佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 99

Column

サカナクションの山口一郎が早逝した音楽家と、最後には自死を選んだ詩人から受け継いだもの

サカナクションの山口一郎が早逝した音楽家と、最後には自死を選んだ詩人から受け継いだもの

サカナクションの名前はもちろん知っていたが、6月19日に新しいアルバム『834.194』が出るまで、じつはきちんと対峙して音楽を聴いたことはなかった。

リーダーの山口一郎という人物に関心が向いたのは、音楽業界の4団体と国会議員らで作る「ライブ・エンタテインメント議員連盟」が、2017年の4月に開いた会合を伝える新聞のニュースが最初だった。

ネットの転売サイトでチケットが高額転売されることへ、アーティストの側から怒りの声を発してくれたことに、問題解決の糸口が見えた気がして好感を抱いた。

「僕らはいろいろ考えてチケットの値段を決めているが、その何倍もの価格で転売されている。音楽や文化に関わっていない人が利益を得て、ファンが無駄なお金を支払って文化を体験する状況は許せない」

ロックバンドのメンバーというよりも、文学者のような落ち着いた佇まいにも惹かれた。

それから2年が過ぎた今年の6月14日、高額転売を禁じるチケット不正転売禁止法が施行されたことを知った。

声を出して立ちあがった人たちの尽力によって、音楽や文化に関わっていない人が転売で利益を得ることはできない仕組みになったのである。

「チケット適正流通協議会」発足 サカナクション・山口一郎さんも賛同 / J-CASTトレンド

ところで、ぼくはどういうわけか5月に入ってから、2011年に40歳で早逝したレイ・ハラカミのことが思い出されてならなかった。

京都まで会いに行ったときに話した喫茶店などの感触なんかをイメージしながら、何度か彼のアルバムを聴いていると、サウンドもグルーヴも今の時代のほうがしっくりくるように感じた。

そして山口一郎が影響を受けたアーティストとして、レイ・ハラカミを挙げていたということを知った。

デビュー前にレコード店(HMV)でアルバイトをしていた時、レイ・ハラカミの曲が店頭に流れてきて、それをきっかけに彼は電子音楽に振り切ろうと思ったらしい。

なぜか合い通じるものを感じて、勝手に親しみが増したと思って喜んでいたら、レイ・ハラカミの音楽が6月20日から配信で聴けるようになった。

そんな偶然にも驚かされた。

その後で2016年に制作されたサカナクションの「多分、風」というプロモーション・ビデオを観たのだが、終わった後も違和感と懐かしさのようなものが複雑に残った。

重い曇天の空と海の映像は、日本だけで閉じてはいないという気がした。

そしてぼくが大人になってからもっとも影響を受けた詩人、石原吉郎の言葉が不意に浮かんできたのである。

ほんとうの悲しみは、それが悲しみであるにもかかわらず、僕らにひとつの力を与える。僕らがひとつの意志をもって、ひとつの悲しみをはげしく悲しむとき、悲しみは僕に不思議なよろこびも与える。人生とはそうでなくてはならないものだ。
(石原吉郎『望郷と海』ちくま学芸文庫)

東京外国語大学を卒業後に召集されて陸軍に入った石原吉郎は、終戦後にソ連軍に捕えられて八年もの間、中国大陸で対ソ作戦に従事した罪によって、シベリアの強制収容所を転々とさせられた。

ようやくスターリンが死去して実施された特赦によって帰還したのは、一九五三年になってからのことだ。

しかし、共産主義に洗脳されて帰ってきたのではないかと疑われて、故郷の人々から受け入れを拒絶された。

そのあまりに苛烈な体験を癒すために詩を書き始めた石原吉郎のことを、まだ10代になったばかりの山口一郎が、詩集を読んで影響を受けていたという。

ネットを経由して発言を検索していたとき、松任谷正隆さんのラジオ番組に出演したときのトークで、「小学校のころに読んでた本で、特に印象に残っているものは?」という質問に対して、山口一郎がこのように答えていた。

今も自分のなかで、絶対に外すことのできない詩があって。石原吉郎さんの「竹の槍」なんですが、《直喩を水平に保ち》という1文があるんですよ。当時、小学6年生か中学1年生だったんですけど、全然理解できなくて。でも、その響きだったり字面だったり、リズムにすごく感動したんです。だから、リズムというものは、意味を上回る瞬間があるんですよ。

にわかファンになりつつあったところで、彼の文学性と音楽性の本質の一端に触れたと思えた。

ぼくが覚えていなかった「竹の槍」は、こういう現代詩だった

終りからひとつ手前を
削ぎ落とす
削がれた先が
絶句して落ちる
ひと節ごとの呼吸(いき)のとぎれ目へ
一条の殺意を
叫ぶようにとおす
ひと節ごとに
あおざめる密室を
おしつめてつらぬき
おしつめてはつらぬいた
剛直にして なお
未練のごときもの
直喩を水平に横たえ
借春の弦は
ななめに張り
白い木綿をふたつにひき裂いて
わたるは天秤のさまに
未明へかかる橋だ

ぼくは今、山口一郎とサカナクションというバンドがいれば、日本の音楽シーンもまだまだ前に進んで行けるような気がしている。

サカナクションの楽曲はこちら
『望郷と海』/石原吉郎(著) / ちくま学芸文庫

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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