佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 118

Column

若き日の西城秀樹がカヴァーした洋楽と邦楽をレコードで聴いてみて…。

若き日の西城秀樹がカヴァーした洋楽と邦楽をレコードで聴いてみて…。

「ユニオンレコード」は今から半世紀以上も前の1967年にレコードを販売し始めたショップだった。
それがアナログ・レコードの人気が復活しつつあるという動きから、昨年は新宿で復活してた。

さらに2店舗目として新たに改装した「渋谷PARCO」に、11月22日からオープンしたという。ロックとJ-POPを中心にして新品と中古のレコードが展示・販売されている。

さっそくそこで購入してもらったのは、西城秀樹が芸能界にデビューした翌年、1973年11月7日に東亰で開催れたライブを収録した『HIDEKI RECITAL』である。

これは1974年2月10日に発売された2枚組のアルバムだが、レコードで聴くのは初めてのことだ。

そのアルバムに収められていたカーペンターズの「イエスタデイ・ワンス・モア(Yesterday’s Once More)」(訳詞:山上路夫)を、ぼくはつい先日、西田あいのプロデュースしたときにカヴァーしたばかりだった。
西城秀樹が唄っていたことは最近になってわかったことなので、「なんか偶然だが、縁があるのかなぁ」と思って気になっていた。

そして初めて聴いて感じたのは、「ほんとうに素直に音楽を受け入れて、自分を通して表現しているの歌手」ということでああった。

何よりもそこに西城秀樹の本質があり、彼は亡くなるまでまったくブレがなかったと思う。

小学3年の時にジェフ・ベックのファンになったという西城秀樹は、当時から洋楽ファンであることがよく知られている。
そして小学生の時には兄たちとエレキバンドを結成し、楽器はドラムを担当していたという。

きわめて早熟な音楽少年だったのだ。

そうした頃の真っ直ぐで情熱的な姿が、このライブ・アルバムからは感じられる。

前半にはエルヴィス・プレスリーの「ラヴ・ミー・テンダー(Love Me Tender)やポール・アンカの「クレイジー・ラヴ(Crazy Love)」、ザ・ウォーカー・ブラザーズの「孤独の太陽(In My Room)」など、当時の日本で人気があった楽曲を中心に構成されている。

西城秀樹は1955年4月の生まれだが、幼稚園児のときに水原弘の「黒い花びら」を唄っていて、先生にたしなめられたというエピソードが残っている。
「黒い花びら」は1959年から60年にかけて音楽シーンに衝撃を与えた歌で、日本で最初に誕生したオリジナルのロッカバラードである。

ソングライターは作曲と編曲が中村八大、作詞が永六輔、もうみんな故人となった。しかし日本にロックの時代の到来を告げたという意味で、今でも音楽史に名を残す記念すべき作品であると思う。

そんな「黒い花びら」はかなりむずかしい歌だったが、西城秀樹は5歳前後でそれを唄っていたというのだから、幼稚園の先生もかなり驚いたのではないか。

小学校に入ったばかりの頃にはもう、「ミュージシャンになりたいと思っていた。歌手ではない、ミュージシャンだ」とも話していたらしい。

西城秀樹には間違いなく、ロック・シンガーになる資質が最初からそなわっていたのだ。

広島の高校生だったときにスカウトされて上京し、厳しいレッスンを受けて芸能界デビューしたのは、1972年3月25日の「恋する季節」だった。

そして1972年11月25日に発売された「チャンスは一度」で、野口五郎と郷ひろみに並んで、トップ・アイドルの仲間入りをした。

背が高くてスマート、誰よりも恵まれたルックスだったし、歌手としての才能も突出していたので、そこから一気にスターの道を歩んでいったのは当然だった。

だがぼくはライブ・アルバムを聴き進むうちに、もしかして…と、思わず架空の世界を想像していた。

ここでもう少し下積みの期間が長ければ、そしてロックやR&Bにもっと方向性を特化していれば、彼は世界にまで飛び出せたのではないかと、いまさら望んでも叶わぬ想いが広がってしまったのである。

アルバムのB面にメドレーで唄われたソウルの王者、オーティス・レディングの名曲「トライ・ア・リトル・テンダーネス(Try A Little Tenderness)」を聴いていたときは、同じ時期に日本語でソウルの道を追求し始めたRCサクセションの忌野清志郎を思い出した。

もしもこの二人が日本のロックの双璧となっていたらと想像し、ぼくは見果てぬ夢を浮かべながら、レコードを聴くよろこびのなかにしばらく身も心も浸っていた。

「レコードは情報量が多くていいなぁ」と思いながら、あらためて西城秀樹のファンになりつつある。

西城秀樹の楽曲はこちら

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
久世光彦のエッセイを舞台化した「マイ・ラスト・ソング」では、構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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