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【追悼】ジョージ・マイケル逝く。最後のクリスマス

【追悼】ジョージ・マイケル逝く。最後のクリスマス

 今年の音楽界はスター達の逝去のニュ−スが続いたが、クリスマスが明けた26日朝、またしても、偉大な才能が天に召されたことを知った。「ワム!」のメンバーとして活躍し、解散後もソロとして、アルバム『フェイス』でグラミー賞を獲得するなどした、ジョ−ジ・マイケルが亡くなったのだ。享年53歳。まさに早すぎる人生の幕引きとなった。

 「ワム!」といえば、早熟なポップ界の天才であった。音楽的リーダーシップはジョージにあり、そもそも彼がスタ−を夢見たのは、7歳の時だという。さらにソングライターを目指し、早くから曲作りにも没頭した。その天才ぶりを示すのは、その後、世界中でヒットし、日本でも西城秀樹や郷ひろみがカバーした「Careless Whisper」にまつわる話だろう。

 この作品は、ジョージが17歳の時、地元でみつけた映画館のバイトにいくバスの中で生まれたのだ(16歳の時、という記述もあり)。そして歌の内容は、歌詞のシチュエーションこそティ−ンの生活感が垣間見れるものだけど、大人が聴いても充分鑑賞に堪える濃厚な恋の駆け引きが描かれている、とも言える(話は逸れるが、早熟というと思い出すもうひとりは、尾崎豊である。彼もジョージと同じ年齢の頃、これまた大人の鑑賞にも堪える恋愛感情を描いた「アイ・ラブ・ユー」を書いている)。

ジョージ・マイケル

 そして「ワム!」といえば、何と言っても「ラスト・クリスマス」。ジョージ・マイケルが亡くなったのが12月25日ということを、この曲と関連づけて伝えたメディアも実に多かった。この作品がリリ−スされたのは1984年のクリスマス前という、絶妙なタイミングだが、実はこの年、「ワム!」は世界的なブレイクを果たした。「Wake Me Up Before You Go-Go」(邦題・「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」)」が、全米でナンバ−・ワンになっていた。

 80年代といえば、MTVの全盛期だ。ジョ−ジ・マイケルもアンドリュ−・リッジリ−も、ルックスもバツグンに良く(ジョ−ジがちょっと悪ガキ風、アンドリューはお坊ちゃま風)、アイドル的人気も誇った。そんな彼らにMTVはうってつけだったし、「ラスト・クリスマス」は予算をかけた大掛かりなものであり、ショート・ムービーと言っても差し支えない完成度だ。

 辺りは一面の雪。ジープで山に遊びに行った男女はロッジへ到着する。でも去年のクリスマス(=ラスト・クリスマス)に果せなかった想いを、今も引きずる主人公…。好きだった彼女は、別のボーイフレンドと来ている。時折、チラチラ視線が合う。未練のような嫉妬のような、まだ整理し切れてないモヤモヤした気持ちも沸立つなかで、ただハッピ−なだけじゃないクリスマスが描かれる。

 でも1986年の6月。「ワム!」はあっけなく解散し、ジョ−ジ・マイケルはソロとして再スタートする。サラアイドルっぽかった彼は、よりマッチョなイメージになり、音楽性も、当時のデジタル・サウンドを取り入れつつ、より黒人のダンス・ミュ−ジックの要素を強めたものへと発展していく。ソウルの女王、アレサ・フランクリンとデュエットした「I Knew You Were Waiting (For Me)」が全米でナンバー・ワン・ヒットになる、といった快挙も成し遂げる。もともと「ワム!」の頃から輝いていた歌唱力に、さらに磨きが掛かる。

 この成果は予兆に過ぎず、さらに開花するのが、1987年にリリースされたファースト・ソロ・アルバム 『Faith』である。1500万枚という驚異のセ−ルスを記憶。翌年のビルボ−ドの年間アルバム・チャートのトップに輝くなど、他にも記録ずくめであり、ワールド・ツアーも大成功するのだった。

ジョージ・マイケル

 ただし、90年代へ入った途端、彼をとりまく状況は、下降線を辿っていく。前作の大成功のプレッシャーもあったのだろうが、セカンド・アルバム『LISTEN WITHOUT PREJUDICE 』が、予定通り制作できず、出来上がった作品のみ“VOL. 1”としてリリースするも、期待されたヒットにはならなかった。ジョージ・マイケルと所属レコード会社であるソニーとの関係もギクシャクし始めて、ジョ−ジが起こした訴訟は泥沼化した。そして私生活でも、逮捕やドラックなど、ゴタゴタが続いたのだった。

 ところで…。この原稿を書くために、ふとビルボードのチャート本を見ていて、思わず悲しみが倍増した。「ワム!」がビルボードで初のナンバー・ワンに輝いたのは「Wake Me Up Before You Go-Go」(邦題「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」)で、それはさきほども紹介したが、その1984年の11月17日のチャ−トで、奇しくも2位にランクインしていたのが、プリンスの「パープル・レイン」だったのだ。ご存知の通り、プリンスが亡くなったのも今年の4月であった。偉大な才能たちが、相次いで天国へと旅だった2016年。一番の供養は、彼らの作品を聴き続けることだろう。

文 / 小貫信昭 写真提供:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル


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