Interview

佐野元春 デビュー40周年を前にシンガー・ソングライターとしての新境地を魅せた新作『或る秋の日』を語る。

佐野元春 デビュー40周年を前にシンガー・ソングライターとしての新境地を魅せた新作『或る秋の日』を語る。

2020年にデビュー40周年を迎える佐野元春が、新作『或る秋の日』をリリースした。これまでにデジタル配信でリリースされた4曲に加え、新たに書き下ろされた4曲の全8曲で構成された本作は、いつになくシンガー・ソングライター色の強い詩情に溢れた8篇のラブ・ストーリーが紡がれている。’00年代以降、ザ・コヨーテ・バンドと共に歩み、2017年には瑞々しい傑作『マニジュ』を発表。昨年は、ザ・ホーボーキング・バンドとのセルフカヴァー・アルバム『自由の岸辺』をリリースするなど精力的に活動を続けている。40周年イヤーを前に、シンガー・ソングライターとしての成熟と新境地を魅せた佐野元春に訊く、『或る秋の日』とそのソング・ライティング術とは?

取材・文 / 佐野郷子


佐野元春流の「ウォール・オブ・サウンド」が横溢する「私の人生」

『或る秋の日』は、過去にデジタル配信された曲と新曲で構成された作品ですが、来年40周年を迎えるというタイミングで新作をリリースされるのは?

実はこのアルバムと並行して、40周年に向けてザ・コヨーテ・バンドとの新作のレコーディングも続けているんです。その過程の中で、バンド向けの曲と個人で歌う方がふさわしい曲というのが自然と分かれてくる。そこでここ3、4年の間に発表した個人的な傾向の曲と、新しく書き下ろした曲をここでアルバムとしてまとめて、ファンの人たちに聴いてもらいたいと思ったんです。このアルバムは僕のシンガー・ソングライターとしての側面が色濃く反映された作品になりました。

「或る秋の日」は2016年秋に配信リリースされていますが、ネット配信で音楽を発表していくことに佐野さんは早くから取り組んでいましたね。

2004年から僕が運営しているレーベル「DaisyMusic」では、ファンに聴いてもらいたい曲ができると先ずは配信でシングルとしてリリースして、後にアルバムにするという流れが続いています。そもそも、アメリカでR&Rが誕生した1950年代からシングルは先にリリースされるのが常でした。配信の時代になってからは、むしろ気負わずにシングルを出せるようになったと思います。

『或る秋の日』は、佐野さんのファンなら膝を打つ「サムデイ」を彷彿とさせるサウンドの「私の人生」から始まります。

そう。サウンドは佐野元春流のフィル・スペクター「ウォール・オブ・サウンド」。かつて僕は大滝詠一さん出会い、大滝さんのレコーディング・スタジオの様子を見て、「サムデイ」という自分なりに「ウォール・オブ・サウンド」にチャレンジした曲ができました。それ以前に、僕の両親がポピュラー音楽が大好きだったので、子供の頃からザ・ロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」などを聴いて育ったことも影響していますね。

〈このありふれた愛すべき日々の人生〉を慈しむような深い味わいの歌詞とサウンドのコントラストが鮮やかで、なおかつ大人の趣がありますね。

大人向けの楽曲にありがちな紋切り型の世界観ではなく、反語を使いながら人生の二律背反を僕らしい温かみを持った皮肉を込めながら書いてみました。これは他のソングライターにはないユニークな個性ではないかと自負しています。

10代の頃から変わらない作家性とストーリーテラーとしての魅力

かと思えば、少年のようなナイーブで切実な感情が溢れる「君がいなくちゃ」もある。

実はこの曲は僕が15歳の時に書いた曲なんです。高校時代、自分の弾き語りでこの曲をテープに録音して友達に聴かせたら、いつの間にか仲間内に広がって、「そのテープが欲しい」と高校内で大ヒットしたんです(笑)。

それがずっと未発表だったのは?

なぜだろう。思い出せないな。でも、ある時、ふっと思い出して、しっかり仕上げてみようという気になり、ブリッジの部分を新しい要素を付け加えて音源化してみました。ティーンエイジャーの頃は何かに取り憑かれたように毎日、曲をつくっていて、例えば「情けない週末」、「ドゥー・ホワット・ユー・ライク – 勝手にしなよ」(『バック・トゥ・ザ・ストリート』1980)、「グッドバイからはじめよう」(『ノー・ダメージ』1983)も10代で書いた曲でした。

あの屈指のラブ・ソング「情けない週末」を10代で書いたとは!

はい。15歳でした。自らの経験がトリガーになってできる曲もあるけれど、自分はどちらかというとストーリーテラー、物語を書きたいという思いが強かったのかもしれないですね。「君がいなくちゃ」に関しては、今のポップ・ソングとして誰にでも響くように歌詞は少し付け加えましたが。

〈こんな夜には〉〈手遅れだと人は言うけれど〉のような佐野さんらしいワードが出て来るのもハッとさせられます。

たぶん、10代の頃から基本となる作家性が変わっていないんだと思います。10代で書いた曲を今の年齢で歌うのは「どうかな?」という不安も少しあったんだけど、歌ってみたら意外なほど自分でも違和感がなかった。それは嬉しい発見でした。

今回のアルバムは、シンガー・ソングライターのソロ・アルバムを思わせる楽曲が中心になりましたが、その色分けは佐野さんの中でどういうバランスになっているんでしょうか?

僕の音楽はビート・ミュージック、R&R、ポエトリーという要素とストーリーテラーとしての自分が混在しているんですね。若い頃は、そんな様々な要素を一枚のアルバムにすべて詰め込もうとしていたんですが、最近は自分なりに整理整頓ができるようになり、分かりやすく表現できるようになったということですね。

個人的な心情を綴った聴き手にそっと寄り添うようなアルバムをつくりたかった。

デビュー当初からR&Rと同時にSSWの側面もあるのが佐野さんの魅力であり、これまでに多くの名曲が生まれていますね。

ありがとう。最近は、ザ・コヨーテ・バンドとともにR&Rと言葉がせめぎ合うようなアルバムを制作してきましたが、そこからはどうしてもこぼれ落ちてしまう僕の個人的な心情を綴った聴き手にそっと寄り添うような歌を編んだアルバムをつくってみたくなったんです。例えて言うなら、ロバート・デニーロがマフィア映画に出た後に、洒落たラブ・コメディに出演するような(笑)。

「最後の手紙」は、まさに名優がいぶし銀の演技で魅了する映画のワンシーンのような男女の別れを描いたラブソングですね。

これは僕の年代だからこそ書けるテーマだと思います。人生を何とかやりくりしながら、ブルースを抱えている男性、女性は多いはずだけど、そうした人たちの心に触れる音楽が日本はあまりにも少ない。そういう成熟した視点が意識的に入っているポップ/ロックを開拓していきたいという思いもあります。

それは新たなチャレンジでもあると?

はい。大人のロックとかポップというとなぜか陳腐な表現になってしまいがちなんだけど、僕なりの大人のロック、愛の歌が書けたらいいな、と思っています。

メランコリックなメロディーが印象的な「いつもの空」は、「最後の手紙」の主人公のその後の姿が浮かびました。

今回はアルバムが一編の物語のように進んでいく構成にしたかったんです。主人公の心情に寄り添いながら曲が進み、やがて窓の外に向かうことで開放感が生まれるというような。

〈外は曇り空 いつもの東京の空〉のところの転調は、カメラの位置が変わるような効果を上げていますね。

そうですね。転調は視界を拡げて、歌の景色を変える効果があります。心の中に葛藤を抱えていても、主人公の目には〈いつもの東京の空〉が見えている。そんな日常の風景が映像のように浮かび、聴き手が自分の歌として聴いてくれるように工夫しました。ここでは僕はムービー・カメラマンのような役割で、目の前で起こるドラマを1カットずつ丁寧に切り取っていくような手法ですね。

新しい時代の新しい愛のストーリーを紡いだ「或る秋の日」

その流れで続く「或る秋の日」は、アルバムの核になる曲ですが、2016年に配信リリースされたこの曲が『マニジュ』(2017)に収録されなかったのは?

ファンからはこの曲をレコード化してほしい、という声もありました。でもこの曲は『マニジュ』のテーマに合わなかったのでアルバムに収録しなかった。今回、ようやくレコード化できて良かったと思っています。

SSWとしての佐野さんの今のスタイルに深く共鳴している演奏も静かに聴き応えがありますね。

このアルバムで演奏しているのは、ザ・コヨーテ・バンドのメンバーではあるけれど、今回はバンド・サウンドではなく、彼らは僕のつくる楽曲の世界観に合わせて見事にプレイヤーに徹してくれました。それが出来るのも彼らの優れた演奏力であり、ミュージシャンシップなんですね。彼らに感謝しています。

「或る秋の日」が生まれた背景は?

今の世の中はあらゆる場面で「分断」が起きているように見えます。それを愛の関係に置き換えてみたらどんなストーリーが書けるだろうか、と考えてみました。

「或る秋の日」に再び出会った2人には希望の匂いを感じましたが?

この歌の主人公たちがどうなっていくのかは、聴き手の想像力に委ねたいです。世の中にはたくさんの愛についての歌があるけれど、それでも人は新しい時代の新しい愛のストーリーを求めている。ソングライターとしてとてもチャレンジし甲斐のある大切なテーマです。

2020年、デビュー40周年へ向けて。

アコースティックな筆致で綴られる「新しい君へ」に込めたメッセージも切なく、温かく響きます。

ありがとう。僕は物事をあまり世代で分けることはしないけれど、経験者がまだ経験したことがない人にそっと語りかけるような歌にしたかった。これまで色々な曲を書いてきたけれども、僕は今の若い音楽リスナーにも僕の音楽を聴いてもらいたいと思っています。40代、50代のファンが若い頃に夢中になった音楽を、彼らの子供たちも一緒に楽しんでいる。それは素敵なことだと思う。世代を超えて音楽が共有できる時代になればいいな。

2013年に配信されたクリスマス・ソング「みんなの願いかなう日まで」もアルバムのラストに収録されました。

僕のクリスマス・ソングには、「CHRISTMAS TIME IN BLUE -聖なる夜に口笛吹いて-」がありますが、この曲もCD化してほしいという声が多く、今回収録しました。今年も恒例のクリスマス・ライブ「ロッキン・クリスマス2019」があるので、ザ・コヨーテ・バンドと演奏するこの曲を、ライブでも楽しんでもらいたいです。

4年ぶりのクラブ・サーキット・ツアー「ソウルボーイへの伝言」も間もなくスタートします。40周年に向けての動きも気になるところですが?

今はまだ発表できないのですが、40周年イヤーにはリリース、ツアーなど様々なプランがあります。何よりも僕の音楽と活動を長年応援してくれたファンに感謝する年にしたいと思っています。

その他の佐野元春の作品はこちらへ。

ライブ情報

佐野元春 & THE COYOTE BAND・CLUB CIRCUIT TOUR
「ソウルボーイへの伝言 2019」

10月12日(土)神奈川・クラブチッタ川崎
10月15日(火)東京・マイナビBLITZ赤坂
10月25日(金)群馬・高崎club FLEEZ
11月 2日(土)静岡・Live House浜松 窓枠
11月 3日(日)岐阜・岐阜club-G
11月 7日(木)長野・長野CLUB JUNK BOX
11月 8日(金)富山・富山マイロ
11月16日(土)青森・青森Quarter
11月17日(日)岩手・盛岡Club Change WAVE
11月23日(土・祝)兵庫・神戸ハーバースタジオ
11月24日(日)岡山・岡山CRAZY MAMA KINGDOM
11月30日(土)大分・大分T.O.P.S Bitts HALL

佐野元春 & THE COYOTE BAND 「ロッキン・クリスマス 2019 東京・名古屋・大阪・熊本」

12月17日(火)・18日(水)東京 恵比寿The Garden Hall 「L’ULTIMO BACIO Anno 19」
12月20日(金)大阪・Zepp Namba(OSAKA)
12月23日(月)愛知・Zepp Nagoya
12月25日(水)熊本・熊本城シビックホール

佐野元春

1956年、東京生まれ。1980年、レコーディング・アーティストとして始動。83〜84年のニューヨーク生活を経た後、DJ、雑誌編集など多岐にわたる表現活動を展開。1992年、アルバム『スイート16』で日本レコード大賞アルバム部門を受賞。2004年に独立レーベル「DaisyMusic」を始動し現在に至る。代表作品に『サムデイ』(1982)、『ビジターズ』(1984)、『スウィート16』(1992)、『フルーツ』(1996)、『ザ・サン』(2004)、『コヨーテ』(2007)、『ZOOEY』(2013)、『 Blood Moon』(2015) 、『MANIJU』(2017) がある。

オフィシャルサイト
https://www.moto.co.jp/