Interview

岩谷 徹 Special Interview

岩谷 徹 Special Interview

『パックマン』の生みの親として
世界的に高名なゲームクリエイター、岩谷 徹。
現在は大学教授も務める岩谷が『ピクセル』、
そして80年代当時を語る。

まずは映画『PIXEL』をご覧になった感想から聞かせていただけますか?

冒頭は説明的な、セリフの長いシーンが続くのですが、そこで語られた内容がしっかり後半のストーリーをもり立ててくれるところに感心しました。ゲームキャラクターが大暴れする迫力ある映像は当時を知らない人でも楽しめる大迫力。80年代にビデオゲームにハマった人だけでなく、家族みんなで楽しめる映画になっていると思います。

本作では謎の宇宙人に操られたゲームキャラクターが、主人公たちの敵として登場します。『パックマン』の生みの親として、それはどう感じられましたか?

可愛いはずの『パックマン』がニューヨークの街を破壊しまくってましたね。でも、宇宙人に操られているという設定なので、それは全く気になりませんでした。むしろ、急カーブをドリフトしながら曲がっていくところには成長したなぁと思ったほど(笑)。ゲームの設定も上手に活かしていただきとても満足しています。『パックマン』がパワーエサを取った時に自動車がイジケモンスターの色になるんですが、そのときの動きなどがもっとゲームに近ければなお良かったかな? そのあたりは次回作に期待しておきましょう。

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『パックマン』は80年代ゲームシーンのアイコン的存在
ゲームの設定も上手に活かしてくれて満足しています

映画には『パックマン』のほか、その生みの親として「プロフェッサー・イワタニ」(演:デニス・アキヤマ)が登場しますよね。正直、かなりひどい扱いだと思ったのですが……(笑)。

“あのシーン”は監督もすごく気を使ってくれて、絵コンテの段階からこういう役どころなのだけれど構わないかとしっかり確認してくれました。ただ、『パックマン』の登場シーンもそうですが、映画は監督の作品ですから私が口出しすべきではありません。ぜひそのまま進めてくださいとお願いしました。後でちゃんと手が復活するって教えてもらいましたしね(笑)。罵るシーンの汚い言葉使いも、現地の友人に聞いたところ、日本人が感じるほど強いニュアンスではないそうですよ。

そしてさらに、岩谷さんご自身も映画に出演なされているとか。具体的にはどのあたりなのでしょうか?

冒頭のゲームセンターのシーンで『パックマン』の筐体を修理しているエンジニア役で一瞬だけ映っています。ナムコと書かれたつなぎのスーツを用意してもらい、それを着て出演しました。その撮影自体は2日で終わったのですが、その後も3日間、合計5日間撮影に同行させていただいています。

撮影の様子はいかがでしたか?

クリス・コロンバス監督の真剣なモノ作りに感動させられました。普段は温和で優しい人なのですが、撮影が始まるととても厳しく、妥協がないんです。画面の端の方を歩いている子役の子に対して、「やる気がないのなら帰ってくれ」と言い放ったり。ニューヨークの町並みで『パックマン』が大暴れするシーンも気に入るまで何度もリテイク。私から見てすごくうまく撮れたと思うカットでもやり直しを命じているので理由を聞いたら、なんと画面の隅でハトが羽休めをしていたからとか。後でCGを合成するときに簡単に消せると思うのですが、そういうところにこそ“こだわり”があるんでしょうね。

日本人向けの丁寧な人に優しいゲーム設計が
世界に通用するのだと『パックマン』は教えてくれた

『パックマン』登場シーン以外で印象に残っているシーンはありますか?

やはり何と言っても『ギャラガ』の登場シーンです。あの大きさのボス・ギャラガが空中に浮遊している様子が凛として格好良かった。『センチピード』も存在感がありましたね。元になったゲームは時代が時代なので地味な映像なんですが、それを3Dにするとあんなに躍動感のある画になるのかと感心させられました。お婆さんの家に入っていくところなどが特に気に入っています。

ところで、そもそも気になるのが映画化の経緯です。岩谷さんのところにはいつ頃にお話があったんですか?

去年の3月くらいに80年代のビデオゲームをテーマにした映画を作りたいので協力してほしいという連絡がありました。そこで初めて映画の元になった短編映像をYouTubeで観たのですが、これを映画にするんだったら面白そうだ、ぜひやってほしいと思いましたね。ただ、その許諾申請については一波乱あって、当初はナムコの知財管理部が映画に登場させるならゲームと同じ平面のドット絵じゃないとダメだ、目をつけるのもダメだと言ったそうなんです。これは担当者がナムコの歴史的キャラクターを大事にしていたからこそだと思うのですが、他の作品がきちんと立体的なドット絵になっているのに『パックマン』だけ平面では困ってしまいますよね。そこで私が間に立って、過去に『パックマニア』というゲームで立体的で目の付いた『パックマン』を出しているのだということを説明するなどして何とか許可を取り付けたんです。その後のやり取りについては先ほど話した通り。結果的には、ゲームのイメージを壊すことなく、非常に良く描いてくれました。

数あるゲーム作品の中でも『パックマン』の扱いは別格ですよね。

80年代ビデオゲーム市場のアイコン的存在だと考えてくださったんでしょうね。でも実は当時の私は『パックマン』は海外で成功しないと思っていたんですよ。迫力とかスリルとかに欠ける、今で言うところの“ヌルいゲーム”だと思われるんじゃないかと。ところが蓋を開けてみると驚くほどの大ヒットに。『パックマン』は、日本人向けに考えていた、丁寧な、人に優しいゲーム設計が世界に通用するのだと教えてくれた作品です。ちなみに主演・脚本のアダム・サンドラーさんはご自宅に『パックマン』のアーケードゲーム筐体を持っているそうですよ(笑)。

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続いて今度は、ゲームの『パックマン』について話を掘り下げさせてください。岩谷さんがこの作品を生み出した背景について教えていただけますか?

『パックマン』前夜の1970年代は、ビデオゲームをするためにゲーム場に行かねばならない時代。そこにはむさ苦しい男性しかいなくて、とても女性が入れるような場所ではありませんでした。

ゲームセンター=不良のたまり場というイメージが強かったですよね。

ナムコの社員としてそれではいけないなとずっと思っていました。女性や子供がゲームセンターに行きたくなるようなゲームを作らないとダメだ、と。そうしないといつまで経ってもゲームセンターのトイレがきれいにならない(笑)。そこで、女性やカップル客が親しみを感じやすいよう“食べる”ということをテーマにしたゲームを考えました。それが『パックマン』です。ちなみに『パックマン』のあの形は、お昼ご飯にピザを食べようとしたときに思い付きました。丸いピザから1ピース抜いたときに“これだ!”と。

そんなところに発想の原点があったんですね! そして『パックマン』リリース後、ゲームセンターに女性は増えましたか?

増えました。女性やカップルがゲームセンターに足を運んでくれるようになり、その分ゲーム市場が拡大しましたね。それなりに自信も根拠もあったのですが、実際に店頭で遊んでくれているみなさんの笑顔を見たときは本当にうれしかった。狙いが当たったというよりも、彼女にあげたプレゼントをよろこんでもらえたようなよろこびがありました

当時、撃ったり、壊したりというビデオゲームが多い中、『パックマン』は画期的な作品でしたよね。そんな中、逆に岩谷さんが“やられた!”と思った作品はありますか?

当時のビデオゲーム市場はまだ一部しか塗られていない広大なキャンバスのようなもの。ゲームデザイナーの目前には真っ白な未踏のエリアが拡がっており、思い思いの絵を描いていくことができました。中でも特にすばらしかったのが米国ATARI社のゲーム。『ピクセル』に登場する『センチピード』など、全く予想もしないようなアイデアをどんどん具現化していくことに驚かされました。自分の中では今でも追い越すことのできない大きな存在です。

ゲームの持つ継続力や興味を娯楽以外の分野に応用して
これからは文化としてのビデオゲームも模索していきたい

ただ、それらATARIのゲーム作品は、『パックマン』登場以後の国産ゲーム作品に人気を奪われてしまいますよね。その理由はどのように分析されていますか?

日本のゲームが非常に丁寧に作り込まれていて、すぐにゲームオーバーにならない、プレイヤーに優しい作りになっていたことが大きかったと思います。ゲームでお客さんに楽しんでもらおうという意識がとても強かった。それは当時のナムコ社長・中村雅哉(現・バンダイナムコホールディングス最高顧問)が何より大事にしていたこと。今で言うところの“おもてなし”の心でしょうか。その浸透力が海外のゲームを差し置いて国産ゲームが浸透した理由だと思います。中村さんは当時からビデオゲームを“文化”として成長させたいと言っていました。今ではそのことに異を唱える人はいないと思いますが、ゲームが市民権を得ていない中でそれを言っていたのがすごいですよね。

ほとんどの人は、ビデオゲームが世代を超えて愛されることになるなんて思ってもいなかったでしょうね。

当時そこまで考えていたのはナムコと任天堂くらいだったと思います。任天堂と言えばマリオシリーズですが、そのゲームデザイナーである宮本茂さんに『スーパーマリオブラザーズ』の原点が『パックランド』(1984年に発売されたパックマンを主人公にした横スクロールアクションゲーム)だと言われた時にはうれしかったなぁ。当時、彼らとはお互いに刺激を与え合う関係でしたね。

さて、話は変わりますが、現在、岩谷さんは、現在は学校の先生をされているそうですね。具体的にはどういうことを教えていらっしゃるのですか?

東京工芸大学芸術学部ゲーム学科教授として、7年前からビデオゲーム作りについて教えています。企画、デザイン、プログラムの3分野で学生を募り、プログラムであれば数学や物理など、基礎的なことからきちんと教えるというのが基本方針。私がプロデューサーだったころは、基礎のできていない人は採用しませんでしたからね。もちろん、最終的にはそこから10人程度のチームをいくつか作り、実際にゲームを開発します。できあがった作品は毎年、日本ゲーム大賞アマチュア部門に応募するのですが、昨年(2014年)は遂に待望の「大賞」を獲得したんですよ。

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こうして育った岩谷さんのお弟子さんが今後のゲーム業界を支えていくわけですね。……ちなみに、岩谷さん自身はもうゲームはお作りになっていないんですか?

今は、それまでとはちょっと毛色の異なる“シリアスゲーム”の研究をしています。シリアスゲームとは、リハビリとか教育とか、社会問題の解決を目的としたゲームのこと。ゲームのもっている継続する力、興味を持続させる力を、娯楽以外の分野に応用していこうというものです。また、それとは別に、ビデオゲームの表現の幅を拡げていくことにも挑戦中です。

ビデオゲームの表現の幅ですか?

これまでのビデオゲームはディスプレイとコントローラーと自分がバラバラでしたよね。例えばそれを全部1つにまとめてしまったらどういうものになるだろうか、などといった実験を行なっています。発光ダイオードを敷き詰めた服の中で動き回るパックマンを実際に身体を動かしてコントロールするなどといった具合です。両手の平を合わせると腕の通路がつながって『パックマン』をそちらに動かせるなど、これまでは考えられなかったような面白さが生まれます。2人のプレイヤーが手をつないでパックマンを行き来させるなんてこともできますよね(写真参照)。

つまり、岩谷さんはいまだ現役のゲームデザイナーということですね!

そうですね(笑)。ただ、芸術学部の教授でもあるので、より文化的にゲームを評価してもらう方法を強く考えるようになりました。『パックマン』の新作についてもよく考えますが、今度は“食べる”のではなく“歌う”というのはどうだろう、とか。ミュージカルゲームというとちょっと言い過ぎかもしれませんが、これからもそういう新しいことにチャレンジしていきたいですね。

インタヴュー・文/山下達也 撮影/金子亜矢子

岩谷 徹

1955年生まれ。東京都出身。’77年にナムコ(現・バンダイナムコエンターテインメント)に入社。翌’78年にナムコのビデオゲーム初となる『ジービー』を開発する。’80年に企画・開発に参加した『パックマン』は日本だけでなく、アメリカでも大きな人気を呼び、ゲーム史上にその名を刻んだ。その後はプロデューサーとして数々のゲームを送り出す一方で、東京工芸大学芸術学部ゲーム学科の教授として後進を育てている。

映画『ピクセル』

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オフィシャルサイト http://www.pixel-movie.jp/

Staff
監督:クリス・コロンバス 脚色:ティム・ハーリヒー、ティモシー・ダウリング プロデューサー:アダム・サンドラー、クリス・コロンバス、 マーク・ラドクリフ、アレン・コヴァート 撮影:アミール・モクリ プロダクションデザイナー:ピーター・ウエナム 音楽:ヘンリー・ジャックマン 視覚効果スーパーバイザー:マシュー・バトラー

Cast
ブレナー:アダム・サンドラー クーパー:ケヴィン・ジェームズ ヴァイオレット:ミシェル・モナハン エディ:ピーター・ディンクレイジ ラドロー:ジョシュ・ギャッド ポーター大将:ブライアン・コックス 1982年世界大会 MC:ダン・エイクロイド レディ・リサ:アシュレイ・ベンソン 岩谷教授:デニス・アキヤマ

9月12日(土)全国ロードショー
2015年アメリカ映画
スコープサイズ
本編上映時間:1時間45分
2D /3D / IMAX / MX4D /4DX
字幕翻訳:松崎広幸
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント