サザンオールスターズと昭和・平成・令和元年  vol. 19

Column

いかにして「真夏の果実」は熟し、「希望の轍」は刻まれたのだろうか

いかにして「真夏の果実」は熟し、「希望の轍」は刻まれたのだろうか

2018年にデビュー40周年を迎えたサザンオールスターズのバンド・ヒストリーを、彼らが生み出した数々の作品から改めて見つめていく。音楽評論家・小貫信昭が独自に紐解く、サザンオールスターズの魅力──。


桑田はなぜ、映画『稲村ジェーン』(1990年)を監督しようと思ったのだろう。でも、すでに『モーニングムーンは粗雑に』(1981年)で音楽監督を経験し、その後も自分たちのMV制作などを経て、さらなる映像作品への意欲が沸き上がったとしても不思議じゃない。もちろん、映画一本となればひとつの事業ともいえるわけだし、周囲の環境も整ったからこそなのだろう。

今、その時の成果として残されたのが、同名のサウンド・トラック・アルバムがある。もちろんサントラなので、あくまで音楽に関しては映画に付随した部分が多い……と、思いきや、必ずしもそうではなかったようだ。以下、桑田の回想である。

映画を撮りながらレコーディングをして、台本を手直ししたり、(中略)音楽と映画の二股かけながら『稲村ジェーン』に向かっている状況というのがあった。
(『月刊カドカワ』1992年12月号 P.48)

例えばこうだ。「真夏の果実」という作品が生まれたことにより、台本の方向性にも影響を及ぼしたのである。逆のケースとしては、映画のラッシュ映像にインスパイアされ、楽想を思い浮かんだこともあった。

基本、映画の音楽を作るとなると、いつもと決定的に違う状態にもなったろう。それは、よく問題となる詞先・曲先にまつわること。普段の曲先は、とはいえ後で歌詞を乗せる苦労が頭にあるので、すでに漠然とでもコトバを探しつつの曲先であることが多い。しかし映画の音楽の場合、必ずしも歌にする必要はない。ちょっとしたシーンを彩るインストゥルメンタルを書いても構わない。こうした環境が、作曲家・桑田佳祐の新たな扉を開けたのだ。

さらにこの時期といえば、キーボード奏者の小林武史との密なスタジオ・ワークにより、サザンオールスターズに新たな方法論が導入されたのだ。両者が化学反応を起こし、それまでのJ-POPにはなかった強度と透明度をもつ音楽が生まれた。あの名作「真夏の果実」である。

レコーディングにまつわるエピソードは様々あるのだが、そもそも印象的なのは、冒頭に響くイントロど頭の“♪ソ・ド・ソ”、である。宇宙からの信号のようでいて、人の心を瞬時に掴むあの響きからして画期的だった。

この件に関して桑田は、「俺がペギー・リーみたいにやりたいなと言っていて、それが(イントロの)ハープ的な音を喚んだ」(“喚(よ)んだ”の表記は原文のまま。『月刊カドカワ』1992年12月号 P.37)と発言している。

ペギー・リーは歌手、女優、作曲家としても活躍した大スターだが、彼女のアルバムで桑田が幼少のころ、音楽好きの大人が親しんでいた作品に『貝がら』があり、これはハープやハープシコードの伴奏によるものだった。なので、彼がこの時、スタジオでイメージしたのはそれだったのかもしれない。

さて、曲が進み冒頭の“♪ソ・ド・ソ”が意識の隅に引っ込んだかと思うと、“♪ソ”の音を起点に再び冒頭のイメージがうっすら浮き上がる。最後の最後、サビの駆け上がり方が[こんな夜は涙見せずに]と大胆に変化し、それまで溜まりに溜まっていた感情が一気に突き抜けていくのである。

歌詞の[真夏の果実]はいつしか[涙の果実]へと変わっていた。最後の最後。再び“♪ソ・ド・ソ”がくっきり浮かび上がり、時が一巡するかのように終わっていく。これらのアレンジ面での意匠も、飛び抜けて優れた楽曲なのである。

『稲村ジェーン』のもう1曲忘れられないのが「希望の轍」だ。シングル・カットされたわけじゃないのに、気づけばサザンの代表曲になっていた。まさに“ライブで育った作品”でもある。疾走感が信条ではあるが、単に突っ走るだけじゃなく、スピードに緩急がつくあたりがライブ会場ではより一層観客たちの興奮を呼び覚ます。

この曲は映画『稲村ジェ−ン』の内容とも関係も深いのではと思う。物語のなかで疾走感を担っていたのはダイハツ・ミュゼットで、この車で砂浜に残したタイヤの跡こそが“希望の轍”だったのではという解釈も可能だろう。

ところでこの曲は、なぜ“ライブで育った”のだろうか。原由子のキーボードも大きいのではなかろうか。もはやイントロが聴こえた瞬間、感動のスイッチがカチッと音を立てるわけだが、それは彼女の弾きっぷりの良さにも起因するのだろう。そもそも原が尊敬するのはリトル・フィートのビル・ペインやレオン・ラッセルであり、「サザンロック系の男臭い人達なので、自分も出来るだけ男っぽく力強い演奏をと意識してます」(『あじわい夕日新聞』 P.88)とのことである。

『稲村ジェーン』には「東京サリーちゃん」のように、次のアルバム『世に万葉の花が咲くなり』(1992年)へと続いていく作品も収録されている。次回はそのあたりを書くことにしたい。

文 / 小貫信昭

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