【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 133

Column

YMO ロシア・アヴァンギャルドの影響もあった3人が、プレッピーに変身した「君に、胸キュン。」

YMO ロシア・アヴァンギャルドの影響もあった3人が、プレッピーに変身した「君に、胸キュン。」

のちに細野晴臣が回想したところによると、YMOは前作『テクノデリック』(1981年)を創った時点で、もう活動を終了していいのでは? みたいな感じだったようだ。実際、その翌年は、個人活動に終始している。

ところが1983年の春。カネボウ化粧品の夏のキャンペーン・ソング「君に、胸キュン。」が発表され、活動再開を果たす。そこから発展し、シングル出すならアルバムも、アルバム出すならライブも、みたいに広がっていくのである。

彼らは『テクノデリック』において、出し切ったという想いもあっただろうが、今回の場合、大きなタイアップということもあり、曲そのものが中心的コンセプトを担うことになる。

具体的に彼らが目標に掲げたのは、“おじさんアイドル”として曲をチャートのナンバー・ワンに送り込むことだった。3人は、この時点で30代に差し掛かっていた。一般社会ではまだ若かったが、アイドル・シーンに殴り込むとなると別だ。だから“おじさん”と称されたのだ。

「君に、胸キュン。」の作詞は、松本隆が担当している。曲は3人の共作だ。オケを聴くと、YMOが培ってきたテクノの粋が集められた、実に丹念な作りであることが分かる。雲の階段をふわふわ駆け上るようなイントロ。サビ始まりの明快な構成ながら、Aメロの沈み込むような独特の風情もクセになる。表面は砂糖で包まれているかも知れないけど、中には漢方とかスパイスとかも入っている感じ…。

そしてなにより、声を大にして言いたいこの曲の特色は、胸が“キュン”となった時の“実音”が、歌詞に“サンプリング”されていることである。種を明かせば3人が“♪む~ぅねキュン キュン”と、そう歌っているだけなのだが、ここはこの曲の、もっとも印象的な部分である。もしこのダメ押しの“キュン”がなかったら、ここまで聴いててキュンとしなかっただろう。

ふと思い出したが、“キュン”というのは“ドキッ”を発展させたものかもしれない。その前年の1982年に、松本隆と細野晴臣の詞曲コンビで山下久美子に「赤道小町ドキッ」という作品を提供している(これもカネボウのキャンペーン・ソングだった)。この場合、心臓の高鳴る“実音”である“ドキッ”が、歌詞のなかに“サンプリング”されている。方法論的に、似てると言えば似てる。

話を“キュン”のほうへ戻す。“おじさんアイドル”は、歌番組やバラエティなど、テレビ出演も積極的にこなし、見事、「君に、胸キュン。」はYMO史上最大のヒット曲となる。ただ、目指していたナンバー・ワンは果せなかった。皮肉なことに、1位の座を譲らなかったのは松本と細野が松田聖子に提供した「天国のキッス」だった。

「君に、胸キュン。」は、本格的なMVが制作されている。今もYouTubeで見られるが、非常に貴重な映像資料である。まずは3人のいでたち。それぞれ色の違う3色のサマー・セーター姿で、曲の振りに合せ、実に爽やに歌い、踊る(振り付けを完全にマスターしているかというと、ちょっと怪しい。でも、あくまでシャレ、僕たち実は客観的なんです、みたいな風情がイイ)。

冒頭シーンをよく見ると、床には3人の写真が敷き詰められていて、つまりは“自分達を踏みつけながら”のパフォーマンスであることが分かる。これを深読みするなら、明るく楽しく新たなYMOを演じつつ、実はホンネでは否定してる…、なんて意味にも受け取れる。

また後半では、奇麗なお姉さんかと思って追い掛けると、実はそれは、単なる樹木であった、みたいなネタが3人3様に繰り広げられる。これも深読みすると、今回のYMOは、あくまで煩悩から生じたものなのだ、なんていう解釈も。

冒頭ではサマー・セーター姿だった彼らが、後半はプレッピーないでたちで登場する(肩にセーターを結わいてるメンバーも。今でいうなら石田純一風)。かつてはロシア・アヴァンギャルドからの影響も感じさせるアート・ワークで知られたYMOは、このような変身を遂げたのだ。

5月には、『浮気なぼくら』と題された、新しいアルバムがリリースされた。一部には、YMOは変節したという意見もあったが、そういう向きに対して、このタイトルは効果抜群であった。つまりは“そういう人達”だったというわけだ。見事、機先を制した。

さっそく聴いて、誰もが思ったことは、三者三様に完成度の高い作品が持ち寄られ、加えて共作関係も冴えている点だろう。テクノが世間に行き渡った段階で、その元祖が放つ貫禄も響いている。「君に、胸キュン。」以外にも、キャッチィな曲が多い。

このままじゃんじゃん、YMOを続けて欲しいと願ったファンも多かった。しかしこれは、さすがにこのアルバムは、ホントにこれでYMOは最後です、という、3人の吹っ切れた想いがあってこそ生まれた明快さに支えられていたのだ。

坂本龍一がボーカルの「音楽」は、彼の歌がジョビンやバカラックが自ら自作を歌う際の佇まいにも似た“作曲家の歌”として輝いている。なお、彼が出演し、音楽も大ヒットした『戦場のメリークリスマス』が公開されたのは、このアルバムが出てすぐのことだった。

ポップといえば、これほどポップな内容のアルバムはなかっただろう。初めて聴くのに既知感がある。集団的無意識に訴える…。そんな褒め言葉が、ふと口から出そうになる。でもしかし、そもそもYMOが目指していたのは、それすら上回る前代未聞のワクワクだったのかもしれない。

そういえば、3人のコンセプトがアイドルだったので、この頃、メンバーのひとりと当時人気絶頂の女性アイドル歌手との対談、なんてこともやらせて頂いた。『浮気なぼくら』。これは非常に聴きやすくて深いアルバムなので、YMOはあまり聴いたことないという方も、ぜひ!

文 / 小貫信昭

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