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合言葉はSocial Music。“帝王”マイルス・デイヴィスを描いた映画『MILES AHEAD』に溢れる熱い魂

合言葉はSocial Music。“帝王”マイルス・デイヴィスを描いた映画『MILES AHEAD』に溢れる熱い魂

マイルス・デイヴィスをモデルにした劇映画『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』が遂に日本公開された!
といっても“マイルスって誰?”なる声も多いに違いない。なにしろ彼がこの世に別れを告げたのは1991年、もう25年も前の話だからだ。担当楽器はトランペット、功績は彼の言葉によると「まあ、音楽の流れを何度か変えたかな」ということになる。一部で“ジャズの帝王”とも呼ばれたが、本人はジャズという言葉が大嫌い。どうしてもカテゴリーに当てはめる必要があるときは、ソーシャル・ミュージックという表現を使っていたという。「ああ、確かにマイルスは自分の音楽をそう呼んでいたね」とは、彼の甥でドラマー、そしてこの映画でプロデューサーを務めたヴィンス・ウィルバーンの発言だ。監督・共同脚本・主演はベテラン俳優のドン・チードル。個人的には映画『ホテル・ルワンダ』の抑えに抑えた演技が印象に残っているのだが、もともと彼は大のマイルス・ファンで、趣味でトランペットも吹く。憧れのヒーローに扮する喜びは、とても言葉で表現しつくせないに決まっている。

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“空白の5年間”という邦題サブタイトルが示す通り、物語のメインとなるのは1975年から80年までの、いわゆる沈黙期間である。75年9月にニューヨークのセントラル・パークで行なわれたコンサートを最後にマイルスはライヴ活動を停止、78年春以降は録音スタジオに入ることも途絶えた。80年からレコーディングを再開し、約7年ぶりのスタジオ・アルバム『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』を引っさげて奇跡のカムバックを果たしたのが翌年の夏。


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ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン

(CD)SICP-30277 ¥1,800+税


ローリング・ストーンズの新作が11年ぶり、宇多田ヒカルの8枚目のアルバムが8年半ぶりという昨今からすると“ほんの5年だったのか”という印象もまぬがれないが、とにかく、むちゃくちゃとんでもなく音楽界が濃かった70年代の一時期、世間と隔絶していたマイルスが何を考え、何をしていたか・・・・その一端をこの映画は擬似体験させてくれる。
といっても、帝王マイルスであるからキレイでソツのない“英雄物語”になるわけがない。破天荒という概念がアラぶっているような人物ゆえ、描写は熾烈を極める。ガンをぶっ放し、カーチェイスをし、コカインをすすり、相手を殴り、sで始まったりfで始まったりするフォーレター・ワーズを連発し、自分の旧作を、いかにも“過去の歴史的名作”的な語句で紹介するFM番組に電話をかけて「俺の音楽をタイムカプセルに入れるな。ぶっ殺すぞ」と息巻く。もちろん当時の彼が実際にこういう言動をとっていたのかどうか誰も知らない。スクリプターは誰も見ていない“空白”のマイルスを、想像の翼のはばたくままに描いた。でも物語は決して脚本のひとりよがりには陥っていない。先に触れたヴィンス・ウィルバーン、息子のエリン・デイヴィス、および歴代マイルス・バンドの生き残りメンバーらの目が光っているからだ。

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ストーリーの中盤では、最初の妻・フランシスにも大きくスポットが当たる。最高に刺激的な音楽を演奏するオシャレな男、マイルスはおそらく一度だって恋愛相手に不自由していない。アイリーンという女性との間に長女シェリル、長男グレゴリーと次男マイルス四世を授かったのは20代の時だが、入籍はしなかった。戸籍だのなんだの、しゃらくせえということか。だが美貌にして抜群のスタイルの持ち主であるダンサーのフランシスに惚れたときは別。マイルスのほうから結婚を言い出し、「踊りをやめて、いつも俺のそばにいろ」と有無を言わさず迫った。仕事をやめて家庭に入れ。まるで、梶原一騎の描く昭和の男ではないか。

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マイルスは自慢の妻のポートレイトを、自分のレコード・ジャケットに用いる。この映画の中にもしばしば登場する『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』(61年)が、それだ。音楽家でもない自分の嫁をジャケットにする発想は、少なくともマイルス以前にはなかった。65年の『ESP』では2ショット写真が使われている。


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サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム

(CD)SICP-30218 ¥1,800+税


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E.S.P.

(CD)SICP-30222 ¥1,800+税


しかし間もなくフランシスと別れてしまう。つぎにステディになったのはベティ・メイブリーという、マイルスとは19歳も年の離れた少女だった。マイルスは彼女を通じてジミ・ヘンドリックスらロック界の気鋭と知り合い、スーツを脱ぎ、最先端の若者ファッションに身を固めた。いうなればベティは“エレクトリック・マイルス”の母だ。彼女はアルバム『キリマンジャロの娘』(68年)のジャケットに登場している。


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キリマンジャロの娘

SICP-832 ¥1,800+税


マイルスは、ベティとは別に女優のシシリ―・タイソンとも交際していた(80年代に結婚)。『ソーサラー』(67年)のジャケにうつる、横顔の女性がシシリ―だ。
ここまで歴代のガールフレンドや配偶者をレコード・ジャケットに起用した者がマイルス以外、どこにいるか。この映画にはフランシスも協力しているので彼女からの視点も盛り込まれているが、もしベティやシシリーが関わっていたら、また違ったストーリーが展開されたことだろう。交際相手の数だけ、物語がある。あらゆる彼女からみた“マイルス像”を見てみたい、ともぼくは思った。


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ソーサラー

SICP-30264 ¥1,800+税


劇中に挿入される演奏は断片的なものが多いが、ラスト・シーンでは、まばたきするのも惜しくなるような白熱のセッションが展開される。元マイルス・バンドのレジェンドであるウェイン・ショーターやハービー・ハンコックと、映画の音楽監督も務めたロバート・グラスパーやエスペランサ・スポルディングらが組んだ特別編成のバンドが“マイルス”と共演するのだ。トランペット・プレイは現役の名手キーヨン・ハロルドが担当、ドン・チードルが指や唇を当てぶりしているのだが、このヴァーチャル・リアリティ度には驚くしかない。“#SocialMusic”と描かれた上着にそでを通し、バリバリにかっこいいフレーズを吹くトランぺッター。もしマイルスが不老長寿のまま、今この世界に戻ってきたらなあ。そんな空想をかきたててくれるのが当シーンだ。しかもエンディングのところで、こっちのエモーションに追い打ちをかけるように“Miles Davis 1926- ”というテロップが出る。没年を入れなかったところに、ぼくは制作陣の熱い思いを見る。

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最後に少々宣伝めくが、オリジナル・サウンドトラックCD『マイルス・アヘッド』の解説もぼくが担当している。

映画で使われている音楽がいくつも、全長版として収められているのも特徴だ。「マイルスが好きでよかった、ファンでよかった」と喜びにふるえ、スケールの大きな表現で絶えず自分を鼓舞してくれるマイルスに恩返しをするような気持ちで書いた。ひとりでも多くのみなさんと、マイルスのソーシャル・ミュージックに浸る喜びを共有できたら、こんなにうれしいことはない。


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「マイルス・アヘッド」オリジナル・サウンドトラック

(CD)SICP-4776 ¥2,400+税
発売中


【収録曲】


01. マイルス・アヘッド
02. ダイアローグ:イット・テイクス・ア・ロング・タイム
03. ソー・ホワット
04. テイラー・メイド
05. ダイアローグ:リッスン、ユー・トーク・トゥ・ゴッダム・マッチ
06. ソレア
07. セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン
08. ダイアローグ:イフ・ユー・ゴナ・テル・ア・ストーリー
09. ネフェルティティ
10. フレロン・ブラン(ブラウン・ホーネット)
11. ダイアローグ:サムタイムズ・ユー・ハヴ・ディーズ・ソーツ
12. デュラン
13. ダイアローグ:ユー・オウン・マイ・ミュージック
14. ゴー・アヘッド・ジョン(パート2C)
15. ブラック・サテン
16. ダイアローグ:ビー・ミュージカル・アバウト・ディス・シット
17. プレリュード パート2
18. ダイアローグ:ユー・オール・リッスニング・トゥ・ゼム
19. ジュニアズ・ジャム
20. フランセッセンス
21. バック・シート・ベティ
22. ダイアローグ:アイ・ドント・ライク・ザ・ワード・ジャズ
23. ワッツ・ロング・ウィズ・ザット?
24. ゴーン2015

文 / 原田和典

映画『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』

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トランペットを手放し、創作活動を休止した〝空白の5年間″
マイルス・デイヴィスはトランペット奏者にとどまらず、「ジャズ界の革命児」「ジャズの帝王」とも称されている。しかし彼には、半世紀のキャリアにおいて、創作活動を休止した“空白の5年間”があった。なぜ、彼は活動を休止したのか?そして彼に何があったのか?

監督・製作・共同脚本・主演:ドン・チードル(『ホテル・ルワンダ』)
出演:ユアン・マクレガー、エマヤツィ・コーリナルデイ
音楽:ロバート・グラスパー
原題:Miles Ahead /2015年 アメリカ映画
字幕翻訳:寺尾次郎/字幕監修:小川隆夫
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
オフィシャルサイトMiles-Ahead.jp
(PG12+)

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スケッチ・オブ・スペイン

(CD)SICP-2255 ¥3,600+税

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