Interview

吉田山田 三部作の完結編『証命』。アルバムに秘められた2人の歌への思い。自分たちの道とは? たっぷり語ってもらった。

吉田山田 三部作の完結編『証命』。アルバムに秘められた2人の歌への思い。自分たちの道とは? たっぷり語ってもらった。

人間、自分には甘くなる。楽して得をするのは大好き、けれどキツい努力などはできればしたくない。それが正直な気持ちだったりする。ところが、この吉田山田はちょっと違った。あえて苦境に立つことを選んだのだから。
いまから3年前、吉田山田は2019年のデビュー10周年を一つのゴールとして、年に1作ずつアルバムを発表する“三部作”の企画をスタートさせた。その際、これまでと大きく異なった点は、3年先のゴールに“音楽を辞める”という選択肢を設けたことだ。これまで歩んできた道をそのまま、なんの疑いもなく進まない。2人のすべての力を注ぎこんで3年を過ごしたとき、自分たちが別の道を歩むことも視野に入れることにしたのだ。
それだけの気持ちで臨み続けた制作やライブは、2人に豊かな実りをもたらした。生きること、いつか命が尽きること、心がやわらぐこと、胸が締めつけられること……、人として感じるさまざま気持ちがすべての曲にこめられた三部作の完結編『証命』。それは、これまでで一番、吉田山田らしく、そして一番、吉田山田っぽくない、ふくよかなアルバムとなった。

取材・文 / 前原雅子 撮影 / 荻原大志


“届ける”というより“遺す”という意識で作ったのが『証命』なんだと思います(吉田)

吉田山田 エンタメステーションインタビュー

『変身』『欲望』に続いて、いよいよこの『証命』で三部作の完結ですね。

吉田 そうですね。この三部作で最初に大事にしたかったのが“変わる”ということで。現状でも十分楽しいけれども、あえて変えていくという意識で作ったのが『変身』だったんです。で、変わっていく自分たちに目を向けたとき、今度は自分たちが持ってる純粋な欲求に焦点が絞られて。音楽で何を伝えたいかじゃなく、“何が歌いたいのか”を突き詰める必要があると思ったとこから『欲望』ができて。そして次を考えるなかで、“一回ここで終わる”という意識を持って作ると、いろいろ変わることがある気がしてきて。同時に自分たちがここまで生きてきた命に対する純度も上がってきたので、それも残したいと思ったんです。だから“届ける”というより“遺す”という意識で作ったのが『証命』なんだと思います。

やはり今回は制作に向かう気持ちが前2作とは違いましたか。

山田 違いましたね。この作品の仮タイトルは『遺書』だったんですけど、それくらいすべてを吐き出すつもりで作っていたので。自分たちで10周年っていう時間制限を設けて、吉田山田の寿命みたいなものを意識した結果、誰かにこう思ってほしいじゃなく、これを遺したいっていう想いで作ることができたんですね。だからそうじゃなければ出てこなかった想いの歌ばっかりで。なんかそれが、この三部作でやりたかったことだったんだと思います。

吉田 2人で音楽をやっているだけで楽しいというのを封じて、プロとして音楽を突き詰めることが一貫したテーマだったというか。

そういったことは三部作以前には考えなかったことですか。

吉田 なかったです。まず2人でということがなかったですから。常に1人か2人の第三者が入って「この曲はキャッチーだ」とか、相対評価で決めることが多かったんで。でもこの三部作は2人ですべてを決めていきました。あと僕のなかで、山田にはあんまり考えさせないっていうのも3作に共通するテーマでした(笑)。

考えさせない、というのは?

吉田 山田には今感じてることを歌にしてもらおうと思ったんです。山田から新曲のデモが届いたときも、どれがイチオシだとか、こういう想いで作ったとか、あえて聞かないで、どの曲が心に響くかっていうところで判断しました。

それは2人の関係性が三部作を作るなかで変わってきたから?

吉田 ずいぶん変わったと思います。それ以前は「これを作っていくためにどうするか」というような現実的な話し合いをすることが多かったんですけど、この3年はもっと人間同士の話というか。

『変身』のときから、よく話していると言っていましたよね。

吉田 ほんっとにちょっとした空き時間でも喋ってますから。なんかデビュー前に戻ったっていうか。暇でお金がなくて喋るしかなかった、あの頃のように。音楽の話だけじゃなく、人生観、悩んでること、楽しいこととか。「36歳になったとき、どういうふうになってたい?」っていう、まぁちょっと臭いというのか、それこそ普段は絶対に話さないような話をよくしてましたね。

そういう話でも照れたりせずに。

吉田 いえ、毎回照れますよ。毎回「このあと話そうか」っていう一言を言うのに、ちょっとだけ勇気がいる(笑)。やっぱり自然には無理。ちょっと頑張って重い腰を上げないと。話したら話したですごく有意義なんですけど、ずっと消えない照れがあるから。

山田 周り見ても、男同士って普通こんなに喋んない(笑)。

じゃ「今日も話す?」みたいな感じではなく。

吉田 できれば帰りたいと思ってた(笑)。仕事も終わったし、お互いに早く一人になりたいんだけど、話すと安心するんですよ、自分が向かうべき方向がわかるから。それを気ぃ抜いて帰ってると、すぅ~ぐバラバラになるから。そこは努力しました。

なんて大変なことやってるんだろうって、10年目にして改めて感じますね(山田)

吉田山田 エンタメステーションインタビュー

これだけ長く一緒にいても、そういうものですか。

山田 ダメみたいです(笑)。ある意味、不自然なことかもしれないです、一つの歌詞を2人で紡いでいくっていうのは。特に2人ともタイプが全然違うんで。ガチっとハマるときはいいんですけど、お互いの想いもあるし感性も違うから。だけどその照れくささを超えてできあがったものは、自分でも感動するくらい最初に作ったものよりよくなってるので。なんて大変なことやってるんだろうって、10年目にして改めて感じますね。

そうしたなかで作られた三部作完結編の『証命』ですが、これまでになかったタイプの曲が多いですね。毎回そんなこと言っていますけれど(笑)、今回は本当に多いと思いました。例えば「街が夜になる」は歌詞の内容もサウンドも今までになかったなぁと。

吉田 酔いどれソング(笑)。原型はもう8、9年前くらいにできていて。前はもっとスッキリとカッコいい曲だったんですけど。歳とともに、ついついお酒にすがってしまう人間の弱さも知って。そんなカッコいいもんじゃないぞってことで完成した曲ですね。

「街が夜になる」から「ハミングアウト」のつながりもいいですね。また「ハミングアウト」もなかったタイプの曲で。

山田 これは人には言いたくない、人に聴かせるためじゃない歌詞が紡いである曲で。だからこの曲は歌っちゃダメだなと思ったんです。独り言に少しだけメロディーがついたくらいの歌い方が、歌詞に託した気持ちを一番表せるなぁと思って。

この三部作を作ってる最中に、自分自身について、命について、人生について考えることがすごく多くて(山田)

この曲ができたきっかけは、どんなことだったのですか。

山田 この三部作を作ってる最中に、自分自身について、命について、人生について考えることがすごく多くて。本当は形にして残したくない感情だったりするし、死にたいと思ってはいけないと思うし、だから正しいことではないと思うんだけど。こういう気持ちが湧いてしまった瞬間のことを、ちゃんと残しておかないと、と思って。感情を全部さらけ出して形にしました。

吉田 やっぱり生を描くためには死のほうも描く必要があって。ポジティブなことを歌にしたいし、音楽を聴いて元気になって欲しいっていう想いで音楽をやってますけど。それを際立たせるためには、その逆にあるネガティブな想いみたいなものも突き詰めないといけないということに、『欲望』のときに気がついて。だから死生観のようなことも前作くらいからテーマになってるんですよね。

ポップな曲でいうと「SODA!」と「笑える」が印象的でした。「笑える」のアレンジは新しいですね。

山田 自分自身を掘り下げていくと、「ハミングアウト」とは違うポップな自分も同じレベルで同時に存在してて。それはそれで大事な気持ちなので。だからすごい明るい曲なのに、聴いてると、なんかちょっと涙出そうになるんですよね。それが不思議で。

吉田 「笑える」はアレンジが大変でした。こういうカントリーっぽいアレンジって、イメージを伝えるのが難しくて。最初はラッパとか入った、もうちょっと派手な感じだったんです。でも少しミニマムな手で触ったような感じのアレンジがいいなと思って。

もっとストレートでもっと人間の根源的な、36歳の今の自分たちにしか歌えない愛の歌を作ろうっていうところに昇華されていきましたね(吉田)

吉田山田 エンタメステーションインタビュー

「運命」と「おとぎ話」もなかったタイプですが、可愛らしいサウンドの「運命」は2人の姿が重なる曲でした。

吉田 「運命」は最初、夜11時くらいのニュース番組のエンディングでかかりそうな曲っていうイメージで作り始めたんです。「今日も1日が終わった~、明日も頑張ろう~」と思うような曲がほしいって。それが作っていくうちに、もっとストレートでもっと人間の根源的な、36歳の今の自分たちにしか歌えない愛の歌を作ろうっていうところに昇華されていきましたね。

山田 そういう意味じゃ「おとぎ話」も面白いでき方で。曲を作るときって、だいたいメロディーのなかに言葉も入ってくるんですけど、「おとぎ話」は言葉が出てこなくて。歌詞をつけてたりもしたんですけど、なんかしっくりこなくて、「ジーンズ」っていう仮タイトルでメロディーだけのまま4年くらい経っちゃって。でもよっちゃんが、これまでのとは全然違う歌詞を書いてきてくれて、歌ってみたらすごくよかったんですよね。

吉田 山田が作ったメロディーは変わらず、アレンジだけが二転三転した曲で。もうちょっと元気で前向きなメッセージソングっぽい曲調のときもあったんですけど、この形になったとき、初めてしっくりきたというか。料理と一緒ですよね、塩胡椒でもソースでも醤油でも旨いんだけど、やっぱりその素材に一番あった調理の仕方があった、みたいな。この曲も、それまではそれなりにいいお味だったんですけど。このアレンジが見つかったとき、ブワーっと歌詞が浮かんで一晩で書き上げました。

すごく素敵な歌詞ですね。

吉田 この形になったときにテーマがガラリと変わりましたね。自分のメッセージをストレートに書くんじゃなく、物語から感じてもらおうって。でもこういう歌詞って怖くて。自分の気持ちなら何を言われようと、僕はこういう気持ちなんです!って言えるけど、物語って「物語として成り立ってないよ」って言われたら身も蓋もないので。でも山田が歌ったときディレクターが泣いてたんですよ。

ディレクターさんがレコーディング中に涙されるのは。

吉田 初めて。やっぱいいものができたんだなって、そこでようやく自信が持てたという。僕もそれを聴いて感動したし。

僕にしか書けないだろうと胸を張れる点は、やっぱり主人公のどっかに山田を重ねられたとこだと思うんです(吉田)

吉田山田 エンタメステーションインタビュー

この曲のボーカルは山田さんだけですね。

吉田 歌詞を書きながら、山田の声で聴いてほしいと思ったので。

山田さんも歌いながらホロッとしました?

山田 ホロッときたし、この言葉が入るためのメロディーだったんじゃないかっていうくらい最初から最後までピタッとハマってたので、歌いながら気持ちよかったです。今までも物語で聴かせる曲はありますけど、ここまで起承転結がある物語を、よっちゃん、どうやって書いたんだろって。不思議な曲ができたなと思いましたね。

吉田 あと、これは僕にしか書けないだろうと胸を張れる点は、やっぱり主人公のどっかに山田を重ねられたとこだと思うんです。不器用だけど、何か人に影響を与える力は持っていて。でもそれをコントロールできるほどの器用さは持ち合わせていない(笑)。だからいろんなことに摩耗しながら、山田はいつも人に何かを与えているような気がしてて。47都道府県ツアーのときにも、そんなことを感じてたんですね。それってある種の悲しさを秘めてるなぁって。もしかしたら、そこがこの歌詞の源だったかもしれない。

「君へ」「春ノ詩」は、これまでの吉田山田の雰囲気を感じる曲だと思いました。

山田 この2曲だけアレンジを浅田(信一。これ以外は湧井啓一)さんにお願いして。「君へ」はちょっとだけ異色な曲で。インスタに送られて来るダイレクトメールには「私なんか生きててもしょうがない」というような絶望的な内容のものもあって。それを見たときに「歌は聴いてもらってても心のなかに響ききれてないな」って思ったんです。僕はそういう気持ちを歌で吹き飛ばしたいって思ってたけど、できてなかったなって。それで、その人に対しての想いを曲にしました。で、「春ノ詩」は浅田さんにいろんなアドバイスをいただいて、ちょっと遊びながらアレンジしていって。

最後のほうの追いかけっこするようなコーラスがすごく印象的ですね。

吉田 それも僕らだけでは出てこない発想で。基本的に僕らは、遊んでる場合じゃないっていう精神状態だったから。でもミュージシャンとしの先輩でもある浅田さんに「肩の力抜いたところがあってもいいんじゃない?」ってアドバイスされて、「そうだ、そうだ」と思ったんですよね。ところがやってみたらすごく難しくて(笑)。結果としてとても音楽的な仕上がりになりました。

最後の曲(ボーナストラックを除く)が「種」というのも、すごくいいですね。三部作が完結して、実りのときを迎えて種ができたわけですから。

吉田 これまでも実りはたくさんあったし、花も咲いたし、本当に充実した10年間だったけど、今までで一番大きな花を咲かせようと思って作ったアルバムで種ができたことは意外でした。やりきると思ってたのに、まだ先を見たいんだな自分たちはって。だって最後残ったのは、次なる自分たちの夢だったり希望だったので。

やりきたったところでフィナーレを迎えると思っていた?

吉田 やりきる=自分たちのなかに音楽を辞めるっていう選択肢を設けたっていうことでしたから。

それくらいの覚悟で、この三部作を作ろうと。

吉田 そうですね。実際、その選択肢があるだけで、こんなにも違うかっていうくらいだったし。

ということは今ここで「いや実は、吉田山田は……」という発表があったかもしれない。

山田 はい。

吉田 それくらい人生を組み立てていくなかで35歳、36歳っていうのは、真剣に自分のことを考えなきゃいけない年齢だと思うので。そのなかでの一つの選択肢としては、そりゃ辞めるっていうことも出てくるよねって。2人の人生設計が必ずしもずっと一緒とは限らないから。すごくポジティブにその選択肢を設けたっていう。

三部作が完全に完結してしまったら、この先何を歌うんだろうって。それこそ音楽を一旦辞めるっていうことを選択してたかもしれないし(山田)

吉田山田 エンタメステーションインタビュー

それを選ぶことがないようにとは思ってたでしょうけど、その選択肢を設けるだけでドキドキしますね。

山田 そうですね。三部作が完全に完結してしまったら、この先何を歌うんだろうって。それこそ音楽を一旦辞めるっていうことを選択してたかもしれないし。だから作りながらドキドキしてたけど、また先のことを歌ってる自分たちに気がついて。より明確に歌いたいんだなって、この先も続けたいんだな、自分はって。そういう意味ではすごく光のあるアルバムだなって思いますね。

だからこのタイトルに?

吉田 そうですね、最後に「どういうアルバムになるかね」っていう話を山田としているときに浮かんできたんですけど。このアルバムにはありのままの命の形をこめたいから、いいとか悪いとかじゃなく“僕らの命の形です”ということで出したいねということで。

そしてボーナストラックの「涙のむこう」が、「はじめてのおつかい」がきっかけの曲だそうで。

吉田 んふふふふふ。山田が大好きな番組で。

山田 番組のなかで、いつもは泣いたら「あ~、じゃいいよ、いいよ」っていうお母さんが、その時ばかりはちょっと突き放して、おつかいに行かせるんですね。お母さんも陰で泣きながら「あの子には涙の向こう側を見せてあげたいから」って。その言葉がずっと頭に残ってて。それをきっかけに作った曲なんですけど。

吉田 だから作詞のところ、ほんとは“お母さん”って書かなきゃダメじゃない(笑)。

山田 ホントだ。なのでいつか「はじめてのおつかい」のなかで、この曲を使ってもらうことが僕の夢です(笑)。

だからいつも、今も、“ここから始まり”なんですよね(山田)

ところで改めて10年という歳月を振り返ってみたとき、印象深い時期というといつになりますか。

山田 ……デビューの頃は本当に何に対してもドキドキしてて、体は元気だけど心が疲れたりしてたなぁって。そこからいろいろ経験して、でも何年経っても常に自分はスタート地点に立ってるっていうか。だからいつも、今も、“ここから始まり”なんですよね。

吉田 パッと思い出したのは3年前の品川のデニーズですね。仕事納めの12月27日か28日、名古屋か大阪から昼ごろに戻ってきて。本当に久かたぶりに山田に「ちょっと話そう」と言ったんですけど、今さら2人で?みたいな。結婚してずいぶん経つ夫婦が2人っきりでディナーに行くみたいな居心地の悪さがあって(笑)。でも絶対に今、これが必要なんだと思ったから10周年にむけたこの先の3年間、どうやって生きていくかっていうのを話したんですけど。あの時、ホントによく勇気を出して「話そう」って言えたなって。あの時のあの勇気がなければ、今日はなかったと思うから。

吉田さんから切り出した?

吉田 そうですね。山田は思春期の息子みたいな感じだったんで。「行こうよ」って言っても「ん?……いーよ」みたいな。「、」も「。」もないみたいな。腹立つな、こいつ、と思いながら(笑)。

「話そう」と言われたときに、そういう話だと思いました?

山田 思いました、それはさすがに。僕も話しといたほうがいいなぁと思いつつも、「今日はいいや」っていう(笑)。

でも数年後に焦点を当ててきちんと準備していくって、なかなかできることじゃないと思います。

吉田 それは2人だからだと思いますよ。自分1人なら、ある程度ざっくりと計画を立てられるけど。いざ10周年っていうときに、僕と山田の想いが離れてたら、吉田単体、山田単体はよくても、吉田山田として成立しないと思うので。

何かきっかけでもあって、そう思うようになったのですか。

吉田 湧井くんの言葉でした。歳も近いしプライベートでもご飯を食べたりする仲なんですけど。渋谷のカフェでお茶してるときに、あるステージに一緒に立ちたいって言われて、僕もそこに立ちたいと思ったんですね。でも僕だけ努力して実現することではないから山田に話したら、山田もホンワカとそう思ってて。じゃそれを目標にするけど、その夢は人任せにはせず、人に担ぎ上げられるんじゃなく、自分たちの足で歩いて行こうと。そういう人間になっていたいと。そこから「立ちたい!」「じゃどうしよう」「変わらなきゃね」っていう話になって。

目に見える目標があると、そこに向かう気持ちを。

吉田 作りやすいんです、何が必要なのかも具体的になるから。自分たちの行動が、それにそぐうものかどうかがハッキリするし。

そう思っての3年間はどうでした?

山田 素直に言うとしんどかったですね(笑)。常に突きつけられてるような、お互いを監視するような気分にもなって、気持ち的にヒリヒリしましたけど。でもライブが良かったり、少しだけ表現できたって思う瞬間があると今までにない充実感を感じられたので。

三部作を完結させた吉田山田は、このあとどうなっていくのでしょうか。

吉田 さすがに一息つきたいと思ってたのに、音楽の神様に「いやいや、まだやることあるから!」引きずり回されてる感じ(笑)。

山田 新たな出会いがあって、その人と今、一緒に曲を作ってレコーディングをしてるんです。初めてのエンジニアさんと初めてのアレンジャーさんと、新しい試みでレコーディングしてます。

誰かに曲を提供してもらう、詞を提供してもらう、誰かとコラボして曲を作ってみる、とかにもチャレンジしていきたいですね(吉田)

『証命』の最後の曲が「種」ですから仕方ない(笑)。

吉田 ですね(笑)。あと、誰かに曲を提供してもらう、詞を提供してもらう、誰かとコラボして曲を作ってみる、とかにもチャレンジしていきたいですね。有り難いことに頑張ってきた3年の間に、そういうお話をいただいてたんですけど、今は自分たちのことに集中したいってことでお断りしてたので。

山田 ようやくやれるというか。それもすごく楽しみなんです。

その他の吉田山田の作品はこちらへ。

ライブ情報

吉田山田10周年記念「大感謝祭」
11月30日(土) 東京・中野サンプラザホール

吉田山田

吉田結威(Gu/Vo)と山田義孝(Vo)からなる二人組アーティスト吉田山田。
2009年10月に「ガムシャランナー」でメジャーデビュー。2013年12月に放送を開始したNHKみんなのうた「日々」が“泣ける歌”と話題になり、5度の再放送を経てロングセールスを記録。 一躍その名を拡げ、YouTubeの再生回数は 1,400万回に到達。現在は、昨年10月にリリースした最新アルバム『欲望』に収録した、吉田の愛犬との実話と飼い主としての願望を歌った「赤い首輪」がペットを飼っている人々の中で共感を呼び話題となっている。今年2月20日にリリースされたシングル「桜咲け」はTVアニメ『火ノ丸相撲』のエンディングテーマとなり、吉田山田史上初のアニメタイアップとなった。
今年3月より3年ぶり2度目となる全国47都道府県ツアー「吉田山田 47 都道府県ツアー〜二人またまた旅 2019〜」を実施。そのファイナル公演となる「吉田山田 47 都道府県ツアー〜二人またまた旅 2019〜」ファイナル東京公演と、夏の恒例公演となっている「吉田山田祭り2019」を上野恩賜公園水上音楽堂にて実施し、大団円で夏を締めくくった。
10月21日に、デビュー丸10周年を迎え、11月30日(土)には、中野サンプラザホールでの、吉田山田10周年記念「大感謝祭」公演を開催する。

オフィシャルサイト
https://yoshidayamada.com

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