サザンオールスターズと昭和・平成・令和元年  vol. 2

Column

サザンオールスターズの出発点。彼らのデビュー曲「勝手にシンドバッド」再考〈後編〉

サザンオールスターズの出発点。彼らのデビュー曲「勝手にシンドバッド」再考〈後編〉

デビュー40周年を超え、次なるディケイドに歩みを進めたサザンオールスターズのバンド・ヒストリーを、彼らが生み出した数々の作品からあらためて見つめていく。音楽評論家・小貫信昭が独自に紐解く、サザンオールスターズの魅力とは──。


「勝手にシンドバッド」といえば、いきなり〈ラララ〜ラララ〉の元気のいいコーラスで始まるが、ヘッドフォンでよく聴くと、リズム・セクションがコンマ何秒かフライングしているようにも聴こえる。その差は、ビデオ判定が必要なほど微妙だが……。コーラスに気を取られずベース・ラインに耳を傾ければ、関口和之の演奏が、実に洗練されたものであることもわかる。そもそもこの曲は、全編にわたってベースの音が自己主張しており、曲はサンバ調だが、楽器の音のバランスということでは(ベースのアクセントが不可欠な)レゲエっぽくもある。

ど頭の〈砂まじりの〉という歌詞を、アウフタクトぎみ(食いぎみ)に歌い出し、その後もシンコペーションの巧者となり、推進力を増していく桑田佳祐のボーカルに関しては、まさに変幻自在であり、デビュー曲にしてすでに免許皆伝というほどに完成されている。

冷静に歌詞を眺めてみると、おおよそ3つの要素で構成されていることがわかる。ひとつは60’s歌謡的なドリーミーな世界観。もともとこの曲は、ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」を意識していたそうだが、〈いつになれば湘南 恋人に逢えるの〉の部分などは、まさにそうだ。これはいわゆるポップスにおける“歌詞らしい表現”と言える。その一方で、私小説的な部分もある。〈江の島がみえてきた〉ことで、歌の主人公が我が町を近くに感じるのは、まさに茅ヶ崎に住む人間の実感だろう。

そしてこの曲といえば、避けては通れないのが〈今何時〉の掛け合い(コール&レスポンス)部分である。聴いた印象として、これは机に座り、紙とペンで生み出したものではなさそうだ。ライヴで曲を揉んでいくうち、偶発的にハマった言葉が歌詞として常態化したと考えるのが妥当だ。仲間内の符丁のようにも受け取れる。深読みも可能で、たとえば〈今何時〉に対して、〈待ってて〉とか〈まだはやい〉と返答するのは、学生から社会に出て行こうとしていた当時の桑田たちの“モラトリアムな気分”の顕われとも読み取れる。

なお、コール&レスポンスといえば、ライヴで観客と一体になるための大きな武器であり、スライ&ザ・ファミリー・ストーンやボブ・マーリーをはじめとして、おそらくサザンオールスターズのメンバーも聴いていたであろう様々なアーティストが取り入れているが、日本においては、彼らがデビューする前年に『タモリ』でアルバム・デビューしているタモリの「ソバヤ」という音楽ネタが有名だ。どこか地下水脈の端っこで、「ソバヤ」と「勝手にシンドバッド」が繋がっている可能性も完全に否定することはできないのだ。

レコーディングの際に、歌詞で問題になった部分があった。「〈胸さわぎの腰つき〉なんて言い方はおかしいって、ディレクター真剣に悩んじゃって」(『ただの歌詩じゃねぇか、こんなもん』23ページ / 新潮文庫 刊)。代案も出され、“コシツキ”じゃなく“アカツキ”はどうか、みたいな話もあったことを、かつて桑田は回想している。もちろん桑田はこの代案は受け入れず、歌詞はそのままだったわけだが。

前回も参考にさせていただいた『サザンオールスターズ公式データブック 1978-2019』(リットーミュージック 刊)の猪俣彰三(サザンの初代エンジニア)の証言によると、レコーディング中、こんなことがあったという。「〈胸さわぎの腰つき〉がよく聴こえない、なんて声があがって(ミックスを)やり直した」。すでにそれまで3回やり直し、結局、ミックス作業は計4回に及んだ。細かいことは気にせずノビノビ躍動する曲だけど、制作者のマインドとしては、実に丹念だったことがわかる。

〈胸さわぎ〉の部分は、3回繰り返して歌われている。2回は同じ。3回目の後半の“腰つきぃ〜”でコードが変化し、より感情が乗っていく。そもそも繰り返すこと自体に意味がある。〈男心さそう〉その腰つきが、繰り返されるほどに(クネクネと)目の前にチラつくのである。

この曲の桑田の歌は、当時、“早口”という印象を世間に与えた。ただ、実際にそう感じるのは〈シャイナ ハートに〉のあたりのみであり、歌全体がそうなのではない。さらにこの部分にしても、彼より前のフォーク世代がお得意だった“字余り”という自己救済に甘えることなく、ちゃんと決められた小節数の中に、コトバを収めきっているわけだ。

〈好きにならずにいられない〉という、1961年のエルヴィス・プレスリーのヒット曲のタイトルを、ちゃっかりそのまま引用した部分もある。しかもここを(声色というほどではないが)エルヴィスを彷彿させる低い重心で歌ってみせるあたりは、余裕すら感じる。

彼らはこの曲で、新人バンドとしては破格と言えるほどテレビに頻繁に登場した。その際の派手な演出と、桑田の飄々とした身のこなしはユーモラスなものとして伝わった。しまいにコミック・バンドに間違われたというのも有名な話。でも実際にそう思ったのは音楽ファンとは違う人たちだったのではなかろうか。音楽雑誌を読むと、サザンオールスターズの音楽性が、真っ当に評価されていたのがわかる。手元に『新譜ジャーナル』(自由国民社 刊)という、当時、影響力のあった雑誌があるが、「かつて、これほどまでに、日本語をリズムに上手くノセたバンドはなかった!」という見出しが躍っているのだ。

文 / 小貫信昭

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