Interview

竹内アンナ シンガー・ソングライターのイメージを更新するポップセンスと巧みなギタープレイで快進撃を続ける21歳の現在地

竹内アンナ シンガー・ソングライターのイメージを更新するポップセンスと巧みなギタープレイで快進撃を続ける21歳の現在地

昨年、メジャー・デビューを果たし、透明感のある歌声とポップな音楽性で注目を集める21歳のシンガー・ソングライター、竹内アンナ。2018年のデビューE.P『at ONE』の収録曲「ALRHGIT」は、全国のラジオ局22ヶ所でパワープレイを獲得。今年1月には2nd E.P『at TWO』をリリース。その巧みなアコースティック・ギターのプレイスタイルも評判だが、いわゆる“ギタ女”とは異なるポップセンスと斬新なアプローチは、E.P シリーズ第3弾の新作『at THREE』でさらに明らかになってきた。1998年、ロサンゼルス生まれ、京都在住の現役大学生でもある彼女。ギターと共に鮮やかに今を刻む竹内アンナの素顔に迫る。

取材・文 / 佐野郷子 撮影 / 板橋淳一


中1でギターに開眼。最初はギタリストを目指していました。

竹内さんがギターを弾き始めたのは中学1年生からだそうですが、音楽を志したのは?

母が音楽が大好きで、洋楽邦楽、新旧問わずに聴いていたので、私も子供の頃から色々な音楽に触れて育ったんです。アース・ウィンド&ファイヤーの「セプテンバー」が大好きな子供でした。そのうち、母のCDの中からビートルズの『赤盤』『青盤』を見つけて、なぜだか「ゲット・バック」に衝撃を受けたんです。それで、ギターってイイなと思うようになって、小学6年生の時、動画サイトでBUMP OF CHICKENを観たんです。それまでは小学生なのに洋楽ばかり聴いていたちょっと生意気な子供だったんですが、BUMPに出会ってJ-POPや日本のロックに目覚めたんです。同時に自分も演奏する側に立ってみたいという気持ちが芽生えて、中1でギターを買ってもらいました。

J-POP以前に洋楽を好んでいたのは、アメリカ生まれのせいもありますか?

アメリカには5歳までいたんですが、あまり記憶がなくて、母親の聴いていた音楽の影響の方が大きいですね。でも、家族は誰も楽器はやっていなかったので、先生についてギターを習いはじめました。中学には軽音学部もなかったから、バンドより一人で自由に弾いている方が楽しかった。

ギターが上達するにつれ、歌も歌ってみたいと思うように?

いえ。その頃は、歌うことはまったく考えていなくて、ギタリストになりたいと思っていたんです。歌は下手くそだったから自信がなくて。でも、中3の時にギターの師匠に勧められて、ライブハウスに出ることになり、渋々ながら弾き語りで歌ったのが最初でした。その時、初めて自分で作詞作曲したオリジナルをつくったんです。その最初期につくった曲が1st E.P『at ONE』に収録されている「Ordinary days」なんです。

中3でオリジナルとは早いですね。

とりあえず知っているコードを並べただけでしたけど、初めてのステージで、自分の言いたいことを自分の好きなコードで歌って、人に聴いてもらうことってすごく楽しいなと感じたんです。それまでは将来の夢や、なりたい職業もコロコロ変わっていたんですけど、確信したんです。「間違いない!これが私のやりたいことだ!」って。

竹内アンナ エンタメステーションインタビュー

シンガー・ソングライターの概念を覆したジョン・メイヤーに憧れて。

その時から、シンガー・ソングライターを目指したわけですね。

はい。私がシンガー・ソングライターという職業を知ったのは、たぶん、YUIさんやテイラー・スウィフトだったと思いますが、高校2年の時に、「このヒトがいなければ今、私はここにいなかった!」というくらい衝撃を受けたジョン・メイヤーをYouTubeで観たんです。彼のギター・テクニック、歌、曲、ルックス、すべてが今まで自分が想像していたシンガー・ソングライターという概念を超えていた。ただ歌うためにギターを弾くのではなく、ギタリストであり、シンガーでもあるその存在感に圧倒されてしまって。

ジョン・メイヤーに憧れるなんて、ギタリストを目指していただけのことはありますね。

そうですね。彼のように自由自在にギターが弾けたら、もっと音楽が楽しくなるだろうなと純粋に思ったんです。そこで明確な目標ができて、今までも頑張ってきたつもりだったけど、もっと本腰を入れてギターを練習しようと。

すでにプロになることを意識していたんですね。

はい。高校生になってからは、オーディションを受けたり、ライブハウスに出演したり、ストリートライブもするようになって、私はグランフロント大阪公認のストリートライブによく出ていたんですけど、そこですごく鍛えられました。

音楽中心の高校生活だったんですね。

そうではあったんですが、高校時代に学生プログラムでアジアを中心に海外に行って、現地の方々と交流して、そこで色々見聞きしたことや体験したことが自分には大きかったかなと思います。それで大学も国際関係を学ぶ学部に入学して、将来は自分が音楽で何か貢献できるようになりたいという大きな目標が生まれたんです。ギタリストのMIYAVIさんは世界各地の難民の保護や支援をするUNHCRの親善大使として活動されていますが、私もいつかそういう役割を担えるようなアーティストなりたい。そんな夢もあるんです。

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TLCのカヴァーを一番喜んでくれたのも音楽好きな母でした。

デビューのきっかけもオーディションだったそうですね。

たくさんオーディションを受けて、いいところまで行くんだけど落ちて、それでもめげずに応募し続けて、大学に入ってやっと結果を残すことができたんです。やっぱり、家族の応援と協力あってのことでしたね。母が音楽が好きだったおかげで、私もディスコやクラブ系の音楽も好きだし、選り好みせずに色んな音楽を聴ける環境にいたことも大きかったですね。

メジャー・デビューE.P『at ONE』で、TLCの「No Scrubs」をカヴァーしていたのはそんなバックグラウンドがあったからなんですね。

TLCも母が聴いていたので、カヴァーを一番喜んでくれたのも母でした(笑)。E.Pシリーズでカヴァーしている3曲は、自分のルーツだったり、ずっと好きな曲ですね。『at TWO』でカヴァーしたガンズ・アンド・ローゼズの「Sweet Child O’ Mine」は、「SXSW 2018」の時にサウンドチェックで試しに歌ってみたら、思いのほかアメリカ人にウケちゃって、みんな一緒に歌ってくれたんですよ。

デビュー前にはアメリカ・テキサス州オースティンの大型フェス「SXSW 2018」に出演、全米7都市を回る「Japan Nite US tour 2018」にも参加していますね。

ロスには5歳まで住んでいたんですが、それからはずっと京都だったので、アメリカに音楽をしに帰れるのがすごく嬉しかった。そこでロックバンドからヒップホップのグループまでジャンルもバラバラな色んなアーティストと一緒になって、デビュー前に刺激を受けたことは良かったと思います。ステージのMCは英語でしましたが、音楽は言葉を超えるってレスポンスで分かったし、度胸がつきました。

竹内アンナ エンタメステーションインタビュー

デビュー作の収録曲「ALRHGIT」は各地のラジオ局でパワープレイとなり、評判を呼びましたね。

「ALRHGIT」は、まだデビューが決まっていなかった19歳の頃につくった曲なんです。ラジオで私のことを知ってくださる人が増えて、ライブも「ラジオで聴いて来ました」という方が多いんです。クルマの中でたまたま自分の曲が流れてきたときは、「ああ、こうしてみんなも偶然、私の音楽に出会ってくれているんだ」と思うとグッときました。私の知らないところで私の曲が聴かれている。それがデビューしてからのいちばん嬉しい変化でした。

新しい音にチャレンジした『at THREE』のリード曲「20 -TWENTY-」

今年1月には2nd E.P『at TWO』、この6月には新作『at THREE』とリリースが続いていますが、すでに従来のシンガー・ソングライターのイメージとは異なる新しいポップネスを感じさせますね。

アコギを弾きながら歌うので、ギターを中心にしたサウンドがベースにはなるんですが、ジャンルを問わず好きな音楽がたくさんあるので、エレクトロなトラックにアコギを入れたり、アコースティックに限らず新しい音にチャレンジしたいと思って。最近は初心者ですが打ち込みにもチャレンジしたり、一人で弾き語りのライブをする時はルーパーを使って、新しい世界観をライブでも再現できるように工夫しているんです。

E.P シリーズ第3弾の『at THREE』のリード曲「20 -TWENTY-」も、アーバンな夜の気配と少し大人っぽいヴォーカルが新しい表情を見せていますね。

1枚目、2枚目はギターの弾きやすさを考えてつくったんですが、「20 -TWENTY-」はそれを一度置いて、先ずはベイシックなトラックをつくり、そこからアコギをどう入れるかを探っていったんです。今までとは違う発想でやってみたので、すごく新鮮だったし、今までと違う表情が出てきたのかもしれませんね。

20代になったことも関係している?

していると思います。二十歳になって、お酒が飲める場にも行けるようになったし、でも、まだ、クラブとか行ったことないんですけど、やっと打ち上げにも出られるようになったし(笑)。「20 -TWENTY-」の歌詞みたいに終電は逃したことはまだないんですけど(笑)、これからは一人で自由に行動できる気がしています。

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自分のプレイリストにはヒップホップもK-POPも入っています。

夏にぴったりの弾むようなメロディーの「SUNKISSed GIRL」や、ラップが入る「Lovin’ Drivin’ Darlin’」もキュートな歌声が印象的ですね。

歌に関しては、やっと自分の声の特徴や歌い方が分かってきたところなんです。歌詞を書くときは先ず英語で歌って、そこに日本語を組み合わせていくんですが、リズムと韻は意識していますね。ラップは“もどき”ですけど、自分のプレイリストにはヒップホップも入っているし、前からK-POPが好きなので、その影響もありますね。最近、サブスク(リプション)で台湾やタイなどの音楽が聴けるようになってきたので、アジア圏の音楽にもハマり始めたんです。

新しい音楽への好奇心やキラキラした眩しい曲調は、今の竹内さんそのものですね。

そうだったら嬉しいですね。私、指向が基本的にポジティブなので、曲も歌詞も明るい、楽しい方向になるんですよね。それにこの3枚で私の色んな音楽性を知っていただきたかったので、自分のやりたいことは出来たかなと思っています。9月にはリリースツアーもあるので、ぜひライブも観ていただきたいですね。

ライブではスラッピングとループを取り入れた竹内さんの巧みなギター・プレイも見られますね。

そこはブレずにこれからも続けていきたいと思っているんです。今年、バンドでライブをするようになって、バンドで歌う気持ちよさとグルーヴを知ったので、モチベーションがますますアップしています。

その他の竹内アンナの作品はこちらへ。

ライブ情報

3rd E.P Release TOURat THREE

9月15日(日) 京都・KYOTO MUSE
9月16日(月) 名古屋・ell.FITSALL
9月22日(日) 大阪・Music Club JANUS
9月23日(月) 東京・WWW

竹内アンナ

1998年4月25日、アメリカ・ロサンゼルス生まれ日本・京都在住。幼少より親の影響で70年代や80年代の音楽に触れ、中学1年生でギターを弾き始める。アコースティック・ギターにスラッピングを取り入れたプレイスタイルと、透明感のある歌声が各所話題になり、2018年3月アメリカ・テキサス州オースティンで行われた大型フェス「SXSW 2018」に19歳で出演。ニューヨークからサンフランシスコまで、全米7都市を回る「Japan Nite US tour 2018」にも参加し、ライヴ会場だけで200枚近くのCDを販売。帰国後、アメリカで販売していた「alright」を地元関西のCDショップ限定でリリース、デビュー前にも関わらず表題曲「alright」が全国のラジオ局で大プッシュされる。同年、8月8日に4曲入りE.P『at ONE』でメジャー・デビュー。収録曲「ALRHGIT」のは全国22ヶ所のパワープレイを獲得。2019年1月23日には2nd E.P『at TWO』をリリースし「Free! Free! Free!」がサブスクリプションで支持をされ、多くのプレイリストで共有される。6月26日には『at THREE』をリリース。

オフィシャルサイト
http://takeuchianna.com/