コタンラーメン」とか「ラーメン屋コタン」みたいに、サッポロラーメン関係でよく使われる言葉なので知っていました、私。

以上、朝の連続テレビ小説『なつぞら』の主題歌であるスピッツの「優しいあの子」をテレビで聴いていた段階では勘違いしていた。そしてこのたびシングル・リリースされるにあたって歌詞カードを見ながらフルコーラス聴いて正解がわかったポイントについて、まず書かせていただきました。
僕は朝ドラを7時30分からのNHK BSプレミアムの放送と、8時からのNHK総合の放送の二回観るのが習慣になっているので、4月1日の番組スタートから現在(6月10日です)までで、合計120回以上「優しいあの子」を聴いてきたのに。自分でも残念としか言うほかないヒアリング能力である。あ、「消えかけた火を胸に抱き たどり着いたコタン」のところまで曲がかかるのは月曜だけなので、そこに関しては11回か、聴いたの。

ということを書いた勢いで、もうちょっと「優しいあの子」の歌詞に言及したい。

さっきの「コタン」もそうだが、「氷」「風」「大空の色」「芽吹き」「麓」「日なた」というワードが使われているのは、『なつぞら』の物語設定に寄せた、とも受け取れるが、「普段からマサムネよく『風』とか『氷』とか使うじゃん、『日なたの窓に憧れて』って曲もあるじゃん」とも受け取れる。つまり逆に言うと、その程度しか寄せていない、とてもスピッツどまんなかな新曲である、とも言える。

そんな歌詞の中において、僕が特に「ここ必殺フレーズだなあ」と思ったポイント、ふたつあった。ひとつは「大空の色」に「丸い」をくっつけて「切り取られることのない 丸い大空の色を」「日なたでまた会えるなら 丸い大空の色を」としているところ。「空」に「高い」が付くと真心ブラザーズ、「青い」が付くとくるりもしくはandymori、「青すぎる」が付くとイースタンユースだが、「丸い」という形容詞をくっつけるところがさすがスピッツ、さすがマサムネ、という話だ。

で、また、言われてみれば確かに「空、丸い!」と思うこと、ありますよね。南の島の星いっぱいの夜空とか、北海道の原野の雲がたなびく青空とか、見上げると「丸い! 地球って球体なんだなあ」と思うじゃないですか。『なつぞら』の前半の舞台は十勝の牧場なので、まさにそのイメージなのだろう。

そして、もうひとつはこのライン。
「寂しい夜温める 古い許しの歌を」
ここだ。さらにしぼると「古い許しの歌を」だ。もう必殺、と言っていい、ここ。「古い」と「許し」と「歌」をくっつける。誰もが知っているあたりまえの言葉を3つつなげるとほかの誰も言わない言葉になる。で、それがもともとスピッツというバンドが持っているイメージを表している上に、『なつぞら』の世界を描いてもいる。なんかもう魔法のよう。なんてマサムネなんだ! と、つくづく思う。

音のことも少しは書いた方がいいですね。
ゆっくりだがバタバタしたシャッフルのリズムは、デビューの頃からスピッツが得意としているもの。「恋のうた」とかそうですね。確かマサムネは当時「お馬さんリズム」と呼んでいた。この曲は「恋のうた」よりは全然速いが、系統としてはそのリズムだと思う。
こっちがテツヤでこっちがマサムネ、という分担がはっきりわかるギター・サウンドの上に、Aメロからホルンっぽい上モノが入ってきたり、鈴っぽくタンバリンが鳴っていたり、各所で鐘っぽい音が響いたりするのは、北国(北海道とかスイスとか)のイメージだろうか。全体に、スピッツのシングルとしてはちょっと久々なくらい、ギター・ベース・ドラム・鍵盤以外の音がいろいろ入っているのが楽しい。
3年2ヵ月ぶりのシングルであるゆえに求められるであろう王道スピッツ感。ただし「いつもおんなじ」ではない新鮮さ。さらに『なつぞら』の主題歌にふさわしいドラマとのリンク度。その3つを理想的な形で満たしている曲だと思う、聴けば聴くほど。

なお、カップリングの「悪役」は、2018年に行ったファンクラブ・ツアーで披露されていたが音源にはなっていなかった曲。ライブにおいて「メモリーズ・カスタム」のような役目を担うことになること必至の、速くてアッパーで勢いに満ちた、駆け抜けるような8ビート・チューンである。
「チラシの裏に書いた夢の世界へ オリジナルな方法で心配かけるけど 一緒に行こうぜ 手をつないで」で始まり、2コーラス目の同箇所は「複雑にからみ合う現実世界にも チラシの裏のアレをぶちこんでみたいんだ」になる、つまりスピッツの中でもかなり「青い」「若い」「攻撃的」な方向に振り切れたリリック。サビの「悪役になる 覚悟はある 果実に手が届くなら」に、最後に「矢面に立つ覚悟もある ハッピーな終わり決めるまで」がくっつくところも、象徴的な曲である。

3年2ヵ月ぶりのシングルであるゆえに求められるであろう王道スピッツ感、ただし「いつもおんなじ」ではない新鮮さ、さらに『なつぞら』の主題歌にふさわしいドラマとのリンク度、その三つをベストな形で満たしている「優しいあの子」。初期のスピッツを思わせる……いや、考えたら初期もこんなにアグレッシヴではなかったかもしれないと思える、意外なほど青くて前のめりな「悪役」。という2曲のバランスも絶妙なシングルだと思う。

文 / 兵庫慎司

「優しいあの子」特設サイト
https://www.universal-music.co.jp/spitz/sp2019/

Spitz

草野マサムネ
1967年12月21日 福岡県 O型 ヴォーカル&ギター
三輪テツヤ
1967年5月17日 静岡県 B型 ギター
田村明浩
1967年5月31日 静岡県 A型 ベースギター
﨑山龍男
1967年10月25日 栃木県 B型 ドラムス

草野マサムネ(Vo/Gt)、三輪テツヤ(Gt)、 田村明浩(B)、﨑山龍男(Dr)の4人 組ロックバンド。
1987年結成、1991年メジャーデビュー。
1995年リリースの11thシングル『ロビンソン』、6thアルバム『ハチミツ』のヒットを機に多くのファンを獲得し、以後、楽曲制作、全国ツアー、イベント開催など、マイペースな活動を継続している。