Interview

Daichi Yamamoto 京都発・ヒップホップの俊英は初めてのアルバム作りを通して何を考え、どんな心境に至ったのか?

Daichi Yamamoto    京都発・ヒップホップの俊英は初めてのアルバム作りを通して何を考え、どんな心境に至ったのか?

京都から登場した気鋭のヒップホップ・アーティストが、いよいよ初めてのアルバムを完成させた。『Andless』を題されたその作品には、中村佳穂やAi Kuwabara、Kid Fresino、VaVa、jjjら、ジャンルを超えて音楽ファンが今注目する才能が集まり、曲ごとに独自のカラーを持った世界を展開している。が、アルバムを聴き通してみると、日本人の父とジャマイカ人の母を持ち、京都に生まれ育った若者の繊細な感受性が生み出す、一つのストーリーが浮かび上がってくる。
ここでは、彼自身の音楽的なプロフィールを聞くことから始めて、今回のアルバムの制作を通して彼の意識がどんなふうに変化し、どんな心境に至ったのかを聞いた。

取材・文 / 兼田達矢 撮影 / 田中和彦


自分も(音楽を)やってみようと思ったのは20歳くらい。それまではマンガや絵を描くのが好きだったんで。

Daichiさんのお父さんが京都で最も歴史のあるクラブ、METROのオーナーであることはすでによく知られていますが、家の中での音楽状況はどんな感じだったんですか。

けっこう音楽が鳴ってたほうだと思います。お父さんもお母さんもレゲエが好きで、朝ごはんの時間にレゲエがかかってたりして。だから、もの心ついた頃にはレゲエの名曲は、タイトルは知らなくても、聴いたらわかるという感じにはなってましたね。幼い時はアニメの曲とか好きで。中学くらいからJ-POPも聴いてたんですけど、それでも家族でクルマで出かけたりする時はいつもお父さんがめちゃくちゃ謎のハウスのCDをかけて、「これが今、一番イケてるから聴いときな」みたいな感じで、叩き込まれてました。

そういう環境の中で育ったDaichiさんが、自分で最初に手に入れた音楽はどういうタイプの音楽だったんですか。

最初に買ったCDは、ケツメイシの「涙」という曲ですね。

J-POPだけど、やっぱりヒップホップ・ベースの音楽ですね。

言われてみれば、そうですね(笑)。ゆずとかも聴いてましたけど、でもその頃は兄ちゃんがギャングスタ・ヒップホップにすごくハマってたんで、J-POPとか聴いてるとすごくバカにされたんですよ(笑)。

(笑)、今回のアルバムの「She II」には♪君なら空も飛べるはずさ♪という一節があったり、「SUNDAY」には♪金なんていらねー/同情するなら/Give me blowjob♪という一節があったりして、だから例えばSPITZは聴いてたんだと思ったりしたんです。

そういうフレーズはけっこう積極的に入れてます。僕がヒッポホップを聴いてて面白いなと思うのは、そういうリファレンスがいろいろ出てきたり、トラックにもサンプリングで映画の1シーンの音を入れたりするところで、今だったら海外のアーティストは日本のゲームの音をよく入れたりしてるんです。でも、日本のアーティストはそれをやってる人は少ないのかなという気がしてて、今回♪空も飛べるはず♪以外にも、同じヒップホップ畑の人のフレーズを借りて自分の気持ちを言ったりしてるんですけど、そういうつながりみたいなところが好きなんですよね。

そこが、Daichiさんにとってのヒップホップの魅力の一つだ、と?

そうですね。僕自身も前のアルバムの歌詞を次のアルバムでも言って、でも時間が経ってるから、ニュアンスがちょっと変わって伝わったりすることもあって、そういうのが面白いなと思いますね。

Daichi Yamamoto エンタメステーションインタビュー

10代で音楽に興味を持った人は、まずはバンドを始めるケースが少なくないですが、Daichiさんはバンドをやることは全く考えなかったですか。

学校に軽音部もあったんですけど、むちゃくちゃロックな人の集まりで、ヒップホップを聴いてる人が一人もいなかったし、僕自身バンドをやろうと思っても楽器ができなかったし、当時は自分で曲を作るというアタマもなかったんで。

当時のDaichiさんにとって、音楽はどちらかと言えば演るものではなくて聴くものだったんでしょうか。

そうだったと思います。

ただ、さっき「楽器ができないから」という話がありましたが、ヒップホップならそこはクリアしやすいというか、楽器ができないヒップホップ・アーティストはたくさんいますよね。当時のDaichiさんは自分でパフォーマンスすることに興味が向かなかったんですね。

自分もやってみようと思ったのは20歳くらいですね。それまではマンガや絵を描くのが好きだったんで、それはやりたいなと思ってましたけど。あとは、ずっと部活のサッカーとバスケットボールばかりやってました。

(このアルバムは)シネマティックなストーリーを持ったものにしたいという壮大なことも考えてはいました。

高校卒業後はイギリスに行って、インタラクティブ・アートを勉強したそうですが、インタラアクティブ・アートのどういうところに惹かれたんですか。

そういう学科があることを最初は知らなくて、イギリスに行く時点では普通にグラフィック専攻だったんです。でも行ってみると、その学科は地獄のように面白くなくて(笑)、それで音楽は好きだったからサウンド・アートの学科も行ってみたんですが、それも合わなくて、日本に帰ろうかなという気になってたんです。インタラクティブ・アートのことを知ったのはそういう時期だったんですけど、その学科の生徒が作っていた作品を見たら、それまで考えていたことが全部パズルにうまくはまったような気がして、こういうことをしたかった!と思ったんですよね。デザインなんですけど、美術の要素も音楽の要素も含まれていて、いろんなカルチャーの要素も感じたし。

つまり、ジャンルを越えて、いろんな要素が融合した表現であることに惹かれたということですか。

そうです。サウンド・アートの側面もあるんだけど、でも一部の人しか楽しめないようなアカデミックな難しさはなくて、でもデザインや映像の歴史もちゃんと踏まえてるんですよ。しかも、生徒がそれぞれに全く違う作品を作ってるんです。完全に写真だけ撮ってる人もいれば、音楽を作っている人もいて、そういう人たちが集まって一つのプロジェクトをやったりするので、出来上がるもののスケールもすごく大きいんですよね。

インタラクティブ・アートには、作り手と受け手の相互作用を重要視するというか、作り手が完成させて額縁に入れて出来上がり、という形で終わらない側面があると思うんです。

そうですね。

それと、さっき話に出たリファレンスし合うことにヒップホップの魅力を感じるという話はつながっているように思ったんですが、Daichiさんはそういう完結しているようでしていないような表現が好きなんでしょうか。

そういうところはあるかもしれないですね。

今回のアルバムについては、Daichiさんの中で“出来た!”と思ったのは、どういうタイミングだったですか。

流れとしては、最初に“一緒に曲を作りたい”と思った人たちに声をかけて、それでもらったビートやアイデアをまず整理して、録れるものから録っていったんです。だから、曲数もはっきりとは決めていなかったんですけど、トラック数が17、18、19くらいになってくると、さすがに“そろそろまとめないとやばいな”という感覚にはなりました。それで、1曲目は「Dress」という曲にして最後は「Dress」とリンクする曲にしたいということは思っていて、結果一番最後に録ったのが「Undress」で、それが終わった時に出来上がったのかなと思いました。

やはり、アルバムとして一つのまとまりを持った作品にするということは意識していたんですね。

そうですね。欲を言えば、シネマティックなストーリーを持ったものにしたいという壮大なことも考えてはいたので、曲順は一応、時系列に沿って並んでたりして、できる限りそういう作りにはなっています。

なるべく自分の感情を正直に書こうということを意識して、Undress=脱いでいくというのが今回のメインテーマやったんです。

アルバム制作の始まりとしては、「Daichi Yamamoto名義のアルバムを出そう」という話がまずどこかのタイミングで決まったんですか。

Jazzy Sportから2年くらい前に「アルバムを出そう」と言ってもらって、でも去年はアーロン・チューライとの作品を作って、その間も同時進行というか、頭の片隅には置いてたんです。で、リリースがあって、ライブをやって、それで一段落してから作り始めたという感じです。

ということは、最初に自分のアルバムを作ろうという話をもらった時に、すぐにでも作ろうというふうにはならなかったんですか。

よくわからなかったというか、信じられなかったんです(笑)。いまだにJazzy Sportから自分のアルバムが出るというのはあまり現実味がないんですけどね。だから、作ろうというは話をもらった時に思ったのも“どうやってやるのかな?”という感じで、その時点でもうアーロンとの作業は進んでいたので、そちらをまとめる作業を先に進めたということなんです。

Daichi Yamamoto エンタメステーションインタビュー

さらに時間を遡って、イギリスでインタラクティブ・アートを勉強していた時期に音楽活動がスタートするわけですが、その頃にはもう自覚的に音楽をやろうと思っていたんですか。

今の時点で思い返してみると、高校の受験くらいからイギリスにいた2年目くらいまで“鬱やったんちゃうかな”と思うくらい落ち込んでた時期があって、カウンセリングも受けたりしてたんですけど、音楽を作っている間だけは鬱憤を晴らすというか(笑)、エネルギーがいいほうに流れていく感じがあったんです。それで、そのあたりからSoundCloudに曲をアップしたりし始めたんですよね。

その当時の、音楽を作っている時の精神状態についてもう少し聞かせてください。「鬱憤を晴らすというか(笑)、エネルギーがいい方に流れていく感じがあったんです」と言われましたが、音楽作りは自分の中の負の要素を吐き出すような感覚だったんですか。あるいは、正のエネルギーを取り込むような感じだったんでしょうか。

作ること自体はポジティブなんですけど、自分の中にはやっぱりすごくネガティブな感情がいっぱいあって、そういう感情と向き合ってる感覚が常にあったので、それをどうやってポジティブなものに変えるかということは考えていたかもしれないですね。

ヒップホップの言葉には、自分が置かれたネガティブな状況や感情の原因を社会や他者に求めて、激しく攻撃するような表現も少なくないですよね。

そうですね。

Daichiさんは自分が表現に向かう際に、こういうことを歌おうとか、あるいはこういうことは歌わないとか、何か意識していることはありますか。

ポリティカルな内容はこれまであまり入れていなくて、でも入れたくなったら入れると思うんです。ただ、僕自身が日本に戻ってきてまだそんなに時間も経ってないし、そういう部分で世間の人たちと感覚をまだ十分には共有できてるようには思わないから。それから、自分の生い立ちにもあまり触れてこなかったんですけど、それは「僕がハーフだから、こういうことがこれこれこうあって…」みたいなことをアルバムの中でずっと言ってたら、聴き手としては多分うるさいと思うだろうなという気がしてたから。今回はそういう部分もちょっと入れるようにしたんですよね。

その変化はどういう気持ちの流れだったんですか。

今まで作ってきたものが良くないとは決して思ってないんですけど、それでも“何かが違う”という感覚が僕の中にずっとあって、それはもしかしたら自分の本音を言ってないからかもしれないという気がしてたんです。ヒップホップって自分をタフに見せなきゃいけないという文化というか(笑)、そういう感じがちょっとあって、それで僕もそういうふうにしてたんですけど、実際の僕はそうじゃないから…。今回のアルバムに参加してくれているVaVaちゃんの曲を聴いていると歌詞がすごく正直だなと思うんです。VaVaちゃんだけじゃなく、自分が好きなアーティストの歌詞を見返してみると、みんなすごく正直で、自分もそれに勇気づけられたんですよね。ジェイムス・ブレイクも「自分は鬱で自殺願望があった」とインタビューで語ってたんですけど、そういうことをインタビューや歌詞を通して伝えてくれると同じ境遇にある人を勇気づけられるなと思ったし、自分もそういう意味での共感を少しでも生み出せたらいいなと思うんです。だから、なるべく自分の感情を正直に書こうということを意識して、Undress=脱いでいくというのが今回のメインテーマやったんです。

今回のアルバムには「Escape」という曲があり、一方でアルバムの最終盤を飾る「How」という曲には♪Chase,Escape 2つ Day n Nite/光と闇 2つ手に入れて/ポケット突っ込んで走り抜ける♪というフレーズがありますが、自分に正直になっていく過程でEscape=逃げるだけでなく、Chase=追いかけることにも向かうようになってきたんでしょうか。

今も逃げ出したいという感覚はあるんですけど、それでもやりたいことがあるから我慢してChaseしている自分もいて、何か変なバランスの上に今の自分は立ってるなという感じはします。

DaichiさんがChaseしているのは、さっき言われた「共感を生み出す」ということですか。

いや、それとは別というか、今はどこかに向かおうとしているとしか言いようがないんですけど…。ただ、共感の話で言えば、自分の周りでもメンタルをヤラレテる人が多くて、だから自分には伝えるべきことがあるなとますます思いますね。

一般的なものを作ろうと意識はなくて、むしろ自分の内に、内に、入っていくということだけを考えていましたね。

今回の作品に関して、サウンド面で何か意識したことはありますか。

冷たい感じというか、色で言うと青系統の曲を意識して集めたような気はしますね。「上海バンド」だけは、ある友達に向けて歌った曲なんで、それをブルーな感じで歌うと申し訳ないし(笑)、自分の中ではちょっと温かい色のイメージですけど、それ以外はかなり冷たい感じやと思います。

1曲目の「Dress」は歌詞に赤という言葉が出てきて、そのイメージが鮮烈ですが、音楽の温度感としては確かに赤く燃えてる感じではないですよね。

あの曲は、AIさんにピアノを弾いてもらう時にけっこう説明したんですが、海を渡っていくようなイメージですよね。で、この曲は、前にAIさんのアルバムで「MAMA」という曲を一緒にやったから、今度はお父さんの話を書こうと決めてたんですよね。

当初のビジョンとして、一編の映画のようになればいいなと思っていたという話でしたが、お父さんの話から始めて、その後はどんなことを書いていこうと考えていたんですか。

最初は一つの物語を書くようなイメージだったんですけど、途中から曲を作ることが修行のように思えてきて(笑)、というのは曲を作るごとに自分が少しでも前進できるようにということを考えるようになってきて、それがUndress=脱いでいくというテーマともリンクして、だから出来るだけ正直に書くということをやっていく過程が作品になってるような感じもありますね。でも、そういう作品だから、どれだけ作ってもまだ核心に辿り着けていない感じもしてきて、それで最後の「Undress」では「もう自分を探すのは止める」と英語で言ってるんです。いくら“自分に正直に”と思ってても、気持ちは動いていくからそれを追いかけるのではなく、今この瞬間をしっかりキャッチして、それで次に向かっていくというふうに考えるようになっていきました。

Daichi Yamamoto エンタメステーションインタビュー

このアルバムを聴き通すと、「Daichi Yamamoto物語」とでも言うべき個人的なストーリーが歌われているとまずは感じるんですが、同時に今この国で生きているDaichiさんくらいの世代の男性の日常とその感情が描かれた作品でもあるように感じます。Daichiさん自身は、どれくらい個人的な作品にしようと思っていましたか。あるいは、どれくらい一般的であることを意識していましたか。

自分のことをちゃんと書いたら、一般的なことに多分なるんだろうなというふうには思っていました。一般的なものを作ろうと意識はなくて、むしろ自分の内に、内に、入っていくということだけを考えていましたね。

アルバム・タイトルはどのタイミングで、どういうふうに決めたんですか。

まずアルバム・タイトルと曲のタイトルが同じなのはあまり好きじゃなくて、それはその曲のためのアルバムに見えちゃう感じがするからなんですけど、でも今回のテーマは“Undress”で、それを曲のタイトルに使ったからどうしようかな?と思って、担当A&Rのマサトさんに相談したりしてたんです。そのなかで思い出したのが、イギリスの大学で僕が大好きな先生が僕の“L”と“R”の発音をよくいじってきて、お母さんがジャマイカだから、正しくはRastaなんだけど、Lastaと僕のことを呼んでたことだったんです。それで、UndressもUndlessにしてみたら、Und+lessだからAndlessにするのを思いついて、結果オーライっていう(笑)。いろんな意味が考えられるのがいいなと思ったんです。

さて、初めてのアルバムが出来上がりましたが、今後に向けてはどんな感触を感じていますか。

すぐに次を作りたい気持ちもあるし、どういうものを作りたいかも見えているんですけど、でも気持ちの波が来てないというか、今はレコーディングする時期じゃないなあという感じなんです。この1年間も、その波が来たり来なかったりすることとずっと闘ってたんで、今はちょっと落ち着きたいなという感じですね。

では、1年後にはどうなっていたいなと思いますか。

その頃には何か出したいなとは思っています。ただ、今回のアルバムを作っている間も、“本当に自分はヒップホップを作りたいのかな?”という自問自答を繰り返してて、その答えがまだ出ていないんですよ。歌詞が書けない時期って、“ラップしている自分”という枠に無意識のうちに自分をはめ込もうとしていることが多くて、そういう意識から抜け出すと、逆に書けたりするんですよね。だから、あまり“こうしよう”とか考えないで、流れに任せたいと思っています。

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Daichi Yamamoto

京都生まれのMC。日本人の父とジャマイカ人の母を持つ。2012 年からロンドン芸術大学にてインタラクティブ・アートを学び、大学在学中にSoundCloud上に発表した音源が話題を呼び、jjj(Fla$hBackS)やAaron Choulai、Kojoe、The Nostalgia Factory らとコラボした楽曲を次々に発表。Eleking誌のインタビューで、Olive Oilが「好きなラッパー」として言及するなど、注目が高まった。2017年10月、イギリスから帰国し、Jazzy Sportに所属。続く2018 年には、STUTSやAi Kuwabaraらの作品への客演参加、MONJUから仙人掌/ PSGからGAPPERを招いたリード曲[ All Day ]のRemix を収録したAaron ChoulaiとのジョイントEP「Window」を発表。
2019 年3月に発表したデジタル・シングル「上海バンド」が、Apple Music「今週のNEW ARTIST」にも選出され、Kanye West やPharrell Williams、Jay-Z らとの作品でも知られる米国のMC・Lupe Fiasco がそのMVをSNS上で取り上げるなど、国内外からも注目を集める存在に。

オフィシャルサイト
https://www.daichibarnett.com