LIVE SHUTTLE  vol. 78

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大江千里、歌わない凱旋JAZZライブ。渡辺美里もサプライズ登場

大江千里、歌わない凱旋JAZZライブ。渡辺美里もサプライズ登場

大江千里のツアー “Answer July“~Jazz Song Book~を、ブルーノート東京で観た。東京公演2日目の1stステージは、リッラクスした雰囲気の中、満員のオーディエンスが食事をしたり飲み物を楽しみながらライブを待っている。

大江千里 BLUE NOTE

 9月にリリースした『answer july ~Senri Oe Jazz Song Book~』は4作目にして自身初となる全曲ボーカル入りのアルバムとなった。ニューヨークで得たミュージシャンの知己がこのアルバムの原動力となり、自身もジャズシンガーであり作詞家のジョン・ヘンドリックスやジャズシンガーのシーラ・ジョーダンなどのレジェンドたちが参加。ソングライター大江千里のヒューマニティあふれる世界観が堂々と表現された好アルバムとなっている。

 また、ピアニストとしても本領を発揮。歌に寄り添うプレイがとても心地よい。プロデューサーとして焦点を絞った作品作りを果たしたことは、大江千里のキャリアの中でも一大エポックとなることだろう。

 そして『answer july ~Senri Oe Jazz Song Book~』を掲げたジャパン・ツアーは、この日の2ndステージでファイナルを迎える。僕が観たのは、ファイナル直前のライブだった。大江千里 BLUE NOTE

 開演時間になると、ベースのジム・ロバートソン、人気のジャズボーカルグループ、ニューヨークボイシズの女性ボーカルのローレン・キンハン、そして大江千里の3人が笑顔で場内に現われた。千里はピアノの前に座ると、すぐにスゥイングするリズムでイントロを弾き始める。応えてローレンが歌い出す。彼女がリリックを書いた「Without Moon or Rain」で、長い付き合いの大人の男女の歌だ。

 ローレンがワンコーラス歌うと、千里がピアノ・ソロに入る。僕の席から見えるのは、千里の背中。その背中から千里が繰り出すソロは、素直なタッチですっと心に入ってくる。まったく無理を感じさせない演奏で、3人の人柄がそのまま出たような心地よいものだった。

 終わると千里が椅子から立ち上って一礼する。

「最終日、千秋楽です。ようこそおいでくださいました。今回のアルバムで3曲の作詞と、その3曲を歌ってくれたローレン・キンハンです」と紹介。客席から拍手が起こる。「今回のこの日本ツアーでは、他の曲のボーカルをすべてローレンがアレンジメントしてくれました」。また大きな拍手が起こる。

千里 このメンバーで演奏するのも、残りあとわずか。I’m gonna miss you,Lauren.

ローレン I’m gonna miss you already, too!

 そんなやり取りの後、今度はアルバムのオープニングを飾った「Tiny Snow」のイントロの、エレガントなピアノを千里が弾き始める。曲はそこからユーモラスなリズムに変わっていく。大江千里 BLUE NOTE

 作詞はジョン・ヘンドリックスで、アルバムではシーラ・ジョーダンが歌っていた。このレジェンド・コンビの作品を、千里が言っていたようにローレンは自分流に歌う。一つ一つの言葉がはっきり聞き取れるのはローレンの実力であり、このプロジェクトにとって歌詞が非常に大切にされていることがわかる。

 千里は自分のジャズにとってのボーカルの位置付けを、こう語っていた。「ボーカルも楽器(インストゥルメンタル)の一つ。そこに言葉が乗っている」。それはシーラの歌を聴けば明らかで、シーラの歌は自由度が高く、ある意味で“ラップ”のように言葉のライム(韻)で遊びながら即興でメロディを作っていると思われる節がある。それに対してローレンも、彼女の感覚で歌詞の言葉を自由に歌う。それが許されるのは、どう歌ってもきちんと言葉が届くという最低限で最大限のルールを守っているからだ。

 この「Tiny Snow」は、“雪は必ず融けて、春になる”という真理を歌っているのだが、ローレンは♪MOTHER NATURE(母なる自然)♪という言葉を明快に発音して、日本人のリスナーたちにもきちんと伝えていた。

 ワンコーラス目の終わりで、彼女はメロディの終わりの音を上から下へ1オクターブ下降して締めくくる。すると千里は、その音を引き継ぐようにピアノ・ソロに入った。さらにそれを引き継いで、次はジムが短いベース・ソロを取る。再び歌に戻ったら、今度はローレンがスキャットでアドリブを開始。千里は小刻みにピアノのキーを叩いて、“トリル”でローレンに応える。ジムもベースをタップして(注:ベースの弦を弾きながら、ネックを叩くテクニック)、弾むようなローレンのボーカルを盛り立てる。2曲目にしてこのトリオの息がピタリと合った演奏になり、会場は“千里ワールド”に引き込まれていった。

 千里のピアノをライブで聴くと、彼がテクニック至上主義ではなく、何かを伝えるために楽器を弾いているのがよく分かる。簡単に言えば、彼は歌を徹底的に活かすピアノ弾きだ。邪魔をしないというと否定的に聴こえるかもしれないが、歌のバックで弾くことの極意を、千里はよく心得ている。それは彼自身がボーカリストであることに関係している。『answer july ~Senri Oe Jazz Song Book~』で千里は歌っていないが、このアルバムで歌っているボーカリストたちは、千里のピアノによく反応して歌を組み立てている。このライブではローレンが一人で何役もこなしているが、千里はそのどの役をこなすローレ ンをもピアノで寄り添いサポートする。そのことが“ピアニスト大江千里”のカラーを醸し出していた。とても味のあるピアノ・プレイだった。

「ツアーで毎日、乗り打ち(演奏する日にその土地に入って、夜に演奏すること)して、短いけど3人は家族みたいに過ごしました。今日のブルーノートは売切れ。たくさんのみなさんに支えられて、ここに立ててます。今日は3人で思う存分やりますので、よろしく」。大江千里 BLUE NOTE

 アルバム・タイトル曲「Answer July」を季節感たっぷりに演奏した後、一度、ローレンはステージを去り、ピアノとベースのデュオ編成になる。5拍子を織り交ぜた「AKIUTA」は、トリッキーなリズムなのに楽しく聴かせる。終演後、千里にこの曲のことを尋ねると、「日本人って五七調が得意だから、変拍子は意外に難なくできて自然に聴こえるんですよ」と答えてくれた。

 緩急自在のデュオで3曲楽しませてくれた後、ローレンがステージに帰ってきて、ライブは佳境に差しかかる。

 この日の僕のいちばんは、「The Very Secret Spring」だった。理知的なピアノのイントロから始まる珠玉のバラードだ。オーディエンスも静かに聴き入り、深くリラックスしている。♪I once held for you(そう 一度は貴方に抱いていたあの想いを)♪という最後のフレーズの“you”を、ローレンが丁寧に歌ってゆったりお辞儀をすると、夢から醒めたようにオーディエンスから大きな拍手が巻き起こったのだった。

 その後も、一杯のワインがあればいいというジョンヘンドリックスと千里の共作「Just A Little Wine」をじっくり聴かせる。この曲の途中で、マーサ・グラハム舞踊団プリンパル・ダンサーとして活躍する折原美樹が突然ステージに現われて、パフォーマンスを披露した。

 圧巻は本編ラストの「Mischievous Mouse」だった。“世界一有名なネズミ”を題材にしたファンキーな歌で、アルバムではシーラ・ジョーダンが自由自在に歌っていた。今回は、その“ローレン・バージョン”というわけだ。

 ローレンが千里と目と目を合わせてスキャットすると、どんどん演奏がヒートアップしていく。ローレンがジムを指さすと、それを合図にベース・ソロへ。すると、千里が立ち上がって踊り出す。ジャズの楽しさ満載のジャムセッションで、会場からはハンドクラップが起こり、おおいに盛り上がる中、ライブは一度、幕を閉じた。「ジャズは難しいものじゃない。気楽に楽しんで欲しい」という千里のメッセージそのままのライブとなった。大江千里 BLUE NOTE

 いつまでも拍手が鳴りやまない。間もなく3人がステージに戻ってきた。千里が話し出す。

「今年は熊本で地震があって、どうしたらいいんだろうと思って、“KUMAMOTO”という曲を書きました。千秋楽にみなさんにぜひ聴いて欲しくて、今日は“全身全霊歌うたい”の人に来てもらいました」と千里が一言だけ紹 介してステージに上がってきたのは、なんと渡辺美里だった。大きなどよめきと拍手が起こる。

大江千里 BLUE NOTE

美里 千秋楽、おめでとうございます!

千里 いつも励ましてもらってます。

美里 進化し続ける千里さんの人生に、いつも感動してます。

千里 でもローレンさんと美里さんが、楽屋でメイクしながらギャルトークしているのは、なかなか見れないレアな光景でした。

美里 (笑)大切な想いを込めて、みなさんに“KUMAMOTO”を届けたいと思います。

 このサプライズに会場はおおいに沸く。そして美里とローレンがハモる“KUMAMOTO”は素晴らしかった。本編とはテイストは異なるが、これも千里の音楽なのだと素直に納得できた。大江千里 BLUE NOTE

大江千里 BLUE NOTE

メンバーを送り出した後、千里はシンガーソングライター時代の曲をピアノで演奏する「大江千里 Senri Oe Medley」をオーディエンスにプレゼントしてライブを終えた。

 歌わなくても、大江千里の世界がそこにあった。伝えたいものが確固としてあった。彼はジャズが誰もが楽しめるポップアートであることを、この夜、自ら体現してくれた。自分のジャズの表現スタイルを発見した千里は、かつてユニークなシンガーソングライターとして音楽シーンを揺さぶったように、また新しいエンターテイメントを切り拓いてくれるだろう。そんな予感のしたライブだった。大江千里 BLUE NOTE

文 / 平山雄一  撮影 / 仁礼 博

セットリスト

「Answer July ~Jazz Songs Book~」
2016.11.5 Blue Note TOKYO 1st Stage

1. Without Any Moon or Rain

2. Tiny Snow
3. Answer July
4. House Keeping
5. Akiuta
6. The Adventure of Uncle Senri
7. Very Secret Spring
8. Just A Little Wine
9. Mischievous Mouse
アンコール
10. 大江千里
11. KUMAMOTO
《For Just in case》
12. Intellectual Lover

リリース情報

answerjuly-m
大江千里
『answer july』~Senri Oe Jazz Song Book~

2016年9月7日発売
【初回生産限定盤/CD+DVD+フォトブック】
VRCL-10130~10131 ¥4,500(Tax In)
【通常盤/CD】
VRCL-10132 ¥3,000(Tax In)

1.Tiny Snow
2.Answer July
3.Without Moon or Rain
4.Just A Little Wine
5.You and Me
6.Very Secret Spring
7.Mischievous Mouse
8.The Garden Christmas
日本盤ボーナストラック
「KUMAMOTO」

大江千里

1960年9月6日生まれ。NY在住。 1983年にシンガーソングライターとしてエピックソニーからデビュー。
2007年末までに45枚のシングルと18枚のオリジナルアルバムを発表。音楽活動のほかにも、俳優として映画やテレビドラマに出演。NHK「トップランナー」のMC、ラジオ番組のパーソナリティのほか、エッセイや小説も執筆。 2008年ジャズピアニストを目指し、NYのTHE NEW SCHOOL FOR JAZZ AND CONTEMPORARY MUSICへ入学。ジャズピアノ専攻。AARON GOLDBERG やJUNIOR MANCEなどのピアニストに師事。2012年卒業。
2012年7月、ジャズピアニストとしてのデビュー作『BOYS MATURE SLOW』を全米発売。2013年9月に『SPOOKY HOTEL』を発売。日本ではBILLBOARD JAPAN JAZZ CHARTSでともに1位を獲得。『BOYS MATURE SLOW』は雑誌ジャズジャパン(元スイングジャーナル誌)主催のNISSAN PRESENTS “JAZZ JAPAN”AWARD 2012でTHE ALBUM OB THE YEAR : NEW STARを受賞。2013年、自身が率いるビックバンドで東京ジャズ2013に参加。2015年2月14日に3枚目のアルバム『COLLECTIVE SCRIBBLE』を発売。同年4月には、ポップミュージシャンからジャズピアニストへ。 勇気と努力と音楽と仲間たち。心揺さぶられる感動のリアルストーリー。【カドカワ・ミニッツブック】で24回連載したものをまとめた単行本、『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』を発売。
そして、2016年7月5日、New Album『answer july』を発売。4枚目にして初の全曲ボーカルもの。発売日にNYの「The Jazz Gallery」で行ったライブでは、チケット販売後すぐにSOLD OUTとなり、大盛況を収めた。
現在、ベースとなるNYで毎月最終木曜日に、ライブを行いながら自身のアルバム製作のみならず、アーティストへの楽曲提供や、NY在住のジャズアーティストの発掘にも乗り出している。

オフィシャルサイト
Senri Oe – Jazz Pianist in NY
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