恋するB級ドーナツ盤~45回転のときめきと昭和の匂いを求めて~  vol. 1

Column

映画『砂の器』に登場するドーナツ盤の哀しき運命とは?

映画『砂の器』に登場するドーナツ盤の哀しき運命とは?

ここに二人のボーイズがいる。
ドーナツ盤を見ると手が勝手に動きだし、指が止まると「おおっ」と歓喜の雄叫びを挙げて100円で買い求め、「これ、知ってる?」と人に自慢したくてしょうがないゴローと、 彼の掘り出し物にケチをつけながらも、妙な博学をひけらかし、ドヤ顔で一刀両断するシロー。
回り始めると止まらないドーナツ盤のように、喋り始めると止まらない二人を、 いつしか人は「ドーナツボーイズ」と呼んだ……。
古き良き45回転への偏愛を語り尽くす新連載!


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シロー 新連載、ってことで、シングルレコード、ドーナツ盤とも言うわな、について二人で気楽に喋っていこう。ところで、そもそも、このデジタルな社会で、なんで今どき、「シングル盤=ドーナツ盤」なんやのん? の説明から始めようか、ゴローくん。

ゴロー もともとシングル盤は、ジュークボックスでかけられるように穴が大きくなっていて、それで「ドーナツ盤」と呼ばれているようですね。ここ4~5年、シングル盤の注目度はどんどん上がっています。シングル盤のレコードのみをかけるFM番組も出てきているし、都内の中古レコード店でも100円シングル盤セールが定期的に開催される時代になりました。時代が我々に追いついたってことですよ。いやぁ、喜ばしい。

シロー なるほどねえ……。ちょっとキミキミ、袋からレコード出して……何してるの?

ゴロー ああ、たまんないッス、この匂い……。

シロー ……ドーナツ盤に匂いなんてあるの!?

ゴロー あります、あります。ああ、この匂い、ドーナツ盤にしか醸し出せないこの濃厚な匂い……。ドーナツ盤の中にしかないものがあると僕は思っているんです。ドーナツ盤でしか記録されないものというか。それは時代の世相だったり、我々が忘れてしまった文化みたいなもの……。歌手、作詞家、作曲家、プロデューサーの想いがぎゅうっと濃縮されているのが、ドーナツ盤のA面、B面というわけなんです!

シロー A面、B面というカテゴリーね。メジャーなものと実験的なもの。コンセプト的にはっきり分かれるものがあったね。それを聞くのに、一度盤をひっくり返すという作業を含め、この天地に別の世界があるね。しばしば、売れセンで作ったA面の曲より、B面の曲に火がついてヒットするというようなこともある。

ゴロー コンセプト・アルバムというのはいまもありますが、ドーナツ盤っていうのは、本来、ミニマルなコンセプト・レコードだったと思うんですよ。LPのほうが寄せ集め感があったくらいで、ドーナツ盤はA面とB面、表と裏、陰と陽、白と黒っていう具合に、二つでひとつのコンセプトがしっかり考えられていたんです。真ん中に穴の空いた黒い円盤のオモテ裏。そこから立ち上がってくる情念の匂い、その時代にしかなかった色彩、気配、それをこの連載ではすくいとっていきたいんです。

シロー 1950年代に初めて世に出たドーナツ盤は、80年代後半になるとCDに取って代わられるからね。それが今や、音楽配信が主流で、影もカタチも音楽としての存在が見えない。これ、どうなの? 言ってみれば戦後30年の「昭和」は、すべてドーナツ盤にパッケージされていると言っても過言ではない。

ゴロー そうなんです! 時代の徒花とも言えるドーナツ盤の、咲き誇って散った花びらを1枚1枚丁寧に掬いとっていくのが、我々ドーナツボーイズの使命なんですよ、シローさん!

シロー 勝手に盛り上がってるけど、そもそもこの企画は、某所に50年前のステレオが現存していて、それを使ってシングル盤を聴く会をしよう、と僕とキミとで始めたんやったなあ。あのスピーカーと一体化した骨董品みたいなステレオ。いつのまにか、その形状から「りんごほっぺ」というあだ名までついて……。

ゴロー 愛しの「りんごほっぺ」ちゃん! この娘が元気でいる限り、この連載を終了させるわけにはいきません!!

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1960年代に製造されたVictor Stereo BR-340。 通称「りんごほっぺ」号(おうちギャラリー“GALLERY BIBLIO”で活躍中

シロー わかったから、そう興奮せんといて。で、記念すべき第1回のドーナツ盤は、何を持ってきたの?

ゴロー 第1回目は、TVや映画の中にドーナツ盤がどう刻印されているか? そこを探ってみたいんです。今日紹介したいのは野村芳太郎監督の映画『砂の器』。あの、松本清張原作の不朽の名作です。これはLP、サウンドトラック盤ですが、今日紹介したいのはこっちじゃなくてドーナツ盤です。

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砂の器 サウンドトラック

シロー 「砂の器」は好きで何度か観てるけど、出てきたっけ? あの映画に、ドーナツ盤?

ゴロー 原作は1960~1961年に読売新聞夕刊に連載され、61年の7月に単行本が出版された長編推理小説ですが、実は音楽が重要なモチーフになってるんですね。映画のほうは1974年、松竹で映画化され、大ヒットを記録しています。興味深いのは、小説と映画で音楽の扱いがまるで違うこと。小説のほうは「ミュージック・コンクレート」という前衛音楽が、映画のほうは「ピアノと管弦楽のための組曲」というロマン派に近い音楽が演奏されます。

シロー 映画のクライマックス、加藤剛扮する天才音楽家の和賀英良が指揮を務めて演奏される「宿命」やね。刑事による事件の謎解きと犯人の哀しい過去とコンサートでのシーンが交錯する。音楽と映像と物語が不可分に結びついた作品やったね。いまやもう、僕なんか「宿命」の音楽だけで泣くよ。

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砂の器 宿命

配信で聴ける 「砂の器 宿命」

ゴロー 音楽監督の芥川也寸志さんのもと、ピアノ演奏と作曲は菅野光亮(かんの・みつあき)さん。清張さんも「小説では絶対に表現できない」と高く評価していたらしいですよ。この映画に、出てくるんですよ、ドーナツ盤が。

シロー 記憶にないなぁ。どこらへんで?

ゴロー 実は冒頭、国電蒲田操車場で撲殺死体が発見されて、丹波哲郎扮するベテラン刑事・今西栄太郎が事件現場近くの場末感たっぷりのバー「ロン」で聞き込みをするシーン。そのバーにはジュークボックスが置いてあって、その面出しに2枚、確実に絵柄がわかるドーナツ盤が!

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シロー ふんふん、そう言えば、丹波哲郎のバックにジュークボックス、あるわな。しかし、それ気づくか、ふつう?

ゴロー 僕はたまたま持っていたんですね、この2枚のドーナツ盤を。それでハッと気づきました。朱里エイコ「恋の衝撃」中川レオ「かもねぎ音頭」だ!と。これは、明らかにジャケットを見せようという意図がありますね。

シロー ホンマかいな。僕なんか、まったく気がつかへんかったよ。

ゴロー 映画は1974年10月19日にロードショー公開されています。小説の舞台は1950年代後半から1960年にかけてですが、映画のほうでは時代設定が明らかにされていません。まあ、0系新幹線とか出てくるんで、1964年以降ということはわかるんですが。そこで、映画製作者は、このドーナツ盤によって、時代設定を明らかにしようとしているのではないかと考えたわけです。

シロー ほーっ。ということは?

ゴロー 調べてみると、「恋の衝撃」は、1972年9月25日発売。「北国行きで」(同年1月発売)が大ヒットを記録したあと、「心の痛み」(7月発売)を挟んで出たシングル(作詞:山上路夫、作曲:いずみたく、編曲:川口真)。そして「かもねぎ音頭」が1972年11月発売。映画は1973年冬から1974年初秋までに撮影されたということですから、ほぼリアルタイムにリ リースされたシングル盤を掲げている。だったら、とくに時代設定を意識したのではないなー、ということになりますね。

シロー なんや、関係ないんかい。流れからすると、あると思うがな(笑)。でも、1973年って言うたら、僕なんか青春ど真ん中で、テレビの音楽番組もたくさんあったし、そんな「心の痛み」とか「かもねぎ音頭」なんてややこしい曲の他にも、ヒット曲はいろいろあったんやないの?

ゴロー そうなんです。ちなみに、1973年のオリコン年間シングル売上げランキングを見ると、1位が宮史郎とぴんからトリオ「女のみち」、2位が同じく宮史郎とぴんからトリオ「女のねがい」、3位がガロ「学生街の喫茶店」、4位がちあきなおみ「喝采」、5位が沢田研二「危険なふたり」、6位がかぐや姫「神田川」、7位がチューリップ「心の旅」、8位が天地真理「恋する夏の日」、9位が同じく天地真理「若葉のささやき」、そして10位が浅田美代子「赤い風船」となっています。

シロー これはすごいねえ。全部覚えてるし、歌えるもんな。「神田川」が6位というのも、ほかの時代やったら、絶対1位になる曲やもんな。他の曲がどれだけ強かったか。また歌謡曲全盛の時代がそのラインナップから浮かび上がってくるね。

ゴロー ここからわかるのは、「恋の衝撃」「かもねぎ音頭」は、「時代を象徴する曲」として置かれたわけではない、ということです。では、なぜ置かれたのか? 次に「仕込み」の可能性も疑いました。

シロー ああ、レコード会社がプロモーションの一環で映画会社にねじ込んだ、的な? これはありそうやね。

ゴロー はい、その可能性を探ったところ、朱里エイコさんは1972年12月9日公開の別の映画に出ていることがわかったんです。『快感旅行』という映画です。

シロー ムムッ、その響きは……。「快感」とつけば、エロでしょう。ピンク映画か何か?

ゴロー いえいえ、シローさんが想像されるような映画じゃありません。ラブコメディ“旅行”シリーズ11作目、瀬川昌治監督、フランキー堺主演の松竹映画です。朱里エイコさんはこの映画に歌手役で登場しているんです。つまり、プロモーションとしては、そちらで充分、1974年公開の映画に使われるのを「仕込み」と考えるには無理がある。そうすると、いったいなぜ? ということで、聴いてみましょう、「恋の衝撃」

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恋の衝撃 朱里エイコ

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シロー リズムといい、男と女の関係を歌った歌詞といい、これは典型的な70年代歌謡やな。

ゴロー タイトル通り、女がある男と出逢って、衝撃を受けて変わっていく、という歌です。

私の心に稲妻みたいに通りぬけた 生まれてはじめての衝撃なのよ

シロー 朱里さんは、うまい歌手だったよ。ほぼ同時期に、しばたはつみさんという、似たようなシンガーが出てくるけど、日本の歌謡界に出現した時は、驚いた覚えがある。たしか、先にアメリカのショービジネス界で活躍してから、日本でデビューした人だよね。非常に歌がうまい実力派。ところが「北国行きで」がヒットするまで、日本ではなかなか苦労したし、それ以後もヒット曲がなかったん違うかな。

ゴロー そうなんです。あの頃はアイドル全盛、歌のうまさよりフレッシュさが注目されていましたから。で、僕はB面を聴いたとき、文字通り「衝撃」を受けたんです。

シロー 衝撃ねぇ。ぼくなんか、ピチピチの服で、太もも露にして踊りながら歌うスタイルが「衝撃」やったけど。

ゴロー B面は「あなたの胸で」という曲なんです!

愛をもとめて泣いた私が やっとみつけたあたたかい胸

つまり、A面で男と衝撃的に出会い、B面でその男の胸に抱かれて、生きていることを実感するという女の情念が対になって描かれている。これって、映画のなかの和賀英良(加藤剛)の愛人、高木理恵子(島田陽子)の思いが、そのまんま表現されてるじゃないですか! このバーのシーンのあとに、理恵子が和賀に抱かれているシーンが出てきて、まさに「あなたの胸で」の映像化!

シロー うーむ。それはどうやろなあ。たしかに、和賀には大物政治家佐分利信の娘、田所佐知子(山口果林)との結婚が決まっていながら、島田陽子という愛人がいて、という設定やったな。島田陽子がめそめそして、最後に悲劇が訪れる。

ゴロー そうなんです。つまり、この映画の美術スタッフは、高木理恵子の哀しさを、ジュークボックスの面出しに朱里エイコ「恋の衝撃」を入れることでひっそりと表現したんじゃないか。彼女の情念が、このドーナツ盤に代弁されているのではないか、と僕は思うわけなんです。

シロー ……ずいぶんな深読みやけど、まあ、面白い読みではあるわな。じゃあ「かもねぎ音頭」はどうなの?

ゴロー 聴いてみますか、「かもねぎ音頭」

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かもねぎ音頭 中川レオ

配信で聴ける 「カモネギ音頭」

シロー すっごい歌詞やな。カモがネギしょってくる、って、それが客のことかい(笑)。夢に見そうな歌や。

酔わせて 放りだせ  鴨ネギ音頭で がばちょのパッ

ゴロー 来る客を「ねぎをしょったカモ」と言い切る。つまり、この場末のバーがそういう店であるということを表象するために、このドーナツ盤を面出ししたのではないでしょうか。実はこの歌、競作でいろんな人が歌っているのをご存知ですか?

シロー そうなの? みんなで競作するような歌とは思えへんけどなあ。

ゴロー そのひとりが平野レミさん。

シロー ほんま! そういや彼女、もともとはシャンソン歌手やったな。いまは人気料理研究家にして、装丁家・和田誠さんの奥さま。

ゴロー そうなんです。でも、デビューしたもののシャンソンを歌わせてもらえず、おまけにこの曲のプロモーションで、銀座でねぎを背負って歌わされそうになって、それが嫌で料理家に転向したらしいというウワサも。

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カモネギ音頭 平野レミ

シロー ホンマかいな。

ゴロー 本人がブログで綴っています。日本映画史上に燦然と輝く不朽の名作『砂の器』の冒頭に出てくるこの2枚のドーナツ盤は、実は映画の先行きを予告するだけでなく、さまざまな悲哀を表象しているわけですね。朱里エイコさんは、その後、実力よりヒット曲重視の日本の芸能界にずーっと疑問を抱き続けた人みたいです。ぽっと出の、決して歌もうまくないアイドル歌手が大ヒットを飛ばす時代に……。16歳で単身渡米、人一倍努力を積んでデビューした人だから、きつかったでしょうね。からだも壊して何度か入退院を繰り返し、2004年に56歳で亡くなってます。ラスベガスのステージのあと、リンゴ・スターに食事を誘われたのを断ったらしいですよ。

シロー それ、どんな情報や。しかし、改めて聴くとこの人、ホンマに歌うまいな。いま、朱里エイコって、これだけ連呼する機会もあんまりないな。朱里エイコ、朱里エイコ、朱里エイコ……って、これぐらい言っておけば、検索で引っかかるやろ。

ゴロー いえ、彼女は生きています。このドーナツ盤の中に……。というわけで、第1回はめでたく終了~。みなさん、激励のお便り待ってますよ~。

シロー ラジオじゃないっちゅうに。

ドーナツ・シロー

1957年大阪府出身。上京して30年近くになるが、大阪弁がいっこうに抜けない。「シロー」はB面で、A面では古本と昭和に関する著作多数のライター。

http://d.hatena.ne.jp/okatake/

ドーナツ・ゴロー

1958年、名古屋市出身。B面の「ゴロー」としては「100円レコード・ハンターとして全国行脚中。A面は、某社の編集者という噂あり。

構成 / 村崎文香  協力 / おうちギャラリー“GALLERY BIBLIO”

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