恋するB級ドーナツ盤~45回転のときめきと昭和の匂いを求めて~  vol. 4

Column

「お笑い」とドーナツ盤のお熱いカンケイ!?

「お笑い」とドーナツ盤のお熱いカンケイ!?

あけまして、おめでとうございます!
応援してくださる読者のみなさまのおかげで、ドーナツボーイズもなんとか年を越せました。
ありがたや、ありがたや。
さて、正月といえば、やっぱり「お笑い」。
ドーナツ盤でひもとく浪速お笑い芸人の泣き笑いヒストリー、はじまり、はじまり~!


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ゴロー 今回はシローさんのお得意のジャンルですよ。関西人の独壇場。ドーナツ盤の世界では、「コミックソング」というジャンルがずいぶん前から確立されていたように思います。中古レコード屋さんのなかには、わざわざそういうコーナーを作ってらっしゃるところもあるぐらい。そこで、今回は「お笑い」を切り口に、あれこれ聴いていきましょう。ドーナツ盤ははたして、時代ごとの笑いを刻み込んでいるのか?

シロー ずいぶん鼻息が荒いね。「時代ごとの笑い」かあ、そんなこと、考えたこともなかったね。関西人にとっては、笑いは空気と一緒。もともと「笑芸」とレコードの関係は深くて、戦前からSP盤で人気落語家の音源がレコードになって、相当量流通してたわな。上方落語の初代桂春団治なんかは、それで全国的に名前が知られたでしょ。せんべいでレコードを作る、なんて破天荒なこともやって話題になった。

ゴロー ドーナツ盤の前にせんべい盤があったとは!

シロー ドーナツ盤の時代は、テレビ時代と連動して「笑芸」の人気者はそのままスターになって、シングル盤も出すというスタイルが確立しました。まず振り返ると1960年代は、東京ぼん太「マアいろいろあらァな/東京の田舎ッペ」(1966年発売)。なぜかボク、これは持ってるのよ。某所でこのレコード見つけて、「あ! 東京ぼん太や!」って喜んで買って帰ったら、中身が違った(笑)。古本ではめったにないけどね。カバーと本体が違うってこと。

ゴロー ドーナツ盤って、ジャケットとレコードの袋が別々で、それがひとつのビニール袋に入って初めて完品になります。こういう形式は日本独自じゃないですか。

シロー そうやね。続いて、三代目笑福亭仁鶴「どんなんかなァ/おばちゃんのブルース」(1969年発売)。これはヒットしたけど、B面の「おばちゃんのブルース」が、ペーソスあふれる抒情的な名曲でした。作詞も仁鶴がしてるな、これ。知らんかった。「ABCヤングリクエスト」という深夜放送で、当時、よくかかった。あんまりよく放送で聞くんで、ドーナツ盤買う必要なかったな。

ゴロー じつは、いまシローさんが挙げた笑福亭仁鶴が出した2枚目のドーナツ盤「大発見やァ!」(1970年発売)を、ぼくはすごく音楽的に買ってるんです。聴いてみましょう。

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ぬれた瞳にバラの頬
 白いうなじが気にかかる
 ボインブルルン可愛い娘ちゃんチャコ
 今夜は二人でママゴトしましょう

 (セリフ)「なんやて、よう鏡見てから云えてか?
       どれどれ
       大発見やァ!」

 この顔なんとかこの顔なんとかならへんかなァ

ゴロー 冒頭の「大発見やァ!」の雄叫びから、チープなオルガンが切り込んでくるところは、鳥肌ものです。ほんと、グルーヴィー極まりない演奏で、セリフが入る前のドラムのブレイクがまた決まってます(落合武司・作 詩/宮川泰・作編曲/テイチク・オーケストラ演奏)。

シロー そうかあ、「大発見やァ!」で鳥肌立ったのは、日本でゴローくんが最初やと思うけどね(笑)。作編曲が宮川泰(ひろし、と読む)やもんな。こうして聞くと、仁鶴は歌うまいな。歌詞だけ読むと「娘ちゃんチャコ」の「チャコ」がわからんと思うけど、これは仁鶴の落語の口ぐせというかギャグで、すぐに語尾に「ちゃんちゃこ」をつけてた。普通に「遊んで」というところを、「遊びちゃんちゃこして」という。これが当時、ウケたんや。しかし、何といっても関西発の大ヒット笑芸「ドーナツ盤」と言えば……。

ゴロー はい、月亭可朝「嘆きのボイン」ですね。1969年に発売されて、80万枚の大ヒットと記録されています。曲名に「ボイン」とついているのが、まず強烈ですね。

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シロー そうやなあ。女性のおっぱいを「ボイン」と呼ぶのは、「11PM」の大橋巨泉さんが言い出して、流行語になった。仁鶴さんの「大発見やァ!」にも「ボイン」が出てきたな。

ゴロー 関西の笑いに「ボイン」は欠かせないんでしょうか?

シロー また関西人をエロ人種やと思ってるな? しかし、「ボインは 赤ちゃんが吸うためにあるんやで~ お父ちゃんのものと違うのんやで~」と、いきなりこれやからなあ(笑)

ゴロー よく、これが普通にお茶の間に放送されましたねえ(笑)。

シロー いま言われたら、ほんと、そうやなあ。子どもも聞いてたからなあ。可朝さんは桂米朝さんが師匠で、前の名が「小米朝」。これは出世名で、将来期待されていたけど、どこかで逸れたんやなあ、人生のコーナーを。ギター弾きながら歌ってたけど、ほとんどギターはそれまで弾けなかったという。コードも三つぐらいでしょう。

ゴロー ええと、Am、Dm、E7ぐらい、ですかね。

シロー そうでしょう。これ曲はラテンで、ラテンと言えば、川柳川柳(かわやなぎせんりゅう)。1960年代にテンガロンハットかぶって、メキシコ人の格好して、「ラ・マラゲーニャ」をギター片手に歌って人気があった。可朝が本当にラテン音楽を聞いていたかどうか。むしろ、この川柳の舞台を見て、真似た可能性があるな。 というふうに、人気者のお笑い芸人は、ほとんどドーナツ盤を出す時代やった。いま、ピースの又吉直樹がドーナツ盤出すか?

ゴロー うーん、出せば売れると思いますよ。「火花」というタイトルで。 ところで今日はシローさんもドーナツ盤を持ってきたんですって?

シロー はい、持ってきました、ザ・ぼんち「恋のぼんちシート」(1981年発売)。聴いてみようか。

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そうなんですよ 川崎さん
 ちょっと待ってください 山本さん
 いや じつはですね えーそうなんです
 A地点からB地点まで行くあいだに
 すでに恋をしてたんです

シロー 実は、この盤には、歌詞がついてないのよ。A地点からB地点に行く間に歌詞が消えてしまったという……。

ゴロー なんと!

シロー 作詩・作曲は近田春夫さんで、編曲は鈴木慶一さん。演奏にムーンライダースが参加しているという、音楽的にはめちゃくちゃ豪華な一枚。ところが歌詩は完全にお笑い。 つまり、この辺りから、お笑い芸人とプロのミュージシャンとのコラボが芽生えていく、とボクは思うんやね。

ゴロー これ、当時のお昼のワイドショーでの川崎敬三さんと山本耕一さんのやりとりがネタになってますよね。語りネタが中心だということもあるんでしょうが、裏ジャケットに歌詞が載っていないというのが、実はとても重要だと思います。 つまり、歌詞をつける必要がないぐらい、このネタは全国民的に共有されていたという証にもなっている。いやあ、ドーナツ盤って、ホント、いろいろ読み取れますなあ。

シロー ザ・ぼんちは、漫才のキャリアは長かったけど、長い間芽が出なくて、1980年頃に起こった「漫才ブーム」で一挙に火がついた。2人は1981年に武道館で単独ライブをして、いっぱいにしてんのよ。漫才で1万人集めるって、凄いと思わへん?

ゴロー 漫才もやったんですか?

シロー ほかに、何すんの(笑)。でも、1万人相手に漫才はキツかったって、後でぼやいてた。まあ、当然やね。でも、笑芸が出すイロものとしてのドーナツ盤、という位置づけがこの頃から変わってきたな。

ゴロー うなずきトリオ「うなずきマーチ」(1982年発売)はどうでしょう。

シロー ああ、ビートきよし、松本竜介、島田洋八の3人が結成してプチ・ブームになったんだよね。いずれも相方が強烈な「ツッコミ」で、本来「ボケ」の3人が、ただ「よしなさい」とか「そんなアホな」しか言わない。「ボケ」にもならず、ただ横に立ってうなずいているだけだったのでこの名がついた。

ゴロー 彼らはレコード・デビューにあたって、何人もの大物歌手にオファーしたらしいですね。で、最終的には大瀧詠さん一がプロデュースした。ちょっと聴いてみましょう。

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西へ行っては うなずいて  皆 見に来ても うなずいて  北いにこたえ うなずいて  東 ずんでも うなずいた  よしなさい よしなさい  よしなさい よしなさい

シロー まともにちゃんと聞いたのは今回初めてやけど、そうか「南に」と「皆 見に」とか、掛け言葉になってたんやね。音だけ聞いてたらわからん。おもしろい詞やな。

ゴロー 作曲だけじゃなく、作詩も大瀧詠一さんなんですね。ちなみに編曲の“多羅尾伴内”は、音楽上の遊びでよく使う変名で、大瀧さんご自身です。A面の「うなずきマーチ」のサビの部分には、3人それぞれの得意の合いの手、「よしなさい」「なんでやネン」「そんなアホな!」がフィーチャーされていますよね。 面白いのは、B面に収録されたミニコント「B面でうなずいて」で、わざわざ“この3つが漫才の基本なのです。もっとあたたかい気持ちで、このうなずきトリオを見守って下さい。お願いします”と出てくる。クレジットを見たら、構成を手掛けたのは放送作家の高平哲郎さんでした。

シロー 真剣に遊んでる感じやな。「うなずきトリオ」を結成させたのは横澤(彪)さんでしょう。いてもいなくても同じってことをからかっているわけで、本来なら「バカにすんな」ってことやな。それを反転させてメインで使うってのが、当時のお笑いブームの勢いを感じさせる。 で、曲を作るなら、いっそ一流のミュージシャンを、という発想になるわけや。同じ「ひょうきん族」で言うたら、その頃、ビートたけし「TAKESHIの、たかをくくろうか」(1983年発売)という曲を出してる。この曲、なんと作詞が谷川俊太郎さんで、作曲は坂本龍一さん! 小室等さんが同じ作詞で、小室自身が曲をつけて歌っているけど、曲のタイプが違って、どっちもいい。

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ゴロー すごいじゃないですか! 谷川俊太郎さんに坂本龍一さんですか。お笑いの人を集める力が急速に高まっていったってことですね。いや、なかなかいい歌ですよ。たけしがシンガーに徹して、お笑いの要素はナシ。「人間って こんな生きものさ たかを くくろうか」……。

シロー ところが、そのあと、漫才ブームが去ると、80年代半ばから急激に「笑芸」と音楽界の結びつきの勢いが消えていく。これは、レコードからCDへの移行とも関係あるね。

ゴロー そうですね。レコード、とくにドーナツ盤っていうのは、勢いを瞬間的にパッケージするところがありますからね。それと、お笑い自体の質が変わってきたような気もします。 もう一枚、行きましょう。上方演芸なら、この人も欠かせません。同じ笑福亭一門、笑福亭鶴光「イザベル=関西編=/買わなきゃ、Song! Song!」(1975年発売)。

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イザベル イザベル モナムール

ゴロー 途中に出てくる「ジュテームだっせ!」という絶叫が強力。この曲はフランスのシャンソン歌手、シャルル・アズナブールのカバー(加藤まなぶ・訳詞)なんですよね。

シロー いや、知りません、こんな歌。鶴光は笑福亭松鶴門下の高弟やけど、大阪時代、落語はほとんど聞いたことがなかった。「ヤンタン」(MBSヤングタウン)、「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)の人気ラジオパーソナリティというイメージやね。「エロ」満載で若者に人気があった。聴取者に電話して、相手が女性やったらまず「乳頭の色は?」と聞く。鶴光でなかったら、犯罪や(笑)。

ゴロー B面の「買わなきゃ、Song! Song!」が、これまたベースが効いたファンキーな演奏にのって、葛飾北斎の掛け軸を売りつける啖呵売(たんかばい)のシブーい口上が展開されるクールな一曲。これを聴くと、啖呵売の口上って、ラップにも通じるなあとつくづく思います。仁鶴にしても鶴光にしても、あの独特の声がなんとも魅力的ですね。

シロー 落語ってリズムでしょう。ジャズ・ミュージシャンに昔から落語ファンが多いけど、リズム感と関係あると思うんやね。声はやっぱり高座で鍛えられてる。それが落語家が歌う歌の、プロ歌手にはない説得力になっている。

ゴロー 仁鶴・鶴光のお二人は現在も活躍されているので、その名調子を味わうことはできますが、もうドーナツ盤でしか堪能できない語りということで挙げたいのが、横山やすしさんの「泣いて盛り場 大阪編」(1980年発売、横山やすし・作詞/中山大三郎・作曲)。

シロー そうかあ、やっさんも、ドーナツ盤出してたなあ。

ゴロー こんな歌です。

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 アケミも ヨーコも ヒサコもな 俺をだまして まあ去って行った
 オンナ! よう聞けよ こら
 お前ら おんなじように盛り場でやな 胸張って歩いているか
 どうか知らんけど そらまあ しっかりと生きていきいな な!

ゴロー やっさんが、オンナ遍歴をマシンガンのようにしゃべり倒していくわけですが、この勢いには圧倒されますよ。素人劇団に、滑舌トレーニング用として使ってもらいたいぐらい。一方で、「ボケッ」のひと言に溢れる哀感。バカな男の悲哀そのものも感じさせてくれます。

シロー これは歌の内容がどうこうというより、もうやっさんの生き方そのものやね。威勢よく怒鳴り散らすけど、一人になると淋しい。それが酒やボートに向かわせた。たしかに、この哀感は、漫才の舞台では出なかった。歌というものが持つ力やと思います。そしたら今回はここいらで。また、聞いてもらいます(これ西条凡児のマネやけど、わからんやろなあ)。

ドーナツボーイズの相棒、1960年代生まれのVictor Stereo BR-340。メンテナンスを担当する「チーム45」の努力で、現在もおうちギャラリー“GALLERY BIBLIO”で活躍中。

ドーナツボーイズの相棒、1960年代生まれのVictor Stereo BR-340。メンテナンスを担当する「チーム45」の努力で、現在もおうちギャラリー“GALLERY BIBLIO”で活躍中。

ドーナツ・シロー

1957年大阪府出身。上京して30年近くになるが、大阪弁がいっこうに抜けない。「シロー」はB面で、A面では古本と昭和に関する著作多数のライター。
http://d.hatena.ne.jp/okatake/

ドーナツ・ゴロー

1958年、名古屋市出身。B面の「ゴロー」としては「100円レコード・ハンターとして全国行脚中。A面は、某社の編集者という噂あり。

構成 / 村崎文香  協力 / おうちギャラリー“GALLERY BIBLIO”

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