vol.87 LIVE SHUTTLE

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矢野顕子40周年。くるり・岸田繁も登場したライブのグルーブ感に脱帽

矢野顕子40周年。くるり・岸田繁も登場したライブのグルーブ感に脱帽

矢野顕子 40th Anniversary 
「さとがえるコンサート2016  矢野顕子+TIN PAN」
2016.12.18 NHKホール

 今年、デビュー40周年を迎えた矢野顕子が年末恒例の“さとがえるコンサート2016”を12月18日に東京NHKホールで行なった。
 40年前の1976年、矢野はデビューアルバム『JAPANESE GIRL』をリリースした。このアルバムのアナログレコードのA面は“AMERICAN SIDE”と名付けられ、バックをアメリカのロックバンドの重鎮“リトル・フィート”が務めている。一方、B面の“JAPANESE SIDE”は細野晴臣をはじめとする“ティン・パン・アレー”のメンバーがバックを担当した。今回の“さとがえるコンサート2016”は、細野晴臣(ベース)、林立夫(ドラムス)、鈴木茂(ギター)が参加。かつての“ティン・パン・アレー”からのピックアップ・メンバーなので“TIN PAN”というクレジットでのライブとなった。

 ドラムス、ベース、ギター、キーボードの4人編成は“4リズム”と呼ばれ、楽器編成の最も基本となるスタイルだが、“TIN PAN”の3人にキーボードの矢野が加わるとなれば、ある意味、日本最強の4リズムとなる。矢野は好んでこのメンバーでライブを行なっている。それは、彼らが相手の演奏に反応して自分のプレイを変えることのできる“名人”たちだからだ。この4人で演奏すると、お互いの音に触発されて、毎回、異なる展開が楽しめる。本人たちも予想のつかない高みに到達することが多い。この夜も、一瞬も目の離せないスリリングで楽しいパフォーマンスとなった。矢野顕子ライブ

 まず矢野がステージに一人で現われ、中央で一礼してピアノの前に座る。すぐにイントロを弾き出す。特徴のあるピアノのフレーズは、「ひとつだけ」だ。気付いてオーディエンスから拍手が起こる。堂々としたピアノに、ボーカルが軽々と乗る。声の“推定年齢”は、17才。デビューの頃に戻ったような、可愛らしい声だ。
 続く「電話線」のイントロでも拍手が起こる。この曲の声は、22才くらいの感じ。ピアノも声も自由自在に扱って、矢野は自分の音楽をNHKホールの隅々にまで響かせる。特に歌の終わりで声をだんだん大きくしていくコントロールが見事だった。“ザ・矢野顕子”と言える代表曲2曲の弾き語りからライブが始まった。

 「こんばんは、矢野顕子です。今年もNHKホールに帰って来れたことを、本当に嬉しく思います。その嬉しさを分け合う仲間を紹介します」と、細野、林、鈴木を呼び込む。矢野の40周年をたどるのに、これ以上、ふさわしいミュージシャンたちはいない。そして始まったのは、『JAPANESE GIRL』に収録されている「丘を越えて」だった。藤山一郎が昭和6年(1931年)に歌って大ヒットした曲のカバーだ。
 矢野が“元祖・カバー”と言われるゆえんはこのあたりにある。古今東西の名曲を矢野の感覚でチョイスし、矢野の感覚でアレンジする。85年も前の曲なのに、少しも古く感じない。矢野が『JAPANESE GIRL』でカバーしてから40年も経つのに、そのアレンジは斬新だ。TIN PANの演奏も矢野のアイデアに応えて、独特のニュアンスのリズムを刻む。
 メドレー形式で曲は、鈴木と細野が在籍した“はっぴいえんど”の「暗闇坂むささび変化」(71年)に進む。カントリー・ミュージックの要素の入った曲で、鈴木がマンドリンのような音色を奏でて雰囲気を盛り上げる。1番を矢野が歌い、2番は細野、3番を2人で歌ったのだった。
 次の「TOKYO・ハーバーライン」(76年)は鈴木のソロアルバムからの曲で、今度は鈴木が歌う。「暗闇坂むささび変化」のカントリーから、リズムは一転してボサノヴァ・タッチになるが、4人はまったく違和感なく演奏する。リズムやジャンルに関係なく“4人のサウンド”が確立されているからこその離れ業だ。矢野顕子ライブ 

 矢野が「あれ? “暗闇坂~”って、はっぴいえんどのどのアルバムに入ってたんだっけ」と聞くと、細野が「『ゆでめん』だったかな」と答える。すると客席から「違います。『風街ろまん』です」と声が掛かった。矢野はニッコリして、「これからわからないことはお客さんに聞いた方がいいですね。そういう機会が増えていくでしょう」とリアクション。会場から笑いが起こったのだった。

 スタンダード曲の「スターダスト」の作曲者・ホーギー・カーマイケルの「香港ブルース」をカバーしたり、野球好きの矢野の新曲「野球が好きだ」など、新旧織り交ぜてライブは進む。前述のように細野も鈴木も歌うので、前半は“ボーカリスト矢野顕子”と同じくらい“歌のバックの名人・矢野”がフィーチャーされた内容だった。

 休憩をはさんで、後半はスタンドマイクで矢野が歌う「Rich Woman」でスタート。続く「Havana Moon」ではビブラフォンを弾きながら歌う。英語のカバー曲も、矢野が歌うと他とは違った楽しさが生まれる。「どちらの曲も、『こんな女の人がいたらいいなあ』という男性のたあいのない願望の歌でした」と矢野が曲紹介をすると、会場はまたまた大笑い。「私はこういう歌を、よく主人公の男女を入れ替えて歌うんですが、この2曲は無理ね」。さらに大きな笑いが起こる。矢野顕子ライブ

 「素敵なゲストが来てくれました。彼もはっぴいえんどやTIN PANを愛して止まない人だと思います」と、くるりの岸田繁を紹介する。TIN PANと入れ替わりに、岸田がステージに登場した。
 「矢野さんがデビューした76年に生まれました」と岸田。「一緒に作った曲をやります。曲作り、うまくいきましたね」と矢野。共作した「Presto」を、矢野のピアノをバックに2人で歌う。2人の柔らかな声が、よく響き合う。“さとがえるコンサート”ならではの、スペシャルなセッションだった。
 そしてその後、TIN PANの3人が加わった「東京」がさらにスペシャルだった。矢野とは違う感情むき出しの岸田の歌と、矢野+TIN PANのサウンドがぶつかり合う。くるりのデビュー曲でありながら、岸田個人の思いがあぶり出された演奏が、この日、いちばん印象に残った。くるりのナンバーを演奏しても、矢野+TIN PANはオンリーワンのグルーヴで貫く。その楽しさと強さを体感した1曲だった。
 そんな盛り上がりに我を忘れたのか、矢野は1曲飛ばしてしまい、「ほうろう」を歌い出す。終わって「すいません」とメンバーに謝って“飛ばした”「抱きしめたい」を改めて歌う。
 「私の曲の中で最も愛されている曲のひとつをやります」と、矢野は「ごはんができたよ」を本編のラストに選んだ。林の強烈なドラム、グルーヴィーに弾む細野のベース、切れッキレの鈴木のギターに包まれて、矢野の生命力あふれるボーカルが弾ける。そこにいる全員を笑顔にして、いったんステージを後にした。

 アンコールでは矢野+TIN PANと一緒に、岸田が三線を持ってステージに登場。「岸田さんからリクエストをいただいた曲です」と、細野のソロアルバム『泰安洋行』(76年)収録の「RooChoo Gumbo」を5人で演奏する。この曲は沖縄とニューオーリンズが混じり合ったユニークなグルーヴを持つ曲で、矢野や細野の音楽の血を受け継ぐ岸田も参加して“グルーヴ研究室”とでも言いたくなるような刺激的なセッションになった。そこには世界に誇るべきオリジナリティがあった。このオリジナリティをもって、矢野は40年という時間も、アメリカ在住という空間も超えて、今、音楽シーンに確固として在る。
 ライブを「ろっか・ばい・まい・べいびい」という優しい歌で締めくくると、「また来年、会いましょう」と挨拶して矢野は去った。40年前に現われた才能は、いまだに音楽シーンを豊かに耕している。その成果をもっともっと楽しみたいと思った。
 伝説の弾き語り映画『SUPER FOLK SONG -ピアノが愛した女。-』(92年)が、デジタル・リマスターされて2017年1月に上映される。機会があれば、見ることをお勧めしたい。

文 / 平山雄一 撮影 / スージー

矢野顕子ライブ

矢野顕子 40th Anniversary
「さとがえるコンサート2016  矢野顕子+TIN PAN」
2016.12.18 NHKホール セットリスト

1. ひとつだけ(solo)
2. 電話線(solo)
3. 丘を越えて
4. ~暗闇坂むささび変化 ※メドレー
5. Tokyo・ハーバーライン
6. 香港Blues
7. 12月の雨の日
8. 野球が好きだ
9. 100ワットの恋人
―休憩-
10. Rich Woman
11. Havana Moon
12. Presto (矢野+岸田)

13. Remember me (矢野+岸田+TIN PAN)

14. 東京  (矢野+岸田+TIN PAN)

15. ほうろう
16. 抱きしめたい
17. Super Folk Song Returned
18. ごはんができたよ
アンコール
EC1. RooChoo Gumbo (矢野+TIN PAN+岸田)

EC2. Blue Moon
EC3. ろっか・ばい・まい・べいびい

矢野顕子

1976年「JAPANESE GIRL」でソロデビュー以来YMOとの共演など活動は多岐に渡る。rei harakami、上原ひろみなど、様々なジャンルのアーティストとのコラボレーションも多い。
2015年Seiho、tofubeatsなどのトラックメーカーを迎えアルバム「Welcome to Jupiter」をリリース。20周年を迎えたさとがえるコンサートでは、TIN PANと共演。そのライヴをおさめた『矢野顕子+ TIN PAN PART II さとがえるコンサート』、スタジオ・ライブ映像作品『Two Jupiters』を2作同時リリース。2016年ソロデビュー40周年を迎えた。

オフィシャルサイトhttp://www.akikoyano.com

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