年末特別企画・es執筆陣が選ぶ2016年エンタメベストコンテンツ  vol. 1

Column

【音楽評論家が選ぶベスト3】J-POPの歌詞を、河野悦子に校閲して欲しい

【音楽評論家が選ぶベスト3】J-POPの歌詞を、河野悦子に校閲して欲しい

 2016年、今年も様々な音楽、映画や舞台、アニメ、ゲームなどの様々なコンテンツがこの世に送り出され、僕たちを大いに楽しませてくれました。師走を迎えて、TVや雑誌、WEB等の各メディアが、盛んに2016年のエンターテインメントを総括する企画をオンエア・掲載していますが、「エンタメステーション」も、【es執筆陣が選ぶ2016年エンタメBEST 3】と題したスペシャル特集を実施致します。より自由で独自な見解をベースに、日頃からesサイトで活躍する気鋭の執筆陣に、それぞれのBEST 3を選出してもらいました。第1回の今回は、音楽評論家・小貫信昭さんの寄稿。ぜひ読者の方々もご一緒に、今年の素晴らしい作品、印象的なコンテンツを振り返ってみるのはいかがでしょうか?

文 / 小貫信昭


hanataba

宇多田ヒカル

「花束を君に」

NHK朝の連続テレビ小説『とと姉ちゃん』主題歌としてオンエアされた。4月にデジタルシングルとして同時配信し、各配信ランキングの記録を更新、国内外107冠を獲得。
Universal Music LLC


takaimado

レイモンド・チャンドラー(村上春樹・訳)

『高い窓』

村上春樹によるチャンドラー新訳シリーズの第5弾。
1942年発表のフィリップ・マーロウ主演のハードボイルド小説。
早川書房 刊


koetsugirl

ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』

10~12月にオンエアされた石原さとみ主演ドラマ。ファッション誌編集者をめざす主人公〈河野悦子〉が校閲部に配属され、いつの間にか校閲という仕事に面白さを見いだしていく。
Blu-ray & DVD-BOX/発売:2017年4月19日/発売元:バップ/©NTV


もっと“イミオイ”のあるヒトが出て来て欲しいのだが……

 私のベスト3はこのような結果となった。今回、音楽にとどまらず、ということだったので、この3つにした。

 「花束を君に」をさっそくハイレゾで買ってみて、初めてフルで聴いたときの感動はよく覚えている。1番のAメロが、2番になると同じAメロのようでいて、別物と言えるほど躍動的に変化していくあたり、とても斬新に感じた。サンプリングされた溜息のような音が終盤、リズムの要であるかのように印象深いアレンジも素晴らしかった。

 村上春樹が訳すチャンドラーは、文庫化されると必ず読んでいるのだが、ストーリーはもちろん、“どうすればこんな素敵な表現が思いつくの……”という文章に出会えるのが至福である。文筆業の端くれである自分にとって、そうしたものに触れることがなにより大切だと思っている。

 そしてそして、今さっき最終回を見終わって強く影響を受けた石原さとみのドラマに関しては、のちほど……。

 でも、偉そうにベスト3を選びつつも、果たして僕は、この1年間をどれだけ“2016年製”のもので満たし、生活したかというと、甚だ疑問なのである。今年になって感動したものが5年前のものだったりもしたし、その一方で、“今年の顔”と目される作品の数多くを、未体験だったりもするのだ。正直なところ、これが“実情”である。

 まぁ、そんなことをつぶやいても先に進まないので振り返り始めたけど、正直、「なんだかなぁー」と、そう思うことも多かった1年だった。ハッキリした憤りだったらマシだけど、それは防火用バケツのふちに引っかかってダラダラと燻り続ける半分湿気ったネズミ花火のような始末の悪い感情でもあったのだ。

 まぁ、具体的には書かないが、“書かないが……”みたいな書き方をすると、これをお読みの方が僕という人間を“どのようにご存知か?”により伝わり方が大きく変わることだろう。ただ、僕はそういう伝わり方が結構好きな“人間”なので、このように書くだけにしておくけど、ただひと言だけ……。

「負けずに頑張って!」

 うわっ。なんか重たい雰囲気垂れ込めるけど、あえてこの場で、ある誰かに向け、この言葉は叫んでおくことにしたい。

 話は変わる。日本はたび重なる天災や人災に襲われ続け、音楽アーティストの中に“何か社会に貢献できることはないか?”という想いが強まったのがここ数年である。貢献することは素晴らしいことであり、それが音楽を続けるモチベーションとなった人たちもいた。ただ、僕はそう認識しつつ、そのことが音楽の中身、作風にまで影響を与えすぎていたらどうなんだろう……とも危惧した。意義のアル・ナシが、音楽そのものの評価に直結するなら、それはちょっと違う。

 バカバカしくったって、ふと、ココロが深呼吸を果たすなら、そういう意味での“意義”があるのではないか……。そんなとき、どこかから聴こえてきたのがピコ太郎の短いナンセンス・ソングだった。音楽の最も大切なことって、ふと“口ずさめる”、つい“口ずさんじゃう”ことなんだ、ということも再認識したのだった(ややコジツケ気味な展開だが……&ただしあれは、“ウタ”ではなくあくまで“ネタ”だろうけど……)。

 話はまた変わる。先日、NHKの『SONGS』を観ていたら桑田佳祐の特集をやっていて、「君への手紙」のカップリング曲もすべて披露された。僕が好きな「メンチカツ・ブルース」も歌われた。しかも大学の後輩、斉藤誠と一緒にアコギ2本での演奏だ。斉藤のギター・ソロの合間に“イェーッ!”と叫びそうになった。典型的なブルース進行の作品。2人の体には、それが染みついている。無防備なほど演奏を楽しむ2人の姿勢が、僕を解放してくれた。あれ自体にどんな“意義”があるのかは知らないけど、それを越えたところにある音楽の“真理”を垣間見た瞬間だった。

さらに話は変わる。かなり前のことだが、「日本の音楽シーンに足りないものは?」と訊ねられて、僕はこう答えた。「それは優秀な作詞家と、優秀なドラマーでは……」。時は過ぎ、後者に関しては、とっても素敵な人たちがたくさん出てきた。絢香のライブで観た玉田豊夢は、神がかっていた、と書いても大袈裟じゃなかったし、ゲスの極み乙女。のメンバー、ほな・いこかの演奏にもゾクゾクした。星野源を観に行けば、伊藤大地が“小気味よい”の典型を響かせていたし、ドラマーでもっとキャリアある人たちの名前を挙げたら、もうその話だけで、文字数は一杯になってしまう。

一方、作詞家はどうなのか。シンガー・ソングライターでも専業作詞家でも、詞を書く人の現状はどうなんだろうか? 残念ながら、新しいヒトがじゃんじゃん登場した、ということではなかったようだ。実績ある人の、名前に見合う仕事が目だった。もちろん歌詞は小説などの文章とは違う。しかし脈絡のなさすぎるコトバを早いテンポで圧縮し、あたかも繋がっているかのように響かせる手法には、とっくに限界がきているわけである。

 もっと“イミオイ”のあるヒトが出て来て欲しいのだが……。“イミオイ”とは“意味合い”と“勢い”の両立だ。米津玄師とか、ここ数年のうちに出て来たヒトの中にも何人かいるのだが。もうこうなったらJ-POPの歌詞を、河野悦子に校閲して欲しい。最終回終わっちゃったけど、彼女は女性誌『Lassy』へは異動せず、校閲部にとどまるようなので……。

vol.1
vol.2

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