特集・進化するトライセラトップスという恐竜  vol. 3

Interview

【インタビュー】和田唱というミラクルな音楽家が生まれた背景(後編)

【インタビュー】和田唱というミラクルな音楽家が生まれた背景(後編)

トライセラトップスを率いる和田唱。着実に成長を続けてきたバンドは2017年にデビュー20周年を迎えるが、小田和正、桜井和寿はじめ、今もアーティストから和田への信頼は絶大である。ギター演奏、楽曲制作、歌唱……すべての能力を持ち合わせる和田への音楽への想いをストレートに訊いた。


音楽スクールから送られて来たビデオを木崎さんと一緒に見たんですよ。その中に林がいた

父親のパーティで声をかけてくれた事務所へ、資料を持って行ったら何が起きたんですか?


その事務所の社長さんが「唱くんにピッタリ合うプロデューサーの人がいるから、是非とも紹介したい」って言ってくれた。それが僕らのプロデューサーの木崎賢治さんだったんです。ある意味、運命の出逢いでしたね。僕は林や吉田と会う前に、木崎さんと出逢ってる。でも僕はまだ学生で、いろんなことがよくわかってなかったので、それが何を意味しているのかわかりませんでしたけど。
木崎さんたちは、僕をソロとしてデビューさせたいと思っていたような気がします。僕がバンドバンドって拘ることに対して、「なんでバンドがいいの?」ってよく言ってました。僕はそれでもめげずに「バンドがいいんです、バンドの一員っていうのにすごく憧れがあるんです」ってずーっと言ってました。それからです、林と出逢うのは。

メンバーもいないのに、バンドって決めていたんですね

はい。僕が相変わらずメンバー探しをしてたら、今度は木崎さんたちも一生懸命探し始めてくれたんです。そうして、あるとき音楽スクールから送られて来たビデオを木崎さんと一緒に見たんですよ。その中に林がいた。僕は「おお、この彼、良くないですか!?」って。

何を基準に良いと思ったんですか?

ますはビジュアルですね(笑)。ひと言で言うと「ミュージシャンっぽくないな」と思ったんですよね。それがすごくいいなと思った。当時のロックバンドの人って言うと、やっぱり革ジャン、長髪、ブーツで、薄っぺらーいギターのソフトケースを肩に掛けて、全然イケてなかったんですよ(笑)。バンドブームが一回終わってちょっとしてからって、やっぱりヒップホップとかクラブでかかってる音楽がカッコイイ音楽になっていた。当時の僕らの世代にとって、少なくとも僕の行ってた美術学校の中では、ロックなんてもう全然遅れてる、古いって思われてた。僕が「ロックバンドやりたい! バンド組みたい! デビューしたい!」って言ってた時期って、すごくロックが下火でしたね。だから僕はそれがもどかしくて、「一緒にバンドやるならロックのビジュアルじゃない奴」って決めてた。和田唱2

その当時の林くんは、どんな恰好をしてたんですか?

なんかねえ、スウェットみたいのを着てて、ロックのビジュアルじゃなかった(笑)。

はははは!

カレッジ風のスウェットを着て、ベースを♪ドゥンドゥン♪って16ビートで弾いてて、目が大っきくて、とにかくロックっぽくなかったんですよ。僕は「いいぞ!」と思って、表参道のカフェで待ち合わせして会ったんです。

会ってみて、どうでした?

なーんか、変な奴でしたね(笑)。たぶん平山さんが最初に会って受けた印象と同じだと思いますよ。

ああ、「フニャフニャで、不思議な人だ」って思った。

はい(笑)。全く物怖じしないし。「困ったもんだなあ」と思ったんですけど、今度は木崎さんが「彼、すごくいいと思ったんだけど」(←声真似)って言ったんですよ。

木崎さんて、面白いなあ。

僕も最初にビデオでいいなと思ったし、木崎さんもそう言うんだったら、これはいいぞって。音楽は二の次ですよ。雰囲気を持ってればいい。僕は高校の時にキーボードの奴をベースに転向させて一緒に文化祭やるレベルまで洗脳する押しの強さは持ってたので、「雰囲気が良ければ、あとはなんとかなるさ」っていうぐらいのポジティブな気持ちでした。

ポジティブっていうより、乱暴ですね(笑)。でもデビューの時点で、林くんはベースも上手いし、コーラスもやってた。相当音楽的なメンバーじゃないですか?

僕の教育ですよ。(←サラッと)

はっはっは! 出た出た、いいですねえ(笑)。

んっはっは。林はいまだにミュージシャンなのかどうかわからないですからね。だって、なんだかカレーにハマってて、林がアップするツイッターとかインスタって、全部、自分で作る料理なんですよ。音楽のことなんて一個もないですからね。和田唱2

あー。

だから、僕が当初イメージした「ミュージシャンっぽくねえなあ」っていうイメージはいまだに続いてる(笑)。でもたぶんそれがいいんじゃないですか? だからトライセラが「ミュージシャンの中のミュージシャン」みたいなことを言われると、いまだに「そうかあ?」って、とっても疑問です(笑)。

林くんと出会って、どんな話をしたんですか?

よく覚えてますよ。林と会って、「将来的にどうなの? 音楽のほかにも何か考えてるの?」って聞いたら「音楽しか考えてない」って言ったんですよ。これがデカかった。「よし! もうオッケー!」。雰囲気もいいし。

ロッカーではないけれどね(笑)。

そうそうそう(笑)。ロッカーじゃないのが良かったんです。でも、なんか、そこにロックを感じましたよ。

俺らは「佳史、何やってんだよ!」つってそれを見てた。その感じっていまだに変わってない

そして吉田くんに出会って、いよいよデビューのカウントダウンが始まる。

佳史はデビューのときにもう25才だったんで、ある程度社会を知ってからデビューしてる。よくわからないままこの世界に入っちゃった俺と林と、やっぱり温度差はありましたね。今でもよく覚えてるのが、大阪の大きなイベントに、僕らは新人として出させてもらった。最後に全員で出て、みんなである曲を一緒にやるっていうのがあって、俺と林は「なんでやんなきゃいけないんだよ」って客席に逃げたんですけど、佳史だけはそこのバンドのメインドラマーとして叩いてた(笑)。俺らは「佳史、何やってんだよ!」つってそれを見てた。その感じっていまだに変わってないな。っていうか、役割っていうんですかね。

トライセラトップスって、その関係のまんまバンドになってるんですね(笑)。

そのままですねえ。だからちょっと、佳史だけは大人なのかな。ただ、そのイベントのアンコールで佳史がステージにいてくれたんで、トライセラトップスも一応参加してたっていう気配は残してくれた(笑)。和田唱2

最初の数年は、自信とコンプレックスがずっと渦巻いてた

あははは。今の話を聞いてると、この前観たアコースティックのライブを思い出しますね。演奏はもちろんだけど、MCもすごく開けた雰囲気があってよかったです。

いやいや。インタビューもそうですけど、昔はすごくカッコつけてたんです。とにかくカッコつければつけるほど、ホンットにカッコ悪くなっちゃうのに、そんなのは当時わからなかった。
デビューしていきなりトライセラトップスが見られたイメージっていうのは、「キュートでポップなバンド」っていうものだった。特に女性のインタビュアーに質問されるのは、「これは和田くんの実体験ですか?」とかね。僕らの歌って、ラブソングばっかりだったから。
でも僕的には、昔のロックンロールやブルースって失恋の歌が多いじゃないですか。あれを今の言葉で表現したかったんですよ。そうしたら現代のブルースになると思ってた。20代前半の僕らがやるブルース。そういうミクスチャー感覚を出して、「こいつら、新しいな。変わってるな」っていうふうに思われたかったんですけど、やっぱり世間はそう取ってくれずに、「実体験ですかぁ? こんなふうに思われてる女の子は幸せですね!」っていう感じになってしまった。放っとくとトライセラトップスは、ものすごく可愛いバンドに仕立て上げられちゃうんじゃないかなって、全部がコンプレックスになっちゃったんです。下手すると僕の親のことも含めて、「表現しようとしてることを、他のイメージで潰されるかもしれない」っていう危機感があったんですよね。「なんてこった!」と思って。しかもたまたま僕ら自身のビジュアルが、ホントに可愛かったんですよ(苦笑)和田唱2

ははは! 確かに!

結局、「自分たちが見られたいイメージでは、見てもらえないんだな」って思った。そうしたらもう、反抗的な態度を取るしかなかったんですよ。だからライブではMCはあんまりしないで、「今日は来てくれて、ありがと」(←投げやりな感じ)みたいな、そういう口調でしゃべるとか、とにかく反発心があったのは確かで。突っ張ることでなんとか自分たちを保とうとしてたんです。

最初はそんなに反抗的なバンドではなかったですよね。

デビューの時は若かったし、すごく無敵感もあって、ひたすらポジティブでした。「今の日本にはない音楽をやれてるな」っていう実感がすごくあった。J-POPって基本設計図がみんな同じなので、同じフォーマットの中でみんな作ってる。でも僕は、それを壊したいなって思ってた。自分たちは今の日本の音楽シーンにはない設計図で作りたいなと思ってて。
でも、いざふたを開けてみたら、「キュートでポップで黄色い声援が飛び交うトライセラ!」みたいになっちゃって、「なんか困ったぞ、これ」っていう。だから最初の数年は、自信とコンプレックスがずっと渦巻いてた

ドラマの主題歌で「GOING TO THE MOON」がヒットしたときは?

セカンドアルバムの『THE GREAT SKELETON’S MUSIC GUIDE BOOK』(98年)頃は、バンドとしてまだ自信がみなぎってたし、健全でした。林も無邪気で弟みたいな感じだった。自分たちのスタイルに対して悩み始めるのが、3枚目の『A FILM ABOUT THE BLUES』あたり。「俺らはどうすればナメられずに済むんだろう。どうすればロックバンドとしてみんな見てくれるのかな」って。『A FILM ABOUT THE BLUES』は、ヒットした「GOING TO THE MOON」が入っているアルバムです。

運命はいたずらなものですね。

その頃、林はそんな世間の目につねに晒されて、だんだん心を閉ざすようになっちゃったんですよね。ライブでも、すごく可愛い行為を――変な踊りをしてみたり、「あれ? 林、いねえなあ」と思ったら僕の後ろにずっといたりとか、そういう無邪気でわけのわかんない行動をよくしてたのが、徐々に人気が出るにつれて、かつての林じゃなくなっちゃった時期に入りました。
僕自身も、他のバンドに対するジェラシーがあったと思います。「俺らって、彼らに比べてすごく甘く見られてないか? 軽く見られてないか? やってることはそんなに変わらないのに、なんで俺らはこんなに軟派に見られてしまうんだろうな」って。「じゃあ、どういう曲を作ればいいの?」って、曲作りがだんだん純粋じゃなくなってきちゃった。今思えばもったいないことしたなと思いますけどね。

ああ。でも、この時期に武道館ライブを成功させているでしょ?

そうなんですよ。世間的な人気と僕らの気持ちが、すっごい逆行してた。つらかったです。今のこの精神状態になったのは、やっぱり10年目を超えてぐらいからかな……。

和田唱2

小田さんは間違いなくその中の一人ですね。あと桜井さんでしょ。あとはOT(奥田民生)先輩

僕は2005年に渋谷AXで寺岡呼人さんと奥田民生さんの「寺田」の再結成ライブに、和田くんが出たのを観ました。

あー! あれは楽しかったですね。よーく覚えてます。すごく刺激的で想い出深い夜だった。ミスチルの桜井さんもいて。桜井さんと民生さんって言ったら、自分のスタイルと人気を築いた人なので、リスペクトしてます。

桜井さんは、今のJ-POPのフォーマットを作った人の一人なんですけど。

そうですね。僕はしばしばその設計図を使って音楽を作っている人たちに対してディスったりもしますけど、でもオリジナルの人に関しては偉大だと思うわけですよ。だから僕は敢えてそこに歯向かっていってますけど、やっぱりオリジネーターに対しては、俺はすごくリスペクトがあって。実際、桜井さんと共作したことがあるんです。アルバム『SONGS FOR THE STARLIGHT』のボーナス特典に入ってるんですけど、僕らと桜井さんの4人で一緒にレコーディングした。「STAND BY ME」っていうオリジナル曲です。その時の桜井さんのスタジオでの、絶対に妥協しない姿勢っていうのは凄かった。「あ、これだな」と。

ちなみに今回の『クリスマスの約束』でも和田くんは重要な役割を果たしていましたが、和田くんにとって小田和正さんはどんな存在なんですか?

もう、まさに昨日、『クリスマスの約束』の収録が終わって、今ようやく僕、リラックスしてます。大っ変なんですから、もう(笑)。

そりゃ、大変でしょう。

まずリハが半端じゃなく長いですからね。今まで出会った人の中で、小田さんがいちばんリハーサルしますね。何度も何度も何度もやるんですよ。こっちは声が枯れてきちゃうし。なのに、あの人はもう、超人なので。

はははは!

ご本人は本当に疲れてるんです。「ああ、疲れたなぁ」ってしゃべってる声はガラガラなんですよ。顔色も疲れてるし、「小田さん、もうやめたら?」と思うんですけど、「よし、もう一回やるぞ」つって。 

ははは!

で、歌うと、めっちゃ声出るんですよ。だから、しゃべってるときと歌うときの回路が違うんですね。たまにああいう超人的な人っているから、この音楽界。僕が「超人だな」と思ったのは、リスペクトしてる部分はそれぞれ違いますけど、小田さんは間違いなくその中の一人ですね。あと桜井さんでしょ。あとはOT(奥田民生)先輩。ロックボーカリストとして、間違いなくピカイチでしょうね。

2015年の年末に東京国際フォーラムでやった奥田民生「生誕50周年伝説“となりのベートーベン”」のときに、和田くんはバックコーラスをやってましたよね。いい意味でハモのリーダーシップを取っていて、失礼な言い方だけど「ああ、大人になったんだ」と思いました。

あ、そうですか!(笑)。かつての俺だったら「バックコーラス? ハァ?」みたいなねえ。あのとき僕、2015年の『クリスマスの約束』がまさに終わったときで、その次の日から民生さんのリハーサルに入った。「もうこれ以上、頭に何にも入んない!」と思ってるときで(苦笑)。でもずーっと小田さんとすごく緻密に積み上げるポップスをやったあとってねえ、やっぱりロックンロールが恋しくなるんですよ。だから僕にとっては、音楽的精神バランスを取るのにとても良かったですね。僕、緻密なポップスも、大らかなロックも、両方好きなんですよ。もともといろんな音楽が好きだったからっていうのもありますけど、その音楽が優れていれば、ホントにいいものだったら、僕はあんまりジャンルに拘らないんです。

和田唱2

いろんな人と一緒にやることでいちばん変わったのは、音楽っていうよりも僕の人間性かもしれない

そういう心境になれたっていうのは、やはりデビューして10年目ぐらいですか?

デビューして10年ぐらいしてから、コラボレーションも増えてきましたね。最初の頃は「俺たちは俺たちだ」って思ってたんで、他人と共演ってあんまり興味なかったですね。それに、そんなに好きな人がいるわけでもないし。でもこの音楽の世界で一緒に頑張ってる仲間として、誰とやってもすごくいい結果を出せてきたっていうのが誇りです。みんないいところがあるっていう。

共演すると、自分でも気づかなかったものが出てきたりしますか?

いろんな人と一緒にやることでいちばん変わったのは、音楽っていうよりも僕の人間性かもしれないですね。

この前のアコースティック・ライブツアーは、MCを含めてとてもわかりやすくて楽しかったんですが、ライブに対する考え方に変化はありましたか?

ライブをコンサートとして「ちゃんとしたい」っていう気持ちがすごく強くなった。――「ちゃんと」、つまり、ちゃんと起承転結あって、ちゃんとお金を払って見に来てくれたお客さんを満足させたいっていう気持ちが、メチャメチャ強くなりました。ライブに関してはいつでも一生懸命ではありましたけど、以前は構成が今よりもっと甘かったです。昔はストレートにロックをバーッとやって、おしまい、っていう。今はもっと流れを、ストーリーを大事にしてます。

ライブ全体の流れですか?

そうです。たとえばカバー曲をしれっとやったら、「ん? この曲、何の曲だったんだろう」って思うお客さんがいる。知ってる人だけ分かってくれればいいっていうスタイルならともかく、僕はやっぱりみんなに楽しんでほしいので、知らない人のためにちょっと解説を入れるっていうことも必要かなと。

あのライブは、MCだけでなく、歌の中身も実際の演奏と歌も、すごく説得力がありました。

ホントですか? 良かった。いやあ、もう、イッパイイッパイでしたけどね。ちゃんとしたライブをやろうと思うと、生半可な気持ちじゃできないんですよ。とにかくもう、正気じゃできないですね。ホントに集中して、自分を完全にその状態まで持っていかないとできないですね。特に最近はそうなってきていて・・・もしかしたらこれは体力の衰え?(笑)。でもホントに集中してます。
この前のライブで言えば、スタンダードで始まってスタンダードで終わったんですけど、僕が本当にいいと思う曲を選んだ。「いくらいい曲でも、英語の歌詞だとわかる人は少ないからやらない」っていう人もいるかもしれない。でも僕は、「ちゃんと愛情をもってやったら、絶対に大成功する」って思ってるわけですよ。そういう反発心もあるんですよ。「だったらそれを俺のライブで証明したい!」って。和田唱2

カッコ良くて、ぶっ壊してて、それでいい曲だったら、これは最高ですよね

自分がいいと思うものを、できるだけいろんな人にわかってほしいと思うようになったのは、たとえば結婚したことと関係ありますか?

ライブの運びに関係あるかはわからないけど、結婚っていうこと自体が、僕の成長と大きく関わってると思うんですよ。僕、今まで逃げてましたもん、結婚っていうものから。最終的に僕はそこに踏み込めなかったんですよね。でも、「結婚しよう!」って思ったのも、ライブにおいて「ちゃんとしよう、ちゃんとしたライブがやりたい」って思ったのも、男として「よし、ちゃんとしよう!」っていうこととリンクしてますね。最近すごくそういうふうになってきています。
ちゃんと準備して、いいライブをやったあとって、すごく充足感、充実感があっていいんですよね。「よし、俺は今日、ちゃんといいことを成し遂げたんだ!」っていう。人生はこれの積み重ねかなって思う。

今の言葉を心配性のお母さんが聞いたら、「立派になったわ!」って泣くんじゃないですか?(笑)

はっはっはっは! 母親はライブにいつも来てますよ、東京はね。でもやっぱり僕は相変わらず、突っ張るところは突っ張らないとっていう、そこはもう曲げられない。J-POPシーンの設計図、これに対してはとことんアンチでいたいです。
最近はJ-POPだけではなく、ロックバンドの連中ですらも設計図が同じになってきちゃってるんですよ。テレビで見てて、「お前ら!」と思いますよ(笑)。今イケてるロックな感じで売ってる奴らですら、「これは設計図どおりだな」、「はい、この路線でしょ?」っていうのがわかっちゃうんですよ。だから、どうにかそれをぶっ壊すバンドっていうのが出てきてほしい。

トライセラトップスとしては、どう考えているんですか?

コミカルにぶっ壊してるバンドは出てきてるんだけど、そこに僕らは憧れない。バンドはかっこ良くなくちゃ。カッコ良くて、ぶっ壊してて、それでいい曲だったら、これは最高ですよね。これを自分たちがやらなきゃいけないなと思ってて。でもそれは、なかなか難しい。でもね、ホントにそれがカッコ良くて、ぶっ壊してて、いい曲だったら、俺、売れると思うんですよね。
ちょっと前までは「今売れてるものと違うことをやったら、マニアックすぎて売れないんじゃないか」とも思ってたんです。みんながわかることをやらないと売れないんじゃないかって。だけど、俺らはそんな設計図どおりの曲なんて書きたくもない。だったら今言ったみたいに、カッコ良くてぶっ壊してていい曲だったら、きっと売れる。トライセラトップスは、そこを目指さなきゃなって、うん、思ってます。

ありがとうございました。

取材・文 / 平山雄一 撮影 / 森崎純子

ライブ情報

TRICERTOPS  不定期開催の恒例企画
“DINOSAUR ROCK’N ROLL -7-”
EX-THEATER 2DAYS公演、開催決定‼

2017年3月17日(金) EX-THEATER ROPPONGI
open18:15  start 19:00 
ゲスト:UNISON SQUARE GARDEN

2017年3月18日(土) EX-THEATER ROPPONGI
open18:15  start 19:00 
Special Secret Guest有り(当日まで一切発表無し)

チケット(整理番号付き): STANDING 1日券¥4,950- / STANDING 2日通し券¥9,300- 
一般券売日:2017年2月4日(土)
プレイガイド:
チケットぴあ http://pia.jp 0570-02-9999 Pコード:320-274
ローソンチケット http://l-tike.com 0570-084-003 Lコード:74950
イープラス http://eplus.jp
お問い合わせ:
HOT STUFF PROMOTION/03-5720-9999(平日12:00-18:00) 
http://www.red-hot.ne.jp

TRICERATOPS “20TH ANNIVERSARY TOUR”

2017年5月~7月、全国各地で開催決定!
詳細は2017年1月14日(土)オフィシャルサイトで発表。
http://triceratops.net/

和田唱(わだ・しょう)

1975 年東京⽣まれ。トライセラトップスのボーカル、ギター、作詞作曲も担当。ポジティブなリリックとリフを基調とした楽曲、良質なメロディセンスとライブで培った圧倒的な演奏⼒が、国内屈指の3 ピースロックバンドとして評価されている。SMAP、藤井フミヤ、松たか⼦、Kis-My-Ft2、SCANDAL などへの作品提供も多数。現在、トライセラトップス初のアコースティックライヴツアーを実施中。全国各地SOLDOUT となり、追加公演を急遽12月30 日(金)に⾚坂BLITZ で開催する。昨年に引き続き⼩⽥和正さん主催の⾳楽テレビ番組「クリスマスの約束」(2016年12月23日 に放送)に出演した。

オフィシャルサイトhttp://triceratops.net

vol.2
vol.3
vol.4

編集部のおすすめ