LIVE SHUTTLE  vol. 357

Report

山口洋、仲井戸麗市が全身全霊で伝えたメッセージ。福島への変わらぬ思いが魂のセッションとして昇華した夜

山口洋、仲井戸麗市が全身全霊で伝えたメッセージ。福島への変わらぬ思いが魂のセッションとして昇華した夜

2011年3月11日の東日本大震災から8年が過ぎ、記憶が風化していく中で、今なお変わらず、より強い意志と情熱で、町の復興に取り組んでいるプロジェクト、MY LIFE IS MY MESSAGE。HEATWAVEの山口洋が主宰する活動に賛同する多くのミュージシャンが、音楽を通じて毎年力を贈ってきた。 “Brotherhood”と冠された今年は、長年活動を支える仲井戸“CHABO”麗市とのステージ。そのプロジェクト名の通り、生き方がそのまま音楽となった二人のミュージシャンによる壮絶なまでのステージから放たれたものは何だったのか──。観客一人ひとりに手渡され、刻み込まれたものをここに記しておきたい。

取材・文 / 村崎文香 撮影 / 小山琢也


MY LIFE IS MY MESSAGE 2019
Brotherhood
山口洋(HEATWAVE)×仲井戸“CHABO”麗市
2019.6.28 横浜THUMBS UP

「フクシマは忘れてほしい。でも、福島を忘れてほしくはない」
福島在住の詩人・齋藤貢さんは、8年目の夏にそう言った。
そして山口洋は、今年もMY LIFE IS MY MESSAGEを開くことの意味をこう綴った。

正直にお伝えするなら、時間の経過、記憶の風化とともに、活動を継続することが難しくなってきたことは否めません。たしかに“忘れていくこと”は、人が本来持っている“癒える”ためのプロセスだと思います。震災後、たくさん存在していたプロジェクトもほとんどがなくなっているか、活動を休止しているのが現状です。
それでも、忘れてはいけないことがあると思うのです。「あのときの気持ち」。明日があるのは当たり前ではなかったこと。

開演前、「かえる新聞」とともに一人ひとりに手渡されたその文面には、新たな哀しみとともに、これまで以上に強い意志が記されていた。その「意志」は、生身の身体とギターという楽器を通して、怖ろしいほどの烈しさで私たちに手渡された。
あの日の、あの日からの恐怖を、絶望を、哀しみを、怒りを、愛惜を、決して「なかったこと」にはさせないために。
“Brotherhood”と冠されたMY LIFE IS MY MESSAGE 2019は、ライヴ・パフォーマンスという枠を遥かに超えて、記憶に、身体に、直接コミットし、風化することのないものを刻みつけた。
ひとりとひとり、その間から生み出された「何か」は、あの日の津波に抗うかのように壮絶で、熱く、渦を巻いて、拡散し、新たな場所に、宿った。
一生に一度聴けるかどうかのセッション。言葉にするのは難しいけれど、言葉でなければ伝えられないものを、記しておきたいと思う。

今年の会場は横浜サムズアップ。アイルランドや英国のパブのように飲んだり食べたりしながら音楽を楽しむことができる店。発売後間もなくSOLD OUTとなったこの日のライヴはスタンディングの当日券も出され、いつにない熱気が漂っていた。
定刻通りに開演。最初のステージは山口洋だ。
1曲目は「Don’t Look Back」。2011年3月11日の後につくった曲。ギターの音色、声が、潤いを含んで優しさとなって溢れ出す。
大きな傷を負った心を、からだを、真に励ますメッセージ。リヴァーヴを効かせたギターは山口にしか出せない響きだ。水を打ったように鎮まる聴衆に「みんな元気?」と山口。
「今年のテーマはBrotherhood。2013年くらいからCHABOさんとやらせてもらってて、たくさんのものを俺は受け取ってきたので、みんなにも手渡そうと思って。“自分のことの前にいつもひとを思いやる”──それがCHABOさんから渡されたもの」

2曲目は新曲「BROTHERHOOD」。エッジの効いたギターのリフにのせて「世界は今日も痙攣してる」と「いま」を歌う。

若かりし時より その後のほうが長いから
Blood Brothers
おまえの夢に取り組んでくれ
生きてるうちが夢なのさ

HEATWAVEというバンドを結成して40年。若かりし時を過ぎてもなお夢に取り組み続ける自らに胸を張り、他者の人生にエールをおくる歌には、R&Rの先達への敬意と感謝が溢れている。
続く「夢に取り組んでみよう」も新曲。8年前、ブルース・スプリングスティーンの「Working on a Dream」に励まされたときからの思いを込めた曲。
「その人がいくつであれ、一人ひとりが自分の夢に取り組めば、世の中はたぶんこんなふうじゃない」
「つかむ」でも「叶える」でもなく「取り組む」こと。借りものじゃない自分だけの夢に。熱を帯びるギター・ソロは、薄汚れた都会の路地裏にも、すべての木が切り倒されたジャングルにも昇る太陽のように、強い光を放つ。

夢は十代の時にだけ語る絵空事ではない。泥まみれの、傷だらけの、無からの出発を、後ろから照らす光だ。フロアは恐ろしく静かだ。息も立てないほど集中して一人ひとりが聴き入っている。ふだんのサムズアップとは違う空気がその場を支配している。

「もっとリラックスしていいんだよ。エコノミー症候群になるよー」と山口。♪深呼吸してみよう〜と歌って、標高3000mを超える雪山を直滑降で降りてくる盲目のスキーヤーの話をして「BLIND PILOT」。
ここ2年くらいライヴの定番ともなっている疾走感溢れる曲だが、この日の演奏は特別だった。屹立した断崖絶壁に営巣する海鳥のように。あるいは光速を超えてワープする宇宙船のように。山口のギターが天空の果てを目指す。

小手先ではできない経験の厚み、深み。精神力、体力だけではない、人間としての力の極み。
一年に一度この場に集う人々を、福島を、誰も置き去りにしない。想いは熱量に変わり、星のように降り注ぐ。
気づくと涙が溢れていた。遅れて、それは私だけじゃないことがわかった。

圧倒的な迫力で演奏を終えた、その後が秀逸だった。次に登場する仲井戸“CHABO”麗市のために、山口がグラウンド整備を始めたのだ。グレッチをアコギに持ち替え、マイクのケーブルも外して、生歌とブルースハープ、生ギターで「歌を紡ぐとき」。過剰にヒートアップした会場を冷ますように、丁寧に紡がれる歌、ギターの音色は、故郷の地平線を照らす夕陽のようだった。

「それではみなさん、私が心から尊敬している偉大な先輩を紹介するので、盛大な拍手で迎えてください」とCHABOに交代。照れたような笑顔で、それをそのまま山口に返すような仕草を繰り返しながらステージに登場したCHABOは、ライ・クーダーとテリー・エヴァンスの「愛とはいつもこんなもの/That’s The Way Love Turned Out For Me」をバックにポエトリー・リーディング。

もうすぐ僕らの好きな音楽の季節だ
バス停で待ってる いつものバス停
雨ももうすぐやみそう
そしたらまた新しい夏が来るぞ

飾らないCHABOの詩は、誰もが昔は少年少女だったことを思い出させる。夏への期待は、自由と冒険、見知らぬ世界への憧憬だ。ライ・クーダーに呼応するようにギターを鳴らし、山口が綺麗に均したステージから、新たな風景への扉を開く。
「今日は絶対雨だと思って、雨の歌いっぱい用意してきたのに」と「よこはま・たそがれ」「ブルーライト・ヨコハマ」の触りを歌って「サムズアップへ、よォーこそ!」。
「大雨の歌、うたうぞー!」と「さまざまな自由」。

夜の雷はフィナーレのようで
その時俺はちょっとクールになったのさ
びしょ濡れのハイウェイなら何もかも
泣き出したい程に 唯々綺麗さ

『DADA』(1993)からの楽曲が、いまも瑞々しい光を放つ。シンプルに「個」を突き詰めれば「普遍」に通じることを、CHABOの歌は教えてくれる。傘なんて役に立たない雷や雨に対抗できるものがあるってことを、CHABOのギターは教えてくれる。

「お足元の全然悪くないところへ、よォーこそ! 立ってる人、ゴメンね。俺も立ってるからね」
「今回、いいタイトルつけたね。カッコいいね。兄弟仁義」

限りない優しさと気の置けなさを詰め込んだMCがフロアの空気を柔らかく解いていく。授業をサボってヨコハマで遊んでいた頃の思い出も、CHABOにとっては地続きの現在なんだろうと思わせる軽やかさだ。
3曲目は、ジョン・レノンの「Oh Yoko」に強い影響を受けてつくった“6月にしか歌わない”曲「ねぇ HISAKO」。続いてビートルズのカヴァーで、「あまりに王道過ぎて、恥ずかしくてやれない」と言いながら「イエスタデイ」。
時間にも雨風にも風化することのない愛しさを記憶に刻みつけるように。ビートルズがやってきた1966年の夏を現出させるように。捨て猫のいのちも大統領のいのちもおなじいのちであることを、過去の真実は現在の虚飾を剥ぐ力があることを叫ぶように。
CHABOのギターは何故こんなにも心を揺らすのだろう。

「去年書いた短いブルース」と紹介して「ハウハウ」。

時代の病い 正義の綻び
憂鬱なウツツ 情熱の瀬戸際
oh それで 毎日 地ベタを ハウ・ハウ

ブルースとは黒人哀歌。否応なく故郷から引き離された人々の歌だ。福島から避難した人は、2012年5月時点で16万6865人。2019年5月現在で4万2929人。CHABOのギターは重く、硬く、綿花を摘む黒人奴隷の、土地を穢された農民の指を思わせるタッチで怒りと綯い交ぜの哀しみを滲出させる。
「山口くんみたいにいろんなマシンが使えると……凄いよな。100人くらいいるみたいだもんな。それを涼しい顔してやるからさ。ああいうやつに対抗するには……対抗しちゃダメ。シンプルなほうがいいんだ」と「バラが咲いた」や「神田川」を爪弾く。
この日のCHABOは会場の空気も手伝って、久しぶりに会う旧友に話しかけるような親密さで、R&Rという河で出逢った先輩や同級生たちのことを語った。
「Dr.John、死んじゃったね……。ミチロウくんも……。同級生だったんだ。同級生といえば萩原くんだ。一回喧嘩しそうになったんだよね。俺があやうく突っかかりそうになって。同い年だったからサ。なんかサ……ずーっと世の中に馴染めなさそうだったショーケンが、俺は大好きでありました」
そう言って歌ったのは「エメラルドの伝説」。1968年、バンドがまだ“グループサウンズ”と言われていた時代のザ・テンプターズの大ヒット曲。こんなに切なく哀しい歌だったか、と記憶を辿る。2枚目の「神様お願い」以上にテンプターズ人気を爆発させ、ショーケンは“アイドル”になったけれど、彼は常に何か欠落を抱えた目をしていた。先に行ってしまった同級生への哀惜が音に声に宿る。
その時代にタイムトリップしたように「ヘイ・ジュード」が聞こえてくる。音質はAMラジオ。そう、FENだ。

久しぶりに聴いたFEN
いいことだけを思い出させてくれるような
まるでいつかのような6月のある午後

ギターから零れる音は雨粒のようで、真珠のよう。ロックが流れてくるラジオは、CHABOはもちろん当時のギター少年にとっては魔法の箱だったのだろう。2019年のいま、FENから反戦歌が流れてくることはまずないけれど、当時は「風に吹かれて」が普通に流れてきていたのだ。清志郎とエアチェックしたカセットテープを交換していた話をした後で、CHABOは山口への思いを伝える。
「俺……山口洋は日本のロックの誠意だって言ってんだ。本当にそう思ってんだ」
ソロ・ステージの最後は「いいぜBaby」。
綺麗事を言わない。自分が実際に見た風景を、画用紙に一筆一筆水彩絵の具を置いていくように、誠実に。人としてのあり方が音に出ている。いちばん困った時、心が折れそうな時、必ず支えてくれる音楽。
弦をかき鳴らした右手が高く上がり、客席のみんなに、山口洋に、サムズアップに感謝とリスペクトを送って、「いい夏をな!」とステージを去る。

15分の休憩を挟んでの二人のセッションには2011年以降の世界が全部詰まっていた。
黒のTシャツに黒いキャップの山口。白いTシャツに水玉のシャツを羽織ったCHABO。
「俺も……水玉が似合うミュージシャンになりたい!」と山口が叫ぶと「今度、お揃いで着よう! 水玉ブラザーズ!」とCHABO。
1曲目はハンク・ウィリアムズの「LOST HIGHWAY」。山口はギターとヴォーカルとブルースハープ。CHABOはスライドギター。二人が敬愛するR&Rの先輩は、生まれた時から脊椎に障害があり、その痛みから逃れるようにアルコールやドラッグを多用し、29歳で逝ってしまった。3分ほどの曲に詰まったその生涯に寄り添うように、互いの響きを絡み合わせる二人のbrotherhood。拳と拳を合わせて互いの健闘を讃えた後、楽屋の話を始めるCHABO。
「さっき俺帰る時、『休憩』って言わなかったから、怒られちゃった……。やだよ、怒られるの。怒られっぱなしの人生だったから。こいつ、助けてくれなかったじゃないか!」
「長いものには巻かれる性質(たち)なんで……」と返しながら、「いやぁ、CHABOさんにdisられるのって気持ちイイなぁ」と山口。
続いて山口が「今回いっぱいリクエストした」中から「You’ve got a friend」。

いったい何ができるだろう
友達として
恋人として
家族として

山口の行動原理を変えたCHABOの姿勢がそのまま表れた歌を真綿のように包む二本のギター。重なって絡み合って、ふうわりと羽のようなシルクの糸に紡がれていく。限りない優しさが会場を覆った後、山口が神妙に切り出す。
「2013年3月11日、遠藤ミチロウさんからこの曲を広めるようにと言われ、いまも布教に励んでいるのですが、聴いていただけますでしょうか?」
拍手の中、ギターを持ち替えた二人の表情がぐっと締まる。山口の手にはアイリッシュ・ブズーキ。爪弾かれるイントロが会場の空気を一気に束ねていく。
「新・相馬盆唄」。
2013年8月、山口は相馬市松川浦で遠藤ミチロウとこの曲を演奏した。遠藤は桃を持って、放射能が降り注いだ美しい土地への哀惜を歌い、最後に桃を齧り、海へと飛び込んだ。その年の10月にはCHABOと二人で炎のようなセッションを聴かせた。今年4月に遠藤を送って初となるこの夜のセッションを形容する言葉は、正直見つからない。
息を飲む、とか、圧倒的、とか、凄まじい、とか、どんな言葉を使っても足りない。強いて言うなら「鬼気迫る」とでも言えばいいのか。

二人の指先、というより肉体から、血が噴き出しそうだった。民謡はその名の通り、民の唄だ。厳しい自然の中で生き抜くために生まれた、いや生まれざるを得なかった唄。節くれ立ったおばあの指が、荒波に漕ぎ出すおじいの真っ黒な腕が、汗で張り付いた背中が、ぬかるみに立つ地下足袋が、逆巻く波が、ギラギラした太陽が、むき出しの生が、すべての感情が、目の前に現出する。たった二本のギターが骨を砕くように激しく魂を揺らし、ぶつかり合い、不可能を可能にするかのように高みを目指していく。

福島県二本松市出身の遠藤ミチロウは故郷を嫌って家を出て、パンクという生き方を音楽で貫いた。そして2011年3月、彼は故郷に強く引き戻された。引き戻された先に見たたくさんの矛盾。理不尽。破壊。蹂躙。絶望。パンクロッカーがハッピを纏って櫓の上で歌い始めたのは、民謡だった。2011年3月11日を「戦争が始まった日」とし、絶望的な状況を前に
「”FUKUSHIMA”の現実と真っ正面から向き合い、その現場から新たな文化を発信することが出来たら、私達の未来は”FUKUSHIMA!”という希望の一里塚を打ち立てることになるのです」
と宣言した彼の魂と生死の境を超えて繋がるような烈しいセッション。時に海鳴りが聞こえ、波飛沫が飛び散るような瞬間を何度も何度も。誰にでもできるわけじゃない。高潔さと強靭さと、志の高みと人間性の深みと。
10分にも及ぶ演奏が終わった後、埋め尽くされた会場の一人ひとりは放心状態の中にいるように見えた。

ギターを持ち替えて「Hungry Heart」(ブルース・スプリングスティーン)。「いのちの永遠」を歌うCHABO。山口はグレッチで全体の音圧を上げる。“第3部”の最後は「満月の夕」。慈しみのギターに安心して身を委ねる山口。情感を「そのまま」音として紡ぎ出す二人。互いへのリスペクトと信頼が見事に二人の息を合わせ、音の艶やかさを増幅させる。

「じゃあ第4部やるよー」とアンコール。「また雨の歌やっちゃうよ。もともと反戦歌だったらしいけど、テキトーな日本語つけたゾ」とCCRの「Who’ll Stop the Rain?」。

クソみたいな世の中でも 腐っちゃいない
さあ見上げてみろよ、ヨコハマの空
雨を止めてくれるのは どんな神様

テキトーと言いながら、オリジナルのニュアンスを見事に自分の言葉で表現するCHABO。3時間近いステージの最後を飾ったのは、山口からの強烈なリクエストに応えて麗蘭の「R&R TONIGHT」。山口のグレッチはいつになく深い光沢のあるクラシカルな響きで土屋公平のパートを引き受ける。

僕等はどれだけの夏を迎えられるだろう
どれだけの夏を見送れるだろう

夏の寂しさの本当の理由を
その訳をいつか知る事が出来るなら

7分を超える歌に絞り出されるもの。
先に逝くものへの鎮魂と畏敬。
先の世界を行くものへのエールと祈り。
このクソみたいな世界を、いまを、誠実に生きること。
夏を、生き抜くこと。

全身全霊のメッセージを受け取った客席からは万雷の拍手。そしてスタンディング・オベーション。二人への、福島への熱い想いは、いつまでも鳴り止まなかった。

このライヴの翌日に二本松を訪ねた。

 
高村光太郎の『智恵子抄』で「安達太良山の上にある空が本当の空だ」と詠われたFUKUSHIMAの空は、見えない放射能に汚されても、変わらず青く輝いています。それがぼくの故郷です。

遠藤が言った空も安達太良山も雨に烟っていたけれど、田植えの終わった水田も、だんだん畑も、山の紫陽花も、清らかな光を湛えて美しかった。その脇には白い塀に囲われ緑のシートで覆われた巨大な除染土の山。その矛盾の中に立ち、今日を生き抜くしなやかな民の姿。
見て見ぬふりをしても、覆い隠された除染土は厳然と私たちの傍にある。私たちは福島を生きている。
8年目のMY LIFE IS MY MESSAGE。そこで見た風景、そこで感じた音の波は、いまもからだの奥で脈打ち、叫び続けている。

MY LIFE IS MY MESSAGE 2019
Brotherhood
山口洋(HEATWAVE)×仲井戸“CHABO”麗市
2019.6.28 横浜THUMBS UP SET LIST

山口洋
01.DONʼT LOOK BACK
02.BROTHERHOOD
03.夢に取り組んでみよう
04.BLIND PILOT
05.歌を紡ぐとき

仲井戸“CHABO” 麗市
01.バス停で
02.さまざまな自由
03.ねぇ HISAKO
04.イエスタデイ
05.ハウハウ
06.エメラルドの伝説
07.夏に続く午後
08.いいぜBaby

山口洋&仲井戸“CHABO” 麗市
01.LOST HIGHWAY
02.Youʼve got a friend
03.新・相馬盆唄
04.Hungry Heart
05.満月の夕

EN1.who’ll stop the rain
EN2.R&R TONIGHT

MY LIFE IS MY MESSAGE

東日本大震災直後の2011年4月に、福島県相馬市の人たちとともに、町とこころの復興を目的として立ち上げた有志の集まり。MUSIC ACTIONとして2011年6月より、山口洋を中心に、仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳ら、趣旨に賛同する多くのミュージシャンとともに、数多くのライブを行ってきた。全国各地のフェスにもミュージシャン有志として出演している。2016年から2017年にかけては、音楽を通じて、2016年4月の大震災で被災した熊本と福島、そして全国をつなぐラジオ番組「MY LIFE IS MY MESSAGE Radio」をエフエム熊本でオンエア。

MY LIFE IS MY MESSAGEオフィシャルサイト

仲井戸“CHABO”麗市

1950年、東京都生まれ。1970年、古井戸としてデビュー。1979年、忌野清志郎が率いるRCサクセションにギタリストとして加入。1985年に初のソロアルバム『THE仲井戸麗市BOOK』を発表。1990年RCサクセション無期限活動停止を機に本格的なソロ活動を展開。1991年、ギタリスト土屋公平((ex)The Street Sliders)とのユニット麗蘭を結成。今年10月には69を迎え、ロックなツアーCHABO Route69を全国各地で開催中。フジロックをはじめ、オハラ☆ブレイク、RISING SUN ROCK FESTIVALなど夏フェスにも出演。

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山口洋

1963年、福岡県生まれ。1979年にHEATWAVEを結成。1990年、アルバム『柱』でメジャーデビュー。1995年のアルバム『1995』には、阪神・淡路大震災後に作られた「満月の夕」が収録され、多くのミュージシャン、幅広い世代に歌い継がれている。2018年4月から、池畑潤二(ds)、細海魚(key)と新生HEATWAVEとしての活動を開始した。バンド結成40周年となる今年、アルバム発表に向けて現在レコーディングの真っ最中。オハラ☆ブレイク、RISING SUN ROCK FESTIVALでも仲井戸“CHABO”麗市と共演する。

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