【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 130

Column

YMO 『増殖』 人気絶頂の時だからこそ、敢えてラジカルに攻めた3人は、偉い、凄い、神々しい!

YMO 『増殖』  人気絶頂の時だからこそ、敢えてラジカルに攻めた3人は、偉い、凄い、神々しい!

ライブ・アルバムにもかかわらず、いや…、海外での評判が逆輸入され、現地での勇姿を記録したものだったのも幸いして大ヒットとなった『パブリック・プレッシャー』に続き、同じ年(80年)の6月にリリースされたのが、『増殖』である。

実に印象深いジャケット・デザインだが、3人を模した人形の制作者は、美術家の市田喜一。今の感覚だとCG合成みたいに見える図柄だけど、各人100体づつ、実際に人形が制作された(その後、レプリカも販売された記憶があるが、当時のホンモノは、凄いプレミア価格だろう。僕の知り合いに、今もそれを大切に保管しているヒトがいる)。よくみると、あの時点でのご本人たちより、貫禄ある顔つきだ。逆にそれが、“人形である”というワンクッションを隔てた別のリアリティにも繋がり、新鮮だった。ちなみに人形が着ているス−ツは,肩パットが入った感じのもの。いかにも80年代という印象である。

『増殖』は特別な企画モノと言える。全体の演奏時間が30分弱で、LPではなくEP(10センチのミニ・アルバム)としてリリースされている。当時の状況としては、人気があんだからじゃんじゃん新作をだそうよ、だったかもしれないし、でも制作期間がなさ過ぎぃ〜、フル・アルバムなんてムリさ、というのもあったったのだろう。

でも世の中には、「機に乗じる」という言葉があり、これはけして悪いニュアンスのものじゃなく、その時点で様々なことが“乗じた”結果、普通なら有り得ないものが産み落とされもするのである。まさに『増殖』が、それにあたる。

純然たる音楽作品とは言えないシロモノである。YMOの音楽と「スネークマン・ショー」のギャグ(ラジオ・コント)により構成されている。両者の比率はどうか? ざっと計算してみたが、音楽の部分は17分40秒ほど。残りはギャグである。

紹介が遅れた。「スネークマン・ショー」はYMOと同じ、トリオのチームだ。当時、同名のラジオ番組を制作し、出演していた。メンバーは桑原茂一、小林克也、伊武雅刀である。ちなみに81年には、彼ら名義のファースト・アルバムが出た。そこにはお返しとして、YMOも音楽で参加している。

水と油のような音楽とコントを、どうミニ・アルバムにまとめたのかというと、全体をラジオ・ショーにしたのだ。まず冒頭に、番組のジングルのような音源が流れる。これがカッコいい。こういう時こそ、音楽家としてのセンス、さらに、引き出しの多さが露わになる(このジングルは坂本龍一が中心となり制作されたらしい)。そしてそこに小林克也のお喋りが乗っかって、曲紹介となり、「NICE AGE」が始まる。

高橋幸宏のボーカルの、無機的なカッコ良さがビンビン伝わる作品であり、女性コーラスが加わり、“臨時ニュースです”みたいな台詞も被さる。それが終ると、ひとネタめの「スネークマン・ショー」が始まる。基本的に前半戦のネタは、日本のビジネスマンを世界に向け、おちょくってる内容だ(最初のネタなんかは、全編、英語でのやりとりになっている)。

このアルバムが出た1980年といえば、日本の自動車生産台数が世界一になった年でもあり、このあとさらに、日本のビジネスマン達はイケイケになっていく。まだもうちょっと先だけど、ニューヨークのど真ん中のビルだって、オラ達の“地所”にしちゃうもんねー、な感じになる。もしかしてジャケットのYMOの3人のスーツ姿って、ビジネスマンの化身てことだったかもしれない。資本主義の猛威のなか、失われていく人間性のようなものを皮肉って(警鐘を鳴らして)いるのが、このアルバムが発したメッセージとも受け取れなくはない。

『増殖』で一番有名なトラックは、シングルにもなった「タイトゥン・アップ」ではなかろうか。アーチー・ベル&ザ・ドレルズの1968年のヒット曲のカバーである。

オリジナルもそうだが、この楽曲は、やたらキレキレでグルーヴィなリズム・トラックこそが、聴きモノである。ボーカルというより“前口上”みたいなお喋りに乗って、軽快に滑り出していくのが「タイトゥン・アップ」だ。このあたりの大まかな構成は、YMOも踏襲している。でも“ジャパニーズ・ジェントルマン・スタンダップ・プリ〜ズ”って言葉が連呼されるあたりは、スネークマンのネタとも、どこか繋がりを感じてしまう。

それにしてもこの曲は、細野晴臣のベースがブンブン呻っている。呻っている、という表現は、ときどき楽器演奏を形容する際に使われるが、これは正真正銘、文字通り、そんなプレイだ。ベースという楽器はどっしりした音を出す代わり、小回りは効かない……、ハズだけど、ここでの細野の演奏は、重量感ありつつ俊敏で、訴えてくるものが別次元だ(ぜひその瞬間を、今からでも遅くはないので味わって欲しいものである)。

この時期、YMOはお茶の間にお目見えしている。この年80年の6月に、フジ・テレビの「夜のヒットスタジオ」に出演した。生放送の番組だが、当時の最新技術を使った“テクノ”な映像演出(画像が反転したり)が駆使されている。YouTubeで見られるが、そういう部分は、さすがに古い感じがする。でも演奏自体は、今も色あせない。3人に加えて、コンピューター・プログラマーの松武秀樹、ギターの大村憲司、キーボードの橋本一子が加わった編成で、特にこの当時の坂本は、グラマラスな風貌が実にカッコいい。

「スネークマン・ショー」の後半のネタは、今の感覚だとかなりヤバい。一般に、70年代はラジカルな季節だったけど、80年代にはそれが商業化の波に呑まれた、みたいないい方もされるが、80年代の幕開けを告げたこのアルバムは、実に実にラジカルである。

でも…。“笑いにできる”ことの範疇が広いほうが自由な世の中なのである。このアルバムのなかのネタは、いまではダメなものもあるんだろうが、人気絶頂の時だからこそ、敢えてラジカルに攻めたYMOの3人は、偉いし凄いし神々しい。でも実は、3人が本当にやりたいことをやり始めたのはこの後だ。次回はそのへんを…。

文 / 小貫信昭

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