オトナに響くストーリーマンガ  vol. 2

Review

「このマンガがすごい!2020」でも上位ランクイン。通なマンガファンがこぞって推す作家・田島列島の味わい深い世界

「このマンガがすごい!2020」でも上位ランクイン。通なマンガファンがこぞって推す作家・田島列島の味わい深い世界

田島列島というマンガ家をご存じですか? 長編2作目となる『水は海に向かって流れる』が「このマンガがすごい!2020」オトコ編5位にランクイン。長編1作目である『子供はわかってあげない』は実写映画化が決まり、初夏の公開が予定されています。
ゆるふわな絵柄の裏に満載の伏線とその意外な回収の手つきがやみつきになると、通なマンガファンを中心に静かな支持を集めるこの作家。待望の短編集も発売され全貌に迫りやすくなった今、その不思議な魅力をご紹介します。

文 / 永田 希


今年公開予定の実写映画化でも話題の傑作

©田島列島/講談社

『子供はわかってあげない』

水泳部のエース朔田さんはある日、高校の校舎屋上で絵を描く門司くんを見つける。朔田さんの両親は彼女が幼い頃に離婚しており、朔田さんの実父は行方知れずになっていた。門司くんの兄(性転換しているため、姉と書くべきか)が探偵をしていることを知り、実父の行方を調べてもらうことに。実父は、とある宗教団体の金を持ち逃げした疑いで教団に追われ絵虫浜に身を潜めていた――。

主要人物たちそれぞれの視点と事情を織り込ながら、ひと夏の出来事としてコンパクトにまとめている。作中でも「ご都合主義」と言う場面がある伏線満載の筋が、ギャグに笑いながら読み進めるうちにどんどん回収されていく。
物語はラブコメとして終わるのだけれど、ふたりが「恋に落ちる」瞬間がどこかわからない。そこがいい。門司くんをみつけた朔田さんが自分の気持ちに気がつく衝撃的な場面はあるものの、それは彼女の気持ちがこの場面にいたるまでに少しずつ積み重なって噴出したに過ぎない。というか、その場面ですら「これは……」と言うだけで明確に言葉にしていないし、門司くんは朔田さんに告白されてようやく「好きだ」と打ち明ける。ありていに言えばふたりは奥手で初心なのだが、果たして互いを異性として「好き」なのだろうか。
そもそも朔田さんが門司くんに気がつく第1話で、門司くんが描いていたのは作中のアニメ作品のキャラクターであり、そのタイトルは「魔法左官少女バッファローKOTEKO」。作者に左官屋で働いていた経験があるとはいえ、すごいネーミングセンスだ。朔田さんが恋を自覚する場面の舞台は「絵虫浜」で、往年の人気ラッパー・MCハマーから来ていると思われる。ロマンティックな恋愛のクライマックスを描くなら普通は選ばない名前だ。かといってナンセンスギャグ作品ではない。細やかに共感を呼び起こす笑いで読者の気持ちを緩めつつ、名前をつけるのが難しい感情をしっかりと伝えてくる。

朔田さんを上白石萌歌、門司くんを細田佳央太が演じる今夏公開予定の映画版も話題。自分の感情を恋愛と呼んでいいのか迷ったことのある全てのひとに薦めたい傑作だ。

試し読み(上巻)はこちら
http://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000018582

新しい家族のカタチを模索中?

©田島列島/講談社

『水は海に向かって流れる』

両親の住む家から遠い高校に通うことになった直達くんは、伯父が住むシェアハウスで暮らすことになる。シェアハウスには、伯父の恋人と思しきOL榊さんと、榊さんが子供の頃から知り合いだという教授、それから女装して辻占をする泉谷が住んでいた。
直達くんが伯父の恋人かもしれないと思って淡い憧れを抱いていた榊さんは、実は伯父の恋人でもなんでもないただのルームメイトであることがやがてわかるのだが、同時に、榊さんの母親はかつて直達くんの父親と駆け落ちで行方をくらましていたことも判明する。直達くんの父親は不倫のあと家に戻って何事もなかったのように暮らしていたのに、榊さんの母親は行方不明のまま。そうした背景もあって「恋愛をしたいとは思わない」という榊さんと話すうちに、直達くんはつい「自分も恋愛はしない」と言ってしまう。しかし同じ高校に通う楓(泉谷の妹)が直達くんに告白し……人間関係が変化を続ける中、ある人物が現れ「榊さんの母親の居場所をつきとめた」と告げるところまでが最新巻では描かれる。

日本の離婚率は35パーセントといわれている。3組に1組の割合で離婚しているわけだ。離婚率は離婚届から算出できるが、表沙汰にされない「不倫」が世の中でどれくらい横行しているのかを客観的に知ることは難しい。
不倫を題材にした物語が数多いのは、このように「身近」でありながら「隠れている」ということに加えて、恋した相手が他の人を愛しているという切ない気持ちを、結婚制度という約束ごとで縛り切るのが難しいケースがあるからだろう。もっとも、不倫をしている当人たちはいざ知らず、その家族たちは不倫というドラマにおいてはどうしても「脇役」にされてしまう。脇役にされた家族たちの煩悶にスポットライトはなかなかあたらない。本作は、いわば不倫被害者の子供たちの物語だ。家族関係でとりわけ弱い立場に置かれがちな子供たちを主役にして、脇役にされてきた家族それぞれの姿が描かれていく。

上下巻でラブコメとして完結した前作『子供はわかってあげない』でも発揮されていた、伏線回収力と鮮烈なギャグ、そして互いへの思いやりの微細な描写を引き継ぎつつ、本作は3巻以降へ続いていく。ラブコメマンガの名作『めぞん一刻』のようなドタバタ共同生活の現代版を描きつつ「一度壊れた家庭」をもつ者たちの生活がどのように語られていくのか、目がはなせない。

試し読み(1巻)はこちら
http://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000319530

『子供はわかってあげない』の原点も収録した短編集

©田島列島/講談社

『田島列島短編集 ごあいさつ』

表題作は、妻帯者と不倫した姉と、姉の不倫相手の「奥さん」とのあいだにはさまれた妹の日々を描く。姉を訪ねて「ごあいさつ」をしたいという「奥さん」と、その相手をする妹が登場し、ことの発端である姉はあまり姿を見せない。何度もやってくる「奥さん」を避けて姉が帰ってこない家で、次第にほだされていく妹。ともすればどぎつくなりそうな題材を、ときにコマ送りのような静かさで描き、柔和な雰囲気をどこか寂しい感じと共存させている。MANGA OPEN さだやす圭賞を受賞(田谷野歩名義)したデビュー作だ。

『ごあいさつ』の主人公と同じ名前の妹と姉が、今度は妹の友達オグラさんについて語り合うのが『官僚アバンチュール』。既婚者であることを知りながらオグラさんが恋に落ちていく場面に居合わせながら止めることができなかったと嘆く妹に、姉は「あんたさ、やさしいんじゃなくて基本的に他人の能力信用してないだけなんじゃないの」「もうしらん、てしなさい」と言う。ほぼそれだけなのだが、妹の回想シーンでオグラさんが居酒屋のBGMのJ-POPに影響されてか「好きって言ってなかった」状態から「本当に好き」と言い出すまでの過程の描き方、それを受けて姉が「恋する乙女の心には官僚が住んでいる」説をパネルで説明するくだりには謎の迫力と説得力がある。

『おっぱいありがとう』では、電車の中で赤ちゃんを連れた女性をみて「私って一生おっぱいを吸わないんだなー」とふと思ってしまった坂下さんが、友達にも母親にも頼めないし、いっそのことよく知らない人に頼もうと「頼まれたら断らない女」宮本さんに「おっぱい吸わして?」と依頼する。神田くんという恋人がいながら、他人のおっぱいを吸ってみたくなってしまった坂下さんの発想と行動力、常識的ではないが理屈はとおっているところが魅力的。ふだんは心変わりした女性たちから「別れさせ屋」の依頼を受けることが多い宮本さんは、何かを抱えた覚悟のようなものを感じさせてかっこいい。坂下さんが宮本さんのおっぱいを吸っているあいだ、居酒屋でホルモン焼きの「オッパイ」(牛の乳房の部分)を頼み続ける神田くんはよく考えるとちょっとグロテスクな気もするが、きっと彼にも何か思うところがあるのかもしれない。

以上3作ほか、『お金のある風景』『ジョニ男の青春』『花いちもんめ』『Not found』などを収録。

試し読みはこちら
http://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000327963

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