山口洋のSeize the Day/今を生きる  vol. 65

Column

文学と音楽 #002 「遠い声 遠い部屋 」/ トルーマン・カポーティ

文学と音楽 #002 「遠い声 遠い部屋 」/ トルーマン・カポーティ

出逢った一編の映画が、音楽が、一冊の本が、その後の人生を決定づけることがある。
冷酷で理不尽で満たされない少年時代を経て、10代で作家デビュー。“アンファン・テリブル(恐るべき子供)”と称されたトルーマン・カポーティ。
ぱっくりと開いた傷口から噴き出すガラス細工のような文体は、同じ痛みを抱える少年の心に通奏低音のように響き続けた。
山口洋が独自の感性で書き下ろす“文学と音楽”第2回。


あの本を読んだのはいつだったんだろう? 中学生の頃かな? でも、それからずっと「遠い声」が耳鳴りのように聞こえている。

その止まない耳鳴りをたぐりよせて、15年ほど前に「遠い声」という曲を書いた。ライヴ盤になったある日の演奏で「遠い声、聞こえるやろ?」と観客に話しかけている自分。そんなもの、みんなに聞こえるわけじゃないのにね。いや、ほんとうは聞こえているはずなのにね。

トルーマン・カポーティ。

薬物とアルコール中毒、同性愛者。希代のキレ者で、巧みな話術を操り、成金趣味で目立ちたがり屋。小太りで身長が低いのがコンプレックス。ともだちを平気で裏切るくせに寂しがり屋。セレブ好きで、奇行とゴシップを繰り返す……。

彼のパブリック・イメージは極めてひどい。でも、深層心理までロクでもなかったと僕は思わない。

父親は詐欺師、母親は16歳で結婚。カポーティが4歳のとき両親は離婚。その後、親戚をたらいまわしにされて育つ。

幼くして両親に棄てられたことはカポーティにどんな影響を与えたのだろう? 少年の気持ちを考えると、いたたまれない。親が注ぐ愛は子供にとって世界のすべてなのだから。

そのおかげで僕らはあの素晴らしい文章に出会ったのかもしれないけれど、どんな少年だって愛で満たされていてほしい。

幼少期の愛の欠如は、人を決定的にねじ曲げてしまう。残念ながら、後付けで修正できることではない。

底なしに愛を求める気持ちが、あの美しい文章を書かせたのなら、それはある意味、カポーティ少年の豊かな復讐なのかもしれない。

「遠い声 遠い部屋」は失踪した父親を探す少年の物語。カポーティ、はじめての長編。自分の生い立ちを重ねていることは間違いない。

せつなさと、はかなさと、やるせなさと、ある種の強烈な執着と。そして、しずくのついたようなみずみずしい文章。簡潔な美しさが漂っている。

以前にも書いたけれど、僕は本を読むのが好きだ。でも、読んだらすぐに忘れてしまう。あらすじも登場人物もなにもかも。

ただ、情景だったり、こころがざわざわする感じだったり、揺さぶられるといろんな形で余韻が残る。

自分の幼少時の体験と相まって、激しく揺さぶられて。あの日から、遠い声が聞こえてくるようになったのだ。すごい本だった。

余韻は今も続く。

「遠い声」は愛について問いかけてくる。与えられなかったから、君はどうするんだい? それが欠如しているからこそ、君にできることはあるんじゃないのかい?

トルーマン・カポーティ。

欲しただけではなく、ほんとうは世界を愛に満ちた場所にしたかったんじゃないのか、イマジンしてみる。彼が描いたものはテーマが何であれ、すべて愛について書かれていると僕は感じているから。

彼の作品はほぼ好きなのだけれど、特別に好きなものをいくつか。

「遠い声 遠い部屋」(1948年)
「夜の樹」(短篇集、1949年)
「詩神の声聞こゆ」(ノンフィクション、1956年)
「クリスマスの思い出」(1956年)
「冷血」(ノンフィクション、1966年)
「叶えられた祈り」(未完、1986年)

何かが欠損していると感じている方は読んでみてほしい。あなたの「遠い声」が聞こえてくるかもしれないから。

感謝を込めて、今を生きる。

遠い声 /山口洋

街灯に集まる
小さな虫たちのように
君は遠くからやってきた
光を求めて

平凡につまづいて
ややこしい日々も抜けて
ゆがんだ夢も見て
グルグル廻りながら

遠い声 ひびいてくる 遠い声

嵐が吹いてる
いつも道に迷ってる
続けるのは苦しいけれど
終わるのが怖いだけさ

悔しいことも
哀しいことも
すべて鞄に詰め込んで
静かに眠るのさ

空しさの中に
暮らしているのなら
手放せばいい
すべて過ぎたことさ
手のひらから
白い砂がこぼれ落ちるように

遠い声 ひびいてくる 遠い声
遠い声 ひびいてくる 遠い声

Truman Capote / トルーマン・カポーティ
1924年 ルイジアナ州ニューオリンズで生まれる。幼少期に両親が離婚し、ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマなどアメリカ合衆国南部を転々と、親戚の家をたらい回しにされながら育つ。母親は後年再婚し、その後自殺。17歳で『ザ・ニューヨーカー』誌のスタッフになり、19歳の時に掲載された最初の作品「ミリアム」でオー・ヘンリー賞を受賞。“アンファン・テリブル(恐るべき子供)”と評される。
23歳で初めての長編『遠い声 遠い部屋』を出版。『ティファニーで朝食を』が映画化され大ヒット。卓越した作家性と奔放な私生活の両面で注目を集めた。実際に起きた残虐な一家殺人事件を5年以上に及ぶ取材の末に書き下ろした『冷血』(1966年)で、“ノンフィクション・ノベル”という新たなジャンルを切り拓く。晩年はアルコールと薬物依存に陥り、最後の作品となった未完の長編『叶えられた祈り』では、事実を交えて上流社会の頽廃を描いた。1984年8月25日、ロサンゼルスの友人宅で心臓発作により死去。


『遠い声 遠い部屋』(新潮文庫)
河野一郎(翻訳)

原題『Other Voices Other Rooms』。1948年、カポーティ23歳の時の半自伝的な処女長編。父親を探してアメリカ南部の小さな町を訪れた少年・ジョエルを主人公に、大人の世界に怯える少年の屈折した心理と移ろいやすい感情を描き出す。リアリズムとシュルレアリスムを併せ持つ美しい文体、新鮮な言語感覚は「天才」と謳われた。戦後アメリカ文学の記念碑的作品。‬‬

『夜の樹』Kindle版(グーテンベルク21)
龍口直太郎(翻訳)

原題『A Tree of Night』。1949年に出版された短編集。ニューヨークのマンションでありふれた毎日を送る未亡人がふとしたことから全てを失っていく「ミリアム」(オー・ヘンリー賞受賞)、幼年期への郷愁から生まれた自伝的色彩が濃厚な「誕生日の子供たち」、旅行中に奇妙な夫婦と知り合った女子大生の不安な心情を描く「夜の樹」など、夢と現実のあわいに漂いながら心の核を鮮やかに抉り出す。Kindle版には8編、文庫には9編を収録。

『夜の樹』(新潮文庫)
川本三郎(翻訳)

『詩神の声聞こゆ―犬は吠える〈2〉』(ハヤカワepi文庫)
小田島雄志(翻訳)

原題『The Muses Are Heard 』。1956年発表。オール黒人キャストのミュージカル『ポギーとベス』の公演を、冷戦下のソ連で成功させるべく奮闘するアメリカの劇団とともに過ごした日々を描くノンフィクション「詩神の声聞こゆ」、京都で映画撮影中のマーロン・ブランドを取材し、彼の生い立ちや人生観を赤裸々に暴き出したルポルタージュ「お山の大将」に加え、日本人についてのエッセイも収録。

『クリスマスの思い出』(文藝春秋)
山本容子(イラスト) 村上春樹(翻訳)

原題『A Christmas Memory』。家庭の事情で、親戚の家で暮らすバディ。彼の腹心の友である年老いた従姉と犬のクイーニーと過ごした、クリスマスシーズンをめぐってのショートストーリー。1956年発表。

『冷血』 (新潮文庫)
佐々田雅子 (翻訳)

原題『In Cold Blood』。カンザス州の片田舎で起きた一家4人惨殺事件。被害者は皆ロープで縛られ、至近距離から散弾銃で射殺されていた……。3年を費やして綿密な取材を遂行し、ノート6,000ページに及ぶ資料を収集。さらに3年近くをかけてそれらを整理し、犯人2名が絞首刑に処せられるまでを見届けたノンフィクション・ノベル。捜査の手法、犯罪者の心理、死刑制度の是非、さらに取材者のモラルなどさまざまな視点が織り込まれ、発表されるや社会に衝撃を与えた。とりわけ「家族」の問題を濃密に描き出し、現代にも通じる傑作。1966年発表。

『叶えられた祈り』(新潮文庫)
川本三郎(翻訳)

原題『Answered Prayers』。名誉・仕事・お金・性……あらゆる欲の権化「汚れた怪獣」たる上流社会の退廃的な生活を描いた未完の遺作。登場する作家志望の男娼はカポーティの分身でもあり、実在人物の内輪話も数多く描かれていたため、社交界の人々を激怒させた。1986年発表。


著者プロフィール:山口洋(HEATWAVE)

1963年福岡県生まれ。1979年にHEATWAVEを結成。1990年、アルバム『柱』でメジャー・デビュー。1995年発表のアルバム『1995』に収録された「満月の夕」は阪神・淡路大震災後に作られた楽曲で、多くのミュージシャン、幅広い世代に現在も歌い継がれている。バンド結成40周年となる今年、アルバム発表に向けて現在レコーディングの真っ最中。6月28日には2011年東日本大震災後から続けている“MY LIFE IS MY MESSAGE”を横浜サムズアップで開催した。7月21日からは“山口洋(HEATWAVE)the boy 40 tour”後半戦がスタート。8月には2つの野外イベント、“オハラ☆ブレイク’19夏”、“RISING SUN ROCK FESTIVAL 2019 in EZO”に出演する(powered by ARABAKI ROCK FEST.)。8月25日には国道拡張のため一旦閉店を余儀なくされた金沢メロメロポッチのファイナルライヴに出演。9月には、HEATWAVE SESSIONS 2019 “the boy 40”を東京・渋谷duo MUSIC EXCHANGEで開催する。2018年ツアーのライヴCD『日本のあちこちにYOUR SONGSを届けにいく』、2018年12月22日HEATWAVEライヴを収めた『The First Trinity』がライヴ会場をはじめHEATWAVE OFFICIAL SHOPにて発売中。

オフィシャルサイト

ライブ情報

山口洋(HEATWAVE)the boy 40 tour
8月30日(金)岩国 himaar(ヒマール)*ヒマールスペシャル企画「山口洋とギターを弾いてみよう」
8月31日(土)岩国 himaar(ヒマール)*特別公演
9月1日(日)愛媛 松山 スタジオOWL
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オハラ☆ブレイク’19夏
SATURDAY NIGHT SESSION 北のまほろばを行く-猪苗代湖畔編- powered by ARABAKI ROCK FEST.

8月10日(土)猪苗代湖畔 天神浜オートキャンプ場
BAND:山口洋(G)・細海魚(key)・辻コースケ(Ds)
GUEST:仲井戸”CHABO”麗市・TOSHI-LOW・藤原さくら・Rei
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RISING SUN ROCK FESTIVAL 2019 in EZO
FRIDAY NIGHT SESSION 北のまほろばを行く-石狩編- powered by ARABAKI ROCK FEST.

8月16日(金)石狩湾新港樽川ふ頭横野外特設ステージ(BOHEMIAN GARDEN)
BAND:山口洋(G)・細海魚(key)・辻コースケ(Per)
GUEST:仲井戸”CHABO”麗市 and more
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MEROMEROPOCHI FINAL LIVE「grateful thanks so much !」
8月25日(日)金沢 メロメロポッチ
出演:山口洋/杉野清隆
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HEATWAVE SESSIONS 2019 “the boy 40”
9月23日(月・祝)東京 duo MUSIC EXCHANGE
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