モリコメンド 一本釣り  vol. 137

Column

前島麻由 全曲英語詞と洋楽的なハイブリッドなサウンド。負の感情をストレートに歌うシンガー

前島麻由 全曲英語詞と洋楽的なハイブリッドなサウンド。負の感情をストレートに歌うシンガー

ネガティブな感情を抱えたことがない、という人はおそらく存在しないだろう。どんな人にも悲しい記憶、切ない思い出、怒りを抑えきれないような経験があり、それを抱えながら生きている。悲しさ、切なさ、怒りといった感情は消えることのなく心のどこかに残っていて、なにかの拍子にいきなり蘇ってくる…という人も多いのではないだろうか。

前島麻由は、負の感情をどこまでも真っ直ぐに歌うシンガーだ。“悲しみを乗り越え、前向きに生きていこう!”みたいな前向きソングは皆無。彼女が自らの手で紡ぐ歌詞は、自らの心のなかにある悲哀、後悔、苦しみなどをリアルに描き出している。その理由はおそらく、彼女自身が“マイナスの感情は決して消えることがない”と知っているからだろう。気持ちを切り替えたり、ポジティブに転化できないのであれば、それを抱えたまま生きるしかない——そんな真っ当な姿勢に貫かれた彼女の歌はこれから、多くのリスナーの感情を揺さぶることになるはずだ。

洋楽好きの両親のもとに育ち、物心がついた頃から歌手になることを決めていた前島麻由。小学生のときにダンスとボーカルのレッスンを受けはじめ、Destiny’s Childやブリトニー・スピアーズなどをきっかけに彼女自身も洋楽に傾倒。英語の歌詞を歌い続ける日々を送るうちに、自然とネイティブ級の発音を身に付けたという。

その後、アヴリル・ラヴィーンに出会い、ロックに目覚めた彼女は、学生時代に軽音楽部でバンドを結成したことをきっかけに音楽活動をスタート。少しずつオリジナル曲を作り始める。(彼女から出てくるメロディはどれも洋楽的であり、それに合う歌詞はやはり英語だったとか)ダイナミックなスケール感と繊細な感情表現を併せ持った彼女のボーカルも徐々に注目を集めるも、デビューのきっかけを探る時期が続いた。

その歌声がはじめて世に響いたのは、“MYTH&ROID”に参加したことがきっかけだった。プロデューサーのTom-H@ckを中心としたこのユニットで彼女は、シンガー・Mayuとして「L.L.L.」(TVアニメ「オーバーロード」EDテーマ)、「STYX HELIX」(TVアニメ『Re:ゼロから始める異世界生活』EDテーマ)などを歌唱、ボーカリストとしての圧倒的な存在感によって、アニソン・ファンを中心に大きなインパクトを与えた。2017年にMYTH&ROIDを脱退した彼女は、すぐさまソロアーティストとして活動すべく準備を進め、2019年4月にリリースしたデジタルシングル「YELLOW」でソロデビューを果たした。9月25日には1stフルアルバム『From Dream And You』を発表。本作によって“前島麻由”は全貌を現すことになった。

まず注目すべきはやはり、彼女自身の手による全編英語詞によるリリックだろう。深い孤独を抱えたまま過ごした時期の記憶を描いた「when you went away」、シェイクスピアの「ハムレット」に登場する悲劇のヒロイン・オフィーリアをテーマにしたという「YELLOW」、歌を<夢>、負の感情を<あなた>に例えたアルバムの表題曲「From Dream And You」。ディープな感情をたっぷりと含んだこれらの歌は、彼女の生き方、性格、キャラクターと強く結びついている。

彼女の楽曲制作はほとんどが“メロ先”だが、メロディを聴くと“これにはあのときの悲しみが似合う”と(きわめて自然に)負の感情が浮かんでくるのだという。ネガティブな思いを解消するのではなく、心のなかにある深い感情をできるだけそのままの形で残すために歌を作る——それこそが、彼女の音楽の本質なのだと思う。

と、こんなふうに説明すると「なんだか暗そうだな」と思われるかもしれないが、前島麻由の音楽は決して暗くはない。アヴリル・ラヴィーン、ブリトニー・スピアーズなど(つまり洋楽の超メジャー・アーティスト)をルーツに持つ彼女の旋律は、ポップにしてキャッチー。さらに気鋭のクリエイターとの共作(本作にはキタニタツヤ、宮田‘レフティ’リョウ、松岡モトキなどが参加している)により、サウンドメイクもきわめて多彩だ。ヘビィロック、メロコア、EDM、エレクトロなどを融合させたアッパーチューンから、アコギやピアノを軸にしたバラードまで、幅広いテイストの楽曲を通して、シンガーとしての彼女のポンテンシャルを存分に体感できる作品に仕上がっているのだ。

ロックとダンスミュージックをハイブリッドさせたトラック、濃密なエモーションを反映した歌詞、そして、一瞬でリスナーの気持ちを揺らすボーカリゼーション。これまでのJ-POPには収まらない彼女の存在は今後、こちらの予想を超えるスピードで広がっていくことになるだろう。

文 / 森朋之

その他の前島麻由の作品はこちらへ。

オフィシャルサイト
https://mayumaeshima.com

vol.136
vol.137
vol.138