山口洋のSeize the Day/今を生きる  vol. 2

Column

鉄の街が生んだ奇蹟〜THE ROOSTERS〜

鉄の街が生んだ奇蹟〜THE ROOSTERS〜

HEATWAVE 山口洋がこれまでに出逢ったミュージシャン、R&Rの魔法について書き下ろす好評連載!


福岡と北九州。

今なら新幹線で16分で行ける距離だが、福岡市東部で育った高校生の僕の目には、北九州はヤサぐれていて、恐ろしい街に映った。近くて、遠い街。この国の高度成長を支えた、製鉄業を中心とする工業都市。背後にはかつて炭坑で栄えた筑豊地方を擁し、荒くれ者も確かに多かった。僕が通った小学校には「北九州見学」という授業があって、バスに乗って繁栄する工場を見にいくほどの「憧れの街」だったのに、鉄冷えとともに、街は徐々に活気を失っていった。

1980年代初頭。さびれかけたその街から弾丸のように現れたのが、THE ROOSTERSだった。彼らはロクにPAもないような福岡の小さなライヴハウスにやってきて、火を吹くような演奏をした。確か入場料は500円。福岡のバンドとは何かが決定的に違っていた。

鉄の意志、あるいは刹那のような覚悟。チャラさは微塵もなかった。音は尖っていて、シャープ極まりなく、鋭利なグルーヴで、観客を切り裂いていく。なによりも、バンドの一体感が半端なかった。鉄壁の塊。フロントの3人がジャンプするとき、背後にはとてつもないビートを刻む男が鎮座していて、音と言葉の塊が客席にビュンビュン飛んでくる。愛想は皆無。媚びない、群れない、笑わない。それがTHE ROOSTERS。おまけにほのかに文学性の香りもした。危ないほど魅力的だった。

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1979年結成。メンバーは、写真左から花田裕之(G)、大江慎也(Vo&G),井上富雄(B)、池畑潤二(Dr)。 1980年11月、シングル「ロージー/恋をしようよ」でデビュー。1983年6月に下山 淳(G)、安藤広一(Key)が加入し、池畑潤二が脱退、灘友正幸が加入。1984年1月に井上富雄が脱退し、柞山一彦が加入。1985年3月に大江慎也が休養を表明。1985年9月発売のアルバム『NEON BOY』より花田裕之がメイン・ヴォーカルをとるようになる。1988年5月にアルバム『FOUR PIECES』をリリースし、同年7月の渋谷公会堂でのライヴをもって解散。2004年7月、フジ・ロック・フェスティバルでオリジナル・メンバーによるラストライブを行う。メンバーはそれぞれ現在も活動中。


ヴォーカリストの瞳には隠しようのない知性が宿っていて、ときどきカミソリみたいにギターを弾いた。独特な身体の動き。その痙攣みたいなアクションがやたらと格好良かった。使っているギターは常にB級品で、そのセンスに憧れた。ハイティーンのやるせない気持ちを歌った歌詞が、甲高くかすれたあの声に乗って届けられると、鼻の奥がつーんとする。

長身かつ痩身のギタリストは絵に描いたような伊達男。何をやっても様になっていた。二物を与える天もズルい。僕がギターを始めた頃から、いつか手にするのだと固くこころに決めていた、グレッチ・カントリージェントルマンが似合いすぎていて、眩しかった。そんな高価なギターを高校生の僕が買えるはずもなく。おそらく彼のグレッチは九州で初めて購入されたグレッチで、2年後に買った僕のは2本目だと思う。九州ではそのくらいレアなギターで、楽器店で見かけることもなかった。何せ、九州は本州から離れた「島」なのだ。だからこそ負けたくないと云う気持ちは「島」のロッカーが少なからず持っていたと思う。

ベーシストはセミアコのベースがお似合いで、ジャンプもきれいに膝が曲がっていて飛型点は満点。アクションは音とは関係ないけれど、ティーンには同じくらい重要だ。格好悪いくらいなら、死んだ方がマシだから。眉毛は細く、ルックスは一番不良っぽいのに、服のシルエットが妙にオシャレで、さすが北九州の不良は違う、と僕を唸らせた。後にこの国を代表するグルーヴィーなベーシストになるとは思えないほど、パンキッシュな演奏スタイルで、記憶が正しければ、全曲ピックで演奏されていた。

ドラマーはあらゆる意味でとんでもなかった。痺れるほどの規格外。僕は思った。これがドラムだ、そしてドラムはバンドのエンジンだ、と。ソレックスのキャブレーターがついたツインカム・エンジン。決してターボじゃないけれど、そのエンジンはバンドを縦横無尽にドライブさせていた。そして、特筆すべきはルックスが怖すぎた。余談だけれど、この偉大なドラマーに今日こそ話しかけようと、何度も勇気を振り絞ったけれど、実現したのは20年後だ。

大江慎也、花田裕之、井上富雄、池畑潤二(敬称略)。全員が今でもバリバリの現役で、素晴らしいアーティスト、そして個性溢れるミュージシャン。この4人が同じ時期に、あの小さな街に居たなんて。

鉄の街が生んだ奇蹟。

失礼を承知で書くなら、彼らは「僕にもできる」と思わせてくれた。実際のところ、高校中退寸前に追い込まれていた僕にとって、その後の生きる道を無言で教えてくれた偉大なバンドなのだ。

「テキーラ」(原曲:チャンプス)、「恋をしようよ」、「C’mon Everybody」(原曲:エディ・コクラン)、「Mona (I Need You Baby)」(原曲:ボ・ディドリー、ローリング・ストーンズがカヴァー)等カヴァー曲とオリジナル曲で構成された全12曲収録のデビュー盤『THE ROOSTERS』。1980年リリース、2003年に紙ジャケットで再発されている(写真は山口洋所有の盤。池畑のサインがさりげなく入っている)
THE ROOSTERS(z) Golden Best(NIPPON COLUMBIA)


どうすれば、あのサウンドが出るんだろう? おそらく彼らはただひたすらに、言葉を交わすこともなく、鉄の街のどこかの地下室で、来る日も来る日も演奏し続けていたに違いない。でなきゃ、あんな硬質な塊になる訳がない。僕らは真似ることから始めた。1年に360日は音を出した。ほんとうの話さ。そうやって、固有の音を手に入れる方法は僕らに勝手に受け継がれた。

彼らはカヴァーのセンスも秀逸だった。THE ROLLING STONESとTHE ROOSTERSのそれぞれのファースト・アルバムはロックンロールの金字塔で教科書だ。確かに人生を変えてくれた。そして福岡には、彼らがカヴァーしたルーツ・ミュージックが買えるレコード店がいくつかあった。店主はえてしてコワモテだったけれど、そこが僕にとってのほんとうの学校で、この環境のおかげで10代のうちに、ブルースや、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドまでたどり着いた。無言で教えてくれた功績ははかりしれない。

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64年発売、ザ・ローリング・ストーンズのデビュー盤『ザ・ローリング・ストーンズ』。「Route66」(ボビー・トゥループの曲をチャック・ベリーがカヴァー)をはじめ、「恋をしようよ」(原曲:ウィリー・ディクスン)、「Honest I Do」(原曲:ジミー・リード)、「愛しのモナ」(原曲:ボ・ディドリー),「かわいいキャロル」(原曲:チャック・ベリー)等R&B、R&Rの名曲のカヴァーに加え、オリジナル曲「Tell Me」(ミックとキースの初の共作)等12曲を収録(US盤には「愛しのモナ」は収録されておらず、1曲目に「Not Fade Away」が収録されている)。2002年にUS盤がリマスター音源、紙ジャケット仕様で再発されている。
ザ・ローリング・ストーンズ イングランズ・ニューエスト・ヒット・メイカーズ[紙ジャケット仕様]【初回限定盤】(ユニバーサルミュージック)


深い感謝とともに、今を生きる。

著者プロフィール:山口洋(HEATWAVE)

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1963年福岡県生まれ。1979年に結成したHEATWAVEのフロントマン。
90年、アルバム『柱』でメジャー・デビュー。95年発表の『1995』には佐野元春プロデュースの2曲のほか、阪神・淡路大震災後に書かれた「満月の夕」(中川敬/ソウル・フラワー・ユニオンとの共作)を収録。
2003年より渡辺圭一 (Bass)
、細海魚 (Keyboard)
、池畑潤二 (Drums)と新生HEATWAVEの活動を開始。東日本大震災後、福島県相馬市の仲間とともに現地を応援するプロジェクト“MY LIFE IS MY MESSAGE”を立ち上げ、仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳らとともに活動している。
20164月に発生した熊本地震を受け、9月からFMK エフエム熊本で“MY LIFE IS MY MESSAGE RADIO”をオンエア開始。毎月第4日曜日20時〜、DJを務める。

HEATWAVE TOUR 2016-2017
12月7日(水)福岡・DRUM Be-1、
12月8日(木)大阪・梅田Shangri-La、
12月26日(月)東京・duo MUSIC EXCHANGE。
ツアーに合わせてライブ盤第4弾『OFFICIAL BOOTLEG SERIES #004 151226』も販売中。

2017年1月2日(火)16:00~17:00
FM長崎の新春特番「HEATWAVE Special Program vol.11」オンエア予定。
“山口洋 2017 SPECIAL! 聞きたい歌と、今歌いたい歌”アコースティック・ソロライブ
2017年1月20日(金)横浜・THUMBS UP

ROCK’N’ROLL ASS HOLEhttp://no-regrets.jp

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