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浦井健治&アヴちゃんが描き出す、愛おしき人間の“人生”。ミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』開幕

浦井健治&アヴちゃんが描き出す、愛おしき人間の“人生”。ミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』開幕

2001年には映画化もされ、舞台・映画ともに大ヒットしたロック・ミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』。その日本版で4演目にあたる本作が8月31日(土)よりEX THEATER ROPPONGIにて上演中だ。
この舞台で明日のロックスターを夢見るヘドウィグ 役を務めるのは、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞、第22回読売演劇大賞最優秀男優賞など俳優として輝かしい受賞歴を持つ浦井健治。イツァーク役を大人気4人組バンド“女王蜂”のボーカルとして知られるアヴちゃんが演じ、キャスティングの発表から話題になっていた。そんな舞台の初日前日にゲネプロと囲み取材が行われた。

取材・文 / 竹下力 撮影 / 岩田えり


どんな困難にも負けないで堂々と背筋を伸ばして生きていく

開演前、Band(THE ANGRY INCH)のメンバーが舞台上でセッションを始めている。それぞれの楽器が有機的に絡んで発せられる音たちが、ロックンロール・ショーの始まりを予感させワクワクさせる。

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ エンタメステーションミュージカルレポート

やがて本格的に演奏がスタート。徐々に暗転し、イツァーク(アヴちゃん)がマイクを握りヘドウィグ(浦井健治)を高らかに紹介すると、ロングトーンのギターソロが鳴り響き、きらびやかな衣裳でヘドウィグがド派手に登場。キーボードのアップテンポなメロディーに導かれ「Tear Me Down」を歌い始める。
「引き裂かれた街の向こうで生まれ……」という自らの出自の象徴でもある“ベルリンの壁”を揶揄するこの曲をヘドウィグが歌い、イツァークがコーラスで“あらゆる壁をぶっ壊す”と宣言する。超カッコいい。

そして歌い終わったヘドウィグがMCを始め、自分の生い立ちを滔々と語っていく。

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精巧なライティングや舞台装置、さらにアメリカ大陸を模したスクリーンの映像も相まって、観客はアメリカのブロードウェイ・シアターというライブハウスで“ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ”というバンドのライブを体感しているような感覚になる。舞台ではなくライブのように錯覚してしまうのは、曲を挟んだMCでヘドウィグが半生を語っていくことで主に物語が進んでいく展開だからだろう。

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舞台の上手には階段があってドアがある。そのドアを開けると、時を同じくタイムズ・スクエアでライブ中だった、ヘドウィグのかつての恋人で今ではロックスターのトミー・ノーシス(浦井健治)が観客に挨拶をしているMCが聞こえてくる……ヘドウィグへの愛の言葉もなく。
苛立つヘドウィグは苦々しい顔をして彼に曲を盗作されたと叫ぶのだが、その経緯は詳細に語られるものの真実は闇の中だ。なぜなら語り人はヘドウィグだけだから。ヘドウィグの話していることが本当なのか……謎めいた雰囲気もあって観客のすべての視線がバンドに注がれる。

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ヘドウィグは、もともとハンセルという名前で東ベルリンに生まれ、父親はおらず、厳格な母親に育てられていた。誰にも見向きもされなかったハンセルの子供時代は愛に飢えていた。ロック・ミュージカル『ジーザス・クライスト・スーパースター』に魅せられて、アメリカのロックンロールに憧れ、ルー・リード、イギー・ポップ、デヴィッド・ボウイ(彼はイギリス人だけどアメリカでイコンになった)などの音楽をラジオで聴き漁って育った多感で孤独な子供は、メロディーを口ずさむことでさびしい心を満たすことができた。

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モノローグの合間からギターの優しいイントロが鳴り、バンドのコーラスワークも美しい「The Origin Of Love」が歌われる。母親がプラトンの『饗宴』を引用しながら人間の“愛の起源”を教えてくれた体験をもとにつくったというこの曲の背景をヘドウィグは静かに話し始める。
我々はもともとはひとつの存在だったのに、いつの間にか分断されてしまった。星と星、国と国、女性と男性の境界がつくられる。そういった状況は正しくないかもしれないけれど、分断された我々を繋げるのが“愛”なのだ、と。

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ヘドウィグは、アメリカの男性、ルーサー・ロビンソン軍曹(浦井健治)に見初められることで“愛”の存在を体験する。そのあたりの心の高ぶる様は、甘酸っぱいキュートな曲「Sugar Daddy」で歌われる。
ただ、ルーサーとアメリカに一緒に行くためには結婚する必要があった。そこでヘドウィグは性転換手術をするのだが、手術は失敗に終わってしまう。パンキッシュでディストーション全開のナンバー「Angry Inch」では、股間に「アングリーインチ(怒りの1インチ)」が残ってしまったことを怒りと哀しみを込めてひたすらシャウトする。

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その後ヘドウィグはアメリカに渡る。そこで“ベルリンの壁”の崩壊をテレビで目にするが、母親はユーゴスラビアに亡命、ルーサーとも別離を迎え、愛する人たちに捨てられてしまう。
鏡を前に男性とも女性にも見えない自分の姿に打ちひしがれ、ヘドウィグ自身の存在証明でもあるウィッグを邪険に扱う。だが、彼女は再びウィッグを手にして奮い立つ。このヘドウィグの心模様を写した、キーボードの悲しげなシャンソン風のイントロからアップテンポな展開を見せていく「Wig In A Box」では会場を大いに盛り上げる。

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絶望感に苛まれながらも、ヘドウィグはベビーシッターや軍の基地の売店の仕事を続け、ロックバンドを夢見ることを諦めずに、バンド「THE ANGRY INCH」を結成する。そして、17歳の少年トミーに出会う。ヘドウィグたちのライブに感動したトミーはギターを手にして、ギターの弾き方や歌の歌い方を教えて欲しいと訪ねてくる。そうしてヘドウィグの運命は新しい局面を迎えていく……。

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曲にMC、そして曲とスムーズに繋げることで、舞台ではなく一夜限りのライブだと感じさせる演出の福山桜子の手腕が心憎い。 ロックミュージカルは演奏者の人数が限られているから、音の良さもさることながらグルーヴが優れていることが肝になると思うけれど、達者なミュージシャンによって、ハード・ロック、パンク、グランジ、シャンソン、ロッカバラードまで、どのようなジャンルの音楽でも歌い手=演者とのテンションが合わさりライブ感を生んでいた。しかも、及川眠子の訳詞が見事にマッチ。ストーリーテリングの要素の強い歌詞だが、曲のヴァイヴスを壊さずに、丁寧にわかりやすく言葉の意味を伝えてくれた。

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バックコーラスは、イツァーク(アヴちゃん)が基本的に務めることになる。ヘドウィグ曰く、イツァークは木曜日から金曜日までの男(旦那)。ヘドウィグの抱える制御不能なルサンチマンに八つ当たりされるキャラクターで、理不尽な攻撃を受けても、甲斐甲斐しくヘドウィグの身の回りの世話をしている。それは愛しているがゆえなのか……。

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アヴちゃんはイツァークというもどかしいキャラクターを熱演。ヘドウィグ 役の浦井健治が演じやすいように動き回り、コーラスではヘドウィグの歌を低音から高音まで使って支え、ソロでは伸びやかな歌で応じ、歌だけでなく説明台詞までもこなすという八面六臂の活躍を見せた。なによりも、多くを語ることなく感情の起伏を見せる表情の変化が見事で、終始ふくれっ面のイツァークが終盤に見せるすべてを達観した表情には壮絶なカタルシスを味わえる。舞台はミュージカル『ロッキー・ホラー・ショー』(2017)から2度目の出演となるが、役者としてのスケールが大きいので今後が楽しみな逸材だ。

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ エンタメステーションミュージカルレポート

ヘドウィグを演じた浦井健治はインタビューで、“ひとり芝居の要素がある”と語っていたが、ライブのMCにのせて物語が進んでいくという構成のため、フロントマンであるヘドウィグがひとりで何役もこなして話を引っ張っていく。

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これまでの浦井健治を知っている人も驚くほどパワフルな歌声も印象的だった。
あらがえない残酷な運命に振り回されて心がバラバラになってしまったことを臆することなく告白していく様はとにかくリアルで生々しく、繋がる壮大なバラード「Midnight Radio」で“手を空に突き上げて愛をつかもうとする姿こそ美しい”といった人間賛歌を歌う浦井健治は、喜怒哀楽の感情すべてを使って人間の“人生”そのものを表現していたように見え、ひとりの役者が舞台を覆いつくす圧倒的な優しさに涙が止まらなかった。

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ エンタメステーションミュージカルレポート

本作は突き詰めていけば“自立”、あるいは世間のしがらみからの“解放”がテーマになっているかもしれない。ひとりで生きていくことの意味。そして誰かに支えられることの意義。出会いや別れ、挫折、希望、みんなヘドウィグと同じ想いを抱くことがあるはずだ。だから、老いも若きも、女性も男性も、どんな職業の人も、どんな国の人も、誰でも共感ができる。愛を求めて時代を歩きながら、どんな困難にも負けないで堂々と背筋を伸ばして生きていく。ヘドウィグの姿に人間の底力を見た、感動的なミュージカルだった。

最後には人生に希望を持ってもらえる作品

このゲネプロの前には囲み取材が行われ、浦井健治とアヴちゃんが登壇した。

初日を明日に控えた気持ちを聞かれた浦井健治は「この夏は一日も休まず稽古をしてきたので、家族みたいな仲の良いカンパニーになっています。カリスマ性のある“女王蜂”のアヴちゃんが、惜しげもなく歌を教えてくれたし、バンドメンバーも愛らしいし、演出の(福山)桜子さんが目指した作品が出来上がった気がして、役者冥利に尽きると思います」と答えた。

アヴちゃんは「ふたりとも同じぐらい負けず嫌いですが(笑)、お互いを尊重しながら稽古をしてきました。私の歌い方も、女王蜂での歌い方を解体することができて新たな発見になりました」とコメント。

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ エンタメステーションミュージカルレポート

本作の見どころについて、浦井は「今作は自分と向き合うことが重要だと教えてくれるし、生身の人間は弱いかもしれないけれど、同時にこんなにも強い一面があること、そしてどんなときもひとりではないことが伝わると嬉しいです」と語り、アヴちゃんは「観るときの心境によって自分がどんな状態かわからせてくれる偉大な作品だと思います」と述べた。

そして浦井が「この作品をご覧になって、心が抉られるかもしれませんが、最後には人生に希望を持ってもらえる作品になっています。それをお客様に受け取って欲しいので、ノリノリで劇場に来てだくさい」と最後を締め括り、囲み取材は終了した。

本作は、9月8日(日)までEX THEATER ROPPONGIにて上演されたのち、9月11日(水)から12日(木)までZepp Fukuoka、9月14日(土)から16日(月・祝)までZepp Nagoya、9月20日(金)から23日(月・祝)までZepp Namba(OSAKA)、その後、東京公演FINALとして9月26日(木)から29日(日)までZepp Tokyoにて上演される。

ミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』

ミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』

東京公演:2019年8月31日(土)~9月8日(日)EX THEATER ROPPONGI
福岡公演:2019年9月11日(水)〜9月12日(木)Zepp Fukuoka
名古屋公演:2019年9月14日(土)~9月16日(月・祝)Zepp Nagoya
大阪公演:2019年9月20日(金)~9月23日(月・祝)Zepp Namba(OSAKA)
東京公演 FINAL:2019年9月26日(木)~9月29日(日)Zepp Tokyo

作:ジョン・キャメロン・ミッチェル
作詞・作曲:スティーヴン・トラスク
翻訳・演出:福山桜子
音楽歌詞:及川眠子
歌唱指導:冠 徹弥

出演:
ヘドウィグ 役:浦井健治
イツァーク 役:アヴちゃん(女王蜂)

Band(THE ANGRY INCH):
Guitar:DURAN
Bass:YUTARO
Drums:楠瀬タクヤ
Guitar:大橋英之
Keyboard:大塚 茜

オフィシャルサイト
オフィシャルTwitter(@hedwig2019jp)