Interview

尾上菊之助が新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』で伝えたい宮崎駿の熱い魂。古典歌舞伎への想いから歌舞伎俳優の魅力を大いに語る

尾上菊之助が新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』で伝えたい宮崎駿の熱い魂。古典歌舞伎への想いから歌舞伎俳優の魅力を大いに語る

スタジオジブリの宮崎駿が1982年に雑誌『アニメージュ』にて連載を開始し、13年をかけて完結した大作漫画『風の谷のナウシカ』。それを原作とした新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』が12月6日(金)から新橋演舞場にて上演される。
本作は1984年に宮崎駿が連載途中で映画化し、現在に至るまで日本のみならず世界中で愛されていることでも有名だ。脚本の丹羽圭子は、スタジオジブリの映画『思い出のマーニー』、『コクリコ坂から』、『ゲド戦記』などの脚本も担当している。演出は2018年に新作歌舞伎『NARUTO-ナルト-』を手がけたG2が務め、長大な物語を昼の部・夜の部の通しで上演する。
主人公のナウシカを演じるのは尾上菊之助。蜷川幸雄演出の『NINAGAWA 十二夜』やSPAC芸術総監督である宮城聰の『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』といった新作歌舞伎にも出演し大きな話題となった。そしてナウシカと敵対するトルメキアの皇女・クシャナを演じるのは中村七之助。その他に、歌舞伎のみならず、舞台やテレビなどで活躍している尾上松也、坂東巳之助、尾上右近らの出演も決定しており目が離せない。
そこでナウシカ役の尾上菊之助に話を聞いた。

取材・文 / 竹下力 撮影 / 冨田望


日本の古典演劇である歌舞伎と世界に誇る漫画の融合

宮崎駿さんの国民的原作漫画『風の谷のナウシカ』を歌舞伎として上演することが決まったときの気持ちを聞かせてください。

原作の『風の谷のナウシカ』は日本を代表する漫画であり、映画版は“クールジャパン(日本の優れた文化的魅力を指す言葉)”と海外の方に評価されるアニメのひとつです。そんな世界に誇る原作と日本の古典演劇である歌舞伎の融合に携わることは、ジブリファンのひとりとして光栄です。スタジオジブリのプロデューサーの鈴木敏夫さんに、歌舞伎舞台化の了承をいただいたときは興奮しましたし、それと同時に作品の世界観を大事にしなければならない使命と責任を感じています。

尾上菊之助 エンタメステーションインタビュー

“ナウシカ”との出会いはいつ頃でしょうか。

テレビで映画の再放送を観たときが“ナウシカ”との出会いです。主人公のナウシカが“メーヴェ”という飛行機械とともに“腐海”という森に落ちて行くシーンは印象的です。“王蟲(オーム)”や“巨神兵”といった架空の生物や、ナウシカやクシャナのキャラクターも魅力的でした。そこから、漫画は全7巻あり、映画で描かれていたのは2巻の途中までだったこと、映画の上映が終わっても宮崎監督は漫画を描き続けて10年以上かけて完成されたことを知りました。実際に漫画をすべて読み通したときに、映画版では描かれなかった“ナウシカ”の深い世界にどんどんハマっていきました。

“ナウシカ”を歌舞伎にしたいと思った理由を教えてください。

宮崎監督が“ナウシカ”を描いたのは1980年代。日本が経済的に成長して浮き足立っている状況に対して、監督は“このままでいいのか”という強い想いを抱いていらっしゃったそうです。ユートピアよりもディストピアな世界を表現することで、様々な問題提起をされている。そこから日本はバブル時代に突入してバブルの崩壊に辿り着くわけですから、宮崎監督の描いた“ナウシカ”の世界観に、時代が追いついた気がしていて。そういう意味では、古典の『源氏物語』と同じように“ナウシカ”は現代にも通じる普遍性があると思っています。また、環境問題は歌舞伎では描かれないテーマということもあって、5年ほど前から実現に向けて動き始めました。それから、『仮名手本忠臣蔵』や『義経千本桜』のように、歌舞伎には壮大なお話を1日かけて上演する“通し狂言”という方法がありますが、“ナウシカ”のスケールの大きさを考えると、通し狂言で上演することができる作品ですし、“ナウシカ”のテーマ性や作品の大きさを含めて新作歌舞伎として上演したいと思いました。

尾上菊之助 エンタメステーションインタビュー

歌舞伎にするにあたって宮崎さんに何か言われたことはありますか。

「『風の谷のナウシカ』という題名を変えなければ、どのようにしていただいても構いません」とおっしゃってくださったと、鈴木プロデューサーから伺いました。そう言っていただいた以上、“ナウシカ”の世界を大事にしなければいけないですし、宮崎監督が10年以上かけて完結させた作品の“重み”を大事にしたいと思います。

原作のエッセンスを抽出して、違和感なく歌舞伎と合わせたい

歌舞伎にするうえで心がけたいことはありますか。

新作歌舞伎をつくるときは、いつも言葉選びに慎重になります。初めて歌舞伎をご覧になるお客様にもわかりやすいように、平易な言葉を選ぼうと思っていますが、今作は古典の言葉も活かしつつ、バランスを保ちながらつくっていきたいです。美術も衣裳も、“ナウシカ”の世界だと一目でわかっていただけるように原作に寄り添おうとしていますが、完全に再現するのはなかなか難しいです。ですから、ナウシカやクシャナに関しては、お客様がふたりのことを一目で理解できるように原作に近づけ、一方、土鬼(ドルク)諸侯国連合やトルメキア、蟲使いの人々は、日本の雅楽の衣裳や沖縄の紅型(びんがた)染めといった地域の特色を活かした衣裳を用いて、お客様にキャラクターの違いをわかっていただけるようにしたいと思っています。いずれにせよ、古典の衣裳の配色や荒事の隈取のように、お客様がご覧になって、どのような役柄が描かれているのかすぐに理解できるようにしたいです。

尾上菊之助 エンタメステーションインタビュー

原作を読まれてナウシカはどんな少女だと思いますか。

原作を読んでいくとナウシカの成長物語として描かれていると思いました。ナウシカの師匠であるユパと共に、人間を蝕む“腐海”の謎解きから物語が始まりますが、そこから様々な国の人たちと戦わなければいけない状況になります。やがて彼女は、地球という世界全体と人間の関わりを考えるまで成長していきます。今作はとにかく登場人物が多いので、お客様を混乱させないように物語に説明を加えながら、“ナウシカ”の世界観と彼女の成長過程を観ていただきたいです。

どのようにナウシカを演じようと思いますか。

ナウシカを女方で演じるのはハードルが高いと思いますが、歌舞伎では、可憐な少女を演じるときは、実年齢に近い役者が演じる、あるいは年月を重ね、テクニックを積んだ役者が見せ方を理解して演じる、ふたつの面白さがあります。今回はこれまでの経験値を活かしてナウシカになりきれればと思います。歌舞伎で古典を演じてきた積み重ねが、ナウシカを演じる手がかりになると思います。

尾上菊之助 エンタメステーションインタビュー

“ナウシカ”に登場する“王蟲”や“巨神兵”という架空の生命はどのように表現していきますか。

古典歌舞伎では、猪やキツネといった生き物が登場しますが、それらの表現方法を踏まえて考えています。登場するもののサイズによっては劇場に入るのか心配しているところもあるのですが(笑)、美術さんと相談しつつ決めたいです。“ナウシカ”に欠かせない音楽も皆さんがご存知の代表的な曲を使おうと思っています。黒御簾音楽は杵屋巳太郎さん、作曲・編曲は新内多賀太夫さんにお願いして、黒御簾音楽をベースに、映画で使われた曲も一部、和楽器の編成で演奏する予定です。

歌舞伎の面白さを知るきっかけになれば

歌舞伎ということだけでなく、ジブリの『風の谷のナウシカ』という作品も、外国の方は大変興味があると思います。

蜷川幸雄さんと『NINAGAWA 十二夜』(初演2005)、その後、宮城聰さんと『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』(2017)という新作歌舞伎をつくりました。イギリスのシェイクスピア、インドの叙事詩と、海外の作品を通して日本の歌舞伎に新しい風を取り込めたと思います。海外の方にも“ナウシカ”のファンが多くいらっしゃるので、来年のオリンピックに向けて、今作をきっかけに歌舞伎を知ってもらいたい想いがあります。たとえ歌舞伎が初めてでも、今作に関してはあらすじを知っておいていただければ、劇場にいらっしゃるだけで楽しんでいただけると自信を持っています。

演出は昨年に新作歌舞伎『NARUTO-ナルト-』を手がけたG2さんです。

歌舞伎は演出家がいない舞台ですから、普段の演出は中心となる俳優が考えます。演出家が加われば、役者だけでは考えられない見せ方で作品世界を広げてくださいますし、G2さんは“ナウシカ”に詳しいので心強いです。

尾上菊之助 エンタメステーションインタビュー

クシャナ役に中村七之助さんが決まっています。

『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』のときも七之助さんに出演していただいたのですが、コクーン歌舞伎や、野田秀樹さんが手がけた新作歌舞伎の現場を多く経験されているので、いろいろなアドバイスをいただきました。“マハーバーラタ”では、そのおかげで大切な場面をつくり上げることができたので、七之助さんの力は大きかったです。今作は、ナウシカだけでなく、クシャナという女性も重要な人物なので、ぜひ七之助さんとご一緒して創作をしたいと直接お電話して出演のお願いをしました。七之助さん以外にも、尾上松也さん、坂東巳之助さん、尾上右近さんなど漫画を原作とした新作歌舞伎の経験をされていたり、歌舞伎以外の作品にも携っていらっしゃる方々と共演できることはとても心強いです。昼の部と夜の部で、原作の7巻を通すという長大な物語になります。新作歌舞伎をつくることは関わる方全員に大きな負担になりますし、昼夜を通して上演する大変さもあります。ですから、皆さんのお力を借りながら、古典歌舞伎への敬いを忘れずに、歌舞伎の魅力を伝えてきた先人たちへの想いを作品に込めて、今作をつくり上げたいと思います。

繰り返し上演されて後世に残る古典になれば嬉しい

ちなみに、菊之助さんは古典歌舞伎と新作歌舞伎のどちらも経験されていますね。

古典歌舞伎は、ほぼ江戸時代につくられた作品で、先人たちが築き上げてきた型に私たちの心を込めていく作品だと思います。かといって、同じことを繰り返しているのではなく、演じる人によって演目の見え方が違うので、どの作品も時代や人によって異なって見える新しい演劇でもあります。歌舞伎の作品は、初演であればどの演目も“新作”という呼び方になりますので、どのような題材を選ぶのかが大切です。その中でも普遍性のあるものが後世に残っていき、いずれ古典になります。“ナウシカ”は普遍性があり、どの世代の方も楽しめるので、スケールが大きい作品にしなければと選びました。これが繰り返し上演されて後世に残る古典になれば嬉しいです。

同時に現代劇、映画、テレビなど様々なお芝居に出演していますが、それぞれどのように演じていますか。

歌舞伎は、すでに確立されている独特の演技法や表現方法がわからないと演じることができない点で独特な分野といえると思います。しかし、役の性根を捉えて表現することは、歌舞伎・現代劇・テレビ、どの分野でも一緒なので、それを理解し分け隔てなく演じることを心がけています。

尾上菊之助 エンタメステーションインタビュー

今作で伝えたいメッセージはありますか。

人間は生きていれば綺麗なままではいられません。いろんな壁に当たって悩んでいきながら、美しいことも汚いことも人間自身が受け入れつつ、清濁併せ呑みながら生きていく大切さを伝えているのだと思います。これからの世界はAIをはじめとしたテクノロジーを含めて進化していくのでしょう。未来の環境問題やエネルギー問題、戦争、核の問題が、直接言わなくても提示されている作品なので、人間賛歌の要素もありながら、様々なテーマも劇場で感じていただきたいです。人間という存在を、人間である私たちが見つめ直す機会になる作品にしたいです。

宮崎駿の困難なことも受け入れて挑戦し続ける姿勢

最後に、“ナウシカ”に関わらず、宮崎駿さんからは作品づくりにかけるすさまじい心意気をいつも感じるのですが、菊之助さんからご覧になった宮崎さんはどのように映っていますか。

“ナウシカ”連載中は、当時からすればかなり未来のことを描いていて、世の中に受け入れられるかわからないなか、マイノリティーになることを恐れない魂に心を打たれましたし、実際に鈴木さんに“ナウシカ”の原画を見せていただいたときに、作品に対するつくり込み方やクオリティーに対する宮崎監督の飽くなき情熱を感じました。

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』

2019年12月6日(金)~12月25日(水)新橋演舞場

〈チケット一般発売日〉10月19日(土)AM10:00〜
チケットWEB松竹

原作:宮崎駿<徳間書店刊>
脚本:丹羽圭子、戸部和久
演出:G2
協力:スタジオジブリ
製作:松竹株式会社

出演:
ナウシカ:尾上 菊之助
クシャナ:中村 七之助
ユパ:尾上 松也
セルム/墓の主の精:中村 歌昇
ミラルパ/ナムリス:坂東 巳之助
アスベル/オーマの精:尾上 右近
道化:中村 種之助
ケチャ:中村 米吉
第三皇子/神官:中村 吉之丞
ミト/トルメキアの将軍:市村 橘太郎
上人:嵐 橘三郎
クロトワ:片岡 亀蔵
ジル:河原崎 権十郎
城ババ:市村 萬次郎
チャルカ:中村 錦之助
マニ族僧正:中村 又五郎
ヴ王:中村 歌六

オフィシャルサイト
オフィシャルTwitter(@nausicaa_kabuki)
松竹オフィシャルサイト
歌舞伎公式総合サイト「歌舞伎美人」

尾上菊之助(おのえ・きくのすけ)

1977年年8月1日生まれ、東京都出身。屋号は音羽屋。1984年、歌舞伎座『絵本牛若丸』の牛若丸で六代目尾上丑之助を名乗り初舞台。1996年、五代目尾上菊之助を襲名。女方の大役はもちろん、立役にも時代・世話問わず意欲的に取り組んでいる。主な出演作品には【舞台】『NINAGAWA 十二夜』、新作歌舞伎『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』、【映画】『犬神家の一族』、『怪談』【テレビ】『西郷どん』、『下町ロケット』などがある。

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