Interview

なぜ大黒摩季楽曲は支持されるのか? 改めて本人が作品を語る

なぜ大黒摩季楽曲は支持されるのか? 改めて本人が作品を語る

運命の糸が再びつながって復帰を果たした大黒摩季が、そのキャリアを網羅する『Greatest Hits 1991-2016 ~All Singles +~』をリリースする。
 メガヒットが立て続けに現われた90年代の音楽シーンを牽引した一人が、大黒摩季だ。つかんだチャンスを逃さずに、しかも聴いてくれる人のことを思いやって紡がれる“大黒作品”は、多くの人に支持された。
 人生の試練を経て、再び歌う決心をした大黒にとって、『Greatest Hits 1991-2016 ~All Singles +~』は、今後、大きな指標となることだろう。収められた曲について、今、改めて聞いてみた。

取材・文 / 平山雄一


世に出た自分の作品の1個目。だから私にとって、「STAY」は大切な曲

今回のベストアルバムは3枚組ですが、まずディスク1はどんな内容ですか?

普通だったらデビュー・シングルの「STOP MOTION」から始めるんでしょうけど、その前に「STAY」を入れたかったんですよ。「STAY」は、バックコーラスをずっとやっていて、デモテープを送れども何をしようとも自分のソロの話はいっこうに来なくて、フッと来たのがドラマ『ホテルウーマン』の挿入歌でした。1曲足りなくて、「誰かいないかーっ?」みたいな話になって、「あーっ、大黒がいた!」って(笑)。「やっと来たな」と思って、初めて自分が作詞作曲した歌を使ってもらえた…初めて世の中に自分の作品として出たのが「STAY」なんです。だから私からするとデビュー曲は「STAY」なんです。

とにかく自分としては大喜びだったわけですね。

そうですね。私はもともと引きこもりの音楽バカみたいなところがあったから、キャーキャー言われて有名になるっていうことに何にもプライオリティがない。自分の「作品」がやっと世に出るっていう気分でしたね。世に出た自分の作品の1個目。だから私にとって、「STAY」は大切な曲。

だから、どうしても入れたかったんですね。

はい。

ディスク1に入っている「夏が来る」を今回聴き直してみると、それまでの曲より少しテンポ感が遅くなってる。このテンポ感が、すごく今っぽいと感じました。

単にラテンをやりたかったんですよね、この曲は。打楽器の使い方を学んで、だんだん自分でアレンジできるようになってきていたから、マイアミ・サウンド・マシーンのグロリア・エステファンみたいな音楽をやりたくなって。
デビューして最初の頃は、長戸プロデューサーが「ロックっぽいけどダンサブルな曲をやったらいいんじゃない」って言ってたんですけど、「時期的にもラテンをやってもいいんじゃないですか?」って提案したところ、「やってみたら」っていう話になって…自分の提案が通って、嬉しかったですね。ブラスを生で録ったり、ドラム以外はほとんど全部生音にして。レコーディングは「ヒャッホーウ(笑)」って感じで楽しかったです。
歌詞は…ちょうどその頃、“雅子さまご成婚ブーム”で、レコーディングに疲れて夜のコンビニに行って立ち読みすると、まあ結婚のネタばっかりで (苦笑)。しかも実家に帰ると、今度は母が「アンタ、彼氏いるの? そろそろそういうことを気にしたほうがいいんじゃないの?」みたいな話になる。「お前もか! お前もか!」みたいなので「やかましいーっ!」と思って、そしたらこういう歌詞ができました(笑)。

あはは。じゃあ、自分の音楽的な欲望と、歌詞は全然別個のものから生まれているんですね。

はい。そういう別個で生まれたものが共存しちゃうのが、きっと大黒摩季なんでしょうね。普通だったら「結婚なんてやかましい!」っていうネタと、ラテンの曲ってリンクしないじゃないですか。

「夏が来る」って、わりと悲惨な歌詞なのに、なんでこんなに明るいんだろう?っていう不思議な曲ですよね(笑)。

そうそう。だけど、ラテンって明るそうに見せかけて、実はマイナーのメロディが多いんですけどね(笑)。それでも「悲しくても笑ってしまえ」みたいなのがラテンの気質なんだと思う。

大黒摩季

私は私で女性のための最高の鼻唄を作りたいと思ってた

「ら・ら・ら」は? 『情熱大陸』で、お母さんと一緒に唄える鼻歌のつもりで作ったって言ってましたけど。

それまでの私の歌は、どうしても一人で歌い込む曲が多かったんです。そのとき、長戸プロデューサーから、「ボブ・ディランの30周年で、若いロック・ミュージシャンたちとみんなでセッションしてるのを見たか?
あなたはグループ・タイプじゃないから、人を巻き込む曲を作ったほうがいいよ」って言われたんです。「みんなで歌える曲があれば、もっと聴いてくれる人が増える。スリーコードで誰でも歌えるメロディを作れ。頑張らなくても歌える歌を作れ」と。なるほどと思った。その一方で、私は私で女性のための最高の鼻唄を作りたいと思ってたんです。大変な毎日を過ごしていて、でも泣きながらでも鼻唄を歌うことでスッキリして、「じゃあ、今日も頑張るか」って笑えるような生粋の鼻唄を作りたいっていう自分の中での人生のテーマがありました。こういうのはどこでスイッチが入るかわかんないんだけど、結局、長戸プロデューサーにそう言われて作った最高の鼻唄が「ら・ら・ら」です。

面白いですねえ(笑)。

 
はい(笑)。でも歌詞のことでは、珍しく長戸プロデューサーに反発したんですよね。「♪ラララ」のところを最初「♪ラララ」で歌ってたら、「早くここに歌詞付けろよ」って言われて。でも、歌詞がまったく思いつかないんです。日本語でやっても英語でやっても、しっくり来ない。「♪ラララ~」以上のものが出てこなかったんです。そしたら「言い訳してないで、いいから作れ」って言われて、「本当に申し訳ないんですけど、これだけはこのまま行かせてもらいます」、「えー? ラララのまま行くの?」っていうやり取りがありましたね。

しかも曲のタイトルになってます(笑)。

そうそう(笑)。「だったら、もうこの際だから、タイトルも“ら・ら・ら”にしてしまえよ」ってことになったんです。私は反発することはあまりないんですけど、このときばかりは「いや、これを絶対日本語とか普通にしたら、曲が死ぬな」と思って。最高の鼻唄になったと思いますよ。だって“ら・ら・ら”だったら、世界中いけますからね。どんな国でも一緒に歌ってもらえる。

確かに!

友だちで“あなただけ見つめてる女”がいたんです

ディスク2の「空」は?

 
「空」の頃は、私、365日中364日、スタジオにいたんですよ。本当に(苦笑)。空はまったく見れない毎日の中だったんで、「空が出てくる曲を作るとPVを撮るために空を見せてくれるに違いない!」って思って(笑)。

あー(笑)。

 
結局、PV撮影でマイアミに連れてってもらいました(笑)。イェーイ、作戦成功!(笑)

(一同笑い)

でも歌を作る動機って、そんな感じでいいと思うんですよね。だって「あなただけ見つめてる」だって、友だちで“あなただけ見つめてる女”がいたんです。いつも歌詞を書くときは自分との対話から作るんですけど、そのときばかりは「この人、面白いし、この人、ちょっと救いたいな」と思ったんです。その人はずっと耐えてるから、自分のことを笑かしてやりたいなと思って。

その“あなただけ見つめてる女”の人は、この歌を聴いて笑ったんですか?

いえ、泣きながら熱唱してました(笑)。で、その子は救われました。

大黒摩季

温度を1度上げるっていうのが私の生活にいちばん大事なものなんだって気付きましたね

ディスク3の「アイデンティティ」は?


「アイデンティティ」はワールドカップのTBSの放送のテーマソングでしたよね。ファンはこの曲を大好きですね。 

それは何故ですか?

 
アガることしかサウンドに突っ込んでないからですね。音楽で温度を上げる。それしか私は考えていなかったんです。楽器もリズムも全部どんどんどんどん上げていくから、ライブの後半に出てくると、ファンがもう、「フォーッ!」ってなります。

それが狙いの曲ですか?

 
はい。そういうのが当たるのがいちばん幸せなんですよね。私は「クククク、この歌で泣かせてやるよぉ~」って妄想して作ってるときがいちばん幸せなんですよ。それがピタッとハマると、すごく嬉しい。プロデューサーの思考とはまた違うと思うんですけど。 

やっぱり音楽職人なのかもしれないですね。


そう。ビジネス的にハマるっていうところまでは考えてないので、プロデューサー気質ではないと思うんですけど、自分が作っているときに予想した反応になると、最高ですよね。 

では新曲の「Higher↗↗ Higher↗↗」は?


これはもう、「この6年の集大成がこれだ!」。でも、プッって笑っちゃいました。6年間休んだ後に復帰するときに、一発目に何を発するかって、自分でも楽しみにしてたんですよ…お客様と同じように。それがこの境地だっていうので、自分でプッて吹いたっていう(笑)。
でも、升田社長にデモを聞かせたら、「とてもいい!さすが大黒摩季だね!」と言われて。

病み上がりで「Higher↗↗ Higher↗↗」ですもんね!

 
最初のブルージーなメロディのところに、6年間の悲しみのすべてを突っ込んであるんです。私はこの曲を作るのに、1週間作曲期間を設けたんですよ。主婦が一週間作曲期間を設けるって大変なことなんで、「これだけは死守したい!」と思ってたら、ロスにいる親友のパパが亡くなったんです。彼女は「遠いから誰も来なくていい」って言ってたんですけど、きっと一人だろうなと思ったからそばに行こうと。で、「だったら、曲もロスで作ってくればいいじゃん」って。単純な動機って、不思議なことが起こる。近所に知り合いのDJがいて、昼間は友達のフォローアップして、夜はそのDJのスタジオでリズムトラックを作ることになったんです。で、ただドッチンドッチンやってるのも違うなと思ってたら、隣にEDMのアーティストがたまたまいて、手伝ってくれることになったんです(笑)。だからやめられないなと思うんだけど、こういう突発的なサプライズやプレゼントみたいなのってすごく不思議だなと思うんですよね。その人が、「とりあえず最初はストリングスっぽいのから始まって、いきなりドーンって来たほうが面白いよ」ってアイデアを出してくれて、私は5分で無駄に長い(笑)あのブルージーなイントロをブワァーッて作っちゃったんです。それを聴いて、彼はすごくときめいたらしくて、「ビューティフル! 摩季、ソービューティフル! あとは俺にやらせろ。俺がトラックを作ってやる」って言い出したんですよ。

すごく素敵な偶然ですね!

 
なんでブルージーなメロディが出てきたかって言うと、友達の亡くなったパパはすごく洒落た人で、私のライブに1人でピョロっと来てくれたりするようなシュールなパパだったんですよ。で、私が悩んだときもポロンと答えをくれたり、そのパパの家に1人で遊びに行って、合宿して遊んで帰ってくると、気持ちが潤うみたいな。私の死んだパパみたいな人だったんです。私は超ファザコンだから、パパが私の感性をくれたと思ってるから、その友達のパパのことを思って、あんなブルージーなメロディができちゃった。それでガーッと2日間で、全員ボロボロになったけど、仕上げちゃったんです。

不思議だねえ。

 
不思議ですよね。歌詞は日本に戻ってから書きました。この6年間、歌詞を書くべくネタはノートとメモに全部残っていて、それをいわゆるミックスジュースとしてギューッと絞っただけなので。

6年間の集大成になったわけですね。

 
そう。「Higher↗↗ Higher↗↗」を作って、温度を1度上げるっていうのが私の生活にいちばん大事なものなんだって気付きましたね。

聴いてる人の温度っていうことですか?


そう、聴く人の温度。それはイコール自分なんですけど。だから復帰の1曲目がバラードじゃなくてドンチーが来た(笑)。バラードで始まるけれども、結果はドンチードンチーで、最後は♪エーッ♪って高い声を張り上げて終わる。あれって「熱くなれ」と同じキーです。

あ、そうなんですね。

 
同じ音で終わるんです。

すごく高い音ですね。

ロスで調子に乗って作ったから、私の人生の最高レンジなんです。今までの高いと言われている曲の中でもいちばんレンジが広いんです、低い音もあるから。たぶんカリフォルニアでちょっとその気になってたんだと思う。日本でやったら「なんか、キー高くない?」みたいな感じになった(笑)。

大黒摩季

ベストって、若いときの記念写真みたいなものだから

BIG盤に付いているディスク4は、カップリング集ですね。

 
ディスク3までが濃すぎるから、カップリング集はすっごい爽やかに聴こえますよ (笑)。

僕は「SLOW DOWN」が好きですね。

 
ああ、「SLOW DOWN」ね。本当は歌い直してあげたいんですけどね。全然スローな感じの歌じゃない。クリエイターとしては熟しててスローのいい曲を作ってるんだけど、歌い手としてはまだ成熟してないから歌がパッキリし過ぎてて、葉山さんが上手に作ってくれたメロウな感じに歌がちゃんと乗ってないんです。真っ直ぐ“大黒摩季”で歌ってるから。あれを今歌ったらけっこう色っぽくなるんじゃないかなあと思ってて。機会があればどこかでやってみようと思ってるんですけど。

この「SLOW DOWN」は「空」のカップリング曲ですね。

 
その頃、アルバム曲やカップリング曲は「勝手にやっとけ」みたいな感じだったので、「イェーイ、好きにやらせてもらいます」みたいなところで作りました。カップリングで、普段できないことの欲求を解消してます。ちなみに「SLOW DOWN」は、ベイビーフェイスとか、ジャム&ルイスとか、あの時代の音を、ただただやりたかったんです (笑)。

なるほど(笑)。でも歌はもう一回トライしてみたいと。

 
そう。今回、改めて聴いてみたら残念だった。だけどそれほど大きい“残念”じゃない。ベストって、若いときの記念写真みたいなものだから、歌は差し替えてない。わざと全部、そのまま出してます。

最後に、このべストを出すに当たってリスナーに何かメッセージはありますか。

 
んー、一家に一個、『Greatest Hits 1991-2016 ~All Singles +~』。

一家に一個ですか (笑)。

 
薬箱みたいな。昔はほら、薬箱ってあったじゃないですか。薬屋さんが補充してくれるやつ(笑)。あれって、ずーっと家にありっぱなしだった。何個も何個も今までのを買わなくてもいい。これからはこれ一個あれば、「調子悪くなったら、これ」とか、「病んだら、あれ」とか。

逆に元気すぎたらこれ、とか。


そうそう(笑)。すべて思い入れのある曲なので、聴いてみてください。そして一家に一個、『Greatest Hits 1991-2016 ~All Singles +~』です!

ありがとうございました。

ライブ情報

Maki Ohguro 2017 Live-STEP!! 
~ Higher↗↗Higher↗↗中年よ熱くなれ!! Greatest Hits+ ~


2月25日(土)埼玉県 羽生市産業文化ホール 大ホール
3月5日(日)栃木県 栃木文化会館 大ホール
3月11日(土)愛知県安城市民会館 サルビアホール
3月12日(日)兵庫県加古川市民会館 大ホール
3月20日(祝月)千葉県多古町コミュニティプラザ文化ホール
3月25日(土)長野県大町市文化会館(追加公演)
4月15日(土)山形県やまぎんホール(山形県県民会館)
4月22日(土) 静岡県磐田市民文化会館
4月23日(日)岐阜県バロー文化ホール(多治見市文化会館)
4月29日(土)山梨県コラニー文化ホール 大ホール
5月7日(日)千葉県千葉県文化会館 大ホール
5月14日(日) 神奈川県ハーモニーホール座間
6月2日(金) 東京都かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール
6月3日(土)埼玉県狭山市市民会館 大ホール
6月17日(土) 広島県三原市芸術文化センター ポポロ
6月18日(日) 兵庫県たんば田園交響ホール
6月24日(土) 群馬県伊勢崎市文化会館 大ホール

大黒摩季

札幌市・藤女子高等学校を卒業後、アーティストを目指して上京。スタジオ・コーラスや作家活動を経て、1992年「 STOP MOTION」でデビュー。2作目のシングル「DA・KA・RA」を始め「チョット」「あなただけ見つめてる」「夏が来る」「ら・ら・ら」などのミリオンヒットを立て続けに放ち、1995年にリリースしたベストアルバム「BACK BEATs #1」は300万枚を超えるセールスを記録する。TV出演やLIVEも行わなかったことから、大黒摩季4CGで存在しないなどの都市伝説があった中、1997年の初ライブでは有明のレインボースクエアに47,000人を動員し、その存在を確固たるものにする。その後も毎年全国ツアーを継続し、精力的に活動するも2010年病気治療のためアーティスト活動を休業する。その間、地元・北海道の長沼中学校に校歌を寄贈、東日本大震災により被災した須賀川小学校への応援歌・歌詞寄贈、東日本大震災・熊本地震への復興支援など社会貢献活動のみ行っていたが、昨年よりDISH//、TUBE、郷ひろみなどの作詞提供をはじめクリエイティブ活動を再開。アトランタ・オリンピックや「ゆうあいピック北海道大会」のテーマソング、アテネ・オリンピックの女子ホッケー・チームのサポートソング、そして2015年には再生に向けたスカイマーク・エアラインに応援歌を提供するなど「応援ソング」には定評がある。2016年8月、ライジングサン・ロックフェスティバルでの出演を皮切りに、故郷である北海道からアーティスト活動を再開。

オフィシャルサイトhttp://maki-ohguro.com/

[esxserch]