佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 112

Column

“世界で最もクールな街“の2位に選ばれた下北沢で、リクオによるピアノ弾き語りで「愛燦燦」を聴いた一夜

“世界で最もクールな街“の2位に選ばれた下北沢で、リクオによるピアノ弾き語りで「愛燦燦」を聴いた一夜

タイムアウトが行った全世界を対象にした都市調査『Time Out Index 2019』をもとに発表されたランキング記事で、1位に選ばれたリスボン(ポルトガル)のアロイオスについで、東亰の下北沢が2位になったという話は、区議会議員の上川さんがつぶやいたツイッターで知った。

その記事を読んでみると、渋谷や新宿など近隣の地区と比べて、下北沢は商業開発が進んでいないからこそ、「流行に敏感な雰囲気や、アンダーグラウンドな格好良さを持つカウンターカルチャーのレガシーであふれている」と書かれていた。

それは実感として、ぼくにもよくわかることだった。

ジャーナリスト出身の世田谷区長である保坂さんは、時を同じくして、ブログを通してこんなメッセージを発信していた。

保坂さんはその文章のなかで、下北沢をこのように定義づけていた。

「下北沢」には、ザワザワした雑居性があり、演劇・お笑い等の小劇場では、味わい深い文化が宿っています。ずっと以前から、映画・演劇・音楽・文学と異なるジャンルのアーティストが交流しながら、互いにぶつかりあい、新たな才能が巣立っていった歴史があります。 

確かに今の下北沢を魅力的にしているのは、演劇や音楽にかぎらず、この地域を拠点にして表現活動に携わる人が多いからである。

したがって下北沢がこれからも独自の開発で発展をとげることで、文化の面から世界に情報を発信できる可能性は高くなってくると思う。

また下北沢には昔から続いてきた様々な個人営業の店が、しぶとく残っていることも街の個性になっている。

当然ながら独立経営のレストランやカフェ、バー、ライブハウスも多いので、昼でも夜でも街をそぞろ歩きすることができる。

街角のあちらこちらで人のぬくもりが感じられるのも、路地が入り組んでいて車の通行量が少ないからだろう。

したがって若者ばかりでなく、年齢の高い人も数多く訪れる。

ぼくがときどき立ち寄る南口の「ラ・カーニャ」は、創業から30年をこえる老舗だが、昼はいい音楽が流れる店内のランチ、夜はかなりの頻度でライブが行われている。

椅子席だと50人くらいの定員だが、木がたくさん使われて落ち着きのある空間だ。

マスターの岩下さんは「ラ・カーニャ」の前に同じ下北沢で、「レイズブギ」という店をやっていたという。

だから、それを合わせるとまもなく40年を迎えるらしい。

そんな年季を感じさせる店で9月28日に「リクオの弾き語りワンマンライブ」を観たが、いろいろな発見があって楽しいひとときを過ごせた。

観客は30代から50代の女性が中心だった。

なかでも個人的に嬉しかったのは、「カヴァーの曲をどうしても聴いてほしい」と言って、美空ひばりの「愛燦燦」を弾き語りで唄ってくれたことだ。
アレンジが初期のロックンロールを思わせる3連符のロッカ・バラードで、リクオならではの解釈とパワフルな歌に感銘を受けた。

それを聴きながら考えていたのは、人から人へと唄い継がれていく限り、歌はスタンダード曲になって生きていくことができる、ということだった。

そういえば2日前に本人が、こんなことをつぶやいていた

それがこの夜に披露した「愛燦燦」だったのかもしれないとも思ったが、そのことを本人に確かめたら、「イマジン」だったと教えられた。

終演後のリクオと、オーナーの岩下さん

リクオ オフィシャルサイト
http://www.rikuo.net/

リクオの楽曲はこちらから

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
久世光彦のエッセイを舞台化した「マイ・ラスト・ソング」では、構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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