サザンオールスターズと昭和・平成・令和元年  vol. 1

Column

国民的ロック・バンド、サザンオールスターズはここから始まった。「勝手にシンドバッド」再考〈前編〉

国民的ロック・バンド、サザンオールスターズはここから始まった。「勝手にシンドバッド」再考〈前編〉

デビュー40周年を超え、次なるディケイドに歩みを進めたサザンオールスターズのバンド・ヒストリーを、彼らが生み出した数々の作品からあらためて見つめていく。音楽評論家・小貫信昭が独自に紐解く、サザンオールスターズの魅力とは──。


サザンオールスターズの記念すべきデビュー曲である。1978年6月25日に、ビクターのインビテーション・レーベルからリリースされた。その後、6月25日は多くのファンが記憶する“サザンの日”となっていく。

「勝手にシンドバッド」は、彼らがアマチュアの頃から演奏していた作品だが、当初はもう少し、テンポが遅かったという。『ただの歌詩じゃねぇか、こんなもん』(23ページ / 新潮文庫 刊)には、「ザ・ピーナッツってすごく好きで、『恋のバカンス』って曲があったでしょ。(中略)あれをやりたかったんですよ」という、具体的な回想も見受けられる。

ならば当時に想いを馳せて、少しスローで「勝手にシンドバッド」を口ずさんでみた。即座にザ・ピーナッツには繋がりそうになかった(僕の口ずさみ方にも問題あるのだろうが……)。どうやら桑田佳祐が言いたかったのは、具体的にあの曲を下敷きにした、というより、“昭和30年代の歌謡曲的な雰囲気”を目指した、ということのようだ。

「勝手にシンドバッド」は、あえてロック・バンドが歌謡曲テイストの楽曲を演奏するという、当時は珍しいアイデアを実現させたものである。でも、なぜほかのバンドは、やらなかったのだろう? そこには若者と歌謡曲との、距離感が関係してくるのだ。

思春期以前に不可抗力として耳に馴染み、口ずさんでいたのが歌謡曲だ。やがて成長し、自らの意志でロックなりを聴き始め、楽器も弾き始めたりしたのなら、その時点で、あえて歌謡曲をアプローチの対象とすることは、ありえない。意識を逆行させるようなものだからだ。

そうでなくても桑田の大学生の頃といえば、それまでのロックから、のちにフュージョンと呼ばれるジャズ的な洗練を加えた音楽が流行し、憧れの対象ともなっていた。エイト・ビートは古い。これからはジュウロクだ、というわけである。つまりロックすら、危うい状況。ましてや歌謡曲なんて……、というわけである。

でも桑田は、一度でも自分の心を充たしたものなら、その良さをずっと認め続けていたいタチだったのだろう。そんな彼のことを、かつて文芸評論家の加藤典洋は「「重層的非決定」(吉本隆明)を最終的段階までもちこたえる、ともいうべき、独自の方法意識」(『耳をふさいで、歌を聴く』392ページ / アステルパブリッシング 刊)と評していた。

いささか難解な表現ではあるが、噛み砕けばつまり、己に対して、つねにイデオロギーの二者択一を迫らずとも、おおらかにやっていける性格だったということだ。もちろんこの場合、そんな大袈裟なことじゃなく、音楽の流行り廃りに関してだが、“重層的非決定”という行為を続けたことが、桑田のソングライターとしての引き出しの多さへ繋がったことは、想像に容易いだろう。

ところでこの文書は、桑田個人ではなく、サザンオールスターズに関するものである。いくら彼が曲を作り、演奏したいと願っても、バンドの協力なしでは実現しない。その際、大きな力となったのが、ドラムの松田 弘である。

サザンオールスターズは、この曲のような“サンバ・ロック”を得意としたわけじゃない。むしろ彼らの中では異色作というか、バンドのキャパシティの広さを示すため、あえて臨んだ楽曲でもあった。この曲が、オリジナルとしては5曲目に誕生したという事実も注目すべきだ。アマチュアがそれだけ曲を作れば、さすがに得意技は出尽くした頃なのである。

前出の『ただの歌詩じゃねぇか、こんなもん』(23ページ)には、ほかにも興味深い桑田の回想が掲載されている。彼がこの曲をメンバーに持っていくと、「ヒロシがディスコビート的なものでやっちゃおう」と言ったそうなのだ。これは非常に重要なポイントだ。もし松田に、そうした演奏技術がなければ、そんなことは言わなかったハズだ。彼が様々な演奏スタイルに好奇心を持ち、貪欲に練習するタイプだったからこそ、我々が知る、あの「勝手にシンドバッド」も誕生したのである。

かつてポール・マッカートニーがリンゴ・スターに関して、彼が自分の様々なトライに対して、イヤな顔せずに付き合ってくれたからこそ数多くの作品が生まれたのだと、感謝の気持ちを語っているのを読んだことがあったが、桑田と松田の関係も、似たものだったのだろう。

彼らのデビューが決まり、いざレコード会社で正式に録られた音源は、そこでプロの洗礼を受け、変貌したのだろうか。そうではなかったようだ。先頃出版された『サザンオールスターズ公式データブック1978-2019』(リットーミュージック 刊)の中で、サザンの初代エンジニアである猪俣彰三が証言していたが、それによると、アマチュアの頃に録られたデモ・テープは、「のちの完成形とほぼ同じ」だったそうである。

次回は「勝手にシンドバッド」という作品の、具体的な注目点について書いていくことにしよう。

文 / 小貫信昭

SINGLE「勝手にシンドバッド」
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