Interview

松室政哉 新しい方向に踏み出したニュー・シングルで、彼はどんな心情を描いたのか?

松室政哉 新しい方向に踏み出したニュー・シングルで、彼はどんな心情を描いたのか?

松室政哉のセカンドシングル「僕は僕で僕じゃない」は昨年10月リリースの1stアルバム『シティ・ライツ』以降の新境地を切り開いた作品となった。ポップでキャッチーであると同時に、パーソナルでリアルな感触がある。ネガティブな響きのフレーズをたくさん使いながら、壁にぶつかり苦悩しながらも答えを探し続ける主人公の姿が描かれていて、最終的なところでネガティブな要素がポジティブに反転していくダイナミズムを備えている。聴き手に様々なきっかけを与えてくれるタフな曲なのだ。彼のせつない恋愛ソングもいいが、人生を探求する内省的な歌もいい。着実に音楽表現の幅を広げつつある彼に聞いていく。

取材・文 / 長谷川誠 撮影 / 鈴木圭


アルバム『シティ・ライツ』を作ったからこそ、違う視点の曲、パーソナルな方向に向かう曲を作れたんだと思います。

メジャー・デビューしてから、約1年半たちましたが、メジャー・シーンでの活動、どう感じていますか?

自分が今まで経験してなかったことだらけなので、常に新鮮ですし、毎回いろいろ考えながら、そして楽しみながらやれてる感じはありますね。

1stアルバム『シティ・ライツ』を完成させて、初のツアーを終えた時、どんなことを思いましたか?

『シティ・ライツ』の世界観って、自分の中でかなり長い時間をかけて作り上げてきたものだったんですよ。2月にツアー・ファイナルの東京でのライブが終わった時に、自分が語りたかったことをここでひとつ、完結させることが出来たなと思いました。

1stアルバムで語りたかったことというと?

僕は映画が大好きなんですが、『シティ・ライツ』のテーマとなっていたのは映画における群像劇のように、街で生きているいろんな人々を僕の目線で描いていくことでした。アルバムのラストの「息衝く」という曲はその中でも最もパーソナルな部分を歌っていて、映画のエンドロールみたいな曲になった。映画って、エンドロールで初めて監督の名前が出てくるじゃないですか。どれだけその映画の世界の中に入っても、最後には監督の名前が出てくる。「息衝く」もそんな位置にある曲ですね。アルバムの最後で、“以上、松室政哉でした”って告げるような楽曲を入れたくて、作りました。

松室政哉 エンタメステーションインタビュー

パーソナルな曲という方向性は今回のシングル「僕は僕で僕じゃない」に受け継がれて、さらに顕著になっています。

ツアーが完結した時に、次は映画でいうカメラの位置、目線をどうするかを考えたんですよ。『シティ・ライツ』を作ったからこそ、違う視点の曲、パーソナルな方向に向かう曲を作れたんだと思います。視点を変えようと思った時に、まず浮かんだのが新社会人というテーマでした。ちょうど時期的にも春に向かっている時だったし、自分自身もツアーが終わって、次はどうするか、新たなものを探しているタイミングだったので、自分と新社会人とを重ねあわせて、作っていきました。僕は会社で働いた経験はないですが、葛藤や苦悩を抱えていたのは一緒で。新社会人に限らず、みんな、同じようなことで悩んでいるんじゃないかなって。そんなことを考えながら、書き始めました。

ネガティブな響きの言葉がたくさん使われていますが、最終的には生きていくパワーが伝わってきます。

タイトルにしても、サビの“あの日の僕はもういない”というフレーズにしても、それらの言葉だけを取り出すと、えっ?って思うかもしれないですよね。この歌の主人公はあえてそういうネガティブな言葉を自分に言い聞かせることで、心のバランスを取っているんですよ。社会に入ってきたばかりの新社会人って、それまで頭の中で考えてきたこととは違う状況に直面して、しくじったり、とまどったりして、心が折れそうになることがたくさんあると思います。それでも頑張ろうとして葛藤し続けるのはなぜかというと、観たい景色、手に入れたいものがあるから。もっと先に行きたいと思わないならば、諦めればいいんだけど、この曲の主人公はこのままでは終われないってあがいている。その葛藤こそがこの曲の本質なんですよ。

答えが見つからなくても探し続けること自体、前向きな行為ですもんね。

そうだと思います。

歌詞を共作するのは、アレンジャーさんに協力してもらうのと一緒だと思うんです。

歌詞の中に<22年の助走>というフレーズがありますが、松室さんは22歳の時、どんな環境の中にいたのですか?

大阪から上京したタイミングですね。その時って、今の事務所に決まっているわけでもなく、具体的な展望があるわけでもなかったんですよ。あるのは根拠のない自信だけ(笑)。ライブハウスでライブをやっても、お客さんはほとんど来ない。曲作りをしながら、バイトをする日々で、自分は何をしに東京にやってきたんだろうって、自問自答する瞬間がたくさんありました。この曲はその当時の心境を思い出しながら書いた曲でもありますね。

先が見えない状況だったんですね。

それでもやめなかったのは、こうなりたいんだという強い思いがあったからだと思います。

松室政哉 エンタメステーションインタビュー

タイトルにもなっている<僕は僕であって僕じゃない>というフレーズはすぐに出てきたんですか?

「きっと愛は不公平」も「毎秒、君に恋してる」もそうですけど、小説や映画のタイトルのようなものが好きなんですよ。作詞はいしわたり淳治さんと一緒に共作でやらしてもらって。そういう経験は初めてだったんですが、自分以外の人と一緒に作ることで、自分の世界観も広がるし、刺激を受けるし、自分の中から出てくる言葉も変わってきますよね。勉強になったし、楽しかったです。『シティ・ライツ』とは違うところを見せるという意味でもいしわたりさんとの共作は大きかったと思います。

歌詞を共作するのは、大きな決断だったのではないですか?

いや、自分が何を表現したいのか、何を歌いたいのかが明確であれば、問題ないというか。アレンジャーさんに協力してもらうのと一緒だと思うんですよ。これまでの曲もいろんな人の力を借りて作って来たわけだし、いろんな人が加わってくれることで100%のものが120%、130%になっていくなら、そのほうがいい。日本ではシンガーソングライターはひとりで曲を作るものというイメージがありますが、海外ではいろんな人が参加して一緒に作ることがごく普通に行われている。エド・シーランにしても、いろんな人がクレジットに入っているわけじゃないですか。自分が何をやりたいかをちゃんと把握しているならば、人との共作は歌の世界が広がっていくという意味でもおもしろいと思いますね。

いしわたりさんと一緒に作って、具体的に刺激を受けたことは?

当たり前ですけど、人によって、いろんな視点があるので、こういう見方もあるんだなって気付いたり、逆に、自分はこういう視点で見てたんだなって、改めて気付かされたり。勉強になりました。

歌うことについては、ツアーを経たことで、自分の中で今まで以上にピントが合ってきた感じはしました。

歌詞とサウンドとの間に適度の距離があって、曲調は暗くなりすぎず、ポップでキャッチーリズミカルというところもおもしろいですね。

歌詞は歌詞でひとつのカラーがありながら、この曲の伝えたいもうひとつのことをサウンドで表現しています。聴いてもらった時に、すっと入っていくためには、ポップなメロとサウンドになっていて、歌詞と対比があるほうがいいだろうと判断しました。

ピアノ・ポップ的な要素もあります。

ポップでキラッとしているけれど、一筋縄ではいかない感じを出したい、ベン・フォールズ・ファイヴみたいにピアノをメチャクチャ叩きながら、サビはしっかりポップスとして成り立っていたい、といったことをアレンジの河野圭さんとお話して、形にしていただきました。おもしろいものになったと思います。

松室政哉 エンタメステーションインタビュー

歌に関して、ツアーを経たことで、何か変わってきたことはありますか?

もともと歌うことは好きですし、歌の表現についてもいろいろ考えてきていたんですが、ツアーを経たことで、自分の中で今まで以上にピントが合ってきた感じはしました。ツアーって同じセットリストを各会場でやるわけで、どういう風に歌えば、どう伝わるのかとか、今まで以上に試したり、追求したりする機会が増えて、その経験を経てのレコーディングだったので、曲に対しての歌のテンションや感情の部分に関して、より深く突き詰めて歌うことが出来たんじゃないかと思います。この曲って、初披露がツアー・ファイナルの東京だったんですよ。「新曲、やります」って紹介して歌ったんですが、お客さんはその時、初めてこの曲を聴くわけじゃないですか。デビュー以降、失恋や片思いの曲が多かった中で、ちょっと違う目線の歌を歌った時にどんな反応をされるのかなっていうドキドキがあったんですが、この曲を歌った時に、男女問わず泣いてるお客さんが結構いて、初めてでも、こんなにちゃんと伝わるんだって、この曲の方向性を改めてお客さんに教えてもらいました。

「僕は僕で僕じゃない」は実際の新社会人が登場するドキュメンタリー映像も公開されています。この映像はどんな経緯から?

この曲から派生した映像を作ったらおもしろそうだなっていう話が最初にあって、ミュージックビデオの監督さんが街頭でインタビューもやってくれてたんですよ。そうしたら、監督さんと本当の新社会人の人が意気投合しちゃって、「もっと話を聞きたい」「いいですよ」というところから始まって、最終的にこの形になりました。社会に出たら、理想と現実のギャップがあって、今まで経験したことのない壁にぶち当たって、葛藤することもたくさん出てくると思うんですよ。彼らはそうした中で、「僕は僕で僕じゃない」で描いていることへの答えをそれぞれしっかり発言してくれて。みんな、しっかり考えていてすごいなと思いました。それはやっぱりそれぞれが軸を持っているからなんですよね。

「僕は僕で僕じゃない」は聴き手にエールを送る部分と問いかける部分と、ふたつの面がある曲でもありそうですね。

多分、人によってこの曲の捉え方は違うと思います。僕としては、この曲を聴いて自分を見つめた時に、明日はもうちょっと頑張ってみようと思ってもらえるきっかけになったら、うれしいですね。

「Hello innocence」は、実は結構、エレキギターも入っていて、ロックな曲なんですよ。

2曲目の「Hello innocence」もヒリヒリした曲です。ネガティブな感情を描いた2曲が並んでいるのはかなりインパクトがあります。

「Hello innocence」の原型になるものは大阪時代に作っていて、実は3、4年前ぐらいにはオケのレコーディングもしているんですよ。デビュー前には歌入れもして、ライブでやったりもしていました。いつかはこの曲を世に出したいと常々考えていて、今回、「僕は僕で僕じゃない」が出来た時に、ここなら行ける!って(笑)。「僕は僕で僕じゃない」と歌ってる内容は違うんですけど、この2曲が対になった時に、総合的なメッセージが生まれるような気がしたので、今回、晴れて世に出せて良かったなと思っています(笑)。

胸の痛みがヒリヒリ伝わってくる曲ですよね。

後悔をテーマとして作った曲ですね。なんであんなことを言ってしまったんだろうとか、どうしてあの時、傷つけてしまったんだろうっていう後悔って、誰しも経験したことがあると思うんですよ。人って、辛いことを思い出す時、その時の同じ気持ちのまま、思い出せるってことを聞いたことがあって。“悲しみは時とともに風化していく”ってよく言いますけど、人間は体験した時と同じ感情をいつでも思い出せるし、その感情は減らないということを誰かが語っているのを聞いたことがあって。科学的に立証されているのかどうかはわからないんですけど、そのままの状態で思い出せるのは何か意味のあることのような気がするんですよ。これは曲が先に出来たんですが、かなりシリアスでドーンと来る曲調だったので、「僕は僕で僕じゃない」とは逆に、シリアスな方向に思いっ切り振り切って作りました。痛みがあるからこそ、生きていることを感じられるというところまで描けたらと思っていました。

松室政哉 エンタメステーションインタビュー

“Hello,innocence”という言葉はどういうところから出てきたのですか?

この言葉は最初からありました。最初というのは大阪時代です。この言葉から広げていったところもあるし、サウンドが持ってきてくれた言葉もありました。このサウンドだったら、こういう言葉がいいかなって、広げていきました。

“Hello,innocence”と“Goodbye,innocence”というフレーズが並列しているところも深いなと思いました。

後悔って、相手がいるものだから、自分ではジャッジ出来ないところがあるじゃないですか。自分で自分を裁こうとしても、答えの出ない裁判みたいなものになっていって、考えれば考えるほど真っ暗になってしまう。でもそうやって考えることに意味がある気がしたので、そこを描いた曲になったのかなと思います。

歌も演奏もストリングスもエモーショナルで、感情のほとばしりを感じさせてくれる曲でもあります。

ライブでもこういう曲がひとつあると、印象が変わるんじゃないかと思います。実は結構、エレキギターも入っていて、ロックな曲なんですよ。

冒頭の混沌とした不穏なストリングスも効果的ですね。

前衛映画のBGMみたいな始まり方なんですが、ストリングスが入ることで、サスペンスの雰囲気も出ましたね。あのストリングスはチューニングしている時に現場で思い付いて、「そのまま入れてください」とお願いしました。いまだに自分でも聴いてもドキドキします。サウンドは実験につぐ実験で、普段やってないこともたくさんやったので、楽しみながらの作業になりました。

「Hello innocence」を聴いたあとに「僕は僕で僕じゃない」を聴くと、ちょっとホッとします。

この2曲をループさせて聴くことで、それぞれの曲の印象も変わっていくと思います。まずはこの二つの世界観がしっかり届いたら、うれしいですね。「Hello innocence」は西瓜における塩みたいなもの。「僕は僕で僕じゃない」という曲の味を引き立ててくれる役割も果たしているので、カップリングの曲としてぴったりだと思います。

西瓜と塩という比喩がおもしろいですね。

「僕は僕で僕じゃない」は西瓜みたいに甘くはないんですけど、この曲が本来持っている希望を西瓜の甘さに例えるとすると、2曲目の「Hello innocence」のヒリヒリした痛みが塩で、その塩が入ることで、その希望がより際立つのではないかと考えています。

「僕は僕で僕じゃない」でのパーソナルな曲作り、今後はどんな展開になっていきそうですか?

『シティ・ライツ』でひとつ満足出来るものが完成して、パーソナルな方向に向かって、「僕は僕で僕じゃない」という曲が出来たので、しばらくはこの方向性に沿ったものを作っていこうと思っています。今後、どんなものが生まれるのか、自分でも楽しみですね。

その他の松室政哉の作品はこちらへ。

ライブ情報

6月28日(金)「Matsumuro Seiya presents “LABORATORY” session 1」 東京・shibuya duo music exchange
7月23日(火)「“cafe de MURO”」 静岡・LIVEHOUSE UHU
7月25日(木)「“cafe de MURO”」 大阪・umeda TRAD
8月23日(金)「“cafe de MURO”」 栃木・宇都宮HEAVEN’S ROCK Utsunomiya 2/3(VJ-4)
8月25日(日)「“cafe de MURO”」 宮城・SENDAI KOFFEE CO.

松室政哉

1990年1月4日生まれ。小学生の頃、カセットテープから流れたサザンオールスターズに感銘を受け、おもちゃのピアノで作曲を始める。中学から本格的に音楽活動を開始。「インディカ29」のボーカルとして”TEEN‘S MUSIC FESTIVAL”の全国大会に出場。高校からはシンガーソングライターとして活動を始め、”閃光ライオット”のファイナリストに。2013年、オフィスオーガスタに見出され、2014〜2015年はオープニング・アクトとして、2016年からは先輩アーティストと名を連ねメインアクトとして”Augusta Camp”に出演。2017年11月1日にAUGUSTA RECORDS / ユニバーサルミュージックよりメジャー・デビュー。2018年10月、1stアルバム『シティ・ライツ』をリリースし、全国ツアー「Matsumuro Seiya Tour 2019“City Lights”」を開催した。

オフィシャルサイト
http://matsumuroseiya.com/