サザンオールスターズと昭和・平成・令和元年  vol. 9

Column

サザンオールスターズの音=カラーを明確に表出させた『ステレオ太陽族』

サザンオールスターズの音=カラーを明確に表出させた『ステレオ太陽族』

今年デビュー40周年を迎えたサザンオールスターズのバンド・ヒストリーを、彼らが生み出した数々の作品から改めて見つめていく。音楽評論家・小貫信昭が独自に紐解く、サザンオールスターズの魅力──。


80年代前半のサザンオールスターズの作品の中で、多くのファンが“アルバムらしい作品集”として挙げるのが『ステレオ太陽族』(1981年7月)ではなかろうか。それまでの3作も、バンドの可能性を示し、確かな手応えではあったのだが、アルバムに“カラー”を感じるという意味では、本作が最初ではなかろうか。とはいえそれは、決して“単色”ではないのだが。順に説明する。

まずは、“サザンっていうのはこんな音のバンドなんだ”ということを、ハッキリ示せたことだ。バンドというのは無限の可能性を有するが、同時に制約もつきものだ。なぜなら基本的に、同じメンツでずっとやっていくからである。しかしこの制約こそが“サザンっていうのはこんな音”の正体でもあり、それを示したのだ。

デビュー以来、年間40〜50本のコンサートをこなしてきた彼らには、ステージ上の音があり、それとは別にスタジオで構築した音もあった。特に『タイニイ・バブルス』では、スタジオ作業にも慣れ、凝った音作りにも挑戦した。しかし『ステレオ太陽族』では、ある意味、ステージとスタジオが接近したのである。

桑田佳祐は当時のことを、「あのころからうちのリズム・セクション、ワザがハッキリしてきた」、「俺も全然遠慮なくボールをぶつけられるようになってきた」(『ロックの子』132ページ / 講談社文庫 刊)と発言している。まさにこれは、もう一段階上のところで“バンドが一丸となれた”証しなのだろう。

具体的には「My Foreplay Music」や、シングルにもなった「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」に強く感じられることだ。これらの楽曲は、リズム隊(いや、ギターもピアノも含め……)が容赦なくグイグイ押してきて、一方、桑田も容赦なく歌い、それでいてサウンドが同心円を醸すというか、しかも以前より、半径の大きなそれが出現している。改めて聴いても、当時のスタジオの空気の揺れが、臨場感バツグンに届く。「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」は、今もちょくちょくライヴで演奏されている。我々は客席で、“まさにサザンだな”と想い、そのことに、いっこうに飽きることはない。

このアルバムにはもうひとつ、別の色がある。この時期に公開された映画『モーニング・ムーンは粗雑に』(1981年公開)との兼ね合いである。その際、音楽監督を務めたのが桑田だった。「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」が主題歌で、「栞(しおり)のテーマ」「恋の女のストーリー」「朝方ムーンライト」は、そもそも映画の挿入歌でもあった。

ただ、今もこれらの楽曲を、映画の印象とともに覚えている人はごく稀だろう。とはいえ、映画という題材に向けて挿入歌も制作した(“栞”は登場人物の名前だ)という経験は、これまでにないものだったろう。桑田は公開前の映画のラッシュを観つつ、ふと浮かんだことを曲にしてみる試みもしたという。まるでマイルス・デイヴィスが、『死刑台のエレベーター』でやったように。

さらにもうひとつの色が、ジャズ・ピアニストの八木正生からもたらされた。彼がアレンジを手伝ったことがクレジットされているのは4曲で、まず冒頭の「Hello My Love」からして、これまでのサザンオールスターズとは違う音の質感である。いわゆるソフィスティケイトされた感じというか、よりスムースというか……。当時、流行していた音楽ジャンルでいえばクロスオーバーと呼ばれたものに近いかもしれない。でもそれは、もともとこのバンドが持っていたロックと、八木がもたらしたジャズとのマリアージュでもあったのだ。すべて八木のお世話になっているわけじゃなく、バンドが独自にアレンジしたもの、「素顔で踊らせて」や「夜風のオン・ザ・ビーチ」にも、その感覚はあった。

マニアックな音楽ファンからも歓迎されたのが「我らパープー仲間」だろう。タイトルの“パープー”が取り沙汰されることが多いけれど、音楽的に非常に振り切れた内容だ。1981年といえば、ジョン・ランディスの映画『ブルース・ブラザース』が日本で公開された年であり、「我らパープー仲間」の後半のコール&レスポンスは、この映画に登場したジャンプ・ブルースのキャブ・キャロウェイへのオマージュとも受け取れるのだ。

なお、八木は同時期の原 由子のソロ・アルバム『はらゆうこが語るひととき』(1981年4月)にも協力している。本コラムでは詳しく触れないが、原の作品は、桑田佳祐がプロデュースを買って出た充実の出来映えだった。前回紹介した“FIVE ROCK SHOW(ファイブ・ロック・ショー)”にしろ、原のソロにしろ、これらは次なる飛躍へのエネルギーを蓄えるうえで、とても大切なものだった。

最後に『ステレオ太陽族』というアルバム・タイトルについて。“太陽族”とは、小説家の石原慎太郎が当時の裕福な若者たちの奔放な価値観を描いた『太陽の季節』(1955年)と、さらに翌年制作された同名映画に感化され、登場人物のように振る舞おうとした若者たちを指す言葉だった。

“太陽族”の時代の音楽はモノラル録音で、ステレオは普及していなかった。そこにあえて、この言葉を重ね、時代考証をズラした意図は、なんとなく読み取れる。つまり、“太陽族”的概念を、のちの時代に蘇らせようとしたのかもしれない。『太陽の季節』には、桑田の出身地・茅ヶ崎にもわりと近い、湘南地方の逗子も登場する。

文 / 小貫信昭

ALBUM『ステレオ太陽族』
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