佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 101

Column

長谷川博一さんを悼む

長谷川博一さんを悼む

長谷川さんの訃報を知ったのは、音楽ライターでもある翻訳家・五十嵐正さんのツイッターからだった。
投稿した時間は2019年7月12日午前0時26分とあった。

同業のライター、長谷川博一さんが亡くなられました。まだ58歳の若さ。早過ぎます。残念です。僕とはB・スプリングスティーン仲間ですが、一般的には、佐野元春さんとの仕事や近年は特にプロレスの著作で知られていたと思います。心からのご冥福をお祈りします。

ここ数年は疎遠になっていたが、信頼が置ける音楽人の早すぎる死は、個人的にダメージが大きかった。
だからその日から4日間、気持ちが晴れないままに彼の著書を何度も読み直した。
ぼくが手元に持っていたのは、彼が編集した2冊の書籍だけだったが、それで十分だった。

「ミスター・アウトサイド : わたしがロックをえがく時」 ソングライティング・インタビュー集 長谷川博一 編 大栄出版 1991年

「バックストリート・ブルース = BACK STREET BLUES : 宇崎竜童 : 音魂往生記」 宇崎竜童, 長谷川博一 編著 白夜書房 2013年

いずれもていねいに作られたインタビュー集で、長谷川さんの真摯な生き方が、そこかしこから感じられた。
とりわけ「ミスター・アウトサイド : わたしがロックをえがく時」は、これをきっかけに彼と出会ったということもあり、10数年間にわたってことあるごとに気になる箇所を読み直してきた。

そういう意味では愛読書の一冊だったが、なかでも忌野清志郎のインタビューからは、貴重な発言が引き出されていたと思う。

もちろん最初のうちはそんなに深く理解できなかったのだが、今年に入って何度も読んでいくうちに、「これは目から鱗だなあ」と感じたところがあった。

ぼくが研究対象にしてきた永六輔氏の作詞は、耳で聞いてわかりやすいふつうの話し言葉で、日本語のイントネーションを大切にするということが基本だった。

それが日本の音楽シーンに革命を起こしたのは、1959年からの数年間である。

それまでの歌詞は、北原白秋、西条八十、野口雨情、みんな美文調でしょう。日常語でつくった歌詞なんてなかったから、僕がつくったのは、詞でもなんでもないと言われた。たしかに『黒い花びら』の「もう恋なんかしたくない」なんて、愚痴っているだけだもん(笑)。

小学生から中学生にかけて永六輔氏の作詞した歌で育った少年や若者たちのなかからは、たくさんのフォロワーが音楽の道に進んだ。

小室等、北山修、井上陽水、さだまさし…、彼らの多くは芸能界とは異なる新しい音楽シーンを日本につくっていった。

そのなかで、ぼくがもっとも永六輔の本質を継承していたと思うのが、実は忌野清志郎だった。

最初にそうだったのかもしれないとひらめいたのは、本書のなかにこんな発言が記録されていたからである。

僕はうたってる言葉がはっきりわかれば、特別難しい言葉を使ったり、難しい文法を使わなくても歌の説得力はあると思うんですよね。別に美文の詞じゃなくてもね、単刀直入のフレーズでも、はっきり聴こえれば説得力はあると思う。(長谷川博一編「ミスター・アウトサイド」 44ページ)

日本語の持っているリズム感を重視していたからこそ、忌野清志郎は自分が感じた気持ちを、できるだけ率直に伝える言葉を探し出すことに力を入れたという。

必ずしも美文調の歌詞は必要ではないとも述べていたが、これもまた永六輔氏の作詞に通じるものだった。

永六輔氏の代表作である「上を向いて歩こう」を、忌野清志郎が亡くなるまで歌い継いでいったのは、そうしたつながりが根底にあったからではないだろうか。

訃報から2日後の7月14日、佐野元春が自らのフェイスブックでコメントを発表した。

音楽評論家で良き友人の長谷川博一さん。
彼が出版した「Mr.OUTSIDEーわたしがロックをえがく時」という本がある。ソングライターがソングライティングについて語るインタビュー集だ。
この本の中で、自分は「情けない週末」という曲の詞について語ったのを覚えている。詞作りについて何も隠さず話した。とてもいいインタビューだった。
それから十数年経って、自分はNHK総合TVで「ソングライターズ」という番組を立ちあげた。ソングライターたちに、ソングライティングの方法について聞く番組だった。
振りかえれば、この番組を企画した時、長谷川さんの本のことが記憶にあったのだと思う。そのことに感謝の気持ちを伝えたかったが叶わなかった。

ぼくが長谷川さんと二人でなにかのライブを観た後に、「日本にまっとうな音楽シーンが確立されるべきだ」と、品川で語り合ったのはいつのことだったか、残念ながらもう思い出せなくなってしまった。

だが彼のキラキラした瞳の輝きは、これからもずっと忘れないでいたい。

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

ウェルカム!ビートルズ 1966年の武道館公演を実現させたビジネスマンたち

著者:佐藤剛
ボイジャー

ビートルズ来日をめぐる人間ドラマを丹念に描く感動のノンフィクション。

1966年のビートルズ来日公演、それは今になってみれば、奇跡的といえるものだった。いったい誰が、どのようにしてビートルズを日本に呼ぶ計画を立てて、それを極秘裏に進めて成功に導いたのだろうか? これは日本の経済復興の象徴だったリーディング・カンパニーの東芝電気と、その小さな子会社として生まれた東芝レコードにまつわる、歌と音楽とビジネスをめぐる物語である。

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