年末特別企画・es執筆陣が選ぶ2016年エンタメベストコンテンツ  vol. 6

Column

【音楽評論家・文筆家が選ぶベスト3】アルバムをじっくり聴き込んで“歌う力”に出会える作品

【音楽評論家・文筆家が選ぶベスト3】アルバムをじっくり聴き込んで“歌う力”に出会える作品

2016年、今年も様々な音楽、映画や舞台、アニメ、ゲームなどの様々なコンテンツがこの世に送り出され、僕たちを大いに楽しませてくれました。師走を迎えて、TVや雑誌、WEB等の各メディアが、盛んに2016年のエンターテインメントを総括する企画をオンエア・掲載していますが、「エンタメステーション」も、【es執筆陣が選ぶ2016年エンタメBEST 3】と題したスペシャル特集を実施致します。より自由で独自な見解をベースに、日頃からesサイトで活躍する気鋭の執筆陣に、それぞれのBEST 3を選出してもらいました。第6回の今回は、音楽評論家/文筆家・佐藤剛さんの寄稿。ぜひ読者の方々もご一緒に、今年の素晴らしい作品、印象的なコンテンツを振り返ってみるのはいかがでしょうか?


佐藤剛が選ぶベスト3
宇多田ヒカル
宇多田ヒカル
Fantôme

Universal Music LLC

RAD WIMPS
RADWIMPS
『君の名は。』

Universal Music LLC

中島みゆきトリビュート
Various Artists
「歌縁」(うたえにし)―中島みゆき RESPECT LIVE 2015―

ヤマハミュージックコミュニケーションズ

歌というものが過去から未来へと受け継がれてきた財産だと感じさせる3作

文 / 佐藤剛

小規模での公開だったにもかかわらず異例の大ヒットを記録中のアニメーション映画『この世界の片隅に』で主題歌に使われているのが、1968年にザ・フォーク・クルセダーズがヒットさせた「悲しくてやりきれない」。当時20歳だった加藤和彦が「イムジン河」の発売中止という試練に見舞われて、急きょ書いたメロディに65歳のサトウハチローが歌詞をつけた哀歌(エレジー)である。近年になってすっかり日本のスタンダード・ソングとして定着したこの楽曲に、新たな生命力を与えたのはシンガー・ソングライターのコトリンゴ。昭和の名曲は彼女の声と“歌う力”を得て、新たなファンにも受け継がれていく。

哀歌といえば「上を向いて歩こう」もまた、解散が決まったSMAPを筆頭にさまざまなところで歌われている。1963年に世界中で大ヒットしたこの歌を調べていて、死者を悼む内容だということにぼくが気がついたのは2008年のことだった。シンプルな歌詞に描かれる悲しみの背景には、作詞者の永六輔が体験した60年安保運動と、その挫折の記憶が静かに横たわっていた。

亡くなった人たちへの鎮魂の思いが込められた哀歌が、屈託のない笑顔の少年・坂本九の声と“歌う力”を得たことで、世界中で大ヒットすることになったのだった。そんな永さんも7月7日に83歳で逝去してしまわれた。

今年は年明け早々のデヴィッド・ボウイから始まって、プリンス、レオン・ラッセル、レナード・コーエンと、ひとつの時代を築いた表現者たちの訃報が次々に届けられた。だがボウイは『★』、コーエンは『You Want It Darker』と、それぞれに最新アルバムを今年になって発表している。アメリカの音楽誌ローリング・ストーンは恒例の「今年のベストアルバム50」で、前者を2位に、後者を9位に選んだ。

ぼくが今年のベスト・アルバムにあげたのは、こうした世界の音楽シーンともどこかでシンクロしながら、歌というものが過去から未来へと受け継がれてきた財産だと感じさせる3作となった。時代のタイムラインに流れて消えゆく音楽ではなく、アルバムをじっくり聴き込んで“歌う力”に出会える作品だ。

1.『Fantôme』宇多田ヒカル

日本人のブルースと“歌う力”を母の藤圭子から授かった宇多田ヒカルは、それを見事にポップスへと昇華したアルバム『Fantôme(ファントーム)』を完成させた。そして人間活動のために第一線を退いてから6年ぶりに、日本の音楽シーンに戻ってきた。2013年に母が自死したことを契機にして、まっすぐな言葉で母への思いを綴った歌が中心となったアルバムは、人の温もりや眼差しを感じさせる作品が並ぶ。

どうすれば絶望のなかに希望を見出して、新たな「道」へと一歩を踏み出していけるのか。そうした思いから生まれた個人的な歌に埋め込まれた普遍性が、孤独感や切なさを介して聴き手の心と共鳴してくる。

2.『君の名は。』RADWIMPS

映画のサウンドトラックから名曲が生まれたのは、1950年代から80年代にかけてのことだが、それは時代的に昭和と見事に重なっていた。世界中で大ヒットしているアニメーション長編映画『君の名は。』のために制作された主題歌4曲、劇伴22曲を収録したアルバムは、プロットの段階から新海誠監督とRADWIMPSが協同して作り上げたという意味で、理想的な過程を経たコラボレーションとなった。

RADWIMPSの持っている世界の根本にある切迫感は、歌というものの本質に潜む孤独と寂しさにつながっている。彼らはそれを多種多様な音楽性と強力なビート感、そして野田洋次郎の美しい日本語の“歌う力”で聴かせる。そのためには静かなインスト曲が含まれるサウンドトラックという、このアルバムの形態こそが最も効果的だったとぼくには思える。

3.『「歌縁」(うたえにし)―中島みゆき RESPECT LIVE 2015―』Various Artists

日本という国を覆っている閉塞感のなかで、重苦しい空気を払いのけることはなかなかに困難だ。しかしそれでも信じられる「道」を探しながら、明日に向かって歩いていかなければならない。藤圭子と同じ学年で同時代を生きてきた中島みゆきの歌は、社会の中で困難な状況に置かれた若者や大人、うまく居場所を見つけられない少年や少女たち、時には犬や猫の視点から生まれている。

そうした歌の数々を携えて11人のシンガーと女優が集って行われたコンサートが、ライブ盤という形になって新たな表現者たちと歌の出会いを用意してくれた。とりわけオープニングを飾った満島ひかりの「ファイト」、それに続く中村中の「元気ですか」と「怜子」、そして堂々とラストを締めくくった大竹しのぶの「歌姫」が、圧巻としか言いようがない演劇的な表現で、歌に新しい生命力を注いでいた。 

孤独と寂しさを感じ合うことで涙を振り払い、時には勇気を持って立ち向かう元気を与えてくれる。そんな中島みゆきの作品は、さまざまな“歌う力”を得ることで、過去から未来へと受け継がれていく。

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