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松本大志&堂本翔平が“男=漢”の生き様を見せつける。舞台『クローズZERO』大ヒット御礼でここに終演!

松本大志&堂本翔平が“男=漢”の生き様を見せつける。舞台『クローズZERO』大ヒット御礼でここに終演!

5月23日(木)の福岡のパピヨン24 ガスホールを皮切りに、6月16日(日)まで草月ホールにて上演されていた舞台『クローズZERO』が大好評のうちに幕を閉じた。
本作は2017年に初演された舞台『クローズZERO』の再演にあたる。髙橋ヒロシの漫画『クローズ』を実写映画化した『クローズZERO』をモチーフとした作品だ。
今作も、初演に引き続き、山田ジャパンの山田能龍が脚本・演出を手がけ、「劇団番町ボーイズ☆」と福岡に拠点を置くエンターテインメント集団の「10神ACTOR」とのコラボ公演となり、また豪華客演陣も話題になっていた。
そんな舞台のゲネプロと公開記者発表が東京公演の初日前に行われた。

取材・文・撮影 / 竹下力


梅雨空を吹き飛ばす漢たちの生き様

この舞台を観れば、“男”は“漢”と書いてしまいたいし、世の中の“男”という文字を“漢”に塗りつぶしたくなるはず。なぜなら、そこには底抜けに凛とした男気と潔さが貫徹し、“男の中の男たち”の熱い生き様が克明に描かれていたからだ。やはり“男”ではなく“漢”という何物にも置き換えができない言葉にしたい。この舞台には、拳と拳を交えなければ分かり合えない、不器用なのに情に厚い“漢”たちが凄まじい筆圧で描かれ、人間の生を刻印する舞台となっていた。ヤクザとカタギ(みんな高校生だけれど)がしのぎを削るギリギリの世界で浮かび上がる、友情、野望、情熱、何より燃え盛からんばかりに生きることの喜びを、観客に自覚させてくれる感動的な青春群像劇。

舞台は、とある街の鈴蘭男子高校という学校だ。別名「カラスの学校」と呼ばれ、ヤクザも、警察さえも早々に近づかない、凶悪高校生たちの巣窟となっていた。そんな猛者たちが集まる学校にいる誰もが願うことは、鈴蘭を“シメる”こと。しかし、誰一人としてそれを成し遂げたものはいなかった。そこへ、劉生会というヤクザの親分・滝谷英雄の息子・滝谷源治(松本大志)が3年生に転校してくることで様相が一変する。そこにいるのはとんでもない奴らばかりだが、源治が狙うはただひとり、鈴蘭で一番てっぺんに近い芹沢多摩雄(堂本翔平)の首だ。今作では滝谷と芹沢が中心となってストーリーが進行していく。

まず目を見張ったのが、生き生きと板の上で躍動している役者たちの姿。どの舞台でも当たり前かもしれないが、舞台上で全身全霊をかけて生きることは大変だ。なぜなら、そこに役を超えてリアルな人間として立っていなければいけないから。この舞台では、飛び散る汗、怒号、台詞、ときおり飛び込んでくるギャグ、総勢20人以上が集まったマジにしか見えない喧嘩シーンも含め、役者たちの演技がすべて有機的に絡み合って、それぞれのキャラクターに個性があって、強烈な親近感が湧くほど役に立体感があった。

本作は、再演というだけでなく、すでに福岡・大阪と回っていたということもあり、大きくブラッシュアップされていた。研ぎ澄まされた神経を張り巡らせたスタッフワークだけでなく、役者たちのスムーズな台詞のやりとりは常に緊張感に満ちていて、観客は心と体を奪われ続けた。初演からさらに贅肉を削ぎ落とし、人間そのものをぶつけてくる迫真の芝居。そこに流れる、普遍的な優しさ、慈愛、そんな感覚が舞台上に溢れているからこそ、どんな人にも胸に迫るものがあるだろう。

なにより、滝谷源治の松本大志の演技は絶品。鈴蘭に転校してきたときは、一匹狼のはぐれものだったが、矢崎組のチンピラで、鈴蘭OBの片桐 拳(いとう大樹)との心の交流で、彼は仲間という存在の大切さを教えられる。眉をひそめタバコを燻らせていた“漢”は、友情に気づき始める。そして片桐と共に仲間を集め、苦難を乗り越え、鈴蘭という学校を一つにまとめようとする。てっぺんを獲ることが目的ではない。仲間と一緒に生きるための理想郷を作り上げようとしていた彼の心模様の変化が、流れるようにスムーズに演技に現れていた。「本当にこんな奴がいる」という確信を抱かせてくれるリアリティのあるお芝居。

そしてライバルである、芹沢多摩雄を演じた堂本翔平の存在も忘れてはならない。芹沢はどちらかといえば学校で天下を取ることはどうでもいい節に見える。大切なのは仲間とダベったり、賭け麻雀をしたり、友達(ダチ)とつるんで飯を食ったり、屋上から空を見上げて、心の赴くままに生きる。自由気ままで、のんびり屋であり、圧倒的な強さの中にほのかに見える優しさを感じさせる芝居で、そんなキャラクターを堂本は体現していた。そんな彼の優しさが映えるのが、彼の友達で重い病に罹っている辰川時生(馬越琢己)とのやりとり。重要なのは、人の上でマウントをとって偉そうにしていることではなく、仲間を心から想いやることなのだというメッセージがひしひしと伝わってくる、泣かせる演技だ。

さらに刮目すべき役者が脇を固める。いとう大樹の世渡り上手に生きながらも何一つ“漢”として人生を生きることができなかった片桐の哀愁ある演技は涙を誘う。また、お笑いコンビ・バッドボーイズの佐田正樹のコメディ・リリーフっぷりが板についていて、ひたすら笑ってしまうしかない。ヤクザの親分のヤサグレた感じがとても生々しかったし、台詞の間の外し方と繰り返し、テンポが絶妙だった。

脚本・演出の山田能龍は、この大所帯のカンパニーを丁寧にまとめあげ、どの役も十二分に活かしている。山田ジャパンの作品は何本か観ているけれど、彼は隙がなく、話に一切の無駄がない作りができる“手練れ”だ。話がブレないということは、誰もが理解でき、誰でも感情移入できるということでもあり、それでいてびっくりするような演劇的な仕掛けも忘れてはいないからたまらない。終演後に押し寄せてくる演劇でしか味わえない余韻がなんとも言えず感動的だった。

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