Interview

秦 基博 『コペルニクス』と題した4年ぶりの新作で彼はどんな“新しい自分”に挑んだのか?

秦 基博 『コペルニクス』と題した4年ぶりの新作で彼はどんな“新しい自分”に挑んだのか?

オリジナル・アルバムとしては4年ぶりとなる新作『コペルニクス』が届いた。
2年前にデビュー10周年を記念した横浜スタジアムでのライブ、そして初のオールタイム・ベストをリリース。そこまでの10年のキャリアにひと区切りをつけた彼は、しかしそこで歩みを止めるのではなく、じっくり時間をかけて自らの音楽性をさらに広げることに取り組んでいたようだ。
新作は、大きな転換を連想させるアルバム・タイトルの通り、サウンド・メイクやリズムの解釈に野心的な試みも織り込みつつ、同時にシンガーソングライターとしての変わらぬ彼の魅力も詰め込んだ意欲作だ。
ここでは、その制作を振り返ってもらいながら、そこで彼が実現しようとした音楽的野心と音楽に対する真摯な思いについて語ってもらった。

取材・文 / 兼田達矢 撮影 / 鈴木圭


6枚目のアルバムの初動としてどうするのがいいのかな?と思った時に、“浮かんだら、書く”っていいなと。

2年前のベスト盤リリースの際のインタビューで「それまでの10年で“自分はこういうふうにやる”というものは構築できた」というお話をいただきました。その秦さんが、新しいアルバムを作る、しかも『コペルニクス』というタイトルだと聞いて、その“自分はこういうふうにやる”というところから「コペルニクス的転換」を図ったような作品になるのかな?と想像したんですが、実際のところ、新しいアルバムを作ることになった時にはまずどんなことを考えましたか。

おっしゃっていただいたように10年かけて、特にデビューして最初の5年間は自分のやり方を作る期間だったと思うんです。そして、その後の5年でそのやり方をブラッシュアップしていって、だから自分のやり方というものが10年かけて出来上がったような感覚があって、さらにはベスト盤のリリースとその後のアリーナ・ツアーと横浜スタジアムでのライブと続く中で、その自分の10年を総括する場面がすごく多かったんです。加えて、いろんなことがフラットになるタイミングでもあったので、その自分の中で構築されたやり方も、一度壊してもいいのかなと思うようになってきたんですよ。

秦 基博 エンタメステーションインタビュー

スクラップ・アンド・ビルドというのが進歩の常道ですよね。

ただ、壊すとは言っても完全に壊してしまうのではなくて、「アルバムをここまでに作る。となると、ここまでに何曲作る」というようなサイクルが出来上がっていたので、そのサイクルを一度外れて、感覚的にはちょっとアマチュアの頃に近いというか、“浮かんだら、書く”というやり方をやってみてもいいんじゃないかなって。何曲書くという数も決めずにやっていくっていう、そんな日々が過ごせたらいいなと思ったんです。幸い、そのひと区切りついたところでわりと時間的な余裕はあったので、そういうことをやってみるにはいいタイミングかなと思って、横浜スタジアムを終えた後の半年くらいは、本当にそういう日々を過ごしました。

キャリアの節目を迎えて、しかも大きなライブをやり終えた後というのは、何もやる気が起こらないという状態になるアーティストも少なくないですが、秦さんはやり方を変えたことはあったものの、すぐに次の創作に取り掛かっていったわけですね。

そういうことになりますけど、でもその前の、ベストを出して横浜スタジアムのライブを終えるまでの期間がけっこう長くて、その間はあまり創作に向かうことがなかったので、そういう意味では「創作から離れた時間があって創作に向かう時間へ」という流れではあったんです。だから、横浜スタジアムが終わった頃には、“いよいよ6枚目のアルバムを作ろう”という気持ちにはなっていたので、その初動としてどうするのがいいのかな?と思った時に、“浮かんだら、書く”っていいなと。曲が生まれた、こぼれ落ちた、という感覚を味わうような期間を過ごせたらいいなと思ったんですよね。

実際にやってみて、浮かびましたか。

いくつか浮かんで、今回のアルバムに入らなかったものも含め、数曲作りました。その中には、アルバムに向かっていく感覚が強い曲とそうじゃない曲というか、今やりたいと思う曲と、浮かんできたので作ってみたけど今じゃないなという曲があったんです。具体的には、「Raspberry Lover」「アース・コレクション」「9inch Space Ship」の3曲はその時点で元になるものができていて、そこから自分のやりたいサウンド感みたいなものがより具体的になっていき、そこでいよいよギアを上げて、“他にどういうバリエーションの曲を描きたいか?”とか“アルバム・トータルではどう考えるべきか?”といったことを考える方向にシフトしていきました。

僕のなかで、“いいメロディ”というものについての価値観が少しずつ変化してきていると思うんです。

いくつか浮かんだものからやってみた曲に、“今やりたい”と思った曲たちについて、何か共通性というか方向性みたいなものを感じるところはありましたか。

それぞれの曲の特色というのはわりとバラバラなんですけど、作ろうとしているサウンド感には自分のなかでは共通点があって、6枚目のアルバムに向けた今の自分のモードがすごく形になっているんじゃないかなと思いました。その時点では、それが具体的にどういうことなのかということまでは考えていなかったんですけど、おそらくは“リズムが歌に対してどうあるか?”ということ、“それに上モノをどう装飾していくか?”というあり方のことだろうなとは思ったんです。

「おそらくは」と言われましたが、その意識の内容が作業を進めていくなかでどんどん明らかになっていったわけですか。

そうですね。それは、歌とアコギというものがやはり中心にあって、リズム・トラックは生も打ち込みもありますが、とにかく低音を支える何かがあって、上モノとしてはストリングスとシンセがこのアルバムの特色になっていて、逆に今回はエレキギターが1曲も入っていないんですよね。もっと言えば、真ん中には歌とアコギがあって、その上と下の帯域ではけっこう楽器が鳴ってるんですけど、真ん中は大きくスペースを空けて歌とアコギだけがある、という音の作りを目指していきました。

秦 基博 エンタメステーションインタビュー

“浮かんだら、書く”というスタンスで臨んでいた時期に出てきた3曲が、説明してくださったような方向性を内包していたのは、それ以前に秦さんがそういうサウンドを耳にして心惹かれていた、というようなことでしょうか。

実は、というか、このアルバムで一番古いのは「花」という曲で、2015年の暮れに作ってるんですけど、その時点でもうエレキギターは入っていないんですよね。リズム・トラックも打ち込みで、ストリングスが入っていて、という。つまり、この『コペルニクス』の世界がその時点でもう始まっているので、その頃からもう自分の中の音楽的な志向としてエレキギターの必要性がどんどん減ってきていたのかなという気はします。

今回の新作についての最初の取り組みとしては“浮かんだら、書く”というやり方の話だったわけですが、無意識レベルでは音楽の中身についても既にイメージがあったということでしょうか。

きっとそうだと思います。もちろん“浮かんだら、書く”というスタンスでやっていた時期には「エレキギターをなくそう」という意識を言葉にすることはなかったし、エレキギターを入れた曲のデモも作ったりしていました。それでも、“この曲を今度のアルバムに入れよう”と思った曲たちは、エレキギターがあまり重要性を持っていない曲だったんですよね。でも…、さっき話した3曲を今回のアルバムに入れることにしたのは、そのことだけが理由ではなかったと思うんですけど…。

その3曲に共通する、もっと大切なポイントがある、ということですね。

歌に対してのリズムをどう広げるか?という意識が自分の中にあって、そこのポイントで面白いことがやれているということが、その3曲の大事な共通項だったんじゃないかなという気がしますね。

秦 基博 エンタメステーションインタビュー

秦さんの音楽に対する一般的なイメージとして「いいメロディをいい声で歌う」ということがあると思うんですが、そういうイメージとは違う音楽をやってみようという気持ちの流れだったんでしょうか。

僕のなかで、“いいメロディ”というもの、つまり“何をカッコいいメロディとするのか?”とか“自分がグッとくるのはどんなメロディか?”というところの価値観が少しずつ変化してきていると思うんです。海外でヒップホップやダンス音楽がシーンの真ん中にある感じからの影響というか、僕はそういう音楽をすごくたくさん聴いていたわけではないけれど、シーン全体にすごく影響を及ぼしていて、僕もその影響を受けていると思うんです。だから、言葉のリズムやメロディのラインについて今いいと思うものは少しずつ、でも確かに変わっていってるのを感じるんですよ。その“今いいと感じているもの”を、自分で作っていったという感じなんですよね。そうすると、メロディの書き方やリズムの置き方が変わってきたっていう。だから、元々あるものから離れていくというよりは、いいと思えるものの内容が変わっていってるということなんですよね。自分の感覚としては、リズムがメロディに寄って行き、メロディがリズムに寄って行ってるところもあるような気がしていて…。前はもう少しリズムとメロディが分離していたというか、メロディアスなものはあくまでメロディ中心という感じだったような気がするんですけど、今はもっとリズムとメロディが混ざり合っているような気がしていて、そういう感覚が今回のアルバムには表れているような気がします。

今回のアルバムの曲で一番古い「花」を作った時点で『コペルニクス』の世界がもう始まっていたという話がありましたが、いま話してくださったメロディやリズムに対する意識の変化の影響も、「花」に感じるところはありますか。

ありますよ。特にAメロ部分のギターのリズムに対する歌メロの乗せ方であるとか、曲自体の世界観としては美しいものなんですけど途中から入ってくる打ち込みの音色が歪んでいたりして、そういうバランスはまさにこのアルバムの世界に合ったものだと思います。

やっぱり、歌なんだと思うんですよね。歌が一番、自分の世界を決めるものだと思います。

アルバムの制作過程を振り返る話に戻ると、最初の半年くらいは“浮かんだら、書く”という日々を過ごしていたということでしたが、その後のどこかで、「この時期にアルバムを出す」という決まって動き出すタイミングがあったんですよね?

ありました。ありましたけど、いつだったかなあ(笑)。とりあえず僕自身も、2019年中には出したいという気持ちがありましたから、そこから逆算して作り始めることになったと思いますが、それは…2017年の後半だったような気がします。

“浮かんだら、書く”という時期はアマチュア時代に近い感じだったと言われましたが、その2017年後半あたりでまたプロのモードに戻っていったわけですね。

プロかどうかはわからないですけど(笑)。「○○までに仕上げる」ということをしっかり意識して作ることになっていったわけですけど、音楽の内容も含め、アルバムに一直線に向かっていくようなモードに入っていきましたね。

そうなると、あとは自分ががんばるだけ、という感じでしたか。

前作の『青の光景』は自分で全部アレンジするということをやって、それは一度やり切った感覚があったので、今回はどなたかと一緒に自分のやりたいことに向かって作っていけたら面白くなるんじゃないかなという気持ちがありました。それでトオミ ヨウさんにお願いして、その時点でできている曲のアレンジのプリプロを一緒に始めたのが2017年の暮れくらいだったんですが、それと並行して新しい曲を書いたり、詞を書いたりという作業を進めていきました。

秦 基博 エンタメステーションインタビュー

トオミさんにアレンジを依頼したのは、何かきっかけがあったんですか。

土岐麻子さんのアルバムを好きで聴いていて、“このカッコいい音は誰が作ってるんだろう?”と気になったので調べてみるとトオミさんで、さっきお話したサウンドのイメージをトオミさんと一緒に作ると面白いものになるんじゃないかなと思ったんです。だから、トオミさんとお会いした時にも、最初に「今回のアルバムはエレキギター無しで、ストリングスとシンセで彩りを付けるという形で作りたい」という話をしました。

そうしたサウンド・イメージの実現の仕方や、先に「大事なポイントだと思う」と言われた歌いに対するリズムの充て方を意識して聴くと、随所にチャレンジングな展開が織り込まれていることにも気づきますが、それでもやはり全体としては歌詞が伝えるものの確からしさというかリアリティーが印象に残る作品だと感じました。

やっぱり、歌なんだと思うんですよね。歌が一番、自分の世界を決めるものだと思います。もちろん、やりたいサウンドはあるんですけど、最終的には歌が何を言うか、歌がどういう位置にあるかということが全ての基準になっているので、言葉の選び方にしてもサウンドにしても、全ては自分が歌として何を届けられるかということのために存在していると思うんです。その広がり方や彩り方については、“今はこういうふうにやりたい”というものがその時々で変わりますが、その根本にある自分の言葉とメロディを自分で歌うというところは全く変わらないですね。

アルバムを通して、音で遊ぶ、言葉で遊ぶという感覚というか、それ自体を楽しむというものができたらいいなという思いがあったんです。

このアルバムのわかりやすい特徴の一つは、2つのインスト曲を目印にしてアルバムが前半と後半で分けられた構成のようになっていることですが、このアイデアはどんなふうに生まれたんですか。

アルバム制作期間の半ばくらいの時期だったと思うんですが、まずコペルニクスという言葉が浮かんだんです。アルバム・タイトルとして。その時に“じゃあ「天動説」と「地動説」という2曲のインストを入れたら、アルバム全体でよりコンセプトが深まるし、アルバムを通して聴いた時の面白味が増えるんじゃないかな”と思ったんですよ。つまり、アルバム・タイトルとその構成のアイデアをセットで思いついたんです。しかも、その2曲のインストはメロディは同じでコード進行を逆転させるというアイデアもあったので、そうしたアイデアの全部が自分の中で一気にまとまって作業が進んでいきました。構成は、結果的にレコードのA面/B面みたいな感じになりましたが、そこまで意識していたわけではなくて、僕としては“2曲のインストを入れるなら、こことここ”という考え方だったんですよね。

アルバム・タイトルとしてコペルニクスという言葉が浮かんだ時に、どうしてその言葉にピンと来たんだと思いますか。

アルバムを通して、音で遊ぶ、言葉で遊ぶという感覚というか、それ自体を楽しむというものができたらいいなという思いがあって、その気持ちと、音楽の転換点というか新しい自分みたいなことを表す言葉としてコペルニクスを選ぶことが近いニュアンスなんじゃないかなという気がしたんです。“転換点”とか“新しい自分”というものを表す言葉は他にもあると思うんですけど、それをコペルニクスと言うということが、このアルバムを通してやろうとしている自分のスタンスとすごく近しいように思えて、それでピンと来たんだと思います。

秦 基博 エンタメステーションインタビュー

最後に、来年3月に始まるツアーについても聞かせてください。

アルバムのツアーとしては4年ぶりになります。この「コペルニクス」の世界観を再構築していきたいと思っています。あとは、もちろん、全国いろんなところに行くので、みなさんと一緒に楽しみたいですね。

ライブでも、秦さんの新しい世界を感じられそうですね。楽しみです。ありがとうございました。

その他の秦 基博の作品はこちらへ。

ライブ情報

“HATA MOTOHIRO CONCERT TOUR 2020-コペルニクスー”

3月4日(水) 埼玉・大宮ソニックシティ 大ホール
3月8日(日) 香川・レグザムホール(香川県県民ホール)
3月13日(金) 兵庫・神戸国際会館こくさいホール
3月18日(水) 大阪・フェスティバルホール
3月29日(日) 石川・金沢歌劇座
3月31日(火) 愛知・名古屋センチュリーホール
4月3日(金) 福岡・福岡サンパレス
4月7日(火) 大阪・オリックス劇場
4月11日(土) 広島・広島文化学園HBGホール
4月15日(水) 京都・ロームシアター京都
4月19日(日) 北海道・札幌市文化芸術劇場hitaru
4月24日(金) 宮城・仙台サンプラザ
4月29日(水・祝) 岩手・岩手県民会館
5月2日(土) 滋賀・びわ湖ホール
5月10日(日) 群馬・高崎芸術劇場
5月15日(金) 静岡・静岡市文化会館
5月21日(木) 神奈川・横浜アリーナ

秦 基博

宮崎県生まれ、横浜育ち。2006年11月シングル「シンクロ」でデビュー。
“鋼と硝子で出来た声”と称される歌声と叙情性豊かなソングライティングで注目を集める一方、多彩なライブ活動を展開。2014年、映画『STAND BY ME ドラえもん』主題歌「ひまわりの約束」が大ヒット、その後も数々の映画、CM、TV番組のテーマ曲を担当。デビュー10周年を迎えた2017年5月には横浜スタジアムでワンマンライブを開催。初のオールタイム・ベストアルバム『All Time Best ハタモトヒロ』は自身初のアルバムウィークリーチャート1位を獲得、以降もロングセールスが続いている。
2019年3月、♬ SoftBank music project テレビCM「卒業」篇CMソング「仰げば青空」を配信限定リリース。5月公開の映画『さよならくちびる』でW主演の小松菜奈・門脇 麦が劇中で演じるギターデュオ“ハルレオ”が歌う同タイトルの主題歌「さよならくちびる」の作詞・作曲・プロデュースを手掛け話題を呼んだ。
10月20日(日)には生まれ故郷・宮崎県日南市での初の凱旋ライブとなる野外イベント「日南市合併10周年記念“HATA EXPO”in 飫肥城下町」(ゲスト:森山直太朗・レキシ)を開催、12月には「MTV Unplugged」への出演も決定している。

オフィシャルサイト
http://www.office-augusta.com/hata/

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