サザンオールスターズと昭和・平成・令和元年  vol. 20

Column

歴史に名を成す最強作『世に万葉の花が咲くなり』。亀が泳ぐのが神保町なのは、意味あることなのである。

歴史に名を成す最強作『世に万葉の花が咲くなり』。亀が泳ぐのが神保町なのは、意味あることなのである。

2018年にデビュー40周年を迎えたサザンオールスターズのバンド・ヒストリーを、彼らが生み出した数々の作品から改めて見つめていく。音楽評論家・小貫信昭が独自に紐解く、サザンオールスターズの魅力──。


『世に万葉の花が咲くなり』には、「涙のキッス」と「シュラバ★ラ★バンバ」という、二つのシングル・ヒットが収録されている。これらは1992年の7月18日に同時発売されたものだ。普通、そういうことやると優劣がつく。しかし当時、両方が大ヒットし、今も両方が彼らの大人気曲だ。これはまさに、J-POP界屈指の“離れ業”と呼ぶに相応しい出来事でもあった。

前者に関しては、桑田がサザンオールスターズに対する様々な期待に応えるべく作曲されたところがあり、それが無敵のキャッチィさにもつながった。歌い出しの[今すぐ遭って]の“♪アッ ッテ”のタメの効いた歌い方からして、つい真似したくなるほどだ。この曲のヒットはデビュー時を知らない“第二世代のファン”を生み出したと分析される。そして彼らは、「涙のキッス」以降も更なる新世代を掘り起こし続け、現在へと至る。

「涙のキッス」がメロディアスでストーリー性ある楽曲なのに対し、「シュラバ★ラ★バンバ」はリズミカルで歌詞は語呂合わせの楽しみに満ちていた。つまりは「修羅場」と「ラ・バンバ」(曲名)というわけだが、単なる言葉遊びのようでいて、手法はより精緻になっていた。サビがアタマの構成だが、歌詞カードをみると、いきなり漢文のようだ。92年9月12日と翌日、サザンオールスターズは中国・北京でライブを実施することになっていた。なので漢字の故郷である中国に、敬意を払ったのかもしれない。さらにこの曲は、サウンド面でも相当のインパクトであり、イントロから重低音がズンズン響く。それがお茶の間に流れたこと自体、画期的だったのである。

両シングルの2カ月後に出たのが『世に万葉の花が咲くなり』だ。ジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングのようなジャケット・デザインだが、歌詞カードには、アルバム・タイトルを示す桑田自身による不揃いな文字の切り貼りが見られる。不揃いなのは、様々な新聞・雑誌などから集められたからだ。この図柄は、作品集の背景に膨大な情報が控えていて、しかしそれがサザンというミキサーにかけられることで言わば匿名化する……、みたいなことをイメージさせた。

スタジオ環境として、この時代はハードディスク・レコーダーやサンプリング・マシーンが普及し、古今東西、様々な音楽スタイルを一夜にしてシュミレーションし、何度でも再構築などのトライが可能となったのである。

それは1曲目の「BOON BOON BOON〜OUR LOVE [MEDLEY]」から炸裂する。改めてこの曲をイヤフォンやヘッドフォンで聴くと分かるが、これがいったい“何人組”の演奏で、どこにサウンドの軸があるのか皆目わからないような不思議にラージ・アンサンブルである。最後の方にメドレーの「OUR LOVE」の部分が出てくるが、白日夢のようなトーンであり、でも実は、こっちが現実で今までの演奏こそが夢の中だった、みたいな解釈も可能な構造だ。

実は『世に万葉の花が咲くなり』というは、桑田がプライベート・スタジオを稼働させた時期に作られたものであり、アルバムにはレコーディング場所として“猫に小判STUDIO”の表記がある。アーティストにとってプライベート・スタジオの存在は、日常と音楽制作との距離を縮める。所属レコード会社のスタジオとなると、どうしてもそれは“出勤”にもなるが、プライベートなら寝間着のまま入っていける。

そんな距離の短さを感じさせるのが「ニッポンのヒール」や「HAIR」であり、前者は桑田の音楽愛好と世間に対するぼやきが産地直送でリアルに届けられるかのようであり、後者はまさに、彼の脳内イメージがそのまま転写されてく自由奔放さを味わうことができる。

なお、このアルバムが2008年に紙ジャケットで再発された際、筆者は小林武史に取材し、ライナーノーツを作成したのだが、そのなかで小林は、サザンオールスターズについて、このように分析している。「人が見る夢には、物凄く短い時間に、物凄い情報が入るらしいけど、サザンの音楽の音数や情報量の多さは、何かそれに近いような気がする」。この言葉を受けて、再び本作収録の「亀が泳ぐ街」を聴いてみよう。けしてこの作品は、難解、などではないのである。

最後にこの曲のことを。今もステージで大切に歌われている傑作バラードが収録されている。「慕情」である。流麗というより、朴訥としたところもあるメロディだ。しかしそれが、主人公の切なる想いを虚飾なく伝える。この歌の誕生に関して、桑田が非常に興味深いことを言っている。この曲のサビのコード進行が浮かんだ時は「部屋で震えがきた」という。「いやまいったなぁ、神様がいるなら出てらっしゃい」とも思ったというのだ(『月刊カドカワ』92年12月号 P.93)。桑田はこの時、“音楽の神様”の存在を、ハッキリ自覚したのだろう。ところが彼のところにやってきた神様は、いくぶんシャイだったようで、桑田にメロディを授けつつも、「ま、キミもさらに頑張りなさい(肩をポン)」みたいなことはしなかったようだ。なので桑田は“出てらっしゃい”と、神様に語りかけようとしたのだ。

神様は、その後もちょくちょく、桑田の頭上に現れることになる。

文 / 小貫信昭

ALBUM『世に万葉の花が咲くなり』
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