Interview

高野 寛 × 冨田恵一(冨田ラボ) シティポップをキーワードにした高野寛の新作『シティ・フォークロア』を語り合う。

高野 寛 × 冨田恵一(冨田ラボ) シティポップをキーワードにした高野寛の新作『シティ・フォークロア』を語り合う。

高野寛が5年ぶりのオリジナル・フル・アルバム『City Folklore(シティ・フォークロア)』をリリースした。昨年からベスト・アルバム『Spectra ~30th All Time & Collaboration Best~』、30周年記念ライブやコラボレーション・ライブなどで精力的に活動し、ソロ・アーティストとして、また、プロデューサー/ソングライター/ギタリストとしても歩んだキャリアを総括して見せた。デビュー30周年アニバーサリーの締めくくりとして発表された新作は、プロデューサーに冨田恵一(冨田ラボ)を迎え、新たなフェーズに入ったことを提示する意欲作となった。アルバムのキーワードとなったのは、日本から世界に飛び火したシティポップ。高野寛のメロディと歌が冨田サウンドによってどんなケミストリーを起こしたのか? 日本屈指のポップ・マエストロ同士でもある高野寛と冨田恵一が今回の気になるコラボレーションについておおいに語り合うスペシャル対談をお届けする。

取材・文 / 佐野郷子 撮影 / 板橋淳一


サウンドプロデュースの依頼をいただいた時は、少し不思議な気がしたんです(冨田)

新作のレコーディングはいつ頃からスタートしたのですか?

冨田 5月の高野さんのコンサート(デビュー30周年記念コラボレーション・ライブ「Spectra Harmony」)にうかがった時は、すでに2、3曲は作業が進行していたのかな?

高野 そうですね。終演後に冨田さんに「思った以上にギター・アンサンブルだね」と言われたのを覚えている。

冨田 今まで高野さんの音楽を聴いていて、僕なりの高野さんに対するイメージがあったんですが、僕がイメージしていたのは少し前の高野さんだったんだなと思ったんですよ。

高野 あの時のライブは、坂本美雨さん、おおはた雄一くん、畠山美由紀さん、ハナレグミをゲストに迎え、半分近くはゲストの曲でしたから、僕はギタリストとして演奏する割合が高かったので自然とそうなりましたね。

冨田 そこで、高野さんが思ったよりギタリストなんだなと思ったんです。僕は、作詞、作曲、歌、そしてギターも弾くという順番で捉えていたからそこが新鮮でしたね。

お二人がコラボレーションしたのは、冨田ラボの2ndアルバム『Shiplaunching』(2003)で高野さんが作詞で参加されたのが最初ですか?

冨田 そうです。あの時が初対面でした。

冨田さんが高野さんに作詞をオファーしたのは?

冨田 『Shiplaunching』は、シンガーが若い世代の場合はベテランの方に、ベテランの方が歌う場合は若手に作詞をお願いすることにしたんです。CHEMISTRYなら糸井重里さん、高橋幸宏さんと大貫妙子さんのデュエットなら堀込高樹くんが作詞をするという具合に。でも、僕が歌う曲は僕と同世代の方に作詞をしてもらいたいなと思って、「Prayer On The Air」という曲を高野さんにお願いしたんです。

高野 あの時、僕は宮沢和史くんのツアーで中米をまわっていて、ニカラグアのホテルからメールを送った記憶がありますね。自分がツアーで長旅をしていたことと、『Shiplaunching』(造船、造船術)というタイトルのイメージが重なってできた歌詞でした。

冨田 すごく好きな歌詞です。同世代ということもあって僕の曲調と高野さんが選ぶ言葉が合いそうな予感はしていたんですよ。 

高野 『Shiplaunching』には、僕の師匠である(高橋)幸宏さんや、1月の僕のライブでもギターを弾いてくれたMAMALAID RAGの田中拡邦くんも参加していたし、人脈的な接点も多くて、冨田さんとはまたいつかとは思ってはいたんだけど、僕は自分でアレンジすることも多かったので、なかなか機会がなくて。

冨田 高野さんはアレンジもプロデュースも演奏も自分でできちゃいますからね。

高野 お互いに基本的にマルチ、宅録系ですからね。

冨田 だから、僕にサウンドプロデュースの依頼をいただいた時は、少し不思議な気がしたんですよ。すごく嬉しいけれど、これはきっと高野さんに何か考えがあるんだろうなと。

高野 寛 冨田恵一 エンタメステーションインタビュー

今のシティポップにしたいと考えた時、この先の絵を描けるのは冨田さんだと思った(高野)

冨田さんは演奏、プログラミング、ミックスまでご自身が手がける方ですが、今回、高野さんがアルバムのサウンドを冨田さんに委ねたのは?

 

高野 新作に向けて自分でデモを仕上げているうちに、このままアルバム一枚をコツコツつくっていっても、30周年の達成感には至らないなと感じたんです。デビュー25周年の時は、モレーノ・ヴェローゾのプロデュースでブラジル録音のアルバム(『TRIO』2014)をつくりましたが、自分で新鮮に感じられる作品をつくりたかったというのが大きいですね。実は僕はプロデューサーがいる方が好きなんですよ。

冨田 なるほど。そうでしたか。

高野 そんなことをつらつら思っていた頃、ラジオから流れてきて、「これ誰の曲だろう?」とふと気になった曲が冨田さんプロデュースだった……ということが、この2、3年で数回あった。

それはけっこうな頻度ですね?

高野 そう。SuchmosのYONCEが歌っていた冨田ラボの「Radio体操ガール feat.YONCE」、畠山美由紀さんの曲、最近では沖縄の19歳のシンガー、Nazも印象に残りましたね。どの曲もサウンドが違うし、少し前の冨田さんの作風ともまた違ってきている点も僕がハッとしたところだと思うんです。

冨田 ありがとうございます。

高野 新作をシティポップ感のあるものにしたいという漠然としたイメージはあったんです。でも、単なる70年代の焼き直しではなく、ちゃんと今のテイストが入った今のシティポップにしたいと考えた時、この先の絵を描けるのは冨田さんなんじゃないかと。

高野 寛 エンタメステーションインタビュー

レコーディングはどのように進めていかれたんですか?

高野 当初は候補曲を絞りきれていなかったので、先ずは2、3曲つくり始めて、その作業のやりとりの過程で、こういう感じで上がってくるならこの曲が合うかなと、少しずつ進めていきましたね。

冨田 高野さんは自分で音がつくれる方だから、色んなやり方があるなと思ったんですよ。データのやりとりを相談しながら進めていく方法もあるし、高野さんのつくったベーシックな音にアレンジを施すやり方、あるいはお任せという選択肢もある。今回は、最初の打ち合わせで、なんとなく「色々やっちゃってくれ」というニュアンスは感じましたね。

高野 そう。サウンドに関しては、思いきって冨田さんに委ねようと思ったんです。

冨田 高野さんからいただいたデモ音源もあえて音を抜いてくれたものだったり、仮のリズムに歌とギターだけというデモもあったし。

高野 僕も経験があるから分かるんですが、デモが作り込まれ過ぎていると、プロデュース/アレンジの色が出しにくいもどかしさがあるじゃないですか?

冨田 確かにデモが出来すぎていると「このままでいいんじゃないの?」って気になりますよね。

高野 そうそう。生に置き換えるならまだしも、打ち込みで音色だけ差し替えるんじゃあまり意味がないなと。せっかくお願いするなら、冨田さんの生み出すサウンドと僕の曲と歌のコラボレーションにしたかった。

冨田 ギターが入る曲に関しては基本的に高野さんがご自宅で録られたものですよね。

高野 基本はそうですね。「TOKYO SKY BLUE」だけは冨田さんがギターを弾いてくれました。

冨田 「後半にギター・ソロを入れてくれないですか?」というご指名をいただきまして(笑)。ウォルター・ベッカーというワードもいただいたので、意識しながら弾いてみました。

高野 冨田さんが次世代ミュージシャンと共演するライブイベント『TOKYO LAB 』の去年の動画を観たら、冨田さんのギターがスゴかったんですよ。さっきの言葉を返すようですが、思った以上にギタリストなんだなと僕も思いました(笑)。

高野 寛 冨田恵一 エンタメステーションインタビュー

僕がアレンジした音源にどういうリアクションをしてくれるのか、ドキドキだった(冨田)

「TOKYO SKY BLUE」は、アルバムの中で最もシティポップ感があって、冨田さんらしいサウンドになりましたね。

高野 そうですね。この曲はコードもサウンドもある意味で往年の冨田サウンドだったので、せっかくだからギター・ソロも弾いてほしいと思って。

冨田 今回は高野さんがいるから自分がギター・ソロを弾くとは思ってもみなかったですよ。歌だけは全部うちのスタジオで録りましたけどね。

高野 メールだけでなく、そういうフェイス・トゥ・フェイスの場がないとね。

冨田 そうそう。レコーディングの現場って、雑談も大事だったりするから。僕も1、2曲を手がけるのと、アルバム全部をやるのは、やっぱり向かう気持ちが違う。1、2曲の場合は依頼を受けてから、出来上がるまでのペースが自分の中では完璧にあるんですが、アルバムとなると人によってペースも違うし、制作していく間に変わっていくのが面白い。

高野 アルバムは長距離走だから、一人で淡々と進めていくより、人とのやりとりの中で確認をしながら全体を調整していく方が僕は好きなんですよ。そこで予定調和ではなくケミストリーも起こる。

冨田 でも、最初のうちは僕がアレンジした音源に高野さんがどういうリアクションをしてくれるのか、僕もドキドキだったんですよ。

高野 冨田さんは引き出しが多いから、僕の曲に対してどんなサウンドで来るのかは楽しみでしたね。そういう意味では今回はアルバムの統一感も出せたけど、幅広い構成になったと思います。

冨田 高野さんがラジオで聴いて気に入ってくれたのは嬉しかったんですが、実際にそのテイストを入れた結果は未知数だったわけですよね。でも、何曲かやり取りするうちに手応えがあって、アイデアもどんどん出せるようになりましたね。

高野 寛 冨田恵一 エンタメステーションインタビュー

配信の先を意識すると、サウンドの冒険は不可欠だと思ったんです(高野)

アルバムのテーマでもあるシティポップ感は、1曲目の「魔法のメロディ」から溢れていますね。

高野 大滝詠一さんっぽさもあるし、イントロのメロディが大貫妙子さんの「色彩都市」のフレーズを連想させたり、シティポップ好きの琴線に触れるポイントはいくつかあるかなと思います。僕も昔から70年代のシティポップは好きだったし、最近は世界的にそういう音楽が注目されているので、配信の先を意識した部分もあるんですよ。

配信の先というのは?

高野 例えば、僕がラジオで知らない曲を聴いてハッとした経験があるように、誰かのプレイリストの中で僕の曲が出て来たら、人はどういう反応をしてくれるんだろうと。そういう意味でも、サウンドの冒険は不可欠だと思ったんです。

冨田 最初の打ち合わせの時から、高野さんはシティポップという言葉は出されていましたね。キリンジがデビューした頃の90年代後半は、まだシティポップという言葉で語られることはなくて、AORと言っていたのかな?

そうでしたね。

冨田 僕も今、シティポップと呼ばれていたり、そのルーツになった音楽は大好きなんですけど、最近、僕がつくる音はちょっと違ってきているじゃないですか。ただ、目先は変化しても、根本にあるコード感やメロディは変わらないので、そこは今回の高野さんのアルバムとも重なるところだと思いましたね。

高野 曲の骨格はシティポップ的なんだけど、音色やリズムの味付けは今、というバランスに僕はしたかったんです。

最旬の冨田サウンドによって、初期から変わらない高野さんのメロディのセンスが際立つ印象がありますね。

高野 この前、デビュー当時のスタッフに聴いてもらったら、「初期を思い出す」と言われたんですよ。今回のように初期も打ち込みだったせいかな?

冨田 僕もそのイメージがありましたね。

高野 最近、自分でアレンジをすると、渋い方へと行きがちなんだけど、去年、ベスト盤をリリースする際に自分の曲をあらためて聴き直したら、初期のキラキラした曲も悪くないなと思ったんです。だから、冨田さんには今の自分にはつくれないある種のきらめきを求めたのかもしれない。

冨田 僕が勝手に思っていただけかもしれないけど、高野さんとそんなに話さなくても、お互いに音を聴けば分かるだろうというのはあったんですよ。

高野 具体的なサウンドの話はほとんどしなかったですね。

冨田 70年代や80年代に寄せるのではなくリアルタイムで今、面白いサウンドというくらいでしたね。僕は作詞もしないし、歌もめったに歌わないですけど、それ以外は共通点も多いし、共有できる部分が大きいんじゃないかと。

高野 そうですね。仮に僕が今の若者だったら、昔のサウンドも新しいものとして面白がることが出来るんだろうけど、昔を知っていると、カーディガンを肩にかけたり、ボストン型のメガネをかけるのに抵抗があるように(笑)、そのまま取り入れることはしにくい。

冨田 分かります。当時、それを聴いてどう思ったかとか、その行く末も知っているだけに無邪気になりにくい(笑)。

高野 という意味では、この世代にしかつくれない音になったとも言えますね。

高野 寛 冨田恵一 エンタメステーションインタビュー

高野さんはメロディと言葉と歌が一体化している。それが表現としての強度になっている(冨田)

ハース・マルティネスの「Altogether alone」のカヴァーは、5月のコラボレーション・ライブでも披露していた曲ですね。

高野 シティポップ系の名曲として人気の高い曲ですが、この曲は歌詞が面白くて、UFOに遭遇した男の話なんですよ。実はこの曲は2000年代に韓国でヒットしたらしくて、配信で海外の人にも引っかかってくれたらいいかなと。

冨田 「ピエールとマリの光」も高野さんらしい世界で僕は好きですね。

高野 キュリー夫人とその夫のピエールをモチーフにして書いたんですが、こういう曲も冨田さんのサウンドで面白くなるんじゃないかなと。

冨田 アルバムには随分前につくって寝かせておいた曲もあるんですよね?

高野 「ベステンダンク」を除くと、「停留所まで」は古いですね。僕の場合は歌詞の熟成が足りないことが多いかな。

冨田 でも、歌詞もすごく高野さんらしいですね。「Wanna be」は、アルバムのレコーディングがある程度進んだところで送られてきた。

高野 そう。〈君の望む方へ行け〉という歌詞のテーマは決まっていたんだけど、そこからなかなか進まなくて。これは僕の中からは絶対出て来ない大胆なサウンドになって驚いたし、新鮮でした。

冨田 高野さんは常に曲をつくっているタイプなんですね。

高野 でも、途中でほったらかしている曲も多くて。新しいメロディが出来た時は、定期的に読み返している歌詞のノートの中からメロディに合う歌詞を拾って、その両方を寄せていく。

冨田 なるほど。メロディと歌詞の両方から歩み寄るんですね。

高野 それはシンガー・ソングライターでないと出来ないことでもありますね。

冨田 今回、高野さんとアルバムをつくって感じたのは、メロディと言葉と歌が表現として一体化していることだったんです。僕はほとんど一人で音をつくるので、アーティストの方といちばん長く接するのは歌入れの時なんですが、高野さんの歌入れではそのマッチングの良さに感心して。

それはシンガーであり、ソングライターでもある強みだと?

冨田 シンガー・ソングライターが必ずしもみんなそうとは限らないですけど、高野さんはそれが表現としての強度になっている。もちろん、キャリアもあるし、ライブをしていることも関係しているのかもしれないけど。

高野 新曲は先にライブで歌ってから録音するようになってきたのは大きいかもしれませんね。ライブで歌ってみると、途中でつまずいてしまう歌詞は流れが悪いからだと気がつくんです。

冨田 だから聴いていて自然なんですね。その言葉を歌う意味や奏でるメロディに整合性があるから、そこに込めたメッセージも伝わる。

高野 寛 エンタメステーションインタビュー

歌詞を変えてアップデイトした2019年の「ベステンダンク」を残しておきたかった(高野)

高野 そうこうしているうちに、途中からこれはいわゆるシティポップではないなと感じるようになったんですね。今を生きる都市生活者の憂いや陰りは、どうしても出て来てしまう。

冨田 そこがまた今どきでなんですよね。レコーディング中の雑談でシティポップをいかにアップデイトするかみたいな話をしていたら、高野さんがふと「まぁ、好きにやればいいんだけどね」って言ったのが僕はすごく印象的で、それで僕も腑に落ちて「あっ、そうだよな」って楽になったんですよ。

高野 まったく覚えてない(笑)。たぶん、シティポップという枠にこだわりすぎずにやってほしいという意味で言ったんだと思いますね。だから、キーワードはシティポップで始まったけど、脱シティポップのアルバムになったとも言える。

「ベステンダンク」は、まさに2019年を感じさせる最新ヴァージョンになりましたね。

高野 「ベステンダンク」はオリジナルもまったく悪くないんだけど、ドラムの音色やパターンをアップデイトできないかと思ったのと、最近は歌詞を〈虹の都へは 遠すぎるようだ〉を〈虹の都へは あと少しなんだ〉と変えて歌っているので、それを残しておきたかったんです。

冨田 高野さんがこういうサウンドを許容してくれるのか最初は分からなかったんですけどね。

高野 二人でルイス・コールとかジェイコブ・コリアーのような若い刺激的なマルチ・ミュージシャンの話はよくしましたね。

冨田 そうそう。僕も高野さんも最近のジャズがどんどんポップ・ミュージックに流れ込んでいく面白さを共有していたから、「ベステンダンク」もそうだけど、アルバム全体を新しい時代の音にすることが出来たかなと思うんですよ。

高野 お互いに配信に全然抵抗がないところも似ていますしね。

冨田 そう。僕もサブスクでガンガンプレイリストつくってる方だから。アルバムはそういう高野さんの指向やテイストと僕のそれが混じって出来たと言えますね。

高野 僕の曲が冨田さんのサウンドでいかに変化したかのビフォー・アフターは、CDのボーナストラックのデモ音源やライブ音源を聴いてももらえれば。

冨田 僕が心がけたのは、高野さんの音楽を昔からのファンや若いリスナーまで、興味深く聴いてもらえるようにすること。サウンド・プロデューサーはそれを信じてコツコツやるだけなんです。あとは、新しいマイクを用意したくらいですね(笑)。

高野 おかけで歌入れがどんどん楽しくなりました。30周年の締めくくりに冨田サウンドで新しいアルバムをつくることができて、今まで知らなかった自分に気づくこともあったし、気持ちがリフレッシュしましたね。11月から始まるツアーも久しぶりに同期ものを使ってみようかと思っています。

高野 寛の作品はこちらへ。

ライブ情報

アルバム発売記念ツアー「City Folklore」season 1.

11月15日(金) 大阪・桜ノ宮公会堂
11月16日(土) 岡山・蔭凉寺
11月22日(金) 京都・京都文化博物館 別館
11月23日(土) 名古屋・三楽座
11月24日(日) 浜松・天王山 福嚴寺
11月29日(金) 広島・LOG
11月30日(土) 愛媛・愛媛教育会館 講堂
12月1日(日) 高松・umie

L’ULTIMO BACIO Anno 19
アルバム発売記念スペシャルライブ「TOKYO City Folklore」

12月21日(土)東京・恵比寿The Garden Hall
Band member:坂田学 (dr) / 鈴木正人 (bass) / 斉藤哲也 (key) / 田中拡邦  from MAMARAID RAG (gui & cho)

高野 寛

1988年にソロ・デビュー。1990年にトッド・ラングレンのプロデュースによるシングル「虹の都へ」が大ヒット。ソロ活動と並行して、田島貴男との共作「Winter’s Tale ~冬物語~」をはじめ、細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏、忌野清志郎、テイ・トウワ、クラムボン、ハナレグミ、星野源など世代やジャンルを超えたアーティストとのコラボレーションやセッションワークも多数。サウンド・プロデューサーとしても小泉今日子、森山直太朗、GRAPEVINEなど数多くのアーティストの作品を手がけている。2014年にはデビュー25周年記念アルバム『TRIO』をブラジル・リオデジャネイロで録音。2018年10月からソロデビュー30周年アニバーサリーイヤー開始。3枚組ベスト盤『Spectra』と対談集『夢の中で会えるでしょう』を同時発売。2019年10月9日、30周年を締めくくるオリジナルフルアルバム『City Folklore』(冨田恵一プロデュース)をリリース。noteでは30年を振り返る自伝的エッセイ「ずっと、音だけを追いかけてきた」を執筆。2013年4月から京都精華大学ポピュラーカルチャー学部・音楽コース特任教授を務め、2018年4月からは同学部客員教授に就任。

オフィシャルサイト
http://haas.jp/

冨田恵一(冨田ラボ)

音楽家/プロデューサー/作曲家/編曲家/Mixエンジニア/マルチプレイヤー(ドラム、ベース、ギター、鍵盤)。1962年生まれ、北海道旭川市出身。2000年前後にキリンジや、MISIA 「Everything」をプロデュースし、不動の地位を確立。以降、平井堅、中島美嘉、ももいろクローバーZ、矢野顕子、RIP SLYME、木村カエラ、bird、AI、坂本真綾、藤原さくら、Negicco、鈴木雅之、VIXX、スガシカオなど数多くのアーティストにそれぞれの新境地となるような楽曲を提供するプロデューサーとして活躍。2003年からは、セルフ・プロジェクト“冨田ラボ”として6枚のオリジナル・アルバムを発表。2018年の最新作『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』には、Kento NAGATSUKA(WONK)、chelmico、長岡亮介(ペトロールズ)、Naz、七尾旅人、Ryohu(KANDYTOWN)、吉田沙良(ものんくる)、Reiなど次世代アーティストが参加。ラッパーの参加や英語詞の曲も収録し、次の時代のPOPSを提示。著書『ナイトフライ -録音芸術の作法と鑑賞法-』は2016年度横浜国立大学の入学試験問題にも著書一部が引用された。11月3日には冨田ラボ の1stアルバム『Shipbuilding』が2枚組アナログ重量盤でリイシューされる。

冨田恵一(冨田ラボ)の作品はこちらへ。

オフィシャルサイト
http://www.tomitalab.com/

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