Interview

アニメ映画『聲の形』の劇伴を担当した 牛尾憲輔の「聴こえない世界」とは?

アニメ映画『聲の形』の劇伴を担当した 牛尾憲輔の「聴こえない世界」とは?

耳が聞こえない少女と、心を閉ざした少年をめぐる物語——。現在公開中のアニメ映画『聲の形』は、その重厚なテーマが大きな反響を呼び、10月時点で興行収入17億7,000万円を突破するなど大きなヒットを記録している。ここではそんな注目の映画『聲の形』において、劇伴を担当した牛尾憲輔にインタビューを実施。「聴こえない世界」を表現するために、あえてノイズと残響を主軸に構成していったというサウンドは、どのように生まれたものなのだろう? 作品を読み解くうえでも重要な役割を果たしているこのコンセプチュアルな音づくりについて、じっくりと語ってもらった。

取材・文・撮影 / 西原史顕


泥にまみれながら一つひとつ作業していく姿にシンパシーを感じました

今回、アニメ映画『聲の形』の劇伴を担当したわけですが、実は牛尾さんはアニメ好きであり、かつ京都アニメーション制作の作品が大好きで、なかでも山田尚子監督のファンだったんですよね?

そうです。だから僕が指名されたと聞いたときは本当にビックリしました。ずっと仕事でご一緒してみたいと言い続けていたんですが、山田監督は山田監督でそんなことはつゆ知らず、agraphとしての僕の音楽を好きでいてくれたみたいで。

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京都アニメーション、及び山田監督作品のどんなところがお好きだったんですか?

丁寧なところでしょうか。作品への愛みたいなところに魅力を感じていました。アニメーションって、手をひとつ動かすのにもいろんな指示が必要なアートフォームじゃないですか。そんななか、あんなにもキャラクターの心情に添った細かい動きをつけられるってすごいことで。映像をコントロールしきっているところに怖さすら感じます。

そんな方と一緒に仕事をすることに対してプレッシャーは?

最初はあったんですが、実際にお会いして話していくなかで肩の荷は降りていきました。最初、僕は山田監督のことをエイフェックス・ツインみたいな天才だと思ってたんですけど、実はそうでなかった。あの方はコンセプトワークをしっかりやって、登場人物一人ひとりの感情の変化を一歩一歩さらっていく、そんな途方もない作業にほんと愚直に全力で取り組むタイプの人でした。泥にまみれながらひとつひとつ作業していく姿にシンパシーを感じました。僕もひとつのアルバムを作るのに、何年も時間をかけるような人間なので(笑)。

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コンテが出来上がった段階ですでに40曲くらいは手元にありました。

お聞きしたところ、今回の劇伴制作はいわゆるメニュー表をもらい、それをきっかけに音を作っていく通常のやり方とは違ったそうですね?

山田監督とまずやったことが、コンセプトワークでした。映画『聲の形』を作品としてどうしたいかよりも先に、まずモノを作る人間として「お互いどうなの?」ってところからスタートして。例えばいろんな言葉や画集、映画などを持ち寄って、そのなかにジョルジョ・モランディの光と影の風景画やビンの静物画もあったんですけど、そういう感覚的なところをすり合わせてから、山田監督がコンテを作り、僕が音楽を作り、またそれを往復書簡みたいにやりとりしてから続きをやって、という感じでした。共有したコンセプトのある側面がコンテに、またある側面が音楽になる感じで作れたと思います。

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ほんとの最初期から音楽を作りはじめていたんですね。

コンテが出来上がった段階ですでに40曲くらいは手元にありました。そしてそのあとのカッティング素材(Vコンテ)に対して音を当てていく作業でも、スタジオに山田監督と僕とエンジニアだけという空間を作らせてもらって、足りない素材をその場で作曲・編曲したり、当て方について議論もさせていただきました。

あきらかに劇伴作家としては異例な作品への入り込みようです。

いわゆるフィルムスコアリングよりも、もっと深いところで制作することができたので、それはすごく面白かったですね。

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アニメ業界の方では山田監督くらいですね、ベルリンのテクノレーベルの話ができたのは(笑)

先ほど、具体的にモランディの名前も上がっていましたが、センスの部分で理解し合うとは、どういうことだったのでしょうか?

コンセプトワークといっても、それは言葉にならないあやふやなものの総体で。山田監督と僕が「うわぁ〜」って盛り上がっても、周りのスタッフは「ポカーン」みたいなことはよくありましたね(笑)。例えばモランディのビンの絵を見て、僕と山田監督だけ「これだー!!」って大興奮してる様子を想像してみてください。スタッフもよくこのふたりに任せたな、と。

ライターにとっても泣かされる思いです。

あぁ、「言葉にならない」なんて言っちゃダメですよね。でもどうやって説明すればいいんだろう? スタッフも含めた最初の打ち合わせでよく覚えているのが、山田監督が「極限で似るものの家」(※荒川修作とマドリン・ギンズが構想したモダンアート。劇中にも背景として登場する)についての話を持ち出したとき。僕が「第四象限ってY軸方向に向かいますか? それともX軸方向?」と食いつき気味に質問すると、「私はY軸方向に下がっていく」「僕はX軸方向の正に漸近していくんですよ」と話がはずんだんですが……

かなり奥深い部分で趣味が一致したんですね。世代もわりと近いですし。

音楽の面でも、お互いに重箱の隅をつつくようなレーベルの話ができました。アニメ業界の方では山田監督くらいですね、ベルリンのテクノレーベルの話ができたのは(笑)。こういう方と出会えて一緒に仕事ができたのは幸福なことだったと思います。

「微熱に浮かされてる自分」みたいなものが浮かんでくるフィルムになっているのかも

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さて、そろそろ映画の話を聞いていきたいのですが、まず観た感想として、今作には映像にも音にも淡い空気感のようなものがありました。

音の話からすると、ピアノの音色にノイズを使っているのが、人それぞれに何かを想起させているのかな? いただく感想に「ノスタルジック」という言葉をよく聞くのですが、山田監督も映像のコンセプトに「青春のサックスブルー」という言葉を使っていましたし、僕もあとから「speed of youth」という曲を書いていたりするので、そういう「微熱に浮かされてる自分」みたいなものが浮かんでくるフィルムになっているのかもしれないですね、今作は。

「聴覚障がい」と「いじめ」という生々しい話がテーマだったぶん、その淡さが救いになっていて。

たしかに「世界を美しく描こう」という話はしていたと思います。例えば先程名前が出たモランディって、影そのものを直接描くんじゃなくて、その周りの世界や空気を美しく描くことでその影を表現していると思うのですが、その点は僕達も共有していたと思います。音楽でいえばノイズがそうだし、映像でも個人的に象徴的だと思ったのが、橋の上で(石田)将也と(西宮)硝子が再会するシーン。山田監督はあそこでふと空に飛行機が飛んでいるカットを挟みましたけど、きっとあの飛行機のなかにも人が何百人も乗っていて、将也や硝子と同じだけの質量の人生を送っているはずなんですね。こうやって登場人物たちのことだけを描くんじゃなくて、周りにもモランディの影のような世界があることまで描いた映像は、すごく奥行きがあると思います。将也の周りには最初から優しい世界があったんです。本人が気付いていなかっただけで。

ノイズが特に印象的だったシーンとして、硝子の祖母が亡くなったときの「btf」には驚きました。

初号試写のときに、関係者の方から「あのノイズは意図的だったんですよね?」と質問されました(笑)。たしかにそう言われるくらいパチパチ鳴っていますよね。僕は10代の頃からあんな音楽ばかりに触れていたから、“普通”なんですよね。硝子と(西宮)結絃の間を飛んでいた蝶はあきらかに亡くなった祖母のことを示唆していて、あのシーンに「btf」のような曲は美しいと思ったし、そこにああいうノイズがあるのも僕にとっては当たり前の感覚でした。映画を観るとノイズが機能的に働いていたので良かったです。今回の劇伴制作ではこういうことがすごくナチュラルにできていて、あまり迷うことはありませんでした。

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ノイズや音の減衰はずっと自分のなかでやってきたテーマだった

そこを最初に擦り合わせておいたんですものね。

僕の感覚ではメロディとかコードとかリズムとか音楽的な要素には興味なくて、テクスチャーとノイズとグルーヴで作っていきたかった。メロディらしいメロディを書いたなと思う曲は、硝子が飛び降りるシーンで流れた「frc」と、橋の上で将也と硝子が再会するシーンで流れたピアノと弦の「slt」、そしてラストシーンで流れた「lit(var)」くらいでしょうか。もちろんこの3曲に関しても、必要だと理解できていたから作ったのであって、無理になんてことは一切ありませんでした。

あるメディアでは、そんな牛尾さんのことを“残響アーティスト”と称していましたね。

キャッチーな言葉だなぁ(笑)。ノイズや音の減衰はずっと自分のなかでやってきたテーマだったので、今回の劇伴ではそこを突き詰められて、すごく満足しています。

改めて、今作の劇伴制作に参加していかがでしたか?

山田監督と作ったコンセプトのなかで、真摯に純度高く作ることができたのが、いちばんの収穫でした。そうやって作った音楽は、きっと聴いてくれた人にも寄り添えると思うんですよ。だから今回のサントラが、映画のシーンを思い起こしながら聴くだけじゃなくて、通勤中でも通学中でも、手にとってくれた人の生活や、その人自身に寄り添ってくれたらいいなと思います。

*場面写真 ©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

牛尾憲輔

ソロアーティストとして、2007年に石野卓球のレーベル”PLATIK”よりリリースしたコンビレーションアルバム『GATHERING TRAXX VOL.1』に参加。2008年12月にソロユニット”agraph”としてデビューアルバム『a day, phases』をリリース。一方、2011年にはagraphと並行して、ナカコー(iLL/ex.supercar)、フルカワミキ(ex.supercar)、田渕ひさ子(bloodthirsty butchers/toddle)との新バンド、LAMAを結成。
2003年からテクニカルエンジニア、プロダクションアシスタントとして電気グルーヴ、石野卓球をはじめ、様々なアーティストの制作、ライブをサポートしてきたが、2012年以降は、電気グルーヴのライブサポートメンバーとしても活動する。
2014年4月よりスタートしたTVアニメ「ピンポン」では、劇伴を担当した。 その他、REMIX、プロデュースワークをはじめ、アニメ作品の劇伴やCM音楽も多数手掛けるなど多岐にわたる活動を行っている。

オフィシャルサイトhttp://www.agraph.jp