横川良明の演劇コラム「本日は休演日」  vol. 19

Column

向井理が演じた、暴発できない人々のドラマ

向井理が演じた、暴発できない人々のドラマ
今月の1本:シアターコクーン・オンレパートリー2019『美しく青く』

ライター・横川良明がふれた作品の中から、心に残った1本をチョイス。独断と偏見に基づき、作品の魅力を解説するこのコーナー。今月は向井理主演『美しく青く』をピックアップ。至高の劇作家・赤堀雅秋が描いた、やりきれない日々を生きる人々のもがきについて語ります。

文 / 横川良明


猿に銃口を向けることで、保は心の均衡を保てたのかもしれない

物語には、しばしば嫌な人が出てくる。でもそのたびに僕は首を傾げるのだ、こんなにわかりやすく嫌な人って本当にいるのだろうか、と。いや、いるのだとは思う。ふっと思い返してみても、これが『あなたの番です』なら間違いなく紙に名前を書いて箱に入れてるわって相手、ゴロゴロいた。

それでも、思うのだ、その人は本当に嫌な人なのかと。もしかしたら相手から見れば、自分の方がよっぽど性根がひん曲がっていて、これが『金田一少年の事件簿』なら真っ先に殺される傲慢キャラに見えていることだってあるんじゃないか、と。

きっと本当はみんながちょっとずつ嫌な人なのだ。主人公だからと言って、必ずしもまっとうな正義とは限らない。そう見えるだけで、大なり小なり卑怯なところや陰湿なところがあるのが、人間というもの。

僕が赤堀雅秋の作品に無性にシンパシーを感じるのは、どの作品を観ても、主人公となる人物にちゃんと嫌なところがあって、その完璧じゃないところに胸がざわついたり、いとおしくなったりするからだ。

この夏上演された『美しく青く』も、まるで完璧じゃない人たちが、息継ぎしづらい人生を、溺れるようにして、必死に生きているお話だった。

舞台は、猿害に悩むある地方の集落。主人公・保(向井理)はそんな村に暮らす(この寂れた集落の中では)若者のひとり。妻・直子(田中麗奈)と義母・節子(銀粉蝶)の3人暮らしだ。義母は認知症を患っており、自分がさっき食事をとったことさえすぐに忘れてしまう。耳が遠いのか、部屋のテレビの音量はいつも大きく、それを妻は金切り声で諫める。

平凡だけど穏やかな生活、とは言いがたい。どこにも放出できないストレスがひたひたとタンクいっぱいに溜まっていくような、あるいは静かに足元に灯油をまくような、そんな生活だ。

保は家庭ではことさら声を荒げたりはしない。見るからに苛立っている妻を決して悪く言ったり邪険にしたりしない。一見すると温和でよくできた夫だ。だが、違う。保は過度に干渉しない代わり、決して真っ正面から向き合おうともしない。目の前の解決しなければいけない事項に保留ボタンを押して、見て見ぬふりをするような、狡さと弱さを抱えた人間だ。

そんな保がままならぬ生活の中で溜まった鬱憤を晴らせるはけ口が、自警団でのパトロールだ。野生化した猿を追い払うべく、保ら自警団は定期的に山に入って、猿たちに銃口を向ける。誰にも攻撃的になれない保が唯一暴力性を見せられる相手――それが野生の猿なのだろう。

当たり前だけど、むしゃくしゃしたからって、いきなり通りすがりの人を殴ってはいけない。ましてや凶器を振りかざして小さな子どもを襲ってはいけないし、ガソリンで建物に火をつけては絶対にいけない。わかっている。こんなこと書くのもはばかられるぐらい、何があっても許されることではない。自分がどんなに不幸で、みじめでも、だからと言って他人を傷つけていい理由になんて絶対にならないのだ。

でも今はそんなニュースがあまりにも多すぎる。そのたびに、ただニュースの受け取り手である僕たちの心も傷つきくたびれてしまう。そして、ふっと思うのだ、自分が本当に「あちら側」に行ってしまわない保証などどこにあるのだろうか、と。

保にとって、野生の猿は、誰にはばかられることなく憎しみを向けていい相手であり、行き場のない暴力性をむき出しにできる大義名分だった。やりきれないことの多すぎる、自分の力ではどうしようもないことばかりが次々と起きる現代で、そんな保の人物造形がとてもリアルだった。

簡単に狂うことができないから、生きるのは難しい

そして妻の直子もまた実母の介護に疲れ、心がすり切れていた。ある日、重すぎる荷物を背負いきれなくなった直子は、心の紐がぷつりと切れてしまったように、実母のいる部屋の前で包丁を握りしめる。あと一歩踏み出して、この扉を開けてしまえば、すべてを断ち切ることができる。長い、長い、間が劇場を支配する。けれど、直子は結局あと一歩を踏み出せず、包丁をしまって、また掃除機をかけはじめる。自分の中でうごめくどす黒い感情。踏み外すことさえできない己のまっとうさ。いろんなものに打ちのめされ、直子は泣く。

保も同じだ。片岡(平田満)の自宅で猿を追いつめる。しかし、結局保は猿を撃つことができなかった。保も、直子も、みんな窒息しそうになりながら、でもそこから抜け出すことはできない。この『美しく青く』は暴発できない人々のドラマだ。

やがて保と直子の間には子どもがいて、その子どもが8年前の災害によって消息不明になってしまった事実が浮き彫りになってくる。直子はもう一度子どもをつくりたいと夫にせがむ。けれど、保はどうしても妻を抱く気持ちになれない。どちらも悲しみから立ち直ろうとする気持ちは同じなのに、その方法がそれぞれに違って、そのわかり合えなさに観客はかける言葉さえ失ってしまう。

8年前の災害は、すなわち東日本大震災を差している。しかし、劇中、それを明示することはなく、また登場人物は決して東北の言葉を使うことはしない。これは、この物語がどこか特定の地域の人々を描いたものではなく、それぞれの観客にとって地続きの世界にあることを意味づけている。どうにもならない現実の中で苦しんでいるのは、みんな同じだからだ。

その中でどう保と直子は生きていくのか。童話のような解決も、ゴシップ誌のような転落もないから、人生は難しい。最後に彼らが見た海は何色だったのだろうか。どうかそれが暗い灰色の海ではなく、美しく青い海であることを願いながら、僕はぎゅっと瞼を閉じた。

余計な説明を入れず、人となりを伝える向井理の稀有な力

それぞれ力のある俳優が揃っているけれど、中でも保を演じた向井理の佇まいはとても印象的だった。わかりやすいフックのある役ではない。本人も言う通り、保は普通の人だ。だけど、決して善良で誠実というわけではないことが、前半の自宅のシーンで伝わってくる。自警団のメンバーを連れ、リビングでくつろぎながら酒を呑む保。けれど、その傍らでは直子が認知症の母の世話に手を焼いている。気まずい雰囲気を感じ取る自警団の仲間たち。しかし、保ははぐらかすように、その場をやり過ごしている。

何も説明的なことはしない。けれど、ちゃんと観客にはわかる、保の狡さが。余計な芝居は足さず、何気ない視線の流し方や発語の揺れだけで、保が問題に対して正面から向き合うことを回避するタイプの人間だということを表現できる向井理の技術力に舌を巻いた。

向井理は、どこか淡泊な空気をまとった俳優だと思う。あまり声を張り上げ目をひんむいて「熱演」するタイプの俳優ではない。むしろ力まず、さらっと心の襞をちらつかせる。そういう持ち味が、近年、ますます魅力になってきたように思う。ひけらかしたり、誇張したりせず、淡々とその役の人となりをにじませる。赤堀作品のドライな手ざわりに、そんな向井の空気感がしっくりと馴染んでいた。

役場勤めの箕輪を演じた大倉孝二もさすがのうまさだった。このご時世、役場の人間は市民の不満の受け皿のように見られている。箕輪もまた自警団と村の人々の板挟みに遭い、サンドバッグ状態だ。そんな箕輪が溜まりに溜まったストレスを電話口の妻にぶちまけるシーンが印象に残った。

普段から丁寧な物腰の人間が、ふとカスタマーセンターのオペレーターにだけ強気を見せるような、あるいはインターネット掲示板に悪口を書き立てるような、そういう類の攻撃性がその一瞬に透けて見える。みんな、いつだって暴発寸前なのだ。そんな悲哀を、大倉がコミカルに見せるから、余計にざらついた気持ちになる。また、片岡が認知症の節子を抱きしめるくだりは、同じ時を共有してきた者同士にしか出せない言外の感情があって、平田満、銀粉蝶というベテランふたりの力量に改めて唸らされた。

舞台『美しく青く』はすでに千秋楽を迎えたが、9月22日21時からTBSチャンネル2で放送される。また、作・演出の赤堀雅秋は12月に長澤まさみをヒロインに迎え、新作『神の子』を発表する。時代の閉塞感や名前のつけられない感情を今最もリアリスティックに描ける劇作家が次はどんな人々の営みを提示してくれるのか。楽しみに待ちたい。

Bunkamura30周年記念 シアターコクーン・オンレパートリー2019『美しく青く』

東京公演:2019年7月11日(木)~28日(日)Bunkamura シアターコクーン
大阪公演:2019年8月1日(木)~3日(土)森ノ宮ピロティホール

作・演出:赤堀雅秋
出演:向井理、田中麗奈、大倉孝二、大東駿介、横山由依、駒木根隆介、森優作、福田転球、赤堀雅秋、銀粉蝶、秋山菜津子、平田満

オフィシャルサイト
https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/19_utsukushikuaoku/

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