サザンオールスターズと昭和・平成・令和元年  vol. 14

Column

「ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)」は、紛れもなくサザンオールスタ−ズの“BRAND-NEW ”となった

「ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)」は、紛れもなくサザンオールスタ−ズの“BRAND-NEW ”となった

今年デビュー40周年を迎えたサザンオールスターズのバンド・ヒストリーを、彼らが生み出した数々の作品から改めて見つめていく。音楽評論家・小貫信昭が独自に紐解く、サザンオールスターズの魅力──。


今回は、『人気者で行こう』(84年7月)を中心に書いてみたい。まずは当時、サザンオールスターズのエンジニアを務めていた池村雅彦氏の証言から…。

『人気者で行こう』は、桑田君から「次は図太く行こう」みたいな話があってスタートしました。
『綺麗』よりも骨太なアルバムを意識してね。
(『サザンオールスターズ公式データブック1978-2019』42ページ)

この件に関連して、筆者が当時、桑田本人から聞いた話はこうだ。彼は『綺麗』(83年7月)を制作したあと、ニューヨークを訪れている。その時、『綺麗』の音源を持参し、向こうのスタジオで聴いてみたそうだ。ところが現地で制作されているアメリカのバンドの音に較べ、いまいち迫力が感じられなかったという。それは各楽器の録音レベル(最初に録った時の楽器の音のデカさ)の問題なのか、はたまた、日本とアメリカの電圧の違い(100Vと120V)や気候の違い(日本は高温多湿なのでアメリカで録音するよりヌケの悪い音になるという説もあった)なのか…。いずれにしても、このアメリカでの経験が、桑田を突き動かしたと考えるのは妥当だろう。

とはいえ、単にスタジオの録り方だけで、それを聴いた音楽ファンが個々の主観のなかでより大きな感動を育む魔法のみたいなものが、インスタントに生まれたりはしない。今、日本ではラグビーがブームだが、まさにメンバー全員が、より一層強固なスクラムを組むことが必要だったのだ。

幸いなことに、この時期、サザンオールスターズは音楽的な意味でも新たなそれを果たし始めていた。誰かの号令のもとで、“揃いのユニフォームを着せられて”の結束ではない。各人がプレイヤーとして、自由な創意工夫を奏でてみた結果、自然に生まれた共通の間合いやバンドのカラーこそが味方となった。加えてコンピューターの活用にも慣れていく。

それはある楽曲の中に、はち切れんばかりに響くことになる。先行シングル「ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)」は、紛れもなくサザンオールスターズの“BRAND-NEW ”となり、その後、ライブの定番曲にも育つのだ。

この曲の、どこが優れているかというと、ベタに言うならアナログとデジタルの(お互いが遠慮し合わない)融合だろう。テクノを思わすイントロに、エレキ・ギターの“よく歌う”フレーズが被さってきた時点で、まさにそれがいきなり提示される。そして最後まで、みんなで演奏を“合わせている”というよりも、全力でやると不思議と“合ってしまう”みたいな佇まいで進んでいく。この曲には(スターウォーズじゃないけど)“フォース”のような導かれるべき場所が顕われていると言っても過言じゃないだろう。

もちろん桑田の曲作りの大きな成果でもある。歌詞は英語のフレーズを効果的に用いつつ、結果として日本語のフレーズこそが勝っている。性愛に絡めたダブルミーニングも散見されるけど、聴き終わった時、この作品は時代に対する“メッセージ・ソング”という印象が強い。

ほかにも『人気者で行こう』には注目曲が多い。まずは「夕方HOLD ON ME」だ。ちなみにこのタイトルを見た時、60年代の洋楽が好きな方は「ユーヴ・リアリー・ゴット・ア・ホールド・オン・ミー」(「You’ve Really Got A Hold On Me」)というザ・ミラクルズのヒット曲(ビートルズがカバーしているのも有名)を想い出すだろう。

実はこのアルバム、歌詞カードは桑田の自筆のものが添えられていて、この曲に関しては、とても面白い工夫がなされている(図版で掲載したかったが、とりあえず説明する)。[夕方]という言葉には、そこから矢印を引っ張って、[you’ve got a〜みたいに受け取って下さい]と、わざわざ注釈を加えているのだ。さらに[曖昧]には、[I might not〜みたいに信じて下さい]、と。

当時、彼が“日米ソラミミ同音異義語”のようなものを作詞に活かそうと考えた結果だ。でも、作詞という行為を畏まったものにせず、バンド内の日常会話での言葉遊びのようなものも、反映された結果ではなかろうか。

他にも今回、改めて聴いてみて“これはスゴイ”と思ったのは「女のカッパ」だ。高揚しそうで冷静に沈み、独特な感情を縫い取っていく特徴あるコード進行は、紛れもなくスティーリー・ダンへのオマージュと思える。しかもそれが、“なんちゃって”ではなく様になってる。彼のミュージシャンとしての、真の実力が届く。

最後に、なぜこのアルバムは『人気者で行こう』というタイトルなのかを推測してみた。リリースされる前年(1983年の8月6日)、サザンオールスターズは札幌で「Super Jam ’83」 に出演し、RCサクセションと共演している。その時、桑田はRCの、“ロック”を貫く姿に感動する。しかしそれは、“自分達は方向性の違うバンドである”という自覚にもつながったのではなかろうか。ここでいう“人気者”とは、“常に時流と対峙しつつ表現していく者”、みたいなニュアンスなのだろうと理解している。

文 / 小貫信昭

ALBUM『人気者で行こう』
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