佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 104

Column

「ポスターを貼って生きてきた。就職せず何も考えない作戦で人に馬鹿にされても平気で生きていく論」という本の著者・笹目浩之氏に寺山修司記念館で会った

「ポスターを貼って生きてきた。就職せず何も考えない作戦で人に馬鹿にされても平気で生きていく論」という本の著者・笹目浩之氏に寺山修司記念館で会った

2010年の秋だったが、長いタイトルのユニークな本を読んで、自分が生きてきた歩みを「それでいいんだよ」と肯定されたように思えて、じんわりと心が暖かくなったことがあった。

パルコ出版から発行された「ポスターを貼って生きてきた。就職せず何も考えない作戦で人に馬鹿にされても平気で生きていく論」という本の著者・笹目浩之氏は、1963年生まれなので60年代に巻き起こったカウンターカルチャーの時代には間に合わなかった。

しかし、1983年に急逝した寺山修司の追悼公演のポスター貼りを手伝ったことが縁で、憧れていた演劇人になることができたという。

この本はストレートな笹目さんの体験談が中心だったが、「考える前に踏み出せ」というひたむきな生き方と、そこかしこに散りばめられたユーモアに、当時は一気に読ませられたという記憶が残っている。

日本では1960年代後半から80年代前半にかけて、カウンターカルチャーが一時的に脚光を浴びた時代がある。
そのとき特に注目を集めたのが実験的かつ挑発的なアングラ演劇だったのだが、それは先鋭性や異端の匂いによって、演劇の世界だけでなくアートのシーンにまで大きな影響を与えた。

そして一般の人にはなかなかに敷居が高いアングラ演劇の一端を、誰もが目で見てイメージできるような役割りを果たした。

それが公演当時につくられたポスターの数々で、デザインしたのは若き日の横尾忠則、粟津潔、宇野亜喜良、平野甲賀など、後に日本を代表するアーティストたちだった。

横尾忠則「劇団員募集ポスター」演劇実験室◎天井桟敷

宇野亜喜良「星の王子さま」演劇実験室◎天井桟敷

粟津潔「骨餓身峠死人葛 」人間座

平野甲賀『恋々加留多鼡小僧次郎吉』(演劇センター68/71)

アングラ演劇と切っても切れない表現となった彼らのポスターは、日本のグラフィックデザインの世界を革新していくことになっていく。
笹目さんが著書の中でこう述べていた。

横尾さん、宇野さん、粟津さん、平野さんらが手がけた演劇ポスターの数々は、「日本古来のモチーフを「新しいイメージ」ととらえ直してみたり、アメリカで始まったサイクデリックなイメージやヨーロッパの洗練されたイラストレーションを真っ先にデザインに取り入れたり、闘争の時代らしく印刷物によるアジテーションを試みるなど、時代や社会の最先端にあるものをポスターの中に自由奔放に取り入れてみせた。

笹目さんによれば、それは実験的な演劇を試行する演劇人との共同作業だったからできたことだった。
ただし、そうしたイメージが社会全体に広く普及し、公共的な広告や企業広告にも使われるようになるまでには、1980年代までの時間が必要だったともいう。

笹目さんは1987年に設立した「ポスターハリス・カンパニー」という会社を経営するようになり、演劇の制作現場で雑用扱いされていたポスター貼りの仕事の地位向上を目指して、クレジットにスタッフとして名前が載るまでにしたいと努めてきた。

そして今も演劇、映画、コンサート、展覧会などのポスターを飲食店や劇場、美術館などに配布する仕事を専門にしているほか、現代演劇を語る上で欠くことのできないポスターの収集・保存・公開するプロジェクトを手がけている。

このプロジェクトの理念は、「世界中の舞台芸術に関するポスターの収集・保存・公開」と、「宣伝美術からの演劇の活性化」だという。

横尾忠則さんの『腰巻お仙―忘却編』(状況劇場/1966年)のポスターが1970年にはニューヨーク近代美術館のパーマネントコレクションになっていますし、アングラ演劇のポスターには美術的に高く評価されているものが多数あります。これらは、日本のポスター史のなかでも時代を象徴する画期的な作品群に位置づけられています。

そして笹目さんは2009年4月から、三沢市にある寺山修司記念館の運営を引き受けて、副館長としても活躍している。

ぼくは8月4日に行われた第1回「寺山修司アートカレッジ」に招かれて、「音楽とともに振り返る寺山修司と1969年」と題したトークイベントに出席してきた。

笹目さんが開講に先立ち、「寺山が難解と言われるが、ゆかりの人やいろいろな分野で活躍している人がいる。(このカレッジを)ずっと続けていきたい」というあいさつをしたが、肩に力が入ってはいないが故に継続への強い意志を感じさせた。

その日の本番が終わった別れ際に、笹目さんからぼくは一冊の文庫本を手渡された。
「僕のありえない人生」との副題がついたその本のタイトルは、「寺山修司とポスター貼りと。」というものだった。
あの長いタイトルの本がすでに文庫化されて、増刷にもなっていたのである。

東亰まで帰る新幹線で再読したが、当時も今もまったく変わらない面白さだった。

寺山修司とポスター貼りと。 僕のありえない人生

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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