Report

稲葉 友 主演舞台『エダニク』開幕。「男3人の丁々発止なやりとり」の濃密空間に見たもの

稲葉 友 主演舞台『エダニク』開幕。「男3人の丁々発止なやりとり」の濃密空間に見たもの

2010年のデビュー以降、映画『春待つ僕ら』、主演ドラマ『平成ばしる』など様々なキャラクターに挑み、その演技力に輝きを増している稲葉 友が主演を務める舞台『エダニク』が6月22日(土)より浅草九劇にて開幕した。関西を中心に活動する演劇ユニット・iakuを率いる横山拓也が書き下ろし、2009年に初演、第15回日本劇作家協会新人戯曲賞を受賞した戯曲『エダニク』を、今回、映画『血と骨』『愛を乞うひと』の脚本で知られる演出家・脚本家の鄭 義信が演出を手がけ、稲葉のほかに、不思議な存在感が魅力的な大鶴佐助と、阿佐ヶ谷スパイダースの個性派俳優・中山祐一朗の3人が出演、三人芝居で展開していく。

取材・文 / 西村由美 撮影 / 加藤孝


“生命”なのか“商品”なのか。それぞれの仕事への向き合い方

この物語の舞台は、屠場(とじょう)。屠場とは、牛や豚などの食肉処理場のこと。過去、屠畜を行う者に対しては、それが正当で、どんなに私たちの日常に必要不可欠な仕事であったとしても、宗教的な観点から“穢れ”とされ、差別視されることやタブー視されてきたという歴史がある。そんなアンタッチャブルでデリケートな、けれど当たり前に存在している屠場という場所に“普通”という光を当てたこの物語は、いったい何をあぶり出そうとしているのだろうか──。

舞台『エダニク』

東京近郊にある「ミートセンター丸元」の別屠室手前にある研磨室(職人がナイフを磨く場所)は職人たちの休憩室にもなっており、ここに勤める「沢村」(稲葉 友)と「玄田」(中山祐一朗)が遅めの昼食タイムを迎えている。

カップ焼そばに変なこだわりを見せる「沢村」は、その話しぶりから少し理屈っぽいところもあるように見えるが、その理屈がイマイチ周囲にはわからないアホさも見え隠れして愛嬌を感じる、小3の息子と妻を持つ、家族を養っている青年だ。
そしてそんな「沢村」の話に競馬新聞片手に相槌を打ちつつ話半分に聞いている「玄田」は関西弁を使っていることから関西人で、「沢村」の方がここでは先輩のようだがキャリアを重ねているベテラン風情が醸し出ている中年の男性。

舞台『エダニク』

ふたりが、仕事の際に“臭い”が身体に染み付いてしまうという職場上の悩みを話していると、そこへ彼らの取引先の畜産農家の新入社員を名乗るひとりの男性「伊舞(イマイ)」(大鶴佐助)が現れる。
「伊舞」は、どこか幼ないゆったりとした喋り方も含めて、世間知らずなおぼっちゃま感を漂わす、不思議な青年。「沢村」「玄田」とは対照的なスーツ姿で、雑然とした休憩室の中での異質感が際立つ。

同時に、牛の屠室でBSE検査に必要な“延髄”が紛失するという事件が起こり、騒動になっていることが知らされる。この“延髄”、なぜなくなると困るのかというと、スクリーニング検査ができない=肉の安全性が保障できずに出荷ができない=会社の損失になるからだ。そういったことも含めて、屠場のことを何も知らない「伊舞」に対して「沢村」と「玄田」が専門用語(彼らにとっては日常単語)を使って説明していく。そして、観客である私たちも「伊舞」と同様に解体作業の流れを知る。これが会話のみで繰り広げられるので、解体の工程に残酷さはまるで感じない。もし、映像や絵で説明されたら(もしかしたら文字になっただけでも)イメージはもっと生々しいものになったかもしれない。

舞台『エダニク』

そして延髄捜索の手伝いに「玄田」が牛の屠室へと出て行き、部屋は「沢村」と「伊舞」のふたりになる。30歳にして最近働き始めたばかり、これまでニートだったという「伊舞」に対して、そう年が変わらない「沢村」が「最近の若い者は〜」と説教まがいのことを言い始める。「伊舞」は鬱陶しそうでもあるのだが、単純に「沢村」の指摘にピントが合わないようで飄々と受け流していく。

舞台『エダニク』

その後、再び戻った「玄田」が日頃の業者への愚痴から取引先である「伊舞」に対して悪態をつき、ふたりのバトルが繰り広げられていく。「玄田」は生きた牛や豚が屠場に納品された時点でそれを“商品”と見なし作業を行なっている。一方、「伊舞」は畜産農家の目線で、大切に育てられた牛や豚なのだから “生命”として扱ってほしいと思っている。

それぞれの仕事への向き合い方で、双方ともに間違ってはいない。もちろん“生命”を“モノ”として捉えることに違和感があることは間違いない。だが、こちらも考えさせられる。生きている牛や豚が解体されバラバラに部位になる。“生体”から“物体”になる瞬間、「伊舞」と同じように、どこかにかわいそうと思う眼差しはないかと。魚は平然と捌き食しているし、綺麗に切り分けられた部位になった肉を平然と口に入れるという矛盾を。そして、その“かわいそう”と思う行為を、仕事として行なっている人が現実にいて、それも結構な肉体労働で、誇りを持ってやっているはずなのに若干の引け目を感じていることに気づかされる。

舞台『エダニク』

と書いてはみたが、本作は終始笑いと軽さを持って描かれており、決して深刻に感じることはない。それは、鄭 義信の演出の妙が大きいと思う。登場人物は3人しかおらず、場面転換もない。ふたり、3人での掛け合いが流れをつくっていくなかに、本来は役の感情に従えばおかしなことなのだろうが、要所要所の台詞の言い回しを歌舞伎役者風に間延びさせたり、ミュージカル調にしたり、声色の高低差を大きく変えたり、ちょっとしたおかしみを加えることで、物語が持つ緊張感、3人の熱のこもった芝居の圧迫感のようなものを“笑い”で緩和させながら、テンポ感をも増していく。ただ自然に会話をしている状況だけでは生まれない、会話で“見せる”芝居の面白さがあった。

物語はその後、堂々巡りが続く「玄田」と「伊舞」の間に「沢村」が割って入るも、収拾はつかず。そこに一本の電話がかかってきて、紛失した「延髄」の在処、犯人もが明らかになっていく──。

舞台『エダニク』

稲葉 友は、一見チャラそうな「沢村」が実は何事に対しても一生懸命な男であることを、意外にもテンションの高さ=熱さで伝えていたように思う。しかも、彼の言動で空気ががらりと変わるというか、劇場内の空気を動かしており、観客を引き込んで当事者にしてしまうような、強い引力を持った芝居をしていた。

舞台『エダニク』

「伊舞」役の大鶴佐助は、一挙手一投足(顔も)に目がいってしまうほど、立ち姿や表情の細かなところにまでおかしみ=怪しさを出し、3人の中での異質な人物としての存在感を発揮し続けた。また、無作法な「伊舞」の根の部分にあるであろうピュアさまでもをきちんと滲ませていたように思う。また、「玄田」は思ったことを口にして強気に見えるが、どこか諦観している人物。その風貌もあってか先輩然としては見えない中山祐一朗が演じると、諦観からのぞく悲哀や「玄田」本来の人の良さ、優しさとリンクしてリアルに見えた。

舞台『エダニク』

立場によって見方や考え方は違う。違って当たり前だし、すべてを受け入れることもできはしないけれど、おもんばかることはできる。職種は違っても、どれも“仕事”であってみんな同じように“働いている”。どこにだってその職場特有の悩みがあり愚痴があり、働く人々それぞれにとってのプライドや価値がある。みんな普通に働いている=共存しているのだから。
軽い言い方にはなってしまうけれど、自分の仕事にも嫌なことは山ほどあって、それでも楽しいと思うこともいろいろあって、それでもいいのかなと終演後肩の力が抜けた。「沢村」も「玄田」も「伊舞」も、あの人も、この人も、みんな同じように毎日働いている。それだけで、なんだか心強いと思えた。

舞台『エダニク』は7月15日(月・祝)まで浅草九劇にて上演されている。また、本作で演出を務めている鄭 義信の演劇ワークショップ「わくわくする稽古がしたい!」が、9月21日(土)~10月1日(火)に銀座九劇アカデミアにて開催されることが決定した。

舞台『エダニク』

以下は、演出の鄭 義信、キャストの稲葉 友、大鶴佐助、中山祐一朗から届いた、初日コメント。

演出:鄭 義信
この作品の中には「人が生きるために、肉を食べなくてはならない」という大きなテーマが隠されているのですが、そのことが笑いの中から少しずつ染みていく形で、最後に観客にどう伝わっていくのか、今からとてもドキドキしています。脚本自体がとてもしっかり書き込まれている作品なので、その中で役者がどれだけ自由にのびのびと遊べるかというのが、今回の演出の大きなテーマでもあります。三人三様の丁々発止のやり取りを、観客の皆様にも楽しんでいただければ幸いです。

沢村 役:稲葉 友
いろいろなところで上演されている「エダニク」という作品を、新たな形でお客様にお届けできることを嬉しく思います。男三人の丁々発止なやり取りと鄭義信さんならではの演出がギッシリと詰まった劇を楽しんでいただけたら嬉しいです。多面的なテーマを持った演劇ですので何がどこでどうお客様に響くのかこちらも楽しみにしております。

伊舞 役:大鶴佐助
3人の登場人物が持つそれぞれの思いや願いが交差し合い濃密な空間が舞台上を支配すると思うので、そこにお客さんも巻き込み、汗だくになって帰ってもらいたいです。ジェットコースターのような展開の中、3人それぞれの真実を見逃さないで欲しいです。

玄田 役:中山祐一朗(阿佐ヶ谷スパイダース)
のんべえの方はやきとん屋さんとかで「芝浦直送の新鮮な肉」という様なフレーズを聞いた事あると思いますが、そういう屠場という牛や豚を解体する場所での劇です。そこによくわからない兄ちゃんが入ってきて、帰ってほしいのに全然帰ってくれないというなかで色々な事件が起こる仕掛けとなっていて、元々の会話劇の面白さにアングラの鄭さんの演出が加わりパワフルなコメディとなっていますので大変観やすくて誰にもオススメです、観に来たら絶対に損はさせませんので、先ずは観にきてもらって、帰りは浅草でホッピー飲んで楽しんでもらえたらと思います。

舞台『エダニク』

舞台『エダニク』

2019年6月22日(土)~2019年7月15日(月・祝)浅草九劇

STORY
とある食肉加工センター。
ある日、屠室で厳重に管理されているはずの、牛の延髄が紛失。
ここ別屠室の、屠殺用ナイフ研磨室も人の出入りや情報の行き来が慌しくなってきた。
この事件をきっかけに、初対面である取引先新入社員と加工センターの職人二人は、屠畜という作業への言及や、企業間の駆け引き、立場の保守など、各々のアイデンティティに関わる問題をぶつけ合い議論を白熱させる。
立ちこめる熱気と臭気。
「生」がたちまち「死」に、「生体」が次々と「物体」と化していくこの労働の現場で、男たちの日常は我々に何を問いかけるのか。

作:横山拓也(iaku)
演出:鄭義信

出演:
稲葉 友 大鶴佐助 中山祐一朗(阿佐ヶ谷スパイダース)

企画・製作:浅草九劇 プラグマックス&エンタテインメント

浅草九劇オフィシャルサイト

鄭 義信ワークショップ

詳細は、銀座九劇アカデミアオフィシャルサイトにて