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レナード・コーエン急逝。誰もがかなわなかった彼の歌と詩を惜しむ

レナード・コーエン急逝。誰もがかなわなかった彼の歌と詩を惜しむ

一人の女性が死を迎えようとしていた。友人たちは、かつてその女性が一緒に暮らしていた男性に、それを知らせる。すると、その男性からすぐに手紙が送られてきた。それも、これみよがしに同情を寄せるのではなく、愛情あふれる内容の手紙が。 その2日後、その女性は、81年の生涯を終え、穏やかに旅立ったという。

この夏、そんな話が報じられた。切ないが、とても素敵な話だった。女性の名は、 マリアンヌ・イーレンという。かつて、レナード・コーエンが、ギリシアのイドラ島で一緒に暮らしていた女性で、コーエンのアルバム『ひとり、部屋に歌う』の裏ジャケットにタイプライターを打つ女性が写っているが、それが彼女だ。

「さよなら、マリアンヌ」や「そんなふうにさよならを言ってはいけない」といったように、コーエンは、彼女にまつわる歌も幾つか残した。友人のデヴィッド・ブルーも、「冬、ぼくはマリアンヌに恋をした。彼女のたくさんの愛人と同じように」 (「マリアンヌ」)と歌ったことがある。

コーエンの手紙には、こう書かれてあったという。「お互い、身体がボロボロになる時期がきたんだよ」と。そして、「ぼくもすぐきみのあとを追うよ、きみが手を伸ばせば届くほどすぐ後ろにいるんだ。ぼくの古い友人、永遠の恋人に、向こうで会おう」とも。

友人たちがその手紙を読んできかせたとき、彼女は笑みを浮かべ、安らかに眠りについたという。そして、最後の瞬間に、彼女の手を握って「電線の鳥」を歌ってきかせたと、手紙のお礼とともにその友人たちはコーエンに伝えたそうだ。「電線の鳥」もまた、彼女との暮らしの中で生まれた曲だった。

それから3カ月後、レナード・コーエンの急逝がぼくらのもとに届く。新作『ユー・ウォント・イット・ダーカー』が発表されてすぐのことだった。息子アダム・コーエンの献身的な協力がなければ完成されなかっただろうとも言われるほど、 既にコーエンの体調は悪かったらしい。そのせいだろうか、例の歌声も、いちだんと重く、深く、濃く、闇におちていくようにきこえた。

それにしても、いつ頃からだろうと思う。この人の歌声が、それだけで詩そのものにきこえるようになったのは。小説家や詩人としては生計をたてることができずにシンガーへ。デビューしたときは既に30才を超えていた人だ。ボブ・ディランの歌を聴いて、これだったら自分にだってできると歌い始めたと言われるが、事実かどうかぼくは知らない。確かなのは、近年ほどではないにせよ、その頃から、彼の音楽は、成熟し、洗練されていたということだ。

ギリシアを経てニューヨークへ。そこで、ジャニス・ジョプリンのことを「チェルシー・ホテル#2」に書き、ジョニ・ミッチェルには、彼女を残して旅に出た男と歌われた。ちなみに、ぼくの仕事部屋のCD棚には、同じカナダ出身ということもあって、 ジョニ・ミッチェルとレナード・コーエンとがいまも仲良く並んでいる。

「スザンヌ」に「電線の鳥」、「哀しみのダンス」に「テイク・ディス・ワルツ」、「ア・サウザンド・キッシズ・ディープ」に「タワー・オブ・ソング」と、沢山の人が慕い、彼の曲を歌いついできた。「ハレルヤ」のように、ジェフ・バックリーからジョン・ケールまで、他の人の歌で親しまれた曲もある。ジェニファー・ウォーンズのように、全曲、彼の曲でかためたアルバム『フェイマス・ブルー・レインコート』を作った人もいる。

それでも、この人の歌声には誰もかなわない。悠然として威厳があり、それでいて、夜の吐息と戯れるかのように妖しく、艶っぽい。彼の歌を前にしていると、歌を聴くという行為が他人に見られたくないというか、まるで秘めごとでもあるかのようにも思えてくるくらいだった。

彼の歌を聴くためだったら、それだけのために一日を用意する。つまり、人間から生産性を奪い取ってしまうような歌声でもあった。詩人とは、たぶん、そういう存在なのだろうなと、亡くなったいま改めて思うし、そういう人がいなくなった淋しさをつくづく噛みしめているところでもある。

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途方に暮れながら、彼が漕ぎ出す歌という船に乗り、深くて、大きな闇を幾度漂い続けたことかと思う。そして、そこにいつの間にか快感を覚えるようになって、随分とときが経つ。82才。いつもスーツを身に着けたこのおとめ座の大先輩は、預言者のように、また哲学者のように、知恵の言葉を語り、愛の歌を、許しの賛歌を書きつづけた。

最後のアルバム『ユー・ウォント・イット・ダーカー』の表題作は、こんな言葉で閉じられる。「覚悟はできている(I’m ready , my Lord)」と。ぼくのような半端者には、もちろん、その覚悟はない。彼の歌に漂い、迷路のような、暗くて濃い夜が、まだまだ必要だ。それにしても、ここ数日、彼の歌には、月がちょっと明るすぎる、ような気がする。

文 / 天辰保文

レナード・コーエンの楽曲