LIVE SHUTTLE  vol. 66

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佐藤千亜妃(きのこ帝国)の類まれな表現力を確信した一夜

佐藤千亜妃(きのこ帝国)の類まれな表現力を確信した一夜

 「きのこ帝国」というバンドの魅力を演奏スタイルから語るならば、「轟音」であって「メロディアス」でもあるという、普段は二律背反しそうなことが音の化合物となっていく醍醐味なんだと思う。そしてもちろん、コンポーザーでありボーカルを務める、佐藤千亜妃の歌の魅力、作品の豊かさを抜きにこのバンドを語ることも出来ないだろう。実は僕個人は、ロックも好きだがポップな「きのこ帝国」にも期待していて、そんな折、彼女が自身の誕生日に、影響受けたアーティストや愛唱してきたナンバーをカバーするライブがあると聞いたので、さっそく白寿ホールへ出掛けてみた。

この日のバンドはスペシャルなもので、フォーリズムにチェロを加えた編成。あくまでカバーされる楽曲の、作品の良さを伝えることがコンセプトのようだ。佐藤自身もMCの中で、“いつもより大人の雰囲気”と評していたけど、そもそもここ白寿ホールからして、普段はクラシック系の演奏者が使う場所のようだ。案内係の女性の方も、オーチャードホールやNHKホールみたいに上品な感じ。

 やがて彼女が登場する。詰めかけたファンの人達は、「きのこ帝国」の彼女、つまりギターを抱えたその姿とはまた違った佇まいであることが新鮮だったろう。過去にソロ活動がある彼女だけど、そちらは弾き語りスタイルだったようであり、でも今回はハンドマイク。バック・バンドを従え、ひとりの「ボーカリスト」としてステージに立つ、という印象が強い。

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 柴田淳のオリジナルである「片想い」でスタート。さらに平井堅の「 even if 」が見事に感情の乗ったものとして披露され、今夜選曲される楽曲は、女歌・男歌を問わず、であることを知る。そして彼女のスケールの大きさが届いたのは、鬼塚ちひろの「流星群」やUAの「雲がちぎれる時」など、これらの楽曲をパフォーマンスした時だった。

 そもそもこうした歌は、“とりあえず歌えました”くらいのパフォーマンスだと、声が必死にメロディの輪郭に掴まって、振り落とされないよう堪えている…、みたいな、つまりは余計な緊張感を聴き手に与えるものなのだが、彼女の歌は、声が輪郭そのものになり作品が内包する情感をコントロールし切っていたのだ。僕も職業柄、様々な歌を聴いてきたが、これほどの歌唱にはなかなか出会えないものなのである。

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 今回のコンサートのタイトルは「VOICE」なので、彼女の声のことも…。そもそも陰や暗さもある声だと思う。あまり褒め言葉に聞こえないかもしれないが、絵や写真に置き換えて考えてみて欲しい。陰を宿すからこそ、モノゴトを立体的に、奥行きあるものとして描くことも出来るのだ。

 途中、14歳の時、地元の駅の近くでストリート・ライブを始めた頃の話をしてくれた。ある時、見知らぬおじさんが立ち止まり、たいそう褒めてくれたという。自分の歌は世代の違うこうした人にも届くのかと思うと「自信になった」と、そう彼女は話していた。

 そしてその頃、路上で歌ってたという70’フォーク・ソング・クラシックスである「なごり雪」の出だしを、アカペラで歌い始める。歌い慣れたものだけに、こなれた印象。“東京で見る雪”というこの歌の歌詞を、地元にいた頃の彼女は、どんな想いで歌っていたのか…。

 時にマイクを持たない手の仕草が歌と連動するようにも見える。体を横に揺すりながらテンポを取る場面もある。お客さん達は着席して、静かに聴き、熱い拍手を送る。たとえばロックフェスなら、その反応は当然ながら顕在的(可視的)であり、要は盛り上がったら盛り上がって見える。でも歌のライヴというのは、それに較べて、反応は潜在的だったりもする。歌が聴き手の心に染み込む時、音がしたりはしない。でも分かる。みんなが客席で、沢山のものを受取っていく様が…。

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 輪郭をもって描いていく、という歌とは少し違って、逆に輪郭を取り払い、そこに描かれる景色、風のにおいまでも伝えていたのが「くちなしの丘」で、ライブもそもそも後半から終盤へとなって、じわじわこの日の感動が体に染み込んできて、さらにそれを熟成していくタイミングでのナイスな選曲でもあった。

 続く清竜人の「痛いよ」では、歌詞は明らかな男性目線ではあるものの、最初から彼女のオリジナルではと思うくらいの説得力だった。でもこの歌の主題というのは、ここに描かれる主人公の具体的な境遇ではなく、万人に覚えのある、まさにあの“胸の痛み”の正体なのだろう。激痛のようで鈍痛のような、“あの感覚”こそが、佐藤千亜妃の歌により、こちらに届いたのだった。

 ユーミンの「ひこうき雲」は、よくこの歌のポイントだと言われる“そらを~ かけぇ~て~ゆくぅ~”の“かけぇ~”のところの、一瞬、空間に投げ出されるみたいなコード感のところにも、ちゃんと意識が向いていたように思われた。石巻で開催されたReborn-Art Festival × ap bank fes 2016の時にも披露してくれた「キスをする」。そしてアンコールで、みなさんこの曲は好きなんじゃないですか、と、問い掛けつつ、歌ってくれた、ハナレグミの「サヨナラCOLOR」も、サヨナラから始まることが沢山あるんだという歌詞が、最後に相応しく、また、この日のライヴの極上の余韻へもつながった。

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 で、ここでは終わらず、最後に彼女は再びアンコールに応え、ギターを抱え、マイクなしの素の声で、きのこ帝国のデビュー・アルバム『渦になる』に入っていた「夜が明けたら」を披露した。思わず鳥肌が立った、とか、お互いの魂が共振し合っていた、とか、心に響く歌を聴いた時に使いがちなコトバがあるけど、それらに頼らず、この感動を誰も使ってない言葉で伝えられたらと思いつつ、しかしなかなか言葉は見つからず、あのほの暗くなっていた白寿ホールのステージの、ギターをかき鳴らし歌う彼女の姿だけが、今も頭に浮かぶだけなのだった。

 ちなみにきのこ帝国だが、ニュー・アルバム『愛のゆくえ』のリリースが、11月2日に控えている。楽しみに待つことにしよう。

取材・文/小貫信昭

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佐藤千亜妃ソロカバーライブ『VOICE』セットリスト

2016年9月20日(火)HAKUJU HALL
<セットリスト> ※曲目/オリジナルアーティスト
01.片想い/柴田淳
02.even if…/平井堅
03.Boyfriend/Crystal Kay
04.流星群/鬼束ちひろ
05.えりあし/aiko
06.雲がちぎれる時/UA
07.いかれたbaby/フィッシュマンズ
08.なごり雪/イルカ
09.First Love/宇多田ヒカル
10.ぼくたちの失敗/森田童子
11.くちなしの丘/原田知世
12.痛いよ/清竜人
13.ひこうき雲/荒井由実
14.キスをする(新曲)

En1.サヨナラCOLOR/SUPER BUTTER DOG
En2.夜が明けたら/きのこ帝国

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