山口洋のSeize the Day/今を生きる  vol. 62

Column

追悼 Dr.John / Kさんと僕の不思議なガンボ・スープ

追悼 Dr.John / Kさんと僕の不思議なガンボ・スープ

ガンボ・スープはルイジアナ州発祥の、魚介、肉類、ピーマン、セロリ、玉ねぎ、オクラ、トマトなどの野菜が“ごちゃ混ぜ”になった美味しいスープのこと。
かつてフランス領だった港町、ルイジアナ州ニューオーリンズには、さまざまな人種、民族、文化が行き交い、集い、混ざり合って、ジャズをはじめとする新たな音楽が生み出されるエネルギーが充満していた。
生涯その地を愛し、多様なミュージシャンと交遊し、熱々のガンボ・スープのような音楽を天に響かせ続けたドクター・ジョンへの、山口洋からの感謝状。


母親が晩年にこう呟いたのを覚えている。「トシをとるってことは、見送ることが増えるってことなのよ」。

そのときは「何をネガティヴなことを」と思ったが、今となってはわかる。ロック・ミュージシャンとて加齢には抗えず。先達を見送ることが増えていく。次は自分の番かもしれぬ。だから、精一杯生きようと、そのたびに思う。

今朝はDr.Johnの訃報。享年77歳。彼にはたくさんの恩義があるから、感謝と敬意を込めて記しておきたい。

彼を知ったのは、高校生の時分に観た、The Bandの映画『The Last Waltz』。はじめてピアノを弾く人が格好いいと思わせてくれた。The Beatlesの「Let It Be」でとびきりイカしてたビリー・プレストンと並んで。

ヒゲを伸ばし、ベレー帽をかぶり、やたらとおじさんチックなDr.Johnが歌う「Such A Night」。でも調べてみたら、そのとき彼は35歳。今までに聞いたことのない転がるようなピアノのタッチ。しゃがれた声。どこか怪しげで、この世界じゃない場所と通じていそうなまなざし。

それは壮大なニューオーリンズの音楽への入り口だった。

プロフェッサー・ロングヘアー、アラン・トゥーサン、ミーターズ、ジェシ・ディヴィス、ネヴィル・ブラザース、エトセトラ、エトセトラ。ザディコもケイジャンも、テックスメックスも、マルディグラもビッグチーフもセカンドラインも、すべて “白い呪術師”Dr.Johnが入り口になって誘ってくれた芳醇な世界だった。

のちにニューオーリンズを訪れることになって。歴史と文化の芳醇さに僕はのけぞるしかなかった。模倣しても勝ち目はない。ここの音楽を目指すなら、ここに住んで音楽そのものを血肉にするしかない。すごい街だった。

たとえば。街の人々が教えてくれた、はずれにある小さなジャズクラブ。そこでは退役したジャズマンたちがビッグバンドで奏でていた。PAもなく、完全な生音。そのクオリティーが半端ないのだ。おじいさんジャズメンも客席も、次第に熱を帯びてくる。目に輝きが戻ってくる。圧倒的な音楽の渦。感動したというよりも、打ちのめされた、と書いた方が正しい。その芳醇さに、クオリティーに、文化と歴史の深さに。

Dr.Johnがいなければ、この世界を知らずに死んでいったのだろう。

もうひとつの恩義。

80年代。福岡に多夢(たむ)というライヴハウスがあってよく出演していた。オーナーのKさん(故人)はハイティーンの頃から僕を可愛がってくれた。KさんはDr.Johnの音楽を特別に愛していた。念願かなって、ついに店にやってくることになった。でも、多夢にはピアノがない。入り口も狭く、ピアノを運び入れることができない。Kさんは決断した。

入り口をぶっ壊して、ピアノを運び入れたのだった。そしてDr.Johnのコンサートは入り口が壊れたまま敢行された。

僕はこういう先達に育てられた。当時、僕はまだギターを弾いているだけで、歌ってはいなかった。多夢のライヴの前日、突如ヴォーカルが脱退。チケットは売り切れ。なんてこった。仕方なく、僕は生まれて初めて人前で歌うことになる。今思い返しても、恥辱で顔を覆いたくなる。「金返せ!」と罵声が飛んできた人生最悪の日。

でもライヴのあと、Kさんは僕にこう言ったのだ。

「お前の歌は未知数だけれど、ギターは必ずワールド・レベルにたどり着ける。だから、ここで諦めるな」

Dr.Johnを愛してやまない、幾多のパフォーマーを観てきたこの人の言葉なら信じられる。その言葉に励まされて、しがみついて、僕はここまで歩いてきた。

Dr.JohnとKさんと僕は不思議なガンボ・スープのように時空を超えて、つながっている。Dr.JohnはKさんを励まし、Kさんは僕を励ました。あの言葉がなければ、僕は音楽を続けられなかっただろう。現世に生きるのは僕だけ。ならば、行けるところまで行かなければ。

感謝を込めて、今を生きる。

Dr.John / ドクター・ジョン
本名:マルコム・ジョン・レベナック・ジュニア。1941年、ルイジアナ州ニューオーリンズに生まれる。父親がレコード店を経営、少年時代からジャズ、ゴスペル、R&Bを浴びるように聴いて育つ。当初はギタリストを目指していたが、クラブで演奏中に喧嘩に巻き込まれ、左指薬指を負傷し、ピアノ/オルガンに転向。プロフェッサー・ロングヘアー、ヒューイ・ピアノ・スミス、ファッツ・ドミノ、アラン・トゥーサンらニューオーリンズ出身の優れたピアニストたちの伝統を受け継ぐことになる。60年代半ばにロサンゼルスに移り、1967年に1stアルバム『Gris-Gris / グリ・グリ』を発表。19世紀のヴードゥー教の祈祷師、ドクター・ジョンをテーマにしたことをきっかけにドクター・ジョンを名乗る。
1972年には歴史的名盤『Gumbo / ガンボ』を発表。40年代から50年代にかけて誕生したニューオーリンズ音楽の名曲を見事に甦らせる。1989年にはコール・ポーター、デューク・エリントンなどジャズ界の巨匠が残したスタンダード・ナンバーを独特の解釈でカヴァーした『In A Sentimental Mood / イン・ア・センチメンタル・ムード』の収録曲「Makin’ Whoopee! / メイキン・フーピー!」で、グラミー賞の最優秀ジャズ・ボーカル・パフォーマンス賞を受賞。2005年、ハリケーン・カトリーナがニューオーリンズを含むアメリカ南部沿岸を襲うと、その被害者救援を目的にしたミニ・アルバム『Sippiana Hericane』を制作、“ベネフィット・コンサート”に出演する。2012年5月にリリースした『Locked Down / ロックト・ダウン』が第55回グラミー賞にて最優秀ブルース・アルバム賞を獲得。ブルース、ジャズ、ラテン、ロックなどの様々なジャンルを超越した存在として生涯6度のグラミー賞を獲得する。2011年にはロックの殿堂入り。
セカンド・ラインと呼ばれるリズムと軽快なピアノ、独特のしわがれたヴォーカル、何より地元ニューオーリンズをはじめとするアメリカのルーツ・ミュージックを掘り下げながらも独自のグルーヴ感溢れるサウンドで、ミック・ジャガーやエリック・クラプトンら多くのミュージシャンを魅了し続けた。ザ・バンドの解散コンサート映画『The Last Waltz / ラスト・ワルツ』や、ローリング・ストーンズの『Exile On Main St./ メイン・ストリートのならず者』、ジェシ・エド・ディヴィスの『Ululu / ウルル』への参加、リンゴ・スターのオールスター・バンドのツアー等で知ったファンも多い。
今年6月6日、心臓発作のため死去。亡くなる前に最後のスタジオ・アルバムのレコーディングを終えており、アルバムにはオリジナル曲をはじめカントリー風カヴァー、自身の過去楽曲のリ・ワーク・ヴァージョンを収録している(カヴァー曲はジョニー・キャッシュ「Guess Things Happen That Way」、ハンク・ウィリアムズ「Ramblin’ Man」「I’m So Lonesome I Could Cry」、ウィリー・ネルソン作曲の「Funny How Time Slips Away」など)。さらに、ウィリー・ネルソンが「Old Time Religion」に、リッキー・リー・ジョーンズが「I Walk on Guilded Splinters」に、アーロン・ネヴィルがトラヴェリング・ウィルベリーズのカヴァー「End Of The Line」の“ニューオーリンズ・ストリート・パーティ”ヴァージョンに参加している(発売日未定)。

*写真は『The Very Best Of Dr. John / ベリー・ベスト・オブ・ドクター・ジョン』
ヨウガクベスト 1300 SHM-CD/WPCR-26322/¥1,300(税別)/ワーナーミュージック・ジャパン


『Dr. John’s Gumbo / ガンボ』

ロック・シーンにニューオーリンズ旋風を巻きおこしたドクター・ジョンの出世作。プロデューサーにジェリー・ウェクスラーを迎え「Iko Iko / アイコ・アイコ」「Tipitina / ティピティーナ」「Big Chief / ビッグ・チーフ」など珠玉のクラシック・チューンを収録。ジャンプ、ブルース、ブギウギ、ジャズ、カリプソ、ルンバ、サンバなどを織り交ぜたサウンドと独特のピアノ・スタイルでドクター・ジョンに多大なる影響を及ぼしたのが、プロフェッサー・ロングヘアー。今作では彼の代表作「Tipitina / ティピティーナ」を取り上げている。

紙ジャケ SHM-CD〈(新規)解説・歌詞・対訳付〉/WPCR-18021/¥2,500(税別)/ワーナーミュージック・ジャパン/プロデュース:ジェリー・ウェクスラー、ハロルド・バチスタ/録音:サウンド・シティ・スタジオ、ヴァン・ナイズ、カリフォルニア/1972年作品/2013年デジタル・リマスタリング


著者プロフィール:山口洋(HEATWAVE)

1963年福岡県生まれ。1979年にHEATWAVEを結成。1990年、アルバム『柱』でメジャー・デビュー。1995年発表のアルバム『1995』に収録された「満月の夕」は阪神・淡路大震災後に作られた楽曲で、多くのミュージシャン、幅広い世代に現在も歌い継がれている。バンド結成40周年となる今年、アルバム発表に向けて現在レコーディングの真っ最中。6月28日には2011年東日本大震災後から続けている“MY LIFE IS MY MESSAGE”を横浜THUMBS UP(サムズアップ)で開催。7月21日からは“山口洋(HEATWAVE)the boy 40 tour”後半戦がスタート。8月には2つの野外イベント、“オハラ☆ブレイク ’19夏”、“RISING SUN ROCK FESTIVAL 2019 in EZO”に“FRIDAY NIGHT SESSION”として出演する(powered by ARABAKI ROCK FEST.)。9月には“HEATWAVE sessions 2019 ③”を東京・渋谷duo MUSIC EXCHANGEで開催することが決まった。2018年ツアーのライヴCD『日本のあちこちにYOUR SONGSを届けにいく』、2018年12月22日HEATWAVEライヴを収めた『The First Trinity』がライヴ会場をはじめHEATWAVE OFFICIAL SHOPにて発売中。

オフィシャルサイト

ライヴ情報

MY LIFE IS MY MESSAGE 2019
Brotherhood

6月28日(金)横浜THUMBS UP(サムズアップ)
出演:山口洋(HEATWAVE)×仲井戸”CHABO”麗市
詳細はこちら

VORZ BAR & GROOVE COUNCIL presents MIX UP&BLEND vol.3
7月13日(土)仙台市 市民活動サポートセンター B1F シアター
出演:山口洋(HEATWAVE)/ 藤井一彦(THE GROOVERS)/ 大江健人
Opening Act:堀下さゆり&佐山亜紀
詳細はこちら

山口洋(HEATWAVE)the boy 40 tour
7月21日(日)水戸 Jazz Bar BlueMoods
7月26日(金)佐賀 Restaurant & Cafe 浪漫座
7月28日(日)福岡ROOMS
8月30日(金)岩国 himaar(ヒマール)*ヒマールスペシャル企画「山口洋とギターを弾いてみよう」
8月31日(土)岩国 himaar(ヒマール)*特別公演
9月1日(日)愛媛 松山 スタジオOWL
詳細はこちら

オハラ☆ブレイク’19夏
北のまほろばを行く-猪苗代湖畔編- powered by ARABAKI ROCK FEST.

8月9日(金)・8月10日(土)・8月11日(日)猪苗代湖畔 天神浜オートキャンプ場
出演:BAND:山口洋(G)・細海魚(key)and more
GUEST:仲井戸”CHABO”麗市
詳細はこちら

RISING SUN ROCK FESTIVAL 2019 in EZO
北のまほろばを行く-石狩編- powered by ARABAKI ROCK FEST.

8月16日(金)・8月17日(土)石狩湾新港樽川ふ頭横野外特設ステージ
出演:BAND:山口洋(G)・細海魚(key)・辻コースケ(Per)and more
GUEST:仲井戸”CHABO”麗市 and more
詳細はこちら

HEATWAVE sessions 2019 ③
9月23日(月・祝)東京 duo MUSIC EXCHANGE
詳細はこちら

vol.61
vol.62
vol.63