Review

『戦争中の暮しの記録』の《一冊》を、『この世界の片隅に』の《一本》に置きかえれば

『戦争中の暮しの記録』の《一冊》を、『この世界の片隅に』の《一本》に置きかえれば

愛する人に贈るプレゼントは、幸福で甘いものとは限らない

特別寄稿  / 澤田康彦(「暮しの手帖」編集長)

 「これは、戦争中の、暮しの記録である。

 その戦争は、一九四一年(昭和十六年)十二月八日にはじまり、一九四五年(昭和二十年)八月十五日に終った。

 それは、言語に絶する暮しであった。その言語に絶する明け暮れのなかに、人たちは、体力と精神力のぎりぎりまでもちこたえて、やっと生きてきた。親を失い、兄弟を失い、夫を失い、子を失い、大事な人を失い、そして、青春を失い、それでも生きてきた。家を焼かれ、財産を焼かれ、夜も、朝も、日なかも、飢えながら、生きてきた。

 しかも、こうした思い出は、一片の灰のように、人たちの心の底ふかくに沈んでしまって、どこにも残らない。いつでも、戦争の記録というものは、そうなのだ。

 戦争の経過や、それを指導した人たちや、大きな戦闘については、ずいぶん昔のことでも、くわしく正確な記録が残されている。しかし、その戦争のあいだ、ただ黙々と歯をくいしばって生きてきた人たちが、なにに苦しみ、なにを食べ、なにを着、どんなふうに暮してきたか、どんなふうに死んでいったか、どんなふうに生きのびてきたか、それについての、具体的なことは、どの時代の、どこの戦争でもほとんど、残されていない。

 その数すくない記録がここにある。」

これは『この世界の片隅に』についての記述ではない。
 しかし、まるでこの映画そのものではないか。

『暮しの手帖』初代編集長・花森安治が、一冊の本『戦争中の暮しの記録』の扉に書いたリード文の一部である。全国の読者から寄せられた、戦争時のリアルな体験談139編がそのあとに続く。
 いまから約50年近く前、1967年に本誌で募集され、翌年に『暮しの手帖』に丸ごと一冊これだけという、定期雑誌としては異例の形で出版された体験談集で、1969年8月15日には単行本に形を変え、現在に至るまで売れ続けている。大判、300ページ近いボリュームの一冊。こうの史代さんの原作にも、この映画にも、参考資料としてクレジットされているのにお気づきの人も多いことだろう。

各文章には花森がこんなタイトルをつけた。
「それでも私は生きる」「子供をたのむと一言」「無理に疎開させた子が疎開先で爆死」「熱」「煙」「タンスをお棺に」「防空壕に埋まる」「くさった握飯」「爆弾ともしらず」「黒い雨」「やけど」「防空壕の中の物まで灰になってしまって」「いなごの青い汁」「絵にかいたお菓子」「村へやってきた町の子」「十五キロもあるとなりむらへひとりでかいだしにゆく」……。
 これらの字面を眺めるだけで、映画『この世界の片隅に』を見ているようだ(見た人、わかりますよね?)。

konosekai_suzu_harumi

書き手にとって、この未曾有の戦争体験は、誰かに語らずにはいられなかったのだろう。聞き手を必要としたのだろう。そして必ず人に伝える必要がある、義務があると感じたのだろう。
 そんな体験者と同じにしてはいけないけれど、少なくとも『この世界の片隅に』を見た人がいつも以上に多くの言葉を紡いで、会話やメールやSNSで発信してしまう気持ち・行為と通底しているようにぼくには感じられてならないのだ。

この映画をぜひ花森編集長に見せたかったとぼくは思う。
 どうですか? 花森さん。あなたの思いはまだ消えていませんよ!

SNSでサーチしてみると、公開時も、数週間たった今も変わらず、1分に数個というハイペースで、この映画について、人間の暮らしについて、戦争の悲惨について……大勢の人が言及を続けている。
 まずヒットしそうにない、シリアスな映画に、3000人以上がクラウドファンディングでお金を出し、誠実かつ丹念な姿勢で製作され、さまざまな障壁をのりこえ声優にのんさんこと能年玲奈さんをえいやっと起用し、完成。それが真っ当に評価され、人が人をさそい、宣伝予算がまるでなくても、口コミという力でロングランになって……それは奇跡のよう。

花森さん、ぼくらの世界にまだ希望はあるかもしれません。
 この寒い冬、日本中の片隅で、たくさんの花が咲いています。

konosekai_sb3_0358

先日もこの映画を二子玉川まで見に行った。
 旧い友人が仲間たちと座席予約をしたものの、ひとり来られなくなって急きょぼくを思い出し、呼んでくれたのだ。長いこと会っていなかったのに、この映画で思いついてくれるなんて、とてもうれしい。
 見るのはこれで三度目。自説だが、三度以上見たくなる映画こそが「いい映画」。その条件は満たしたことになる。
 土曜、昼間の映画館は満員で、作品の人気、勢いを感じさせた。ぼくの隣には、お母さんと小六くらいの息子が座った(この二人は映画が始まるや鼻をすすりはじめる。ポップコーンを食べながら)。

ストーリーは、あちこちで紹介されているので、最小限にとどめておくが、戦争中に広島から隣の呉へ嫁いだ18歳、おっとりぼんやりした「すずさん」の物語。「ありゃあ」「弱ったねえ」を繰り返し、ずっこけ続けている。
 それはなんだか「あまちゃん」の能年さんがそのままスライドしてきたような存在である(いまや、「のんさん=すずさん」という新しい公式も確立しましたね)。
 絵を描くことが大好きな明るい主人公と家族、友人たちが織りなす「普通の暮らし」。それが、国の戦争によって、しだいにゆがめられ、翳りを帯びてゆく、その終戦までの過程が時系列、すずさんの目を通した日記のような記録形式で描かれる。
 まごうかたなきアニメーション、フィクション作品なのに、見るうちに実写、ノンフィクションを見たような気持ちになってしまっているのは、きっと丹念な取材、精緻を極めたプロフェッショナルたちの仕事のおかげだろう。
 音使いが素晴らしい。のんの頓狂な声とコトリンゴのささやくような歌声を前面に押し出し、きわ立たせるような手法といい、静寂と爆撃音のバランスといい、雑踏、セミの声、鳥の羽ばたきなどなど、隅々まで音響設計が行き届いて、緊張感を保たせる。
 記録形式、といっても、たまにテレビで見るような第二次大戦の記録フィルムのようなものというより、もっとプライベートな、まるでホームビデオを見せられたような気持ちになるこの不思議。きれいなカラー作品だから? ということもあるだろうが、それ以上に、すずさん始め、家族たちの声、ぬくもり、笑いでいっぱいの、明朗なエピソード描写のせいだろう。

konosekai_sb2_0426

そう、この映画、「泣く」という人が多いのだが、そしてその通りなのだが、その前に「おおいに笑う」のだ。
 ともかく、すずさんのボケっぷりの連続技がいとしくて可笑しい(それを言葉、息づかい、間合いだけで丸ごと表現してしまえるのんさんは、やっぱり天才だと思う。みんなでこの希有な才能のある人をもっとリスペクトし、大事にしなきゃ!)。
 戦争中だというのに、戦時の、しかも軍港の町が舞台だというのに、20個も30個も笑わせる仕掛けが用意されていて。
 だからこそ、こわくなる。笑いのある暮らし、すなわち「幸福」が、しだいしだいに損なわれていくのだから。

ぼくらは知っているのだ。その先になにが起こるのかを。
 すずさんは海に浮かぶ大きな戦艦を眺めて、夫にこう聞く。

「周作さん、ありゃ何ですか 船ですか!?」
「大和じゃ! よう見たってくれ。あれが東洋一の軍港で生まれた世界一の戦艦じゃ」
「あれにも人が乗っとるの?」
「ああ、ざっと2700人」
「……2700人!」

その世界一の戦艦の運命を、ぼくらは知っている。その乗組員たちがどうなるかを。
 あるいは巡洋艦青葉がどうなるのかを。

呉の空襲がはげしいので、広島に移るという人たち。すずもまた、その夏、広島の実家に帰ろうとする……その帰る先、やってくる1945年8月6日に何が待っているのか、ぼくたちは知っているのだ。

いま、帰っちゃいけないよ、すず!
 呉に残れ、すず!

さっきまでファミリー映画、コメディ映画のようなタッチだったのに、あんなに劇場みんなで笑っていたのに、物語の進行とともにサスペンス映画、ときにホラー映画の様相さえ見せてくる怖い作品。
 人を泣かせること、人を怖がらせる作品、そのしかけの基本は、登場人物たちの幸せを見せ続けること……そんなドラマ作りの定理が見事にここにある。

konosekai_sb5_0448

普通の暮らし。人間にとって、いちばん大事な普通の暮らし。両親がいて、兄弟がいて、友だちがいて。
 みんなと笑いあったり、泣いたり、ケンカしたり、励ましたり、嫉妬したり。
 ごはんをつくって食べて、寝て、学校に行って、田んぼや畑をして、遊んで。
 戦争がそれらをひとつひとつおびやかし、奪い去ってゆく。普通の暮らしの、なんという壊れやすい形であることだろう。
 国というのは、みんなが集まって、みんなのために作ったものではないのか。それなのに、なぜ人を不幸にする?
「お国のために」ってなに? 国ってなに? 国家ってなんだ?
 守るべきは、国ではなかった。ひとつひとつ、ひとりひとりの暮らしであった。それ以外にないのだ。
 人は死ぬ。簡単に死ぬ。生きているのがむしろ奇跡のような、生きていくことのほうがつらいというような現実が、ほんのつい70年前にあったということ。ぼくらのお父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんは、大勢その体験をくぐりぬけてきたということ。
 忘れがちな、大事なものたち。記憶し、記録すべき貴重な事実。
 愛する人に贈るプレゼントは、幸福で甘いものとは限らない。

ところで、花森安治は、冒頭の『戦争中の暮しの記録』の檄文をこうしめている。

 「君がなんとおもおうと、これが戦争なのだ。それを君に知ってもらいたくて、この貧しい一冊を、のこしてゆく。
 できることなら、君もまた、君の後に生まれる者のために、そのまた後に生まれる者のために、この一冊を、たとえどんなにぼろぼろになっても、のこしておいてほしい。」

この文中の《一冊》を、《一本》という言葉に置きかえれば、そのまま『この世界の片隅に』という、いとおしい映画の話となる。

もう一回、見に行こう。

著者プロフィール:澤田康彦

雑誌・書籍編集者、エッセイスト。1957年、滋賀県生まれ、上智大学外国語学部フランス語学科卒。マガジンハウス勤務の後、京都でフリー編集者兼主夫業を経て、2016年より『暮しの手帖』の編集長に。

この記事の関連書籍

sensouchunokurashinokiroku

戦争中の暮しの記録

暮しの手帖編集部
定価:2,376円 (税込)

書籍の詳細・購入はこちら
暮しの手帖社ウェブサイト

1968年8月に刊行した『暮しの手帖』第一世紀96号の特集「戦争中の暮しの記録」を書籍化したものです。戦時下の庶民の暮らしがさまざまな年齢、立場、視点から記してあります。なにを考え、なにを食べ、なにを着て、どんなふうに暮らし、死んでいったか。当時、編集長の花森と暮しの手帖編集部は、全力を傾けて、この特集に取り組みました。その姿は、連続テレビ小説『とと姉ちゃん』のクライマックスエピソードとして取り上げられました。


konosekai_book1

原作本「この世界の片隅に」上巻

著者:こうの史代
双葉社

映画『この世界の片隅に』

2016年11月12日公開

「長い道」「夕凪の街 桜の国」などで知られる、こうの史代のコミック「この世界の片隅に」をアニメーション映画化。
1944(昭和19)年広島。18歳のすずに突然縁談が持ち上がり、生まれ育った江波から軍港の街・呉に嫁いでくる。見知らぬ土地で、一家を支える主婦となったすずは新しい家族、新しい街に戸惑いながらも健気に毎日の生活を紡いでいく。
1945(昭和20)年3月。呉は、空を埋め尽くすほどの数の艦載機による空襲にさらされ、すずが大切にしていたものが失われていく。それでも毎日は続く。そして、昭和20年の夏がやってくる――。
主人公すずは、本作でアニメ映画初主演を果たす女優・のんが演じている。やさしく、柔らかく、どこか懐かしい親しみを感じさせる声ですずさんに生命を吹き込んだ。

【監督・脚本】片渕須直
【原作】こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社刊)
【企画】丸山正雄
【音楽】コトリンゴ
【声の出演】
のん 細谷佳正 稲葉葉月 尾身美詞
小野大輔 潘めぐみ 岩井七世 牛山茂 新谷真弓/澁谷天外

オフィシャルサイトhttp://konosekai.jp/

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

編集部のおすすめ