サザンオールスターズと昭和・平成・令和元年  vol. 6

Column

サザンオールスターズの2ndアルバム『10ナンバーズ・からっと』発売当時の噂、その想像

サザンオールスターズの2ndアルバム『10ナンバーズ・からっと』発売当時の噂、その想像

今年デビュー40周年を迎えたサザンオールスターズのバンド・ヒストリーを、彼らが生み出した数々の作品から改めて見つめていく。音楽評論家・小貫信昭が独自に紐解く、サザンオールスターズの魅力──。


アルバムの作り方には2種類ある。内側から作る方法と、外側から作る方法だ。前者の場合、気づけば作品が、アルバム一枚分あった、みたいなことで成立する。後者の場合、どんなアルバムにするかを考え、そのあと、中身を充たしていく。大まかな傾向として、サザンオールスターズのデビュー・アルバム『熱い胸さわぎ』は前者であり、2ndアルバム『10ナンバーズ・からっと』は後者だったかもしれない。

かもしれない、などと、歯切れの悪い書き方になったが、2ndアルバム制作中、彼らは多忙を極め、テレビ出演などに忙殺され、寝る暇もなく、ほかの仕事が終わったあと、遅い時間にビクターのスタジオへ辿り着き、レコーディングを再開し、一夜明け、再び別の仕事へ……、という日々が続いていたそうだ。なので、どんなアルバムにするかなんていう、悠長なことは言っていられなかったかもしれない。

そんな状況下で完成させた本作だが、でもしかし、どんなアルバムにするかを考えたであろう確かな痕跡が、見受けられる。そもそも1曲目を「お願い D.J.」にしたことが、すでにコンセプチュアルと言えるのだ。というのも、まずはこの作品が船頭役を果たし、ここからの計10曲の“ナンバーズ・からっと”たちが、順番に紹介されていくからだ(いちいちDJのトークが入るわけではないが……)。

ちなみに、この曲の間奏で桑田佳祐はウルフマン・ジャック(映画『アメリカン・グラフィティ』で知られるようになった、アメリカの人気DJ)のモノマネを披露している。その甲斐あってか(?)、翌1980年10月に『ゴールデン洋画劇場』(CX)で同映画が放映された際、ウルフマンの声の吹き替えを桑田が担当した。

さて、“どんなアルバムにするか”を考えた痕跡は、ほかにもある。「アブダ・カ・ダブラ(TYPE.1) 」と「アブダ・カ・ダブラ(TYPE.2)」である(ちなみにこのタイトルの作品は、すでに「いとしのエリー」のシングルのカップリングとして“(TYPE.3)”が先にリリースされている)。現在、CDでこのアルバムを聴いている人間には実感が薄いが、当時、アナログ・レコードでリリースされた際は、この2曲がA面とB面を繋ぐ役割を果たしたのだ。“(TYPE.1)”が飛行機の音とともに終わっていき、レコードをひっくり返して針を降ろすと、先ほどの飛行機の音が再び聴こえてくる仕掛けである。こうやって、トータル性を持たせたのだ。

「アブダ・カ・ダブラ(TYPE.1)」「アブダ・カ・ダブラ(TYPE.2)」にはゲストがいる。日本を代表するディキシーランド・ジャズのバンド、園田憲一とデキシーキングスである。とはいえ、ディキシー特有の対位進行のサウンドに全体が包まれるわけではなく、桑田自身も歌詞の中で、このセッションを〈シュールなディキシーランド〉と称している((TYPE.2)において)。

このふたつと、このあとに出てくる「Let It Boogie」にも言えるが、これらはオールドタイミーな懐かしい雰囲気が魅力でもある。「ブルースへようこそ」の、中国趣味のイントロにしてもそうだ。1stアルバムは、曲ごとにスタイルの多様性が出ていたが、このアルバムでは、ミクスチャー感覚も際立ってきている。

最後に、『10ナンバーズ・からっと』と言えば、よく話題になることを。このアルバムの何曲かで、歌詞カードが伏せ字になっている。発売当時に噂されたのは、過激な言葉が含まれるため、掲載不可だった、というもの。その後、単に印刷が間に合わなかっただけという、そんな話も伝わった。桑田は曲から作り、歌詞に関しては最後に書く。間に合わなかった。そう言われたら、そんなものなのかなと納得した。

しかし、である。歌詞がなければボーカル録りはできないし、歌詞が出来た時点で印刷に回せば、同時進行でなんとか間に合ったのでは? そうも考えたのである。ということは、伏せ字はやはり、故意だったのではないのか?

桑田のアマチュア時代のエピソードを思い出した。彼は歌詞の流動性を尊び、人前で歌うたびに言葉をアレンジすることも多かったという。ところがデビューしてみると、アマチュア時代とは勝手が違った。歌詞の流動性は認められなくなる(それでは著作権登録もできない)。すべての楽曲に関して、歌詞を固定することを強いられるのがプロなのだ。

でも、(あくまで僕の見解だが)彼は抵抗したかったのではなかろうか。流動的な歌詞だから楽しく歌え、聴ける曲があってもいいではないか。そう主張したかったのではなかろうか。このとき、桑田の中の“ロック脳”と“ジャズ脳”が、一戦を交えたのかもしれない。でもいったんは、その日の気分で自らのオリジナルを楽器のアドリブ・ソロのように歌う楽しみ(“ジャズ脳”を優先する姿勢)は置いといて、未来へと向かったのだろう。

文 / 小貫信昭

ALBUM『10ナンバーズ・からっと』
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