佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 107

Column

天に召されたボサノヴァの神様、ジョアン・ジルベルトをめぐる回想

天に召されたボサノヴァの神様、ジョアン・ジルベルトをめぐる回想

ボサノヴァの創始者として知られるミュージシャンのジョアン・ジルベルトが、リオ・デ・ジャネイロの自宅で今年の7月6日に亡くなった。
享年88。

生前は神秘のベールに包まれていて、奇人や変人あつかいされることもあり、「生きている伝説」とまで呼ばれていた。
そんな音楽家の謎に迫ろうと試みたドキュメンタリー映画『ジョアン・ジルベルトを探して』が、日本でも公開になった。

『ジョアン・ジルベルトを探して』オフィシャルサイト
http://joao-movie.com/

ジョアン・ジルベルトが本当にいなくなってしまった今、この映画を見ると特別な喪失感に襲われる。
しかし、生前のジョアンが残してくれた音楽の豊かな記憶は、人々の心の中に永遠に生き続ける。

中原 仁(J-WAVE「サウージ!サウダージ…」プロデューサー)

ブラジルのリオでボサノヴァの第1作といわれる「想いあふれて」が誕生し、世界のポピュラーソングにおける新しい音楽の歴史が始まったのは1958年のことだ。
作曲はアントニオ・カルロス・ジョビン、作詞がヴィニシウス・ヂ・モライス、歌とギター演奏がジョアンであった。

一人でもサンバができるようにと試行錯誤を重ねたジョアンは、それまでにない新しいギター奏法を自分のものにしていった。
そしてギター奏法に合わせて生み出した歌い方、囁くような声のビート感にも磨きをかけた。

そんなジョアンの歌を聴いて、新たな音楽の可能性を直感したのが、トム・ジョビンだった。
サンバの複雑なリズムを一定のリズム・パターンに統一したギター奏法は、トム・ジョビンが目指していたコード感やハーモニーに合うと思ったのである。

ブラジルで成功を収めたジョアンとトム・ジョビンは、1962年からアメリカのジャズ・シーンでも大いに注目を集めていった。

当時の妻だったアストラッド・ジルベルトが唄った英語詞の「イパネマの娘」が、1963年にポップチャートでヒットしたこともあって、世界中にボサノヴァ・ブームを巻き起こすことになった。

それから40年後の2003年、ジョアンは待望の日本公演を行うことになった。

この時にぼくは初来日を盛り上げて、若い音楽ファンにアピールしようと思って、1枚のトリビュート・アルバムを企画して世に出した。

2003年9月のジョアン・ジルベルト初来日を記念し、ボサ・ノヴァを愛するミュージシャンたちがトリビュート・アルバムを制作。宮沢和史、小野リサほかによる、カヴァー中心の好企画盤だ。
(CDジャーナル データベースより)

それからしばらく時が流れてリオ・オリンピックの年になったが、日本が生んだ名曲「上を向いて歩こう」をブラジルのラッパー、エミシーダが東京スカパラダイスオーケストラとともにレコーディングした。
そのことに関連するイベントを手伝うために、ぼくはリオに出かけて仕事をしていた。

その際に『ジョアン・ジルベルトを探して』に出てきたイパネマ海岸に近いホテルに、しばし滞在していたことがある。

屋上にはプールがあって、目の前には有名な奇岩のポン・ヂ・アスーカルが見える。
美しい景色だが、いつもどこかに郷愁を感じさせた。

1931年にブラジルのバイーア州サルバドールに生まれたジョアンは、「上を向いて歩こう」の中村八大さんとは同じ年齢だった。
そして中村八大さんといえば、1961年に初めてブラジルに行って以来、サンバやボサノヴァに強く関心を持つようになり、ブラジル音楽のファンになった音楽家だ。

この二人がステージ上と客席で、同じ時間と空間を共有したことがある。
1964年10月9日、ニューヨークのカーネギー・ホールで、ジャズ・ミュージシャンのスタン・ゲッツと、ジョアンによるコンサートが開かれた時のことだった。

その頃はアルバム『ゲッツ / ジルベルト』がベストセラー中で、アメリカの音楽ファンの間でこのコンサートは大変な注目度だった。

コンサートは前半がスタン・ゲッツ・カルテットのジャズ、後半がジョアン・ジルベルトによる弾き語り中心のボサノヴァという2部構成だった。
そして最後にアストラッドが登場して、「イパネマの娘」などを歌う形で共演が実現した。

この夜のライブにおけるジョアンの歌と演奏はメロディとリズムだけでなく、ハーモニーやグルーヴもふくめて、声とギターだけで完璧な音楽空間を作り出す名演だった。

中村八大さんは当時の日誌に、「Very good ソフトでとてもよかった」と感想を書き残していた。
これは最大限の評価であったと思う。

なおライブの模様は『ゲッツ/ジルベルト#2』というタイトルで、後にアルバムとして発売された。
しかし録音にトラブルが生じてノイズが乗ったために、A面がスタン・ゲッツの演奏、B面がジョアン・ジルベルトのライブで、アストラッドとの共演はレコードに収録されなかった。
だがCDでは、修復したヴァージョンを聴くことができる。

ジョアン・ジルベルトの楽曲はこちら

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
久世光彦のエッセイを舞台化した「マイ・ラスト・ソング」では、構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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