Interview

悲しみの中でつかまえていく人生の実り 『この世界の片隅に』片渕須直監督の情熱

悲しみの中でつかまえていく人生の実り 『この世界の片隅に』片渕須直監督の情熱

悲しみの中でつかまえていく人生の“実り”

選べなかった人生を、それでも歩んでいくたった一人の女性を、マクロレンズのように寄り添って捉えていくからこそ、「戦争もの」を超えて迫ってくるものがあります。

すずさんは、たぶんいまだったら、絵の才能で見出された人。誰も彼女の才能を見逃さないでしょう。でも、彼女の生きていた時代では、すずさんは普通の人だと見なされ、すずさん自身も普通の人であることに甘んじている。
我々はすずさんの中に大きな力があること、人に何かを感じさせる絵を描く力があることを知っている。でも、実際には、彼女は普通に家事をする人生を生きていく。それも、ニコニコしながら。
腹の底からニコニコしているわけです。そこが「けなげ」というか、半分痛々しくて、半分愛おしい。それが「悲しくてやりきれない」という曲をテーマ曲に使おうと思ったところにつながっています。
すずさん自身は悲しくないんですよ。我々はそこに痛ましさを感じている。でも、すずさんはニコニコしている……。
そして彼女は、自分を表現する手段をむしり取られていく。二重に、三重に。でも、その悲しみの中で、彼女は自分の人生の“実り”をつかまえていくんですね。

図画の授業で、海難事故で兄弟を失った同級生(哲)の代りにすずが海を写生する。その絵が美しくて、哲は海が嫌いだと言えなくなってしまう。 「この世界の片隅に」上巻より ©こうの史代/双葉社

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オープニング、柔らかい色彩で描かれた瀬戸内の美しい風景と重なってコトリンゴさんの歌声が流れてくると、それだけで胸がいっぱいになります。

コトリンゴさんに音楽をお願いしようというのは、かなり早い段階で僕の中では決めていました。前作『マイマイ新子と千年の魔法』で主題歌をやっていただいたのが縁でいただいたカバー・アルバムに「悲しくてやりきれない」が入っていて。テーマ曲にしようと決めてから、ずーっと聞きながら作業をしていました。

原作も、綿密な時代考証に加え、当時の暮らしぶりを細部に至るまで丹念に調べて描かれていますが、監督ご自身、広島市や呉市を何度もロケハンし、当時の資料も徹底的に調べてつくられたそうですね。70年以上前の広島に迷い込んでしまったようなリアリティがあります。

画面構成と言われているんですが、2010年8月に企画が立ち上がってから、原作に描かれている建物はいったい何なのか、広島のどこなのか、何度も探して歩いたりしました。舞台となる広島や呉には、現在も残っている当時の建物や道がいくつもあります。そこに立つと“すずさんが見ていた風景”が体感できる。すずさんが“実在した”人なんだと僕ら自身が信じることが、この作品を絵空事に終わらせないことだと思った。各カットの下絵を監督補の浦谷千恵がやっているんですが、2011年の6月くらいから二人でずっと作業をしていました。

食卓にのぼるタンポポやスギナ、ハコベなどを使った野草料理や、玄米をふやかして増量する楠公飯など、スタッフで実際につくって試食されたそうですね。

2012年から2015年まで、「すずさんの食卓」という公開イベントも含めて5回やりました。浦谷さんは、楠公飯をつくってみてはじめて、あのプルンプルンの食感を画面で表現できたと言っています。決して美味しくはなかったと言っているそうですが(笑)。

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たった一人の人なら救える

すずさんは最初、本当にぼんやりしています。でも、一方でその「ぼんやり」に周囲は救われたりもする。観ている私たちも。その声を担当するのが、のんさん。NHK朝ドラの『あまちゃん』もよかったのですが、「すず」は本当にはまり役で、演技ではない彼女のピュアさが、すずさんの存在にリアリティを与えています。

のんちゃんは、彼女自身が彼女の表現というくらい、ピュアな人ですね。
『あまちゃん』というのは、東京で自分の中身が空っぽだと思っていた女の子が、岩手に行くことで自分を見出して東京に戻ってくる物語ですよね。僕も入れ込んで観ていたんですが、『アルプスの少女ハイジ』のあらすじと凄く共通しているところがあったんですよ。物語の構造も、その物語を生かすに足るべき主人公の姿も。
『あまちゃん』も『アルプスの少女ハイジ』も、中身が詰まっていない女の子が、自分に適した場所を見つけて、自分の中に内実を蓄えていって、それが結果的に誰か一人、たった一人を救う、という物語だと思ったんですね。

『この世界の片隅に』もそうなのではないかと。

世界を救う人になる、というと、果てがなさ過ぎるし、そのこと自体が絵空事になってしまう。でも、たった一人の人なら救える。
こうの史代さんの作品はどれも好きですが、中でも『この世界の片隅に』は、「名前を失った少女が、たった一人を救うに至る道のり」を描いて、すごく感銘を受けた作品。それを映画にするのは重圧でしたが、たくさんの方に応援していただいて、映画にすることができて、感無量です。

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クラウドファンディングを支えた3374名の応援に加え、原作のこうのさん、監督はもちろん、のんさん、コトリンゴさん、監督補の浦谷さん、プロデューサーの丸山さん……関わったすべての方の強い想いが生んだ、奇蹟のような作品だと思います。本当に一人でも多くの人に観てほしいです。

戦争中の物語だとか、そんなこと知らなくていい。ただ、その場所に行って、そこに生きる人、その風景を覗いてくる、そんな映画です。先入観、予備知識なしに、まっさらな気持ちで観ていただきたいです。

映画『この世界の片隅に』

2016年11月12日公開

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「長い道」「夕凪の街 桜の国」などで知られる、こうの史代のコミック「この世界の片隅に」をアニメーション映画化。
1944(昭和19)年広島。18歳のすずに突然縁談が持ち上がり、生まれ育った江波から軍港の街・呉に嫁いでくる。見知らぬ土地で、一家を支える主婦となったすずは新しい家族、新しい街に戸惑いながらも健気に毎日の生活を紡いでいく。
1945(昭和20)年3月。呉は、空を埋め尽くすほどの数の艦載機による空襲にさらされ、すずが大切にしていたものが失われていく。それでも毎日は続く。そして、昭和20年の夏がやってくる――。
主人公すずは、本作でアニメ映画初主演を果たす女優・のんが演じている。やさしく、柔らかく、どこか懐かしい親しみを感じさせる声ですずさんに生命を吹き込んだ。

【監督・脚本】片渕須直
【原作】こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社刊)
【企画】丸山正雄
【音楽】コトリンゴ

【声の出演】
のん
細谷佳正 稲葉葉月 尾身美詞
小野大輔 潘めぐみ 岩井七世 牛山茂 新谷真弓/澁谷天外

オフィシャルサイトhttp://konosekai.jp/

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

原作本「この世界の片隅に」上巻

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著者:こうの史代 (著)
出版社:双葉社

戦中の広島県の軍都、呉を舞台にした家族ドラマ。主人公、すずは広島市から呉へ嫁ぎ、新しい家族、新しい街、新しい世界に戸惑う。しかし、一日一日を確かに健気に生きていく…。

片渕須直

アニメーション映画監督。1960年生まれ。日大芸術学部映画学科在学中から宮崎駿監督作品『名探偵ホームズ』に脚本家として参加。『魔女の宅急便』(89/宮崎駿監督)では演出補を務めた。TVシリーズ『名犬ラッシー』(96)で監督デビュー。その後、長編『アリーテ姫』(01)を監督。TVシリーズ『BLACK LAGOON』(06)の監督・シリーズ構成・脚本。2009年には昭和30年代の山口県防府市に暮らす少女・新子の物語を描いた『マイマイ新子と千年の魔法』を監督。口コミで評判が広がり、異例のロングラン上映とアンコール上映を達成した。またNHKの復興支援ソング『花は咲く』のアニメ版(13/キャラクターデザイン:こうの史代)の監督も務めている。

 

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